チート転生トレーナーがマーチャンに振り回される話 作:朝起きるのが嫌い病
『ゴォール!! ■■■■■■■■、2バ身差の決着! G13勝を達成!しかもこれは……レコードです!レコードが更新されました!』
レース場が爆発した。そう錯覚するほどの大歓声。
悲鳴、怒号の数々。もはや数多の人間が興奮しているということしかわからないこれら大気の振動も、ただただ耳障りだ。
自分の担当しているウマ娘は今回も5着。
入着をしているものの、絶対的な差を感じていることだろう。
男には、昔から不思議な力があった。それは、ウマ娘の力を数字として捉える力である。まるで超能力のようにゲームのようなステータスが見えるのだ。男は転生者でもあった。
それ故、その能力に疑いを持たず、自身の持ち得るものをフル活用して、歩いてきた。
史上最年少でウマ娘のトレーナーの資格を取り、周囲からの賞賛を欲しいままにして初めての担当を持った。
調子に乗っていたのだ。自分なら何でもできると思っていた…実際、彼は担当のウマ娘をそれなりのレベルまでには押し上げることができた。
しかし、能力が見えるが故に彼の指導は合理的であっても 最適なものとは言えずウマ娘を信じるなどということはなかった。
数字には見えない能力があることも分かっていたし、それによってひっくり返る勝負を見たこともある。
だけれども、彼はウマ娘を勝てる勝負で勝たせることに執着した。
ウマ娘の世界は残酷だ。どれだけ頑張ったとしても、1位になれるのはただ1人だけで、生まれた時点で能力の上限だったり、適正だったりというものが、人間よりも極端に偏っていた。そういったものを全て見れる男としては、無謀な挑戦をさせずに無理な練習をさせずに適正な状態を保ち、勝てる勝負を勝たせることが重要だと思っていたのだ。
今に思えば何と傲慢で独り善がりなのか。
確かに彼は優秀なトレーナーではあった。最初の担当はG1を勝たせられたし、担当以外のウマ娘にアドバイスをしていた。
しかし致命的にウマ娘という10代の少女の心に寄り添えていなかった。
結果、悲劇が起こった。
17歳にトレーナーの資格を取り、その5年後。2人目の担当ウマ娘が大きな事故を起こしたのだ。
『貴方は私のことを見ていないじゃない!貴方を担当に選んだのが間違いだった!!!!!』
彼女とはその事故以来一度も会っていないが、男の心に深い深い傷跡を残している。男はその頃から、トレーナーを辞めたいと思っていた。
ウマ娘のトレーナーというものは狂気の職業だと感じている。ウマ娘にとってレースとは、数の限られたチャンスであり、人生を決めると言っても過言ではない重さを持っている。
その上、怪我をすれば二度と走れなくなる可能性もあり、普通の教師と違ってかかるプレッシャーは絶大である。しかし、その分バカみたいな給料が出ることもあり、彼はトレーナーの資格を取った。
そもそもそれが間違いだったのだ。
覚悟を持って、トレーナーの資格を取るべきだったのだろう。複数の担当者娘の人生を背負う。全くもってたまったものではないと思う。
ウマ娘は温厚だがそれでも、引退間際に呪いの言葉を吐きつけられることもありえない話ではないのだ。
レースが終わり、ウイニングライブへと場面が移る。男はこのライブも嫌いだった。一体トレーナーたちはどんな心境でこのライブを見ているのだろうか。
勝利したウマ娘が踊るのはいい。しかし、負けたウマ娘たちはバックダンサーとして、ステージに立つのだ。こんなものは死体蹴りでしかない。
勝負事に勝敗がつくのは、仕方のないことだとは分かっている。だから、レースで決着がつくまではいい。しかし、このウイニングライブを見せられる側はたまったものではない。ライブが終わり、自分の担当に励ましの言葉をかけてから、職場に戻る。
そろそろ、模擬レースが始まり新しい担当を持つ時期だ。
しかし、男は新しく担当を持つ気はなかった。今受け持っているウマ娘はシニア2年目。そろそろ引退も考えているようなので、それに合わせて自分もトレーナー職を降りようと思っていた。
だから先輩の黒沼トレーナーに連れて行かれた模擬レースでもスカウトなどする気はなかったし、すぐに帰るつもりだった。
そこで出会った。
綺麗な髪にくりくりとした黄緑色の垂れ目のウマ娘、アストンマーチャンに。
「……みなさんの夢は何ですか?」
テレビ放送まで入った模擬レースの勝者アストンマーチャンは、スカウトを狙うトレーナー陣に問いかけた。
「わ、私は貴方と一緒にG1を勝利することよ」
「君を年度代表ウマ娘に育てて見せる」
彼らは、口々に夢を語る。しかし、その問いかけに明確な回答を出さないまま、彼女はこう告げた。
「マーちゃんの夢は、マスコットになることなのです。ただのマスコットではないです。世界を股にかけたスーパーマスコットです。あらゆる場所に出没し、あらゆるヒトの手に渡る、そんなスーパー、いえ、ウルトラスーパーマスコットがいいのです!」
独特なピッチ走法に惹かれるものはあったものの、それ以上に不思議な雰囲気を発している少女に、男は目を奪われていた。
その驚きのステータスに目を見開いた。間違いなく勝てる側のウマ娘だ。しかし、男は彼女をスカウトすることをせずにその場を去った。
数日後、思わぬ再会をした。
ランニング中に立ちよった河川敷。そこにはマーチャンがおり、目の前には墓であろう土の山があった。
「………あー、何やっているんだ?」
男は気が付けば声を掛けていた。
「ホワホワさんを埋葬していたのです。でも大丈夫です。動画も写真も撮りましたから、忘れたりしません」
会話が成立していなかった。ホワホワさんとは誰だろう。動物の名前だろうか。墓の大きさから推測した。
「………ペットか?」
「いえ、お友達です」
「そうか」
喪失の痛みには様々な種類があるが、彼女の雰囲気には悲しみがなかった。違和感を咀嚼しながら、男は目を細めた。
「なあ、悲しくないのか?」
その疑問を受けて、初めてマーチャンは男の方を見た。
「たしかに多くのヒトは、亡くなると悲しんでいました。でもマーちゃんは知っています。命は流れるものなのです。病院が教えてくれました」
「病院が?」
「お母さんがお医者さんなので」
マーチャンの実家は母が医者をしている病院で、そこで多くの人の命や死に触れてきたらしい。
「上流から下流へ。生まれて、流れて、全て必ず海へ行くのです。例外はありません。ホワホワさんも、あなたも………わたしも。必ず海へ行くのです」
「………だから、悲しくはない?」
「………一番、本当に悲しいのは忘れられることです。わたしや、あなたが、ホワホワさんを忘れてしまうことです。だから1番重要なのは跡なのです。いなくなっても消えない跡です。忘れられないための痕跡」
ふと、模擬レースの時のマーチャンの言葉を思い出す。
『マーちゃんの夢は、マスコットになることなのです』
「…達観した死生観だな」
彼女は目立ちたがりではなく、忘れられたくないからこういった言動をするのだろう。
「レースをするのは忘れられないためか?」
「その通りです。マーチャンはマスコットになるのです」
ウマ娘の世界は厳しい。記録には残っても記憶に残らないウマ娘が大半で………彼女もそうだった。男は過去の担当を回顧する。過去の罪を。
「………」
男は周囲に目を向けて、黄色い花を引き抜く。そしてマーチャンの目の前にある地面に飾り付ける。
「確かに、忘れられるのは悲しいことだ。自分の証とか意味とか、成してきたことが残らないのは悲しい。人生の証っていうのは認識されて初めて意味を持つ」
マーチャンの黄緑の瞳と男の光のない暗い瞳が交差する。そして、男は溜息を吐いて続ける。
「レースに出るというのはある意味正しい。どんな結末を迎えても、担当を忘れるトレーナーは存在しない。どうしようもなくお前たちのことが頭に残る。少なくとも俺の前にはお前がよく映っている。だから全員から忘れられることはない」
男としては自分の過ちを忘れたいところだったが。
「だが、もし多くの人間に自分を刻みたいなら、この世界で記憶に残るには鮮烈な活躍が必要だ。誰かの心に足跡を残す輝かしい何かが………できるといいな」
男はそう言ってその場を後にしようと振り返った瞬間、腕を掴まれた。
「明日、マーチャンは種目別競技大会に出ます。見に来てください」
「………何で?」
「鮮烈な勝ち方をしてマーチャンを記憶に刻み付けるためです」
自分ならレースで深く、消えない跡を残せると。意外と自信家なウマ娘だなと男は思った。しかし、同時にこうも思っていた。彼女を勝たせれば少しは罪悪感がなくなるのではないかと。
「マーチャンの直感です。貴方に『君を忘れさせたくない』と言って欲しくなりました」
真っ直ぐに指差してはにかむ少女に、男は少しの間固まった。
「…いいだろう。鮮烈に勝ったらな。いくらでも言ってやるし、手伝ってやる」