学祭というXデーが来たら、良くも悪くも相関図に変化は出てしまうでしょう。
だからこそ、今だけの各々の距離感に基づいて物語を紡ぐのが楽しいのかもしれません。
人も時代も、移ろい行くもの。
しかし、時の流れに心を取り残される人間だって居るかもしれません。
……というオハナシ。
いつも通りに3人がかりで怪物を殴り倒して。
変身を解除して、私の家まで3人で歩いている最中に。
「おっと、野暮用や。二人はこのまま先に行ってもろて大丈夫やで」
突然、ミカンちゃんが離脱を宣言した。
聞き返す時間もくれずに、横道へと逸れて走って行っちゃった。
そんなミカンちゃんの背中を、ソラお姉ちゃんは軽く手を振りながら見送った。
ソラお姉ちゃんが何事も無かったみたいに歩くものだから、私も釣られて足を動かしはじめたけど。
何か……違和感。
ソラお姉ちゃんとミカンちゃん、何か私の知らない暗号みたいなやりとりをしてたのかも?
私の目から不信感を察したらしいソラお姉ちゃんは、人差し指を口の前に立てて、目を細めてみせた。
「アカネちゃん。絶対に振り返らずに、歩き続けながら聞いてくださいね」
「……?」
やっぱり、何か秘密があるの?
なんか、そんな昔話を聞いたことがあるような気がするけど?
私達の後ろに何かがあって、それに関係してミカンちゃんが離脱したってこと?
「おそらく、何者かに尾行されています」
そうソラお姉ちゃんが口に出した瞬間に。
ドッタン、バッタン、なんて争う音が背後から聞こえてきた。
男の人の悲鳴も聞こえる。
穏やかじゃない事が、私達の背後で起こっているとしか思えない。
「年貢の納め時やで、オッちゃん! 往生せぇや!」
ソラお姉ちゃんが振り返ったので、私もその方向を見たら。
三十路ぐらいと思しきスーツ姿の男性が、背中側で腕を捻られて地面に倒されていた。
ミカンちゃんが、その男性を取り押さえたみたい。
地面に落ちているスマホを、ミカンちゃんが空いている手で拾い上げた。
たぶん大捕り物の時に、男性が落としたスマホだよね。
そして、その電源ボタンを押してみて……ミカンちゃんは不快感を隠しもしない表情を見せた。
「このオッちゃん、確実にクロやで! ロック画面、盗撮画像やんけ!」
「うわ……。これは黒だね」
ミカンちゃんに見せてもらったスマホのロック画面には、確かにソラお姉ちゃんの姿が映っていた。
穏やかに微笑んでいて、本当にいつも通りの姿だ。
この男の人、ソラお姉ちゃんのストーカーだったんだ!
今さっきも私達を尾行していたみたいだし、もはや言い逃れなんて不可能だよ!
あれ?
でも、このソラお姉ちゃんの画像って、本当に正面から撮ったものに見えるよ?
盗撮画像だったら、映っている人がカメラ目線なのっておかしいような……?
「ま、待ってくれ! それは僕の妻だった人の写真なんだ! 消さないでくれ!
あまりにそっくりな女性がいたので、どうしても気になってしまって……! 本当に済まなかった!」
「ストーカーは皆そう言うんやで!!」
ミカンちゃん、かなり怒ってる。
頭に血が昇ってるみたい。
ひょい、なんて音が聞こえそうな軽い調子で、ソラお姉ちゃんが問題のスマホをミカンちゃんの手から没収した。
そんなソラお姉ちゃんの顔には、おおよそネガティブな感情は浮かんでいないように見えた。
いつも通り穏やかに微笑んで……そのスマホのロック画面と同じ雰囲気だ。
「ミカンちゃん、その人を離してあげてください」
「ソラ姐さん、人が好過ぎるで!」
そのやりとりを聞いて、ちょっと珍しいな、なんて思った。
ソラお姉ちゃんとミカンちゃんが意見を違えるのって、あんまり見ない光景なんだ。
大抵、ソラお姉ちゃんが判断したことにはミカンちゃんも反対しないからね。
「ソラ? 今、ソラって言ったのかい……!?」
「……すこし落ち着いて、お話をしましょうか」
なんとか、怒り心頭なミカンちゃんを宥めて。
私達4人は、落ち着いて話せる場所を求めて最寄りの公園へと脚を運んだ……。
児童公園の一角の、ブランコが2台並んでいる区画で。
中年男性とソラお姉ちゃんが並んでブランコに座って、私とミカンちゃんはブランコ区画の手すりに座る形になった。
ミカンちゃん、かなり強く警戒心を持ったままみたい。
何かあったら即座に男性に殴り掛かりそうな雰囲気を感じる。
「さっきの画像の女性は、飛田ソラ。僕の妻だった。もう3年も前に先立たれてしまったけどね」
ソラお姉ちゃんが没収したままのスマホを返そうとしないのは、飛田さんの逃亡防止のためなのかな?
まぁホントにただのストーカーだったら、スマホを返した瞬間にダッシュで逃げられるかもしれないし……仕方ないのかも。
「私とよく似た女性が数年前までこの街に住んでいたというのは、間違いありません。よくその方と間違われますので」
道行く人に「バカな、お前は死んだはず……!」みたいな反応をされることが偶にあるんだって。
でも、3年前に亡くなったのを確認してるなら、ソラお姉ちゃんとは無関係のハズだよね。
他人の空似にしては似すぎてるっていうのは思うけど。
「そのオッちゃんの話が全部デタラメである方に、アカネはんの魂を賭けるで」*1
「せめて自分のを賭けてよ!?」
っていうか、ミカンちゃん怒ってるんだよね!?
それなのにギャグを入れるのって、一体どういうテンションなの!?
ギャグを入れなきゃ死んじゃうの?
関西の人って皆そうなの??
「本当に、ソラさんは僕の妻とよく似ている。生き写しと言っても良いぐらいだ」
それにしても、顔や雰囲気も一緒で、名前まで一緒だなんて……偶然の一言で片づけていいの?
あと、お胸も立派だったね……。
男の人ってホント、そういうの好きだよね!*2
「誰かに話すことで、心が楽になることだってあります。お話だけでも伺いますよ」
「……その声も、優しさも、何もかも瓜二つだ。まるで、妻本人と話しているような気分だよ」
苦しそうに、飛田さんは話し始めた。
妻だった女性が、難病にかかったこと。
短期出張に出ていた飛田さんは、容体が急変した妻の死に目に会えなかったこと。
妻の実家の人達が看取ったこと。
結局、葬儀で会った妻の実家の人達とも、まともに会話しないで分かれてしまったこと。
泣きそうな顔をしながら、飛田さんは昔話を語り終わった。
「死に目に立ち会えなかったことを悪く言う人じゃない。それは理解しているんだ。でも、どうしても心が苦しいままなんだ」
確かに、ソラお姉ちゃんならその悲劇に見舞われても、愛した夫のことを悪く言ったりしないよね。
……その死んだ飛田ソラさんとソラお姉ちゃんが別人なのは分かってるんだけど。
なんだか、頭の中で混同しちゃうっていうか。
飛田さんも、同じ気分なのかも。
「人は、いつか必ず死にます」
明日交通事故で死ぬかもしれません。
60年後に畳の上で天寿を全うするかもしれません。
そう、ソラお姉ちゃんは落ち着いた口調で続けた。
私達は、黙ってそれを聞いた。
「だからこそ、生きている限られた時間の中で
そんなふうに貴方に愛された人なら、幸せだったに決まっています」
「そう……だったら良いな。どうにも僕は、昔から自分に自信が持てなくてね。
まだやれることがあったんじゃないか、他の人ならもっと上手くやれたんじゃないか、なんてどうしても思ってしまうんだ」
なんだか……私は、飛田さんの気持ちが少しは分かる気がした。
自信が持てない人間が、光り輝く道標みたいに思っていた最愛の人を失ったら。
きっと、途方に暮れる。
自分のせいじゃないって冷静に考えれば分かることでも、割り切るなんて出来ないと思う。
何かを責めていないと、おかしくなるんだ。
その対象が他人なのか自分なのか、それは状況次第だろうけど。
暗い沈黙が流れた。
ブランコの鎖が軋む音が、やたらと大きく聞こえた。
「話だけは聞かせてもろたけどな……。ワイらが出来ること無いやろ、コレ」
不機嫌そうな顔をしたまま、ミカンちゃんが話を切り上げようとしてる。
見るからに凹んでいる飛田さんを、このまま残していって良いのかな……?
ミカンちゃん、ちょっと冷たくない?
「言っちゃなんやけど、結局その人とソラ姐さんにしても、名前と背格好が似とるだけの他人やんけ。
最後にはオッちゃんが自分の心に整理つけるしかないっちゅう話やし、それが出来るのはオッちゃん自身でしかないやろ」
それはそう。
そうなんだけど。
もっと、こう、手心というか……。
でもなんか、こういう暗い弱さから一番遠いところに居るのは、ミカンちゃんなのかも。
あんまり落ち込まないみたいな話もあったし。
根本的なところで、ネガティブな人の考えが分からないのは納得できる気はした。
ソラお姉ちゃんは、そんな弱い人間の気持ちが分かるのかな?
たぶんだけど、ソラお姉ちゃんは途轍もなく芯が強い人間だと思うんだ。
大切な人と死に別れても、苦しくて辛くて悲しくても、最後には前を向いて歩いていける人な気がする。
そんなソラお姉ちゃんには、延々と苦しみ続けて自分を責める人間の弱さなんて、本当に分かる?
「ソラ姐さんの想像にしたって、身も蓋も無い言い方したら、死んだ人間の言葉を生きとる人間が都合よくでっち上げただけやで」
「……やめて。もう、やめてよ」
私は、声を絞り出していた。
叫び声なんて呼べるほどに大きな声じゃなかった。
ミカンちゃんの言葉が正しいのも分かってる。
でも、今だけは声をあげた方が良いって思った。
「ミカンちゃんの言ってること、正しいよ。
でも、それでも、どうしても……心が真っ暗で、どうしようもなく苦しんじゃう人だっているんだよ」
私の絞り出した言葉を聞いて、ミカンちゃんは言葉を詰まらせているみたいだった。
ソラお姉ちゃんも、何も言ってくれない。
沈黙が重かった。
でも……飛田さんは、苦しそうにしながらも少しだけ笑ってくれた。
「少しだけ、気が楽になったよ。
励ましてくれて、発破をかけてくれて、共感してくれて……ありがとう」
少しだけ頭を下げて。
ソラお姉ちゃんからスマホを返してもらった飛田さんは立ち去っていった。
決して……軽いとは言えない足取りで。
そんな飛田さんの背中を見送って、私達3人が取り残された。
児童公園は夕日に照らされて赤く染まっている。
こういう、昼でも夜でもない夕方の時間帯を……なんていうんだっけ。
陰陽術の話をした時に、ちらっとソラお姉ちゃんが口にしてた気がするんだけど、思い出せないや。
「確かに、ミカンちゃんの言う通りです。死者の言葉を勝手に代弁するのは、褒められた行為ではありません。
霊媒師やイタコに本物なんて居る訳がない、というのも
穏やかに微笑みながら、ソラお姉ちゃんは続けた。
慈愛の化身みたいな表情を、夕日に溶け込ませながら。
オカルトを口では否定しながら、その実として誰よりも神秘の中で生きているみたいな顔で。
「これから私がすることは、おそらくミカンちゃんが好ましく思わない事だと思います。
それを承知のうえで、頼みます。どうか……最後まで見守って欲しいんです。宜しいでしょうか?」
「……ええで」
ミカンちゃんは、渋々という顔で頷いた。
これからソラお姉ちゃん、何をする気なのかな?
ミカンちゃんには分かってるの?
まだ私には分からないけど。
おもむろに……ソラお姉ちゃんは、自身のスマホを取り出した。
スマホに登録してあるアドレス帳の機能を使うんじゃなくて、手入力で電話番号を打ち込んだ。
ちょっとの呼び出し音の後に、電話越しに聞こえてきた声色は、さっきまでこの公園に居た男性のものだった。
「お久しぶりです、隆二さん」
電子通話の向こう側から、息をのむ音が聞こえた気がした。
「永遠の愛を誓い合ったのに、別れを告げることも出来なくて、ごめんなさい」
ソラお姉ちゃんは……何だか、まるで別の人みたいに見えた。
「私は、幸せ者です。色んな人に愛されて、育って……貴方に巡り合うことができて。本当に幸せでした」
いつもと同じように優しく微笑んでいるはずなのに。
「私が幸せであったのと同じぐらい、今を生きる隆二さんにも幸せでいてほしいです。これが、私の最後のワガママです」
涙を心の奥底にしまいこんで、気丈な声を出そうとしている、一人の女の顔だった。
「いつか、もし再会する時があるのなら……そんな私の知らない思い出を、いっぱい聞かせてほしいです」
いつの間にか、夕方が終わろうとしていた。
「……またね」
その女性は、そっと最後の一言を残して通話を終えた。
人気の無くなった児童公園は、もう薄暗くなってしまっていた。
通話を切られたスマホに目を落としているのは……いつもの、ソラお姉ちゃんだった。
穏やかに微笑んでいて、優しくて綺麗な、そんな普段通りのソラお姉ちゃんだ。
さっきまで別人のように見えていたのがウソみたいだった。
「私も、今日はこれにて失礼しますね」
ブランコから立ち上がったソラお姉ちゃんは、平常運航な足取りで児童公園を後にした。
私とミカンちゃんだけが、ブランコ区画の手すりに座ったまま残された。
何となく、顔を見合わせてしまった。
狐につままれたような顔っていうのは、こういうことを言うのかもしれない……って思った。
きっと、私も一緒だ。
「霊媒師やイタコっちゅうんは、古臭いカウンセラーなのかもしれんな」
「でも……そういうのが必要な人も、いるよ」
ずっと昔の時代にも、居たのかもしれない。
死者が現世に返ってくる訳がないなんて百も承知のうえで、生きている人間を励ますためにウソをつく人が。
そういう人達の名残が、現代に言い伝えられているのかも。
さっきのソラお姉ちゃんの電話も、ミカンちゃん風に言ったら……死んだ人の言葉を、生きている人間が都合よくでっちあげただけ。
もしくは、ソラお姉ちゃん自身の信条なのかも。
だけど……飛田ソラさんのホンモノの言葉なんじゃないか、って理屈じゃなく思わせる何かがあった気がするんだ。
本人に会ったことは無いから、自信とかは無いけどね。
「そういえば。飛田さんの下の名前、一度も聞いてない気がするけど……?」
隆二さん、ってソラお姉ちゃんが当たり前みたいに言ってたけど。
ちょっとヘンだなって思ったんだよ?
だって飛田さん、一度もフルネームで名乗ってないよね?
なんだか、背筋が寒くなった気がした。
6月の夜なんて、寒いワケないのに。
なんだか……オカルトの片鱗を味わった気がした。
ソラお姉ちゃん、口ではオカルトを否定するみたいなことを言ってたのに、実は一番オカルトを体現してるみたいな人なんじゃない……?
「ソラ姐さんは、オッちゃんのスマホを預かっとったんやで? 電話番号を調べる時にプロフィールから名前も見たんやろ」
うっ……言われてみると、そうかも?
そんな素振り、私は見なかったと思うけど。
でも、4人で話してる時にずっとソラお姉ちゃんの手元を注視してた訳じゃないし、見逃したのかも。
そ、そうだよね!
いくらなんでも、そんなホンモノの心霊現象なんて、ソラお姉ちゃんでも起こせないよね!
「ワイも帰るとするで。ほな、また」
ひらひらと手をふって、ミカンちゃんも薄暗い児童公園を去っていった。
私も、もう帰らなくちゃ。
公園を後にしようとした私の背中に……まだ夏に染まり切っていない、生温い風があたった気がした。
……またね。
あれ? このフレーズって何処かで聞いたような?
飛田ソラさんの写真が表示されていたのはスマホの「ロック画面」。つまりスマホはパスワードで守られている。なので、ソラお姉ちゃんは飛田さんのスマホの中身を一切見ていないハズなのだ……。