嫌悪の果てに   作:黒糖煎餅

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異変

キヴォトスの学生たちの朝は早い。その傾向は学内での役職を所持しているかによってもまちまちではある…のだが、連邦生徒会長の失踪後に生徒の犯罪率が爆増したせいで、各学園の生徒会や風紀委員はてんてこ舞いなのだ。

かく言う私も、各学園の生徒たちの生活の逼迫によって影響を受けているのだが…。

「…もう朝か。」

5時半を指す時計を眺めながら、私はむくりと起き上がる。秋口の風はひやりと冷たく、寝巻きの裾から入り込む冷えた空気が、弛んでいた脳を無理やり覚醒させた。

仕事したくねぇなぁ、と思いつつ、けれどそれが私の仕事だから、と心を奮い立たせ、今日も今日とてシャーレへと向かう。

 

「…さて、今日も始めますかね。」

淹れたコーヒーを啜りながら、デスクに置かれた書類の束たちとの睨めっこが始まった。

 

 

「…なんとか、終わったな。」

時刻は昼前。当番の子がいなかった事もあってか、静かで普段より集中できた気がする。けれど同時に、襲いかかってくるのは徒労感と虚しさで。

「独りきりのオフィスはやっぱり、堪えるなぁ…」

体をバキボキと鳴らしながら、周囲の学園への見回りと雑務の確認にでも行こうか、と腰を上げる。

 

…これが、悪夢の始まりになると知らずに。

 

 

 

 

 

 

学園都市キヴォトス。幾百…幾千の学校が立ち並ぶ学園都市。シャーレはいわゆる中枢機関である、連邦生徒会の建屋からほど近いところに建設されている。私の請け負う依頼や雑務は各自治区の中枢にあることが多い。優に20キロメートルを優に越えるだろう。交通手段は交通機関か、自前で購入した車輌という事になるが…私は後者を使っている。ただでさえ業務が逼迫しがちな上、公共交通機関は突発的なトラブルが頻発する。…犯罪率が爆発的に上昇した現在では、尚のことだ。

中型のバイクに乗って、ミレニアムサイエンススクールへと向かう。

 

 

 

 

 

「…早く着きすぎてしまった。」

ミレニアムサイエンススクールへ到着。時刻は12時半を回った頃だ。…ちょうど、昼休みの時間帯。玄関から見える生徒たちは各々、学食へ向かったり持ってきたお弁当を中庭で食べている。後からまた来るか、と踵を返そうとした時、見知った顔ぶれが視界に映る。ユウカ。ノア。

「聞くだけ聞いてみようかな。」

雑務があるなら、彼女たちのいない間にある程度進める事もできるし、最終的な確認は彼女たちの休憩が終わってからでいいだろう、とユウカに駆け寄る。

「こんにちは、ユウカ。」

いつも通りに挨拶をする。

「…こんにちは。」

無表情だったユウカに面食らっていると、彼女は苛立ちを隠すことなく私にぶつける。

「用がないなら、行きますけど。」

「いや、何か手伝えるようなことがあるかなと思ったんだけど…」

「ないです。と言うより、モモトークで事前に聞いていただきたかったですね。せっかくの昼休憩の時間を無駄にしました。…要件はそれだけですか?それでは。」

「…そっか。そうだね。ごめん。要件はそれだけだから。それじゃあ、また。」

 

ユウカはこちらを一瞥するでも無く、そのまま歩き去る。ノアは複雑そうな顔を浮かべながら、ぺこりと一礼だけしてその場を去った。

 

きっと、虫の居所が悪かったのだろう。思春期真っ只中の彼女たちのことだ、そういう日だったのだろう、と気持ちを切り替え、次いでアビドスに向かう事にした。先日の時点で向かう事は連絡してあるし、あちらの方からも決裁の書類の確認が欲しいとのことだったのでそちらへと向かう事にした。

 

閑散とした住宅街をすり抜け、アビドス高等学校の敷地内に入る。対策委員会の部室に入り、机の上に置かれた書き置きと書類の束を確認する。

「…やるか。」

気合を入れ直し…とは言っても、書類に判を押すだけなのだが…を開始する。

一時間半くらいか。判子を押し終えた頃には3時を回っていた。ちょうど授業終わりなのだろうか、アヤネやセリカたちが入室する。

「ああ、ちょうど良かった。アヤネ、書類のハンコ終わったよ。」

「…ありがとうございます。」

「それで、これ。こっち来る時にお菓子とか買ってきたから…」

「…先生、それは受け取れません。」

「…え?」

「対策委員会の皆さんで決めたんです。大人からの施しは受けない、と。」

施し。その言葉に、ぎゅうと胸が締め付けられる。

「待って。私はそんなつもりで…」

「すみません。決定事項ですので。それでは、お気をつけてお帰りください。」

「ちょっと、まっ…」

ぐい、と腕を引かれて教室から放り出される。

「あと、今後はこちらが要請した仕事が終わり次第退出してください。」

訳が分からない状態のまま、扉はばたりと閉められる。

「一体、何がどうなってるんだ…」

廊下をとぼとぼと歩くと、視線の先に見慣れた顔が映る。

「あれ〜、先生じゃん」

間伸びした声。ああ、良かった。ホシノは変わっていない。そう思い、私はホシノの方へと足を進める。

「ホシノ…っ!」

近づいてから気づく。彼女から注がれる、冷めた視線に。

「アヤネちゃんから聞かなかった〜?用が終わったら、さっさと帰れって。」

「…一体、何があったの?」

「何もないよ。まあ、先生とは最低限の関わりにしようって決めたのは確かだけどね〜。」

「…っ、どうして。」

「どうしてって、ねぇ?」

ははっ、と彼女は乾いた笑みを零す。

「大人の善意には、裏があるからだよ。先生、私たちに良くお菓子とか持ってくるけどさぁ〜?そういうのの代償に、先生が何かを求めてくるかもしれないでしょ〜?もう、大人に都合よく利用されるのは懲り懲りなんだよね〜。ほら、おじさん、大人のこと大嫌いだからさ〜。」

だから、早く消えてくれない?ホシノは笑いながらそう言った。…いや、口元や口調は笑っていたが、目が笑っていなかった。

「ほら、早く早く〜。」

「分かったよ。あと、これ。お菓子とか買ってきたからさ。みんなで…」

言い切るより早く、ホシノは私の手から袋を引ったくると、すぐそばにあったゴミ箱にそれを放り投げた。

「だから、そういうのはいらないんだって。分かんないかなぁ。」

ホシノが苛立ちはじめた。これ以上ここにいるのは不味いと思い、私は駐輪場の方へと向かう。

 

 

 

 

 

なんなんだ、一体。

バイクを走らせながら、シャーレに向かう。執務室に戻ると、山のような書類が積まれていた。連邦生徒会の書き置きが置いてある。これもお願いします。と。

「今日も残業か…」

ため息をこぼしながら、書類の山と向き合う。幸い、殆どが判子を押すだけの仕事なのが救いか。

私は悶々とした思考のまま、仕事を再開した。

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