ガタンゴトンと子供が口ずさむ擬音そのままの音を立て、列車がトンネルの中を進んでく。もはや数十分は座っているであろう座席。たまに腰を動かし、血流が悪くなるのを防ぐ。隣には本を読みふけっている俺の先輩。周囲に目を向けると、年配の老夫婦や学生の集団。普段とは違う光景から、俺がまだ見ぬ場所へ向かって言っているということを再確認させられた。
列車の中に光が差し込まれる。ようやっと抜けた長いトンネル。窓の外を見ると、見たこともないような大都会が広がっている。スタジアムに観覧車。初めて見る光景にワクワクしていると、タロが本を閉じ、話しかけてきた。
「全然変わってないなー、ライモンシティ」
イッシュ地方でも指折りの都会であり、若者の最先端を行く町ライモンシティ。タロの故郷でもあるそこに俺たちはやってきた。先輩の里帰りについてきたのかと聞かれれば当然ノー。話は2週間前に遡る。
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「バトルサブウェイに遠征...ですか」
今日も今日とて会議と書類作成のリーグ部にシアノ校長先生が来訪してきた。特に来ることも聞かされていなかったため、妙に緊張してしまう。
「ああ。この時期になると毎年行っていてね。代表で2人に2泊3日で、戦術なんかを研究してきてもらうんだー!後日レポートは提出してもらうけど、ちょっとした息抜きだと思って!ー」
バトルサブウェイと言えば、ライモンシティに存在するバトル好きのための施設。勝ちぬけばサブウェイマスターとも戦える。いつかは行ってみたいと思っていたが、この人がこの話を俺にするということはひょっとするのだろうか。
「ネリネくんは生徒会があるし、カキツバタくんとアカマツくんは成績がちょっとね。メンバーを選考した結果、部長であるキミと土地勘のあるタロくんになった」
そういえばタロはライモンシティ出身だったか。それなら納得。チャンピオンはハルトだけど、あくまで留学生。なら俺にお鉢が回ってくるのか。余談だが、今のリーグ部は俺が部長でハルトがチャンピオンという形になっている。ざっくり言うと部の運営や生徒の指導、書類の作成は俺が。ハルトはチャンピオンとしてチャレンジャーを倒す。もちろん俺はいつだって下剋上する気満々だ。
「なるほど、引率の先生は?」
「それが手すきの教員がいなくてね。申し訳ないがタロ君とキミの二人だけなんだよー!」
あっけらかんと言ってのけるが、それってダメなことではないだろうか。まあ、しっかりもので土地勘のあるタロが一緒なら大丈夫だとは思うけど。俺の疑心の目を察してか、タロがフォローに回ってきた。
「家にはよく帰るし、任せてほしいな。ホテルも私が取っておくね」
「わかったよ。...ネリネ、留守中のことはお願い。わからねえことがあったらタロ経由で聞いてね」
ネリネが会釈を返してくれた。事実上リーグ部を回している2人が行ってしまうのは不安だが、ネリネなら大丈夫だろう。アカマツも悪い奴じゃないし。
「それじゃあお願いねー!」
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列車を降り、二人で宿泊するホテルへと向かう。ライモンシティは道や施設が多く、よく迷子が出てしまうらしい。そのため、はぐれない様にとスーツケースを持たない手を繋がされているが、妙に恥ずかしい。っていうか絶対繋ぎたいだけである。。
「ここが私たちが泊まるところだよ」
指し示されたのは、見たこともないほど大きなホテル。タロ曰く、これとはもう一つ上の場所があったが、予算の都合上こっちにしたとのこと。これより上って変形でもするんだろうか。
「おお、わやでっけえ。やっぱ都会ってすげえ」
「じゃあ、チェックイン済ませちゃおうか」
自動ドアを抜け、ホテルの中へと入る。わかってはいたが、下は大理石だ。上もシャンデリア風の電飾が飾ってあるし、壁には風情の感じるステンドグラス。驚きが隠せない。帰ったら姉ちゃんとアカマツに自慢してやろう。
受付まで行くと、タロがテキパキと慣れた様子でチェックインを行う。部屋のカギを預かったようだ。部屋の中がどうなっているか楽しみになってきた。受け取って早く部屋に行こう。
「タロ、部屋の鍵貰うよ」
「うん、どうぞ」
「...それで、タロの分の部屋のカギは?」
先ほど渡されたのはカギは一本。そしてタロが渡してきたはその一本。ならタロはどこで寝泊まりするんだろうか。もしかして実家で寝泊まりするんだろうか。多分そうだろうな。というかそうじゃないとダメ。
「それだよ?二人で一部屋だね」
頭が痛くなってきた。何がそれだよだ。...こんなにいいホテルを二部屋用意するのは部費が厳しかったんだろう。多分ベッド二つの大きい部屋だろうな。無駄だと知りつつも、祈りながらエレベーターに乗る。エレベーター内も内装も独特の匂いがして落ち着かず、気付けば目的の部屋だった。
ドキドキしながら貰ったカギを使い部屋に入ると、中はリゾートホテルとまではいかないがそれなりに豪華な仕様になっている。壁にかけられた謎の絵画を見て心を落ち着かせ、部屋を見渡すが何度見てもキングサイズのベッドが1つだけである。まあ、半分わかっていたけど。
「タロ、ベッド1つしかねえ」
「でもこーんなに広いよ。ふっかふかだし。ほらスグリくんも乗ってみて」
ベッドに腰を下ろすと、自室のベッドが比べ物にならないほどのふかふか具合である。まるでバイウールーの体に直接沈み込むような、そんな極楽感。こんな部屋に何日も泊っていたら、学園に帰った時が心配になるな。スーツケースを空いている場所に置くと、後ろから気配が。俺と同じかそれより軽い体重が背中に乗っかってくる。
「はい、ぎゅー。かわいい成分欠乏中です!」
何時ものように後ろからハグをされた。毎度のようにやっているがよく飽きないな。モモのような少し甘いにおいが後ろから漂ってきた。タロの匂いにも慣れてきたため、もう特にドキドキすることもない。余裕を持って行動しているため、時間は余っているが、早くギアステーションに行っておかないと。
「ねえ、早くいかねえと」
「聞こえなーい」
「ええ...」
解放されたのは20分後だった。
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あれから数時間後。現在は何をしているかというと、絶賛列車でバトル中。タロはシングルトレインで俺はダブルトレイン。もう20連勝中になるが、興味深い戦術やポケモンの意外な一面を知れた。手元のメモにがりがりと記入し、次に車両へと足を進める。
不安定なつなぎ目を抜け、ドアをスライドさせれば次の車両。いよいよ次でサブウェイマスターとのバトルとなる。ただ、今の俺は絶好調この上ない。...一度深呼吸し、胸にボールを当てる。頭を一度冷やし、いざ本番。扉をスライドさせ、戦いへと挑む。
「おお、来たか。意外と早かったな」
そこに立っていたのは壮年のカウボーイハットが似合う男性。髪型や背格好など、何から何までヤーコンさんにそっくりである。
「ワシはヤーコン。娘が、その、なんだ世話をかけてるそうだな」
へー、サブウェイマスターもヤーコンさんという名前なのか。なんて、そんなわけがない。理解が全く追い付いていないが、動かない脳を無理やり稼働させ、テンプレ通りの挨拶を行う。
「はじめまして、ブルーベリー学園リーグ部部長を務めているスグリです。よろしくお願いします」
「フン、礼儀は身についとるようだな」
鼻を鳴らし、ニヤリとこちらを見てくる。ほくそ笑む表情というか顔の動きがが少しタロに似ている。嫌というほど親子で血のつながりがあるということが伝わってきた。...悪いが今の俺はそれどころじゃない。とりあえず状況の整理から行うとしよう。
「あの、どうしてヤーコンさんがここに?っていうかなんで俺のことを知っているんですか?」
「娘とはちょくちょく連絡を取っていてな。今日は世話になっている輩が来ると聞いて、クダリに無理を言って変わってもらったさ」
「そうですか」
理解はできそうにないが、今はそういうものだと考えておこう。これについては後でタロの直接聞けばいい。っていうか一度おいておかないとバトルの時にノイズになって仕方がない。
「よし、トレーナーが二人でお互い自己紹介も済んだんだ。ならバトルと洒落こもうか」
「はい」
頭のスイッチをバトルへと切り替える。ハルトが特別講師としてジムリーダーを呼んでくれていてよかった。呼んでもらえてなかったらもっと緊張していただろう。タロ曰く、お父さんはじめんタイプの使い手だと言っていた。ならこっちは
「ニョロトノ、カイリュー」
「ガマゲロゲ、ハガネール」
今はタロのことがどうとか関係ない。
トレーナーとして、譲れない戦いが始まる。
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「ドリュウズ!?」
最後の一匹であるドリュウズが倒れ、ヤーコンさんのボールの中へと戻っていった。途中危ない橋を何度か渡ったが...勝てたのか。そう考えると急に嬉しさがこみあげてくる。オーロンゲが何もせず倒されたときはダメかと思った。
ハットを深く被り、床を見つめる壮年の男性。かと思えばこっちを見てニっと笑ってきた。
「はっはっは。やるじゃねえか!」
大きく手を叩き、ヤーコンさんは笑った。前の俺ならこの人を嘲笑ったかもしれないが、今は違う。お互いの健闘をたたえ会おう。
「ヤーコンさんも、噂以上の実力ですね」
タロから事前にどんなポケモンを使うか聞かされていたが、それがなかったら危なかったかもしれない。...ひょっとしてこの時のために教えてくれてたりするのだろうか。
ヤーコンさんが列車の椅子にどっかりと座る。かと思えば、隣を席をポンポンと叩かれた。座れということだろう。
「まあ、なんださっきも言ったが娘が世話になっとるようだな」
「世話っていうか、むしろ俺がお世話になってるかもしれません」
襲われるようなことを除けば、リーグ部の運営も勉強もタロには世話になりっぱなしだ。かわいいのギブアンドテイクと言われたが意味はよくわからない。俺は魂か何かを吸われているんだろうか。
「かもな。あの子はしっかりしとるだろう?自慢の娘だ」
「はい。本当に」
しばらく列車の揺れる音だけが車両の中を響く。なんだか変に気まずい。お互い何を言うでもなく、ひたすらに沈黙を貫いていた。ふと気が付くと目的の駅がだんだんと近づいて来た。徐々に速度を落とす列車。
ドアが開くのを待っていると、ヤーコンさんが口を開いた。
「...お前が過去にしてきたこと、それを褒めるつもりも貶すつもりもない。だがな、これだけは覚えておけ。マイナスをゼロにすることは難しいことだ。それをお前はやってのけた。胸を張れ、スグリ」
今の俺にとって、勿体ない言葉だ。もはや何も言うことはできない。自分のこれまでの歩みを肯定されたせいか、頬を自然と涙が伝っていく。何かを返さないとと思っているのに、声が上手く出ない。絞り出すようにして声を出し、頭を下げる。
「ありがとうございます」
前の扉が開いたため、列車を降りる。段々と遠ざかっていくヤーコンさんの背中。俺はそれを何も言わず、ただ見送っていた。いつの間にか涙は消え、笑っている。不思議なこともあるものだ。そうやって駅で列車を眺めていると、視界を手でふさがれた。こんなことをするのは一人しか知らない。
「だーれだ」
「ヤーコンさんの娘さん」
そう答えると、視界が晴れていく。バアっと言い、目の前にタロが現れた。顔は似ていないが、性格やバトルの時の仕草なんかはやはり通ずるものがあるな。
「お父さんと会った?」
「会った。わやかっこいい人だったよ。もっと話さすればよかったべ」
「...じゃあ、ホテル戻ろっか」
そういうとタロが俺の手を握ってきた。恋人つなぎで。手を握る強弱を変えられ、感触を楽しんでいる様子だ。だが、今の俺はそんなことも気にならない位に、あの言葉を胸の中で反芻していた。あまりに俺が上機嫌に見えたのか、タロが訝しんできた。
「なんか機嫌良いねー。お父さんと何かあったでしょ」
「内緒ー」
「話さないと、食べちゃおっかなー」
「話すからやめて」
「話しても食べるんだけどね」
「え?」