「織田家の血が無い……というのは……」
「……そのままの通りでございます。信広様は織田の血がありませぬ」
政秀はそう言って痛みに堪えながらゆっくりと起き上がる。
「爺ッ」
「この事は何れ話す必要がありました……」
そう言って政秀はゆっくりと語り出したのである。
「元々、信長様の前に御嫡男はおりました……それが五郎三郎様……しかし、五郎三郎様は生まれてから僅か一月で病になりそのまま帰らぬとなり申した……」
「………だが、俺は此処にいるぞ?」
「信広様は……捨て子にございます」
「捨て子!?」
「五郎三郎様が亡くなられた時……大殿はその時、松平清康と戦をしている最中でした……享禄2年の事でございます」
「ウム。松平清康はその後『守山崩れ』で死ぬがな」
「左様……大殿が信広様を拾われたのは天文元年の事でございます……愛知郡の岩崎城を攻撃後に撤退中、草むらで赤子が泣いているのを兵士が見つけ、それをたまたま大殿が見つけたのです。大殿は五郎三郎様の小姓にでも育てようとしたらしくそのまま保護しました……それが信広様でございます」
「……そうか……」
「その後、勝幡城に帰陣しますが既に五郎三郎様は亡くなられておりました。そこで大殿は拾われた信広様をそのまま五郎三郎様とし生きているように仕向けたのです……」
「それはまた何故だ……?」
「……その当時、松平清康により尾張攻めもあり五郎三郎様への祟りではないかと恐れたのやもしれませぬ」
「………………」
政秀の独白に信広は溜め息を吐いた。別に自分が織田の血を引いていないかは関係なかった。
「爺、それでも俺は信長を支える。それだけだ」
「………でしょうな……」
信広の言葉に政秀は笑みを浮かべる。
「しかし……何れはそうなりますまい」
「……というと……?」
「信長様の信広様への好意……気付いておられるでしょう?」
「………………………」
政秀の言葉に信広は無言で返した。信広も信長の行動を見て薄々は気付いていた。だが、兄弟であるという事もあり抑えていた。
「信広様は織田の血がありませぬ……機会はありましょうぞ?」
「爺……爺はそれで良いのか?」
「ホッホッホ。土田御前様はどうしようがありませぬがワシは信長様の味方……そういう事でございます」
信広の問いに政秀は笑みを浮かべてそう返す。その言葉に信広は肩を竦めるのである。
「喰えない爺だ……」
「信広様、ワシは信広様の決断を支持致します。後悔無きよう……」
そして末森城へ帰る途中、信広はポツリと呟いた。
「後悔無き決断……か……」
「何か仰いましたか?」
「いや……何でもない」
飛龍の言葉に信広はそう返すのであった。
「おのれ賊どもめ!!」
京、二条御所。室町幕府第十三代将軍足利義輝は謎の兵力に押し寄せられ居住している二条御所で奮戦をしていた。
「此処を何処だと思うておる、将軍家じゃぞ!!」
「グァッ!?」
義輝はそう叫びつつも名刀『三日月宗近』を振るい雑兵の首を刈り取る。血飛沫が義輝に降り掛かるが義輝は気にしなかった。
「遅くなりました義輝様」
「幽斎、来てくれたか!!」
そこへ武装した細川幽斎が兵を率いて義輝の救援に来た。
「このまま脱出しましょう。此方の兵は僅かに三百、勝ち目はありません」
「……分かった。落ち延びようぞ」
義輝と幽斎は謎の兵力に攻撃されながらも二条御所を脱出して京から近江に近い山奥の廃社に移動した。
「それにしても幽斎、よく駆けつけてくれたのぅ」
「……以前より注意を呼び掛けた者がいましたので準備はしていました」
「そうか……其奴には感謝せねばならんな。ところで幽斎、これからどうする?」
「……とりあえず越前に向かいましょう。京は既に敵の手中です」
「……あい分かった。朝倉は逗留を許してくれると思うが京へ進軍してくれると思うか?」
「……越前の後ろは一向宗が治める加賀です。残念ながら……」
「……そうか……とりあえずは越前に参ろう。後の事はそれからじゃ」
こうして義輝一行は越前へ落ち延びていった。
「……義輝は死なずに行方を眩ましたわけね」
「も、申し訳ありません!!」
「……次は無いわよ」
「はは!!」
夜半、何処かの屋敷でそのような話が行われていた。部下は女性に頭を下げて退出した。
「……義輝が死ねばどうなるか見物だったけど行方不明じゃ仕方ないわね」
一人残った女性はそう呟いた。
「良いわ。私に刃向かうなら潰すまでよ」
女性は薄ら笑いをするのであった。
「織田信広、末森城取り上げとする」
『………』
稲葉山城で皆が集まる中、信長は信広に向けてそう言った。他の者達はいきなりの事に固まっている。何せ兄である信広に城の取り上げをしたのだ。
「織田信広、大垣城に与える。家臣には斉藤道三、氏家直元を付ける。なお長秀はそのままとする」
『………』
頭の回転が早い者は信長に意図に気付いた。
「……御意」
「それと……信行」
「は、はい」
末席にいた信行に信長が声をかけた。声をかけられた信行はいきなりの事に少し緊張している。
「織田信行、末森城を与える。家臣には病から復帰したばかりの平手の爺を付ける」
「御意にございまする」
「確りと信行を教育してくれ爺」
「ホッホッホ。お任せ下され信長様」
(……成る程な。信行の復帰を認めたのか)
信広は平伏している信行に視線を向けて納得した。
「それと今日から稲葉山城を岐阜城と改名する」
「岐阜……明の大陸の古代に存在した周王朝の文王が岐山によって天下を平定したのに因んでか……」
「その通りだ。城下町の井之口も岐阜とする」
そして評定後に信広は信長の部屋を訪れた。
「兄様……急な取り上げと与えるをして済まない」
「構わんよ信長。最初は驚いたけど信行の事で納得したよ」
信広は信長にそう言っておいた。信長は史実でも身内に甘かった。
「俺を大垣城に移したのは浅井と六角の牽制か?」
「うむ、稲葉山城攻めの時に浅井が怪しい動きをしていたしな。それと兄様、大垣城に移るには竹千代との会談が終わってからにしてほしい」
「……竹千代というと……松平……漸く同盟か?」
「ウム、竹千代も漸く三河を統一したらしいからな」
(……その三河の東には織田に降った今川もいるけど……まぁ良いか)
そして数日後、同盟締結のため松平一行が岐阜城に到着した。
「お久しぶりです信長殿」
「久しいな竹千代」
二人が懐かしそうに話している。話している元康の後ろには二人の男女が控えていた。
「竹千代……その者達は?」
「はい、私が幼き頃から従ってきてくれた者達です」
「石川数正です」
「天城颯馬です」
視線を向けられた二人が信長に挨拶するが信長は二人を見てふむと呟くと元康に視線を向けた。
「元康、この二人を私にくれないか? そなたらも私の直臣にならないか?」
「そ、それは……」
「おや、私に逆らうのか竹千代? まぁ逆らったところで三河が蹂躙されるだけだからな」
(脅すんじゃない。とりあえずは……)
「ど阿呆!!」
「ぷげら!?」
信広は信長の頭を殴っておいた。元康はいきなり殴った信広に目を見開いた。
「あんまし脅してやんな。殴るぞ?」
「も、もう殴っているじゃないか兄様……」
「これは殴るの数に入ってないから数えてない。あぁ松平殿、そちらの二人から取るような事はしませんので」
「……では他から取ると?」
「松平殿は三河を統一したばかりです。なので暫くは内政を重点的にしてもらいたい。特に三河の国内は寺が多いのでな。そこで武将の派遣を願いたいのです」
「……分かりました」
「それでは信広様……どの武将の派遣を?」
天城が言ってきた。
「……本多忠勝を派遣してもらおうか」
「忠勝……をですか?」
「ぶちまけて言うが尾張の兵は弱小だからな。鍛練してはいるが兵より将の数が足りんのよ(後の事を考えると勝家と張り合う感じにしたいしな)」
「それで忠勝をですか……」
「そういう事だ」
「……分かりました。忠勝を派遣します」
「感謝致す松平殿」
こうして織田・松平同盟(後に徳川に改名)は無事に締結されたが信広に殴られた信長の機嫌が悪かったのは言うまでもない。
(まぁちゃんと謝っておいたが……その代わり団子を奢らされた。懐が寒くなったよ……)
そして信広は道三と長秀、氏家直元を引き連れて大垣城に入城した。
「それで信広様、今後は……」
「暫くは内政だろう。開墾だよ開墾」
「千歯こきはどうしますか?」
「勿論投入する。それと鍬も新しく作ってみた、持ってこい」
「御意」
信広はそう言って近習に『あれ』を持ってこさせた。
「これは……」
「備中鍬だ」
信広は長秀達に歯が三本の備中鍬を見せた。
「既に五十本を生産して付近の村に配布しておいた。数日中に様子を見に行くがな」
「これなら耕しやすいですな」
「実験したが湿り気のある土壌を掘削しても、金串状になっている歯の関係で歯の先に土がつきづらいのが利点だな」
「へぇ……面白いわね。でも信広ちゃん、どうして備中なのかしら? 別に美濃鍬でも良くないかしら?」
「備中は古来より鍬等を貢納しているからな。それにあやかって付けた」
後に備中を攻略して普及させた際、備中の民に感謝され信広を祀る神社が出来たとか……。
そして数日後、信広達一行は備中鍬の様子を見に村に訪れた。
「どうだ鍬の具合は?」
「これは織田様。配布された鍬は頗る働きをしています」
信広は名主と村役に挨拶をした。
「今までの鍬より湿り気がある土壌を耕しても土が鍬に付きづらく耕しやすいです」
「それは良かった。鍬の協力をしてくれたから今年のこの村の税は三割で構わない。残りの七割は農民達の物だ」
「あ、ありがとうございます!!」
信広の言葉に村役が頭を下げる。
(内政はちゃんとしておかないと破滅するからな。特に一揆とか一揆とか一揆とかさ。大事な事なので二回言ったからね)
信広は農民達の一揆を恐れた。農民の一揆は歴史を語っている。正長の土一揆、山城国一揆、加賀一向一揆は特に歴史の教科書やテストにも出る程有名である。(作者が小学生の時のテストにも出た)
また、元康の三河でも史実の1563年から1564年の半年程に三河一向一揆が起こり敵からも「犬のように忠実」と半ば揶揄される形で評価された三河家臣団の半数が門徒側に与する事態があった。
(武田信玄じゃないけど、農民は手厚く保護をしないとな……)
信広はそう判断した。そしてそれが功を成すのはまだ先の話であった。
「それじゃあ戻るか」
そして屋敷に戻ると既に酒を飲んでいる次郎法師ーー直虎に改名がいたりする。
「お、戻って来たかい。なら飲もうか!!」
「……ま、たまにはいいか」
飲んで宴会している直虎に信広は苦笑しつつ追加の酒と肴を持って来るように小姓に伝えるのであった。
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