Fate/Pseudepigrapha 作:カツオ大好きハヤさん
黒のランサーが実体化したのは白亜の巨城の中庭だった。城壁の幾つかは破壊されているものの、その内側はある程度無事だったのか、案外片付けられていた。外は永遠に続くと言っても過言ではない、荒れ狂う吹雪が吹き荒れるものの、城の内部は常春の空気に包まれており、寒さを微塵も感じさせない正に楽園と呼ぶに相応しい空間だった。そよ風に揺られる花々は多種多様な種類があり、熟練の職人がきちんと手入れを続けているのが見て分かる。ランサーもまた、そのような技量を持つ者を知っているが故に感嘆のため息をもらす。
そんな中、1人の人物が中庭の景色を楽しむランサーに近付いてくる。
「お疲れランサー、怪我はないか?」
「問題無い、アサシン。城の方は無事だったか」
「お陰様でな、赤のアサシンが来ると踏んでトラップを仕掛けたんだが…目論見が外れてしまったよ」
シルクハットを被り、見事だが派手ではない、分かる者が見れば分かる高級な服を纏う40代の紳士が親しげな友人を思わせるようにランサーに話しかける。だがその身に宿す神秘はランサーと変わらない、つまり彼もまたサーヴァントであった。直接戦闘ではなく、闇から闇へ移動して敵手の命を刈り取ることに特化したクラス─アサシンのサーヴァントだ。先の戦闘では戦場に現れず、拠点─マスター達が潜む魔術工房の防衛を行なっていたようで、その辺りの情報交換を行うが、それは早々に切り上げて「茶でも飲むか?温まると思うが」とランサーに提案する。それは彼なりの好意だったが、ランサーは敢えてそれに気付かずにアサシンに問いかける。
「…いや、今は良い。それよりキャスターかセイバーは?」
「キャスターはマスター達に今回の前哨戦の結果を報告しに工房奥に行っていて、セイバーは本格的な戦争前にこの城にいたホムンクルス達の特訓を行なってる。何かあったか?」
アサシンからの返答を聞いて、ランサーは内心舌打ちをする。キャスターがいる魔術工房は自分達を召喚したマスター達により敷設された大要塞、とのことだ。現代の魔術師に関する知識を殆ど持ち合わせていないランサーからすれば、引きこもっているだけでは到底勝ち目はないと思うのだが、目の前にいるアサシンが言うには大切な姫様を守るのが騎士の役目さ、との説明で渋々納得した過去を思い出す。何より、自分達を召喚したにも関わらず会えるのはキャスターのみというのがランサーからすればあり得ないと思っている。何を企んでいるか、と思案してみるもののやはり自分は戦場の方がお似合いだ。という答えしか出なかった。
対するセイバーもまた、どうやらかなり忙しいようだ。ホムンクルス─確か錬金術により産み落とされる「完成された生命」。肉体的な成長や老化は無い、魔術師に使い潰されるだけの道具の筈だが、どうやらあの頑固なセイバーは兵力として数えているらしい。
「んで、ランサー。あの2人がどうかしたのか?」
「……赤のランサーと、ルーラーを名乗るサーヴァントは僕が必ず殺すと伝えたかっただけだ」
2人の動向を聞いたランサーが何をしたかったのかを確認するアサシンに向けて、ランサーはある種の決意を表明する。あの時仕留めることが出来なかったのではない、敢えて仕留めないだけだと心の中で何度も何度も唱えるものの、やはり怒りは収まらなかった。
「ま、良いさ。お前さん程のサーヴァントが仕留めると言ったんだ、ただの凡人は裏方に徹しますよっと」
「何を言うかアサシン。貴殿の能力は他の暗殺者と比べても比類なき力を持つと聞いているぞ。あの
「ねえそれ誰言ってた?後で訂正させねえと、俺そんな大層な暗殺者じゃないからね!?」
はて誰だっただろうか、そう考えつつも目の前にいるアサシンの力量はランサーも知るところだ。何せこの城のあちこちに仕掛けられているトラップの数々に加え、彼曰く防諜という対隠密系のスキルを駆使して作られたある種結界とも呼ぶべき空間は正に見事の一言に尽きるものだった。少なくともランサーはこの空間内を一切気取られることなく侵入するのは不可能だと考えているし、同郷の英雄達でもここを突破するのは至難の業だと思っている。だかるこそ、アサシンの謙遜に多少イライラしてしまうのも無理はない。出来たことを褒めるのは当然だが、自分を下に見るのは如何なものかと。
「それでアサシン、僕はこの後どうすれば良い?哨戒でもしてくるか?」
「あー、今はアーチャーの爺さんが塔の上から見張ってるから…今はしなくて良いんじゃねえかな。バーサーカーも地下で休んでるわけだし、お前さんも休んどけ」
「ん、分かった。ライダーは?」
「アイツはホムンクルスをナンパしだすからな、セイバーに門の防衛でもやってろって言われてたよ」
なるほどつまり、今の自分はやることがないようだ。それを理解し、アサシンの言葉に甘えて休むことにする。幾ら歴戦の英雄だからといって長時間の戦闘を休むことなく続けるのも疲れるものだ。
「なら、僕は休むことにする。何かあったらすぐに呼んでくれ」
常に実体化し続けるのもマスターへの負担に繋がることを理解しているからそう言葉を残し、ランサーは再度霊体化する。次は必ず勝つ─その為にも心身を休めるべくその場を離れるのだった。
そして1人残ったアサシンだったが、1つの懸念点を抱いていた。ランサーは言った、「赤のランサーとルーラー」と。
「ルーラー、ねぇ……きな臭いな、調べてみるか」
アサシンはランサーが敵対したというルーラーなるサーヴァントに危機感を抱く。7つあるクラスとは異なるエクストラクラスのサーヴァント。それがこの聖杯大戦にどのような影響を及ぼすかは計り知れない。
“これは俺の仕事だな”
かつては1人の偉大なる女王に仕えた身、しかし今は召喚者の名誉と勝利の為に。かつて成し遂げた深謀を蓄えた叡智と、後世に刻み付けられた
同時刻。
「皆さん聞いてくださいまし〜、ランサーにお友達が出来ましたよ〜」
「おいやめろバカライダー別にアタシに友達とか出来てねえから!!!!」
ある山脈の中腹に1つの巨大な建造物に響く2つの声。最早鏡と見紛う程の反射を魅せる大理石の床の上をライダーがランサーを引きずりながらしている2人の声に反応したのか、
「何、あの悪戯小娘に友人とな!?」
「何と!!猪騎士にも友人が出来ようとは、これは宴を開く意外あり得まい!!」
何処からともなく現れたのはセイバーとアーチャーの2人だった。まるで既知の友人だったかのように肩を組み合っており、ついこの前召喚されたとは思えない。だがランサーからすれば仲の良さそうな2人がニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら近づいて来るのは不気味なものだった。というよりそもそもの話──。
「だぁれが悪戯小娘で猪騎士だ!!!つか!!何度も!!言わせんなッ!!!!友人じゃねえ!!!!!!」
「否定しなくて良いのよランサー?」
「そうだぞランサー、俺の知り合いには友を大切にしていた者達がいたんだ。えーと確か、我等生まれは違えど死す時は…何だったか?分かるか
「分かるわけ無いだろう
ランサーが如何に否定しようとも、聞く耳持たないとはこのことだ。ライダー、セイバー、アーチャーはまるで実の妹か娘を可愛がるようにランサーの頭をわしゃわしゃと撫で、それに反発するランサー。まるで家族のようなやり取りをしている中、1人の少女が音もなく近づいて来る。
「皆様、お疲れ様です。お怪我はありませんでしたでしょうか?」
彼女に人が本来放つ凡ゆる音と発する気配は無く、恐らくスキルでそれらを消しているのだろう、声を発するまで誰も気付くことは出来なかったのがその証左だ。即ち、彼女こそが──。
「あら、アサシン。相変わらずの隠密っぷりね?」
赤の陣営の
「ケッ」
だがそれを快く思っていないのか、アサシンの姿を視界に入れた途端ランサーは更に不機嫌になる。
「……申し訳ありません、ランサー様。貴女さまにとって不快な姿を見せてしまい…」
そんなランサーの姿を見て謝罪するアサシンだったが、周囲の視線は冷ややかだった。
「おい
「最悪だな
「知らないわよそんなこと…ていうか、休んでたのに急に呼び出さないでよ」
「アサシンちゃんが可哀想でしょうランサー、ほら早く謝りなさ〜い」
「なあアタシの味方いないのか?宝具るぞ?テメェら全員宝具るぞ?」
セイバーがアーチャーの耳元に囁き、アーチャーがもう1人の自分を呼び出し問いかけ、ライダーはぷんぷんとランサーを叱り、ランサーは青筋を立てて手にした槍に魔力を込め始める。そんな
「…なあ、お前達。わたし様の城、壊すなよ?」
5騎のサーヴァント達のどんちゃん騒ぎを前にして、彼らの立つ壮大にして荘厳なる巨城を作り上げたキャスターは、その美しさが破壊によって損なわれることに危惧し言葉を放つものの、それが聞き届けられることはなかった。
「さて、どうしましょうかマスター!」
「うん、それ僕に聞くことじゃないと思うんだよね」
そして、先の戦闘が行われた場所から離れたある森の中でルーラーとヨハンは2人して焚き火を囲んでいた。既に夜は更けており、夜風が体温を奪い始めていた中燃え盛る炎は正に救世主とも讃えられるべきだろう、とヨハンは内心感謝していた。だが、今はそんなことより目の前にいるルーラーにいくつか問い掛けたいことがあった。
「ところでルーラー、聞きたいことがあるんだが……その、ルーラーというクラスのサーヴァントは聖杯によって召喚されるのだろう?」
「ええ、そうです。それが
「では、何故…僕がマスターなんだ?」
それは当然の質問だった。元来ルーラーというサーヴァントは他のサーヴァントのように現界の際に要石を必須としているわけではない。もし仮にそんなものが必要なら、それはきっと世界全体で引き起こされる
「ふむ、その質問の答えを今、答えましょう……それは!」
「それは?」
「分かりません!!」
よし殴ろう。女の子とか関係ないや、と言わんばかりにぺちんとルーラーの頭頂部を叩くヨハンだった。そんなやり取りをして、改めてルーラーは口を開く。
「それが……実は私にも分からなくて…元来ならマスター無しに召喚されるのですが、どうも今回の聖杯大戦は何かがおかしくて」
「なるほど……」
つまるところ、今回の聖杯大戦はイレギュラーにイレギュラーが重なってしまい、大戦を裁定するルーラーにもバグが発生してしまったようだ。だがそんなことが起こり得るのだろうか…と聞きたかったが、それは無意味だろうとも考える。聖杯大戦──正確には、聖杯戦争には不可解な事象が多過ぎるのだ。少なくとも、それら全てを理解しているのはそれらの術式を作り上げた御三家を除いて他に居ない。やはり時計塔に連絡して、可能な限り情報を─そう考えていたヨハンだが、唐突に右からの衝撃を受けて吹き飛んでしまう。
「それでそれでマスター、今後どうしましょう。というか裁定って何を裁定すれば良いんですかね?んー、やはりこう切った張ったの大立ち回りが必要なんですかね?」
「うん、取り敢えず君は落ち着くことを覚えようか」
ひっくり返ったまま、自分を吹き飛ばした
「ええと、取り敢えず動くな…ってのも言った方が良いかな?……とと、これは中々に」
「ちょっ、ルーラー…っ!」
──その言葉が放たれる寸前、既にルーラーは動いていた。正に疾風を思わすかのような動きで抜き放たれた剣が、言葉を放った主の首元に当てられていた。
「何者ですか」
そこにあったのは殺意だった。動けば殺す、指先一つ動かすことすら許さないと言わんばかりの圧を放つルーラーだったが、女性はそれを意にも介さず話しかける。
「そうだなぁ、うん。取り敢えず自己紹介しとくわ」
「俺は遠坂憐。この聖杯大戦に参加したい唯の魔術使いだよ」