特にケガもしていないはずなのになぜか体の節々が痛い。
昨日の状況を脳みそをフル回転させ整理する。
その前の記憶はある程度は残っているのに、ベッドの中での記憶は少ししかない。
だが体についた謎の斑点があれが夢や幻の類ではないことを嫌というほど知らせてくれた。
二重、三重の意味で頭が痛い。
後ろから衣擦れ音が聞こえたと思ったら、俺より軽いであろう質量が後ろから乗っかってきた。よろけるわけでもなく、拒否反応を起こすでもなく、それをありのままに受け入れる。
あすなろ抱きといっただろうか。タロの枝のような腕が俺の胸部へと回され、そのまま抱きしめられた。俺がどうすればいいかを必死に模索しているというのにこの人ときたら。
「えと、どうしたの?」
「かわいい成分補給」
「わ、わやー」
焦ってよくわからない鳴き声のようなものが出てしまった。
チラリと横目で壁にかけられたブルー型のかわいらしい時計を一瞥。
...こんな無駄な時間を過ごしている場合ではない。
幸いな点といえば今日は朝練がないので、リーグ部の生徒に見られる確率は少ない。
刻一刻と生徒たちが起きてくる時間が迫ってくる。さっさとこれからのことを二人で話あわないと、
「タロ、俺もう行かねえと。部屋から出てくるところなんて見られたら、なんて噂が立つか」
「噂っていうか事実なんだけどね」
「そ、そうなんだけど。えと、これからどうしよう。ど、どうすれば...」
言葉にすればするほど先が見えなくなっていく。自分で暗雲を発生させてしまった。思考がどんどん墓穴を掘り始め、二度と這い上がれないような蟻地獄を作り上げた。ぐにゃぐにゃと曲がっていく視界。
一度あすなろ抱きの状態が解かれる。軽くなる背中に少し寂しさを覚えた。
タロが冷蔵庫の中からモーモー牛乳を取り出し、2つのコップに注ぎこむ。
片方は自分の机に置き、もう片方を俺に差し出してきた。
「はい、これ」
とりあえず飲んで落ち着けということだろうか。
コップを落とさないように両手で受け取り、そのまま喉に流し込む。ベッドの上で飲んでいるため、行儀が悪いかもしれない。
タロは自分が使っているであろう可愛らしいモフモフの椅子にもたれかかり牛乳を飲む。
「俺、こういうの初めてだからさ。ここからどうすればいいのかさっぱりだ。情けねえよな」
「ブブー、そうやって自分を卑下するの良くないと思います!」
両手でバッテンを作り、違うという意思表示をしてきた。
でも実際情けないと思う。タロだってこんな焦ってどうにもできないような男なんて嫌いだろう。以前に姉ちゃんが読みふけっていた雑誌に男は度胸と書いてあったのを思い出す。
「とりあえず、今日は休んじゃえばいいよ。部活の仕事はわたしがやっとくから。それで適当な時間になったら部屋から出て、自分の部屋に帰れば、完全犯罪成立です」
パチパチーっと口で言いながら軽く拍手をする。そう軽いノリでいいんだろうか。でも、向こうがこうやって解決方法を提示してくれているんだし、それに乗っかってしまうのも。なんて、また思考がぐるぐると回る。
「難しい顔してるね」
「難しい顔っていうか、タロが軽すぎるっていうか」
「...とりあえずは今日のことはタロ先輩に任せて、スグリ後輩はゆっくりお休みなさい。あ、ご飯もちゃんと食べないとダメだよ?」
「あ、うん」
完全にタロの勢いに飲まれてしまっている。このままでは絶対にいけない。いけない、のに、俺の心の奥底ではそれでいいんじゃないかという甘い考えがジクジクと心を腐食させていく。
昨日までの俺なら快刀乱麻な考えができていただろうに。
「それでね、ずっと気になってたこと聞いていい?」
「気になってたこと?いいけど...」
「林間学校で何があったの?言いたくなければ言わなくていいよ」
俺の転換点を見破られてしまった。髪型を変えたかのもあの時期だから仕方ないといえばそれもそうだ。だが知っている人、というか夜を共に過ごした人からそれを言われるとついドキリと図星をつかれたように感じてしまう。
「俺は」
言うべきではなし、言う必要もない。でも、いま目の前にいるこの人は、暗闇に舞い降りた一筋の光かもしれない。自分でもこのままじゃろくな結果にならないなんてことはわかっている。今の自分ではどう足掻いてもハルトには勝てない。来るかどうかはこの際置いておいたとして、次に会ったときは鬼様も手持ちに入っているだろう。だとすれば、勝てるビジョンが全く湧かない。
ならいっそのことこの人に俺の弱みをすべて差し出してしまえばいい。姉ちゃんとか鬼様とかハルトとかそんなことはどうだっていい。これまで自分がしてきたことの根幹を言っておきたい。楽になりたいんだ、俺だって。
...
.....
.......
すべて語り終えるころには目の前が真っ暗になっていた。ボロボロと目の前の人も、俺が着ている服も、恥も外聞もすべて考えずに泣いてしまっていた。目を閉じてできるだけ涙がこぼれない様にしているのに、一向に止む気配がない。
「俺、なんで、なんで」
小さな子供の我儘のように何度もなんでと連呼する。俺だって本当はもっと違うやり方でもっと違う結末でが良かった。でも実際は全く違う。俺にとってはすべてが最悪のダイスの目。八方ふさがりどころか壁に押しつぶされそうな状況。壊れるのはあと一歩と言えよう。
だが、そんな俺を優しく抱きしめてくれる光があった。暖かく包み込まれるそれには、昨日のような激しさは感じず、ただひたすらに慈愛と救済の情に溢れていた。
「よく話してくれたね。ありがとう」
涙が更にあふれてくる。泉が枯れ果てようとも、新たに降ってくる雨で一瞬にして心は悲しみという感情で満杯になってしまう。ここまで泣いたのは久しぶりかもしれない。でも、今はそんなことどうだっていい。
「うう、俺」
グズっと口まで垂れ下がっていきそうな鼻水をすする。今の俺の顔は到底人に見せられたようなものではないだろう。目も真っ赤で鼻水まみれ。ぐしゃぐしゃもいいところである。でも、そんな外見上の問題よりもただひたすらに透き通るような爽やかさが心を満たしてくれていた。
かすれた声で無理やりひねり出すように自分の想いを伝える。
「謝りたい、みんなに。でももう無理だ。俺なんて、」
「そうやって卑下するの、ダメでーす。そういうお口は」
近場にあったタオルで俺の顔を綺麗にふき取り、タロの顔がゆっくりと近づいてきた。何をされるかの予想はつく。でも、これが最後かもしれないと考えると、避けたり拒絶したりする気にはなれなかった。
お互いの唇が触れ合った。昨日とは違う貪るようなものではなく、優しさを分け与えるような、そんなキス。
「チュっとしちゃいます」
「...ニヘヘ、なんか心がポカポカする」
思ったことをつい口にしてしまった。自分の中の弱さが表面に出てきてしまっているんだろう。もう隠す必要もない。恥なんか今更どうだっていい。
「うんうん、やっぱりスグリ君はかわいいのが一番です」
「か、かわいい、俺が?」
「かわいいよー。はい、ぎゅー」
今度は真正面から抱きしめられる。お互いのバクバクという拍動が体を通して伝わっていく。タロも少しはドキドキしているんだな。
ふと時計を確認すると、もうとっくに出てもいい時間帯だ。俺は...あとで適当に寝坊からの体調不良とでも言い訳しておこうか。
「タロ、そろそろ出ねえと」
「あー、もうそんな時間。名残惜しいなあ」
こちらをチラチラと見た後、少し恥ずかしそうにしている。服に手をかけているのでおそらくは着替えるんだろう。俺はお邪魔だと思うので、トイレにでも避難しようか。
「見る?」
「み、見ねえ...」
...
.....
.......
タロがバッグを持ち、部屋を出て行ったあと。
一人でタロが使っていた椅子にもたれかかる。ベッドと椅子は許可をくれているので、少しだけくつろがさせてもらおう。その後に『色んな意味で使ってもいいよ』と言っていたのはよくわからないが。
小綺麗にまとまり、整っている教科書やノートに目をやる。普段の日常生活から育ちの良さというものが垣間見えてくるな。机の上に置かれた小さな鏡で昨日つけられた赤い斑点の位置を確認。
首筋や手、果てはへそ近くにまでつけられたそれは、さながら赤い水玉のようにも見えた。これは、どうやって消せばいいんだろうか。これが何でどういう結果で付けられるものなのかは知らないが、あまり人に見せていいものでもないだろう。
ボーっとこれまでのことを軽く振り返り、自分の身の振りを考える。とりあえずは謝ることは確定として、チャンピオンの座からは一度降りた方がいいんだろうか。カキツバタはおいておくとして、他の四天王にかける負担が大きくなる。だが誠実な形としては降りることが一番ふさわしい。こんなでも一度はチャンピオンになれたのだから、次は心配いらない。慢心とかではなく、これは自信だ。タロと変な関係になってしまったせいか、考え方も少し変わってきた。
そんなことを当てもなく考えていたら、いい時間になってしまっていた。プラスルの着ぐるみをぬぎ、洗濯籠の中に綺麗に折りたたんで入れておく。制服のポケットの中に入れている付箋に、『服ありがとう』とだけ書置きし、部屋を出る。
誰もいないことを確認し、自分の私室へと向かう。いつもは騒がしいはずなのに、この時間となるといやに静かだ。
自分の私室へと戻りカギをしめ、鞄を下ろすと。
「スグ、あんたどこに行ってたの?」
机の方から声がかけられた。何度だって聞いてきた苦手な声。だが今は前よりも少しだけ目を見て話せる。
「姉ちゃん、た、ただいま」
「ただいまじゃなくて、アンタ授業は?っていうか昨日なんで帰ってこなかったの?」
「ゴメン、あんまり言えない。でも、ちゃんと話すから」
そういうことじゃなくて、っと言いながら俺の方に向かってきた。拳骨でも落とされるんだろうか。
「アタシがどんだけ心配したと思ってんの?最近のスグ変だから、どっかいったのかと思ったじゃ...」
と言いかけたところで、何かの異変を発見したようだ。軽く頭の匂いをかがれる。そういえばすっとタロのベッドにいたから匂い移ってるかも。
「ま、まさか...。はあ、まあ、いいわ。今日のところは不問にしてあげる。次はちゃんと連絡しなさいよ。いい?」
「う、うん。あ、姉ちゃん」
姉ちゃんと目を合わせ、背筋を正す。まずは身内から。一番近くにいたから、一番迷惑をかけたと思う。精一杯の謝罪の意思を込めて頭を下げる。
「心配かけて、ゴメン」
「...そっか。まあ今日は休みなさい。担任にはアタシから連絡しとくから」
それだけ言い残し、部屋を去っていった。思っていたよりも反応が優しい。
そういえば姉ちゃんが一瞬体の赤い斑点を見ていたような気がする。タロ曰く早くて三日で消えるからそれまでは長袖を着ておいてくれ、らしい。釈然としないまま、ベッドに腰掛ける。
「冷蔵庫、なんかあったっけ」
確か冷凍庫に買ったけど食べないままでおいておいた冷凍パスタがある。お昼はそれにして、夕飯は、何か食べられるものを...と考えている中、瞼が少しずつ重くなってきた。横なって思考を放棄する。
しかし、最後に今日見た暖かな光が見えた。
「タロ」
...
.....
.......
翌日。目の隈も腹の空きもなくなり、体の調子は絶好調。心なしか頭の回転も速くなった様な気がする。
今日は朝練があるのでみんな朝早くから部室に集まってくれていた。手汗を軽くズボンでふき取り、逸る気持ちを抑える。俺がチャンピオンの座を一度降り、一からやり直すということは四天王にはタロ伝手で昨日のうちに連絡済みだ。だからこそ、あとはこの罪を精査するだけ。
咳払いし、部員の皆に届くようなはっきりとした声を肺からひねり出す。
「みんな、集まってくれてありがとう。今日はみんなに伝えたいことがあってわざわざ部室に集めてもらった」
視線が俺の元に集中。恐れ、苛立ちといった負の感情が一気に向けられた。自然と呼吸が早くなり、頭が白くなっていく。そんな自分をなんとか鼓舞し、全力で頭を下げた。ザワザワとどよめく室内。
「みんな、今までごめん。強くなりたいっていう一心でみんなの事何にも考えずに突っ走ってた。傷つけたことをなかったことにするつもりもないし、罵声も受けるよ。...ここまで好きにやって、今更虫がいいなんていうのはわかってる。でも、もう一度だけ一からやらせて欲しい」
打って変わって、静まり返る室内。誰も何も言わない静寂の空間。それを破ったのは、四天王のうちの一人、ドラゴン使いの男。
「いいと思うぜ、ツバッさんは。実際、強くなった奴は多いしな」
一番俺を憎んでいるであろう奴がフォローに回ってくれた。正直意外というほかない。こいつにも今のうちにちゃんと頭を下げておかないと。
「カキツバタも、ゴメン。...今までの事許してくれとは言わねえ」
ふーんと俺の顔をじろじろ見た後、少しごつごつとした手を肩に置かれた。それは威嚇や怒りといったものではなく、ただ優しさによるものだということが手から伝わってくる。
「頑張れよ」
「うん」
もう一度、ゼロからやり直すんだ