Fate/Pseudepigrapha   作:カツオ大好きハヤさん

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ドイツのとある森の中、時計塔に所属する魔術師である青年ヨハンはサーヴァント達の戦闘に巻き込まれてしまう。


邂逅

 逃げる。逃げる。逃げる─。

 肺が酸素を求めて絶叫するのを押さえつけ、脚が度重なる疲労に耐えかねて地面に転がるのを防ぐべく気力で支え、必死に地面を駆け巡る。

 何から逃げているのか?そんなもの決まっている──背後から迫り来る破滅の災禍から、一歩でも遠く離れられる様に。背後で行われる災害の如き闘争から、少しでも関わらなくする様に。耳に劈く(つんざ)咆哮から僅かでも遠ざかれるように。

「「オオオオォォォォォォォォ!!!!」」

 ほんの少しだけ背後を見やれば、そこに繰り広げられているのは壮絶無比な剣戟だった。一歩そこに足を踏み込めばたちまち肉片になり得る程の力で振り抜かれる二振りの直剣が轟音を撒き散らしながら、隕石の落下にも比肩し得る速度で激突している。剣と剣がぶつかり合う、ただその衝撃で僕は幾度となく吹き飛び、地を転がり、傷を増やし続けていく。そして、ヨロヨロと起き上がり…それを織りなす怪物(サーヴァント)達を見つめる。

 1人は、金色に輝く聖剣を携える金髪碧眼の壮年の男だ。纏う軍服や皺の刻まれた顔には無数の傷跡が残されており、彼がどれほどの過酷な戦場を潜り抜けてきたかを勇壮に語っている。何よりもその背中だ、見るもの全てを安堵で包み込むかのような、誰をも救う()()()()()()()()としての誇りを感じさせてくる。先ほどから彼の手によって幾度となく窮地に追いやられて尚そう思わせてくるのだ、誰かを救う為に命を賭けて戦い抜いた誇り高き英雄であるのは間違いない。そして手にした聖剣もまた闇夜を斬り裂く光輝となって戦場を照らしていた。夢、希望、総じて善なる想いを束ねられて鍛造(つくら)れた()()は彼のような勇者が持つに相応しい逸品だった。煌めく剣閃が奔る度に

 一方のサーヴァントは、先の男とは真逆と言っても良いだろう。歪みに歪んだ鉄の竜を無理矢理鎧へと変じさせたかのような醜悪なフルプレートを纏う狂気の戦士だった。爛々と紅く輝く双眸がスリット越しに見えているのがより恐怖を掻き立たせてくる。手にした武装もまた、彼が纏う鎧のように竜を模したかのような異形のそれだ。無数に纏わりつく金属の触手で重ねあったその姿は剣というよりも棍棒のそれだ。斬る為の物ではなく押し潰す為の物──にも関わらず、巻き込まれる木々は砕かれるのではなく切断されている。物理的に考えてみても不可解な事象を引き起こす禍々しい戦士の猛攻を眉一つ動かさず、大地と木々を粉砕しながら迎撃し続ける壮年の男。

 神話や伝承で語られる英雄同士の闘争──聖杯戦争における闘争の一幕を目の当たりにしながらも無様に逃げ回り、そして地に這いつくばる僕──ヨハン・ドライツェーン・エルンスラーはまるで走馬灯のように思い出すのだった。あの日、あの時、彼から言われた事を──

 

 

 それは1週間ほど前の出来事だった。

 ヨハンを始めとした40人程の人間─無論、総員が魔術師であり、荒事(武力行使)をメインにしている者達だ─が1つの組織の一角に集結していた。時計塔。それは魔術という学問に一歩でも足を踏み入れれば誰もが耳にする巨大組織だった。12の学部と学園都市(カレッジ)を有するそれは、正に魔術を学ぶ上ではこの上ない楽園と言えるだろう。尤も、今はそのような出来事(楽しい楽しい学園生活)を楽しむ暇は存在しないのだが。

 とまれ、多くの武闘派の魔術師が集まって何をしているのかと言われれば、やはり授業だろう──。

 

『聖杯戦争──剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)。この7騎のサーヴァントを召喚し、使役し、最後の1人になるまで殺し合う魔術儀式だ』

 1人の男が教壇に立っていた。長く整った黒髪は懇切丁寧にケアを施されているのだろう、彼の一挙手一投足に合わせてサラサラと動いている。外見だけを言えば大和撫子を思わせるような風体だが、常に眉間には皺が寄せられており、不機嫌極まりないという感情が露わになっている。

『そして、この聖杯戦争は今から90年前に極東の地、冬木で行われた第三次聖杯戦争以降、世界各地で爆発的に実施されている。ニューヨーク、ロンドン、池袋、モスクワ…未確認ではあるが南極でも行われたという報告もある。所謂、亜種聖杯戦争というものだ…最大で5騎のサーヴァント、最低でも2騎による殺し合い』

 しかし、男も周囲もそんなことを気にするような気質の人間は存在せず、淡々と話を進めていく。

『しかしながら、聖杯戦争に参戦し帰還を果たした魔術師というものは存外数は少ない。現に時計塔においても参戦を望み旅立った者は数多く居るが……帰ってきた者は殆ど居ない』

 それはまるで、自らの目で見てきたかのように、

『君達がこれから向かうのは、そのような死地だ。この場にいる全員が帰還出来るとは、私には到底思えない』

 それはまるで、自らの耳で聴いてきたかのように、

『だからこそ、あの戦争に参戦し…師をも見殺しにして無様に帰還を果たした私の話を聞いて欲しい』

 この場にいる全ての人が理解した。彼が放つ独特の雰囲気を、あの戦争を潜り抜けた者にしか分からない視点(ステージ)を。故に、その内を知りたい1人の男が教壇に立つ男に向け質問をする。

『サーヴァントと遭遇した場合、どのように対処すれば良いのでしょうか』

『良い質問だ、では簡単に答えよう。逃げろ、戦うという選択肢は、サーヴァントには無意味だ。遭遇も出来うる限り避けろ』

 その答えは至ってシンプルだった。逃げろ──それ以外に生存の道は無いと。その答えを受けた男は無論のこと、その質問を聞いていた他の者達もまた唖然としていた。サーヴァント、確かに人類史に刻まれた伝説の具現化だろう。だがそれは、単なる魔術儀式にて召喚される使い魔のようなもの…召喚者である魔術師(マスター)に逆らえる筈無い──

『そう思った多くの魔術師達が、あの戦争で命を落とした。私の師を含めて、な。如何に使い魔と言えど、彼等は歴とした人間性を少なからず有している。魔術師を魔術師扱いしないという行為への反発と同じように、彼等もまた反発する。例え子供のサーヴァントであっても油断はするな、その気になれば1000人近い魔術師をも単騎で殺戮出来てしまう』

 そのような幻想(ユメ)は教壇に立つ男の言葉によって瓦解していく。室内がざわつくもそのような周囲を気にする素振りもなく、男は続ける。

『私が君達に教えられることは少ない。だから、心して聞いてくれ。聖杯戦争が、如何なる儀式なのかを』

 

 

 

 それは初心者への手引き(チュートリアル)であり、

 それは初心者向けの手順(マニュアル)であり、

 それは初心者でも行える手法(プロトコル)だった。

 彼がその場にいた者達に向けた言葉は、真に意味のある内容だった。だが、それ以上に僕はある種の感銘を受けた。まるで自身の内側─俗に言う心を見透かされるような感覚を受けたのだ。観察眼、人を見る目が彼とその他では次元が違う。一言、二言─それだけで生涯の指針が変わってしまう、変えられてもいいと思わせる程に。

 今後、如何なる生涯を過ごそうとも僕は決して彼を忘れないだろう。

『改めて、自己紹介させてもらう。私は──ロード・エルメロイ二世。かつてマケドニアで行われた亜種聖杯戦争、その生き残りだ』

 

 ロード・エルメロイ二世(ウェイバー・ベルベット)と名乗った、あの教授を。

 

 ──逃げろ、そう言われたが故に従う。今ならあの2騎のサーヴァントはこちらに気付いていない、安全圏まで脱出出来る。そう思い、立ち上がり駆け出そうとするものの─。

 

「ええいこのデカブツめ!ワタシ様のゴーレムを喰らおうなど100年は早いわ!!」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎──ッ!!!!」

 それは唐突に現れた。巨大、そう称する他ない異形の巨体。6本の脚を持ち、不気味に蠢動する体毛を持つ竜のような姿をした怪物と、それに匹敵する程の巨大な岩石で出来た人型の城がその背に対照的な小柄な少女を載せながら激しい格闘戦を繰り広げつつ騎士と戦士が死合う戦域に乱入したのだ。

「キャスターか、邪魔をするな」

「ええい、バーサーカーめ。また暴走したか」

 自身の近くに4騎ものサーヴァントが集結する、想像するだけでも底知れぬ恐怖を抱くのに、更に更に─。

「さあライダー様、此方までおいでませ〜」

 ─身の丈をも上回る巨斧槍(ハルバード)を振り回して戦う、穢れなき純白と燃え盛る真紅を組み合わせたドレスを纏う女性が逃げながらも手にした武器から無数とも取れる火線を撃ち放ち、

 

「テメェもライダーだろうがよォッ!!!逃げんなやッ!」

 ─地を駆ける巨大な猪を、無理矢理に人型に押し込めたかのような半人半獣の怪物が巨大な戦斧(バトルアックス)を振るって大地を捲り上げていき、

 

「さあ!これなるは我が足跡を、欧州を超えて刻む大戦の先触れである!!砲火を轟かせろ、凱旋の時は近いぞ!」

「うっさいわね、言われなくてもやってやるわよ!」

 ─全身に華美な装飾を纏った皇帝が如き男と、その横に連れそうように佇む金髪金眼の美女が無数の砲火を空間上に展開して、大気を揺るがすほどの衝撃(エネルギー)を伴って鋼鉄の砲弾を放てば、

 

「全く…最近の若いのは、もう少し年寄りを労わらんかい」

 ─枯木と見紛う程の細い四肢と体躯の老人が、射法八節─弓を引くという行為全てを無駄なく実行するという、武の究極に至った無音による弓の射撃を以てして迫り来る砲弾を軽々と迎撃していき、

 

「ハッハァ!!鉄の人形とは見たこともない、仙界でも見れぬものよ。出来れば名を聞きたいものだな!」

 ─降り注ぐ災禍の雨を笑いながら駆け巡る、碧眼の青年が手にした大剣を6本の剣に分解・合体を繰り返しながら縦横無尽に振るい呵呵大笑し、

 

『吐かせ、そのような真似をする道理が何処にある』

 ─人ならざる鋼の躯体、肉すらない異形の英霊(サーヴァント)が掌から大出力の魔力を収束させ、無数の火線として周囲の環境を一変させる程の破壊を無造作に解き放つ。

 そこで繰り広げられているのは、正真正銘の大戦だった。多くのサーヴァントがこの場に集結し、その身に宿す神秘を用いて殺し合う。古今東西、凡ゆる聖杯戦争において繰り広げられている一幕だったが、ヨハンは一瞬唖然とする。()()()()()()()()()()()()()。今この場にいる者達だけで10騎も居るのだ、通常の聖杯戦争を考えれば3騎多いことになる。だが今はそんな不可思議な現象などどうでも良い、先程まではたった2騎のサーヴァントの激突だけで多くの戦闘特化の魔術師達が成す術なく吹き飛ばされたのだ。そして、今目の前には10騎のサーヴァント──少なくとも、周辺地域の地形が大きく変動するのは間違いない。

 早く逃げなければ─ふらつく足に喝破を入れ、立ち上がったヨハンだったが、次の瞬間。

「逃げんな魔術師」

 そんな声と共に脇腹に今まで経験したこともないような衝撃が走る。大型ダンプカーの衝突にも比肩する程の衝撃をヨハンが堪えたり防御するといったことなど出来るはずもなく大きく吹っ飛んでしまい、次瞬聳え立つ大木に激突してしまう。

「ご、は……ぁ…ッ!?」

 二重の衝撃は彼の肉体から空気の全てを排出させるのには充分な威力だった。本来なら即死して何らおかしくないダメージを受けているが、奇跡的にも生命だけは失わずに済んだ。しかし全身に走る激痛と、酸素を求める肺から脳に流される信号がヨハンを気絶という一種の安息から現実へと引き戻し続けていく。

「何だ、生きていたのか。魔術師はやはり頑丈だな」

 激痛に身を捩りながらも、ヨハンは自分を吹き飛ばした者の声のする方向を見やる。そこに居たのは、真紅の長槍を携える少年─もしくは少女か、掠れた視界では判別付かない程中性的な若い戦士が立っていた。まるでボディスーツを思わせるような紺色の装束を纏っており、同じ紺色の髪の毛をボブカットで纏めている。その姿は正に肉食獣、しなやかな肢体で地を這うように駆け抜ける獣を思わせるそれだ。一方、手にしている真紅の長槍は最早呪物と言っても差し支えない程の邪悪に満ちた気配に包まれていた。魔槍─神話を始めとした数多くの物語に登場する神秘の結晶を目の当たりしたヨハンは、目の前の人物が槍兵(ランサー)のサーヴァントであると確信する。

 ランサー。7つ存在するクラスにおいて最速のサーヴァント。優良なスキルや能力値を持つ三騎士と称されるクラスの内の一つで、長物の武装(ポールウェポン)を得物として振るう白兵戦最強のクラス。サーヴァントでなければ対処すら許されないほどの戦力差がそこにはあった。生命の危機を目の当たりにしつつも、彼女が持つ野生の美に一瞬見惚れてしまったヨハンだったが、それは唐突に響いた。

「ん、じゃあ──死ね」

 次瞬、放たれる殺意と魔槍の刺突。先の攻撃による激痛で動くことも困難な身体では回避も、防御も間に合わない。抵抗どころか命乞いすら許されなかったヨハンは、世界全体がスローモーションになっていく感覚を味わう。だがそれは、迫り来る死をより鮮烈に感じ取るだけだった。いやだ、死にたくない──誰か助けて。そう願うことしか、今のヨハンには許されなかった。

 ランサーが放った、音すら置き去りに放たれた魔槍の刺突がヨハンの心臓を貫く──その刹那、1つの異変が生じた。それはランサーも、当人たるヨハンも気づかなかった異変─ヨハンの右手の甲に令呪が出現するという、聖杯戦争においては特級の異変が。

「ッ!?」

 次瞬地表に迸る光と魔力の奔流がヨハンの危機を救った。ヨハンは何が起きたのか分からず困惑するだけだったが、ふと自身の右手の甲を見やるとそこには先程まで無かったら印紋─令呪があることに気付くと共に、自身の内の魔力が外─眼前の土煙に向けて流れていく感覚を覚えるのだった。一方、咄嗟の出来事に攻撃を中断し、後方に跳躍するランサーだったが、こちらもまた困惑に包まれていた。何故なら()()()()()()()()()()()()()がランサーの刺突を防いだのだ。そんなことが可能なのは、サーヴァントを除いて他にない。警戒心を露わにするランサーとは打って変わり、ヨハンは霞む視界の中目の前に1人の人間が立っていることに気付く。

「問おうっ!」

 凛とした、邪気に満ちた地獄であっても失わない聖性さを感じさせる、美しい声だった。同時に、流れていく魔力の行き先が声の主であるとヨハンは直感で理解する。

「貴方が、聖杯に願い、天に救いを求めた子羊(マスター)か?」

 魔力の奔流に伴う土煙が晴れると同時に、目の前の人物が少女であることに気付く。少女は、天使─否、聖女だった。恥辱と汚濁に塗れた魂であろうと、手を差し伸べ救わんとする光の使徒が目の前に現れたのだ。

「は、はい」

 ヨハンは何も考えられなかった。突如目の前に現れた聖女の輝きに目を灼かれてしまったかのように。虚な声での返答を聞いた少女は、満面の笑みを浮かべ頷き、己の名前をヨハン()に告げる。

「サーヴァント・ルーラー。真名、ジャンヌ・ダルク。召喚に応じここに推参しました!」

 

 ──その日の出会いこそ、(ヨハン)彼女(ジャンヌ)運命(Fate)だった。

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