美津子の碁   作:としより

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第5局 『美津子、折れる』

息子は有名人だ。

 

ただのプロ棋士のはずなのだが、最近の活動内容はさながらバラエティアイドルのような感じで、テレビ雑誌ラジオetc...と多岐にわたる。

正直なところ、低段棋士は対局料だけで生活するのは難しい、という話もネットで見た事があったので、仕事が多い分には収入も増えて良いとは思う。

とはいえ今の息子は囲碁にしか興味が無いので、実家にいる分には対局料だけでも問題はなさそうだが。

 

さて、今日はあかりちゃんに教えてもらった囲碁教室に参加する日。

息子に隠れてコソコソ囲碁の教本を読み続けていたが、手元に囲碁セットがないのであまり理解が進んでいない。

願わくば何事もなく囲碁の勉強が出来ますように、と願いながら家事を終わらせ支度をする。

 

(たしかこの辺りだったはずよね……)

 

キョロキョロしながら同じところを行ったり来たりする私は完全に不審者だが気にしない。入口が見つからないのだから仕方がないのだ。

そう自分に言い聞かせ、周りの目はあまり気にせずに入口を探すこと10数分、ようやくビルを見つけた。

 

(確かにこれは分かりにくいわね、普通のオフィスビルかと思ったわ。)

 

ようやく……ようやく囲碁の1歩を踏み出せるのだ、息子に教えを乞うてから既に半年が過ぎてしまったがここまで来れた。

既に万感の想いが胸に込み上げて、少し涙目になりつつも教室に入る。

 

……

………

 

白川先生の説明は非常にわかりやすく、本で学んだことが上手く活かせる時間だった。

個別に回って指導もしてくれるので、今のうちに質問事項をメモにまとめておく。

 

「こんにちは、白川です。今回が初参加ですね?如何です?」

「あ、進藤です。よろしくお願いします。教本は読んでいたので、先生の解説でとても理解が深まりました。」

「それはそれは、理解していただけたのなら教える身としては嬉しい限りです。ところでもしかしてなんですが、進藤……ヒカルくんのお母様ですか?」

 

その瞬間、私の中で時間が止まった。

そんな私の様子に気付かずに白川先生は続ける。

 

「彼は私と同じ森下門下で勉強会をしているんですよ。彼のヨミの深さにはいつも驚かされています。まだまだ下の世代に負けるつもりは無いんですが、末恐ろしいですね彼は」

 

なにか喋っている。ワカラナイ、音が私に届かない。

狭い世界なのだから、知っていて当たり前だ。何故そこに考えが至らなかったのだろう。

 

「すみません、今日はこれで……」

「え、あの、進藤さん!?」

 

へばりつく喉から何とか言葉を捻り出し、教室を後にして帰路に着く。

気が付くと家に居て、既に家事も終えていた。

息子に内緒で囲碁は無理なのかもしれない、そう思いながら少し早めに布団に入り考えるのをやめた。




(あの様子……急にどうしたんだろう?進藤くんに相談した方が良いのかな?いや、進藤くんの話になってから、か?……相談するのはやめておこう、なにか事情がありそうだ)

と、言うわけでほんの少しだけ学ぶことが出来ました。
とはいえ囲碁デビューとは言えない結果に終わってしまいました。
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