Fate/Pseudepigrapha 作:カツオ大好きハヤさん
──
それは聖杯戦争における絶対者。聖杯そのものをマスターとして召喚され、聖杯戦争という概念を守る為に動く者達。聖杯戦争に定められているルールから逸脱した者達に処罰を与え、隠匿を行い聖杯戦争の未成立を防ぐ為のサーヴァントである。
それ故に他のサーヴァントとは一線を画した能力を複数備えている。その最たるものが、神明裁決と真名看破というスキルだ。聖杯戦争に参戦している全てのサーヴァントに対して使用可能な2画の
「ルー……ラー……?」
ルーラー、そう名乗った少女の余りにも神々しい姿を見てヨハンは思わず見惚れてしまう。当然だろう、窮地に追いやられていた自分を救ってくれた
「ええそうです、ルーラーですよマスター!」
そんな様子のヨハンからの視線を受け、
「解せないな」
先の全霊の刺突を、ルーラー召喚というイレギュラーで防がれてしまい機嫌を損ねているランサーが殺意を撒き散らしながらルーラーを見据える。手にした槍の穂先は、ルーラーの心臓を捉えていつでも仕留められるようにしているが、ランサーはルーラーに向け詰問するかのように続けて言葉を放つ。
「ルーラーだと?何故そのようなサーヴァントが召喚される、そもそもそれはマスターを持たない筈だろう」
それはヨハンも同じ疑問を抱いた。ロード・エルメロイ2世からの講義によれば、ルーラーは元来聖杯そのものによって召喚される為マスターを持たないという。だが、今目の前にいる
「ふふん、そんなことですか。この聖杯戦争…いえ、敢えて聖杯大戦と呼ばせていただきますが余りにも異常事態が多すぎるのです。それこそ、聖杯の問題解決の
「い、異常事態…!?」
ルーラーが言った異常事態、それは看過できないものだった。少なくとも現時点において、聖杯そのものがこの聖杯戦争──ルーラーが言うには聖杯大戦が
「なのでっ!このルーラー、ジャンヌ・ダルク様が!正義の心を持ったマスターと共に正しき導きをしていくのです!えっへん!」
───え?
ルーラーの言葉が途端に理解出来なくなった。え?正義の心?ナニソレオイシイノ?と、混乱するヨハンを尻目に─。
「そうか、世迷言は済んだか」
ランサーはまるで今に飛び掛かる肉食獣のように、地面に伏せて、
「死ね」
地を這う飛翔、そう表現するに相応しい下から上への全力の刺突を放つ───刹那。
「ドラァァァァァアアア!!!!」
強襲を仕掛けたランサーと、それを迎撃すべく旗と剣を繰り出そうとしたルーラー、その丁度中心点に、
「チィッ」
「っと!」
「へぶぉあっ!?」
それはまるで隕石の落下だった。余りの衝撃故に地面がひび割れ陥没してしまっている。同時に生じた衝撃波を避けた
「ようやく見つけたぞ、黒のランサー!ちょこまか逃げやがって…!」
「喧しいぞ赤のランサー、その考え無しの猪突猛進騎士が僕を捕まえられるとでも?」
「新手ですかこんちくしょうめ…!そこのフルアーマーなランサーさん!今撤退すれば見逃してあげますよさっさといなくなれー!」
「じゃかましいわこのクソガキャア!!邪魔者はどこか遠くに引っ込んでろ!!」
最早子供の言い争いじみた雰囲気にヨハンは呆れつつも、新手のサーヴァント─赤のランサーを見やる。
全身を物々しい鎧で包み込んだ騎士、手にした得物は正に馬上槍と言うべきものだ。黒い巨木を鉋や鑿で丁寧に削りあげ研磨したもので、金属というものを一切使用されていない特徴的なものだった。だがそれは決して金属に劣る、と言うことではない。現に先の衝突はその馬上槍により生じており、全体は無論のこと先端に損傷は見えない、つまり。
「あの槍も宝具か……」
「うるさいぞ猪騎士、脳と口が直結してるのか?」と黒のランサーは言い、
「黙りなさいペチャパイ、あなたもさして変わらないでしょうに私の方が大きいつまり私お姉さーん!」とルーラーは小馬鹿にし、
「喧しいぞクソガキィ!テメェも小せえだろうがあと10センチはデカくしてからもの言えや!」と赤のランサーは怒る。
……早く逃げなければ、嫌な予感しかしないヨハンは痛みに耐えつつ走り出す、その直後。
「「「ぶっ殺すッ!!!!」」」
破滅的なまでの魔力の奔流、加減無しの全力で以て眼前の
3騎の乙女と呼ぶには少々問題しかないサーヴァント達が熾烈な殺し合いをしだす頃、時計塔のある一室で3人の人間が集まっていた。
1人は、部屋に置かれた無駄な装飾の無い、だが格調の高さは損ねないソファーに腰掛け、眉間に皺を寄せたその部屋の主。時計塔にいる13人の
もう1人は
そして残る1人は、ロード・エルメロイ2世の丁度対面に座る少女だった。だがその姿はこの部屋─少なくとも魔術の総本山たる時計塔には似つかわしくないものだった。迷彩柄のズボンに、最早女性が着るような代物では無い無地の黒色のタンクトップと首からかけるドッグタグが天井からの照明を反射させ、ギラギラと眩い輝きを放っていた。
無言の圧力が部屋に充満してきた頃に、エルメロイ2世が口を開く。
「さて、レディ。君をここに呼んだのは他でもない。受けて欲しい依頼がある」
「へーへー、まあ良いよ。他ならないロードの頼みだ、コレも弾んでくれるんだろ?」
重々しい雰囲気とは対極的に、少女は指で円を作って見せつけてくる。灰色の少女にはそれが何の意味を持つかは分からなかったが、知見豊かなエルメロイ2世はそれを見て、大きくため息を吐く。そんな様子の彼に不満げなのか「別にいいじゃん、大人気ねーなー」と呟くのだった。だがすぐに態度を直し質問をする。おふざけはお終い、これからは
「まあ良いや、んでその依頼ってのは?」
「大人気ないのは君だろうに…!……今、ドイツで行われている聖杯戦争に忍び込み、聖杯を奪取ないし破壊して欲しい」
「は?」
それは彼女からしてみれば、死んで地獄に落ちてこいという意味と何ら変わりない依頼だった。少なくとも、これを受ける奴も依頼する奴も総じて可哀想な幻覚を見ているのだろうと思われ、病院を勧められる程度には常軌を逸したものだった。
「いや確かに、今聖杯戦争が起きてるのは知ってるさ…でもそれに時計塔は魔術師を送り込んだんだろ?」
「送り込んだ、だが彼等は失敗する…少なくとも私はそう判断し、君をここに呼んだ」
懐から葉巻を取り出しながらエルメロイ2世は淡々と、自らが講義した魔術師が全滅すると断定した。事実それは殆ど正しいのだが、今この場にいる彼等には知る余地は無い。
「うわ最低…少しは信じてやれよなぁ。そう思わないグレイちゃーん」
「えっと…拙は、その……」
「レディに絡むのはやめてくれ……君は少々乱暴に過ぎる」
まるで目の前にいる男を鬼畜外道を見るかのような目で一瞥し、後ろにいる
「まあ信じてないならいいや、オレも信じてないし。つーかこの依頼、もっと別の…それこそ格上のフリーランスの魔術師に頼めよ。例えば……そう、魔術師殺しとかって奴がいるんだろ?そいつに頼めば良いじゃん」
魔術師殺し──その単語を聞いたエルメロイ2世は眉間の皺が余計深まり、グレイは頭上にハテナマークが乱立していた。魔術師殺し、魔術の世界に生きる者ならその名を知らずにはいられない、魔術師専門の暗殺者だ。その手口は現代兵器─魔術師が専門とする分野とは大きく異なる方面からのアプローチで以て命を奪い去る。現に彼は1人の魔術師を殺害する為にロケットランチャーを用いて飛行機丸ごと撃墜したという伝説も残している、かなり危険な人物だ。だがその実力は極めて高いこともまた、多くの魔術師に知られていた。彼ならば、という考えで口にしたがエルメロイ2世は彼に依頼をかけなかった理由を説明し出す。
「彼は、今から20年ほど前に冬木で開催された2連聖杯連結戦争に参戦して以降、目撃情報が途絶えている。君も記憶しているだろう」
「あー……あれかぁ」
2連聖杯連結戦争。2つの亜種聖杯を繋げ、かつて正統な聖杯戦争が行われたある種の聖地冬木で異常に異常を重ねた聖杯戦争だ。都合10騎のサーヴァントが召喚され、冬木を舞台に暴れ回ったという。
「確か、あの時のオレはクソガキだったからな…止めようとした親が慌てて逃がしてくれたから無事だったけど、あの大火に巻き込まれたのか?」
「分からん、時計塔では彼が騎士王アーサー・ペンドラゴンを召喚し参戦したとの情報しか残されていないのでな」
「その、話の途中で申し訳ないのですが……その聖杯戦争は、そんなにも酷かったのでしょうか…?」
おずおずと質問するグレイに2人は見つめ合い、そして──「「やばかった」」と重ねるのだった。
事実、最終決戦において冬木市の半分を燃やす程の大火災─後に冬木の大火と呼ばれる大災害が発生し、多くの死傷者を出したと世界的にも報じられた程だった。
「ま、アレに巻き込まれたならおっ死んでるな、うん。で、他の魔術師は?獅子劫の旦那とか、フリューガーの旦那とか」
それに巻き込まれたのなら仕方ないと切り替えて、自身の知る優秀な魔術使い達を挙げていく。挙げられた魔術師達もまた魔術師殺しに並ぶ程の優秀な能力を有しており、エルメロイ2世の依頼をも完遂させ得ると踏んでの提案だったが…。
「その2人は現在、ルーマニアにてユグドミレニアの監視を行ってもらっている。動かすことも考えたが…彼等は時計塔の依頼で動いている、私の一存では動かせん」
「んだよもう完売かよー…」
別の依頼を受けている以上、彼等をこちら側に動かすのは非常に困難だろう。何より時計塔が動かしている以上、エルメロイ2世の立場を考えれば尚更だ。あー…と頭を掻く少女に向けてエルメロイ2世の発言は続く。
「そして、聖杯戦争における専門家…即ち御三家だが、間桐は先の2連聖杯連結戦争の折壊滅し、その血筋を引く者は生きておらず、アインツベルンもまた今回の聖杯戦争で関係者の全てが殺害された。残るは……第三次聖杯戦争以降、魔導の道を捨てた遠坂家のみということだ」
つまり、聖杯戦争を誰よりも知る者達はこの世においてただ1つだけだということなのだ。それを知った少女は大きくため息を吐いて
「……わーったよ、受ける。受けますとも、依頼は弾んでくれよロード」
覚悟を決めたのか、それとも別の理由があるのかは定かではないが地獄に向かうことを宣言する。それを聞いて安心したのか、多少表情が柔らかくなるエルメロイ2世だったが、すぐに元に戻り懐からある箱を取り出し、少女の目の前に置く。それを見たグレイは静かに息を呑む、それは箱の価値─正確には中に収納されているものの価値を知っているからこその反応だった。
「感謝する、前金…と言いたいが生憎金欠でね、これで許して欲しい」
その箱は、特殊な保管ケースだった。本来ならそれは物理的及び魔術的な鍵に掛けられた、厳重に保管されているものだった。そしてそれを知っているからこそ、グレイは息を呑んだのだ。ロードたる魔術師が、全霊を以て守り抜こうとするものを差し出そうとした事実に。
「……ふーん、もしかして…これが例の?」
「そうだ」
静かに、短く答えるエルメロイ2世の様子を見つつ、置かれた箱の蓋をゆっくり、丁寧に開ける。中に入っていたのは、一枚の布地だった。見るからに年代物の一品で、指で触れるだけで崩れそうになる程に朽ち果てていた。
「……アンタはコレを使って、
「もし君が聖杯戦争のマスターとして参加するなら、その真名も分かるだろうさ」
少女は知っている。目の前にいるロードが、何故ロードの地位に至ったのかを。かつてある地で行われた聖杯戦争、そこに若くして参戦して無傷で帰還を果たし、その経験を糧に学部の長の座を掴んだことを。つまりこれは、彼が聖杯戦争に参加した証そのものだ。それを理解したからこそ。
「返す、これはいらない」
また丁寧に蓋を閉じ、エルメロイ2世に返すのだった。亜種聖杯戦争が乱立する中、マスターを無事帰還させる程の大英雄の触媒になる聖遺物。売れば大層な金になるのは間違い無い。だからこそ返還するのだ、それは彼にとって生涯にも等しい重みを有しているから。
「やっぱり売るのにも色々手間暇かかるからさ、ちゃっちゃか現金かオレの口座に振り込んどいてくれや」
「……そうか」
そこにあったのは安堵の表情だった。やはり返して正解だったなと、少女は内心納得して立ち上がる。依頼を受けたからには即日潜入、彼女のポリシーがそうさせる。
「ならこの情報を渡す、前金代わりに貰って欲しい」
「ん?」
エルメロイ2世は引き留めるかのように、ある情報を告げる。それは少女にとって、逃れられない
「今回の聖杯戦争の監督役を名乗る者の名前だ、その名は──ヨハンと名乗ったそうだ」
「─────ああ、それは。最高の前金だな」
ヨハン、その名を聞いた少女は獰猛な笑みを浮かべる。聖杯戦争に関わり、ヨハンを名乗る。ついに果たせるのだ、かつての先祖を裏切った罪の精算を。生涯をかけて探さんとしていた敵を見つけた少女に向けて、エルメロイ2世は激励を飛ばす。それは聖杯戦争に参戦する先輩としての言葉だった。
「君の敵を、存分にぶっ飛ばして来い、