チート転生トレーナーがマーチャンに振り回される話 作:朝起きるのが嫌い病
人生で2人目の担当ウマ娘は、どちらかといえば、平凡よりのウマ娘だった。
唯一、違うところといえば、どれほど打ちのめされたとしても諦めきれなかったところだろう。
彼女は長距離の適性がなかった。
あえて表現するのであれば適性はC。練習を積めば適性を上げて、走れなくはないが、勝ち戦ではない。
だから柊は、彼女を長距離で走らせなかった。マイルと中距離を中心にその時々に応じてGⅢかGⅡを走らせ、勝てる勝負に勝たせてきた。負け戦に挑ませるぐらいなら勝てる場所で勝たせてやる方がいいと思っていたのだ。
ウマ娘といえども負け続けて平気なわけではない。足をダメにしてしまう前に身の丈よりも上の場所で、勝利を積ませる。間違っても天井では戦わせない…。
そういう方針を取ってきた。
挑んで負けるよりセーブして勝つ方がいいと思っていた。トレーナーになる前から、負けてトレセンを去るウマ娘を何度も見てきた。柊はその経験から彼女たちを縛った。善意だったのだ。
時には挑戦を許容したが、それは後々糧になると判断したからだ。
感情を除けば非常に合理的な判断だった。昔から勝たせることがトレーナーがいる意義だと信じてきたから目を背けた。失敗が怖くて、鈍感なふりをした。
だが、致命的に彼女との相性は悪かったのだろう。もっと彼女を見ているべきだった。
距離を詰めて失敗するのは怖かったから、距離を保ち目を反らしながら接した。
故に、あの日、気づけなかった。毎日、彼女のステータスを見ているべきだった。
そうすれば、彼女の無茶な自主練にも気づけたしあんな事故が起こることはなかった。
あの日、彼女の腕を掴めていればあのレースに出すことをしなかっただろう。
しかし、それは後の祭りだ。
彼女との最後のやり取りが忘れられずに、こうして今も夢で見ているのだから。
『貴方は私のことを見ていないじゃない!貴方を担当に選んだのが間違いだった!!!!!』
「ッ!」
右頬に衝撃を受け吹き飛んだ。口の中から血の味がしたが、再度立ち上がりそれでも彼女の前に座る。彼女は自分が叩いた右頬に手を添えて下に滑らせていく。そして、首を掴んだ。
彼女は泣いていた。包帯でも隠しきれぬ悲しみが熱となり雫として流れ落ちる。
『憎いわ…腸が煮えくり返りそうなくらいには』
しかし、腕に力はなく首に痛みは感じない。
視界が暗転する。
すぐに、車の中だとわかった。シートの感触や走行音、車の揺れなどを感じたこともあるし、視界で、前から後ろにすばやく流れていく夜景、それを区切るフロントガラス、運転席に座る黒沼先輩の姿を捉えたこともあった。明らかに、車内だった。まどろんでいる柊の頭が、状況を理解していく。
「魘されていたな」
「そうですか。酒のせいですかね」
溜めるでも横目に見るでもなく、普通に答えた。後ろの席では、奈瀬文乃が寝息を立てていた。トレーナー同士で飲み会を開き、その帰り道同じ方向の柊と文乃が先輩に送ってもらっていたのだった。
「あの事故から半年か。お前はトレーナーを辞めると思っていた」
何でアストンマーチャンを担当しているんだ?そう聞かれた気がした。
「何となくです。トレーナーやめる前にもう少しお金が欲しくなりました」
「………どうだ、アストンマーチャンは」
「変わり者ですね。デビュー直後にURAに乗り込んでグッズを出してくれと直談判した子なんていないでしょ」
『ウマ娘グッズ製造会社のみなさんご照覧あれ。マーちゃんは売り出しがいのあるウマ娘だと証明しますよ』とレース前に自分を売り込んでいた。
「トレーニング中もマーちゃん人形をベンチに陳列しているんですよ」
年末商戦のことも気にしており、商品開発、グッズ制作、陳列作業に手を尽くしている。また、グッズを売るにはストーリーが必要と考えて、自主制作映画をウオッカとダイワスカーレットに協力してもらいながら撮影していた。
「愛される映画を撮ればグッズが売れる。よい売上データが生まれる。URA企画制作部へ直談判しにいく。マスコットを作ってもらえるのはよい戦績のウマ娘だけだが、万が一それがなくとも、最高の売上データがあれば大人は動くって思ってるんでしょうね」
「………お前は昔からウマ娘をことをよく観察しているな」
「ハハハ、見えていればあんな事故は起きませんでしたよ」
「………」
「これはただの生態の把握です。能力と性格を把握しないと最適なトレーニングができませんから」
マーちゃんは、ふんわりとした語気の割に他者の言葉で意見を曲げない頑固さと、異論は認めない意志の強さを持っている。誰が相手でもレース前に強気なコメントを残す大胆不敵さと、好戦的な言葉で観客やライバルを焚きつける策士的な一面もあり、精神力やプレッシャーに高い耐性がある。だからきついトレーニングをしても、メンタル面でダメにはならないだろうといった感じだ。
「あ、ここで降ろしてください。酔い覚ましに歩いて帰ります」
柊はそう言って帰路につくのだった。
阪神ジュベナイルフィリーズ。その控室に柊はいた。
今までの担当のときは連れてこれなかったジュニア級のG1。トレーナーとしてこの舞台に足を踏み入れるのは初めてだ。しかし、柊はそのことに思うところはない。
「トレーナーさん。どこを見ているのですか?あなたの仕事はわたしを目に焼き付けることですよ?」
柊は手元のスマホに目線を落としていた。
「………マーチャン人形の売れ行きだよ」
マーチャン人形を公式に売り出すことはできないが、個人で売り出すことはできる。こう提案した柊が、SNSと動画を併用しつつ広告を出し、新人ウマ娘特集を組んでいる雑誌記者と連携した結果、マーチャン人形は少しづつ売れ始めた。
「マーちゃんの一大事を、自分のことのように思いすぎではないでしょうか?そもそも、わたし今からレースなんですけど」
「アストンマーチャンがこの程度のレースで負けるはずがない。負けないとわかっているのだから他にリソースを割くだろ。心配なのは終わった後のウイニングライブでこけないかだな」
「………」
マーチャンは腑に落ちないと言いたげに柊を見ていた。
「お前はこう言っていたな。『船は1人乗り。1人でくだり、人知れず激流にもまれながら海へ流れてゆくものです』と。少し違うと俺は思う。トレーナーはお前たちの人生が激流に流されないように誘導する先導者だ。故に、お前がトレセンにいるこの瞬間だけは、船には二人乗っている」
「………」
マーチャンは、完成させた死生観の持ち主であり数多くの別れを体験した過去から他人はいつまでも隣には居続けられない、それは当たり前のことだと認識している。だからこそ、気持ちを共有してくれる存在は変、自分の問題は自分だけの問題と考える。
「仕事熱心でマーチャンは感激です」
マーチャンに言葉は届かず、未だに『人は独りでゆくもの』という考えを崩せないでいた。
「勝負服、完成したんだな。よく似合っている」
「そうでしょう!そうでしょう!」
勝負服は、見た人に覚えてもらえるような創意工夫がこめられたデザインとなっている。目立つ赤色は、マーちゃんにぴったりだ。
「王冠は将来ウルトラスーパーマスコットになるので、威厳が大事なのです!」
スカートは、マーちゃんの愛らしさが一番引き立つ長さだ。スカート、胸元のリボンは一番こだわりだった。
「これは、マーちゃんとみんなを結ぶ、みんなの記憶にぎゅっと結んで、忘れないように、そのためのものです」
「………そうか」
「多くに覚えていてほしい」という癖に「消えたくない」とは言わない運命を受け入れたウマ娘は、未だに流れに身を任せたままだった。
『衝撃のレコード!!!!!アストンマーチャン、レコードでGⅠ制覇ッ』
『クラシックが楽しみですね』
ちなみに、レースは当たり前のように勝った。GⅢ、GⅠを一勝。この時点で、柊とマーチャンは目標を変えていた。
クラシックが終わるまでに無敗のGⅠ3勝を達成すること。