―それは戦犯ちゃんが生まれる少し前のこと
「……んぁっ」
「目が醒めましたか!」
「……此処はどこだい?」
「軍港近くの漁村の郊外です。 流されて来て! なんとか!
一人助かったのがおばあさんです! わかりますか!」
「ああ、わかる……声はもう少し小さくていい」
―ぼんやりとしたランプの光源、薄ら寒いベッドから天井との間に少女の顔が映る
「大丈夫。意識は……今は何日だい?」
「今日は2月4日です! 良かった!」
「ちっ……そこそこ寝てたか……」
「良かった、本当に、目が覚めないかと」
―記憶が蘇ってくる。軍艦が港に停泊。馬鹿な記者が生中継し、そのまま港ごと軍艦はやられ、救命ボートに飛び込んだ。
「くそっ……外か内の差し金か、それとも素で馬鹿なのかわかりゃしない。
うちの国はいつもそうだ……いつも、いつも!」
「さ、白湯です! 大丈夫ですか! 後、何か食べないと!」
「ああ、ありがとうお嬢ちゃん。
元気な声だ……温かいものだと嬉しいねぇ」
「解りました!」
―手足の感覚が戻ってくる。ふと、ベッドの片隅にバケツの中の足、おそらく自分の足が見える。袋で止血して、水につけてあるが繋げるのが無理だろう。
「捨てる……訳にもいかないか。
燃やすか埋めるのも手間だ。どうしたもんか」
「麦粥! 温めてきました! 食べて下さい!」
「ありがとう……ああ、本当にいい子だね、お嬢ちゃん」
「いえ………全然。だって、他にもいっぱい、いっぱい居たけど」
「老いぼればかりが生き残るはすまないね」
「とんでもない!」
「医者か助けは呼べるかい?」
「流れ着いたのは国には知らせてはいます!
……けど、もう村自体が。ここは外れだったので」
―念入りにやったのは敵か味方か。生存は厳しそうだと悟る程度には老女は敏い。
「軍人さん……ですか? 服、その」
「ああ、何からなにまで」
「服もシワとか、後は勲章?ですか。ボロボロになっちゃって」
「あんなもんは洗濯に向かないから仕方ないさ」
―壁に掛けられた自分の軍服を見て、温い麦粥をすすりながら考える。長くは持たない。後の時間で何が出来るだろう?
「お嬢ちゃん、外の国の子だね。喋りが共用語の訛り方だ」
「……はい。嫌いですか?」
「そんな事はないさ。あたしも似たようなもんだ」
「……あの?」
「お嬢ちゃん、声がいいね。何かやってたのかい?」
「は、はい。声楽とお芝居を。子役もちょっとだけ」
―老女軍人は考える。とても馬鹿なことだ。けど、今必要なのはソレをやる馬鹿だ。出来るかどうかは問題ではない。今、すぐ、やれるヤツだ。
「お嬢ちゃん」
「は、はい!」
「戦争を止めたい。戦犯になれ」
「え? そ、その……それって」
「今も人は死んでる。これからも沢山死ぬし
引き受けたら、更に多くの人を殺さなきゃならない。
けれど、それから死ぬ人間はずっと減る」
「……」
「いいかい、これはお願いじゃない。あたしが勝手に今、命令してるんだ。
そりゃ、断る権利や意思はあるだろう。けど、お嬢ちゃんは“はい”と言え」
―だから、老女軍人は誠実に眼の前の少女の意思を一つも許さない。すべて、自分の独断で、鋭く今にも殺しそうな目つきで脅しかける。
「はい。わかりました」
「いい子だ。よし、紙とペンをありったけ持ってきな。
今から、お嬢ちゃんはあたしになってもらう」
「はい!」
―それから老女軍人が死ぬまで
「いいかい! どうせ、誰も信じねぇ!
だけど、信じるしかねぇってことを教えてやんな!」
「はい!」
「目的地はここだ! 途中でいろんなもんが足りなくなる!
けど、それでもやる! いいね!?」
「はい!」
「お嬢ちゃんに難しいことなんてわからねぇんだ!
とにかく、度胸だけで乗り切れ!」
「はい!」
―声を張り上げて少しずつ少女を壊し
「この筆跡を覚えな! あたしの名前で全部通すんだよ!
バレて死ぬのはいいが、やることやってから死にな!」
「はい!」
「書類はどうせわからねぇ! だから頭良さそうなヤツに説明させな!
そして、聞いた振りをして、名前書いて好きにしろで済ませる!」
「はい!」
―嘘を練り込んでいく
「声を低く! きれい過ぎるんだよ!
現場のクソガキ共にお母さんごめんなさいって鳴かせろ!」
「はぁ! いぃっ!」
「いいかい! 相手に慈悲や哀れみなんざ屈辱だ!
徹頭徹尾、豚だと思いな!」
「はあぅい!」
「ビビんな! 相手に被害者面を見せる前に殺せ!
悲しんだ所で死ぬのは変わらねぇんだ!」
「はぁ! いぃ!」
―老女軍人が息絶え程なくして、救助の軍人が現れる
「やはり、遅かったですか。ようやく来れたのですが」
「この書面を見ろ」
「は? ええと」
「私が大佐だ。そうであると教えられ、そうであるべきだと生まれ直した」
「何を言って。それにその服h――」
「私を連れていけ! 戦場にだ!」
「…………あの御方がそうであれと断じたのですね」
「そうだ! 豚を、豚を沢山殺さなければならない!」
―其処には老女軍人の服を纏い、地獄の様に低い声で、豚を見る様に蔑んだ視線で射殺す少女だったものが一匹
「それがどうした……なんだ、なんで私をそんな目で見る」
「先程の用紙と同じ文言を読み上げます。
“私は無知で何も知らぬ一人の民草であり
今回多くの方を騙し、そして戦場へと駆り立てました。
命を持って償いとするのが妥当であり
本書を持って深くお詫び申し上げる次第でございます”という
文言に貴女は同意したのです」
「貴様!? ふざけるな! なんてものを! 殺してやるぅっ!!!」
「これに意味はありません。
貴女が“読めなかった”か“読まなかった”は
演技でいくらでも変えられますからね」
「静粛に! 本日はこれにて閉廷とする!」