頭を下げる黒服に、沸々と怒りが込み上げる。
言葉にし難い憤りが腹の底から込み上がる。
「どういう事だ。」
ゆっくりと顔を上げた黒服が、再びソファに腰を掛けた。
「…我々ゲマトリアは、神秘による色彩への対抗手段を身につけることが目的です。神秘を宿すものを蒐集し、解析し…神秘とは何かを追求する。そして、先生。神秘を宿すもの、と言われて思い当たる節は有りますか?」
「…生徒たちだろう。お前たちがあらゆる方法で生徒たちを騙し、搾取し続けていたことも知っている。」
ベアトリーチェの顔が脳裏をよぎり、奥歯を噛み締めた。
「えぇ。神秘はキヴォトス内の生徒に宿るもの。私が小鳥遊ホシノを欲したのも、彼女のうちに秘められた強大な神秘を手に入れる為です。まぁ、先生に計画を邪魔されてしまいましたが…」
「それで、私を消そうと…生徒を使って私を殺す事で、自暴自棄になった生徒たちを無理矢理囲おうとした、と?」
…ふざけるな、と言い掛けたところで、私の言葉を遮るように黒服が口を開く。
「現状、ゲマトリアは生徒からの神秘の蒐集を一時的に取り止めております。…そもそも、研究するための物品が全て、オシャカになってしまったものですので。…私共は今現在、神秘を宿す過去の遺物…オーパーツの蒐集に力を入れているのです。」
「オーパーツ…?」
「えぇ。聖遺物とでも言えばよろしいのでしょうか。過去の失われた技術…それは今なお残り続け、超越した技術は神秘としてその物に宿っています。先生の持つシッテムの箱…それも、聖遺物の一種でしょう。」
黒服はうっすらと湯気の立つコーヒーカップを傾け、一息吐いた。
「私共…ゲマトリアとカイザーグループが蜜月の関係である、と言うのは、先生もご存知かと思います。」
「…それは知っている。」
「えぇ。我々はカイザーグループにオーパーツを活用した兵器群を貸し出しする。代価としてカイザーからは金銭と私兵をオーパーツの蒐集をさせる。我々が少ない人数ながらも多くのオーパーツを確保できていたのは、そのお陰です。」
「…今回の件も、カイザーが絡んでいる、と?」
「えぇ。色彩からの襲撃を終えて…漸くオーパーツと呼べるものを複数手に入れた我々でしたが…いかんせん、軍事に転用できるものはありませんでした。…一つを除いては。」
「我々は使い道を見出せませんでしたが、カイザーグループにはおおよそ数千を優に超える兵士がいます。それぞれの性格や傾向には、それなりにばらつきが出るのは当然のことでしょうが…偶然蒐集したオーパーツに、感情や意志を負の感情に誘導できるものがありました。我々はそれを極東の島国の神の名を借り、禍津日神と呼称しています。」
「禍津日神…?」
「極東の国…国産みの神話…。その国産みの神が、黄泉より帰る際に、禊払った穢れから産まれたとされる神格。厄災の神と謳われている神格です。厄災の神とされていますが、このオーパーツは禊払った『穢れ』を神秘として宿しております。」
「穢れ…?」
「…まぁ、あくまで神道的な不浄としての意味ではありません。ともすれば穢れとなり得る人の想い。それらを穢れを混ぜ合わせる…とでも言いましょうか。ですが、意志を持てど所詮は傀儡。意志があるように振る舞えど、想いは所詮、紛い物。結果、カイザーグループはそのオーパーツを持て余し…使いこなせずにいました。そこで、こう考えたのでしょう。統率を高め、味方の練度を上げるのではなく…目下の障害を取り去ることに使おう、と。」
そう言うと黒服はコーヒーを呷る。
「小鳥遊ホシノとは、会話しましたか?」
「…あぁ。」
「そうですか。それでは、先生の所感の方をお聞かせ願えますか?」
「…怒り。いや、違うな。もっと深い…あれは、裏切り者を見るような目だった。」
「…流石。生徒の機微には聡いのですね。彼のオーパーツは、人の感情に纏わり付き、その本質を歪める機能を持っています。今回の事件に関しては、好意を基にした憧れ…羨望…好意の根幹に根差す思いに結び付き、それを最悪な形…敵意として抽出する。想いの根幹が腐ることで、付随する副次的な感情…所謂、先生への憧れや依存…その思いの丈が大きければ大きいほど…貴方へ望む理想が高ければ高いほど、貴方への敵意は強く顕現します。解除には起動を施した当人の設定したパスワードの入力、もしくは破壊。あと、もう一つありますが…」
「…私の死、か?」
「…えぇ。対象が死亡する事で、そのオーパーツの機能は一時停止します。再び再起動しない限りは、異常性は発現することはないでしょうね。」
「…そうか。」
ゆっくりと息を吐いた。眉間に寄った皺をぐりぐりと解し、すっかりと温くなったコーヒーを呷る。
「…それで、何をしに来たんだ。謝罪は聞いた。だが、そんなものはもはや意味をなさない。それは分かっているだろう?悪意が無かったとして、それは既に私に牙を剥いた。私の守るべき生徒の未来を壊すところだった。謝罪で赦されるとでも?」
「…ごもっともです。なので、こちらから一つ、提案があるのです。」
「…言ってみろ。」
「私はカイザーの所有する建造物の電子キー、マップ…それら全てを持っています。それらを全て使い、オーパーツの所在の目処を複数付けております。そこを襲撃し、オーパーツの破壊を試みるのはどうでしょうか。…無論、我々ではオーパーツの破壊は難しいですし、生徒の皆さんの力を借りることにはなると思います。カイザーPMCと他の生徒たちとの挟撃を避けるため、先生と襲撃する生徒さんは別行動と言うことになりますが…」
「お前に、生徒を預けろと?」
「…えぇ。そう言うことになります。」
「…はぁ。少し考えさせてくれ。今のところは答えは出せない。」
「分かりました。ですが、貴方も命は惜しいでしょう?なるべく早く決断をしなければ、取り返しのつかないことになるやも知れません。そこだけはゆめ、お忘れなき様に。」
そう言うと、黒服はソファを立った。
「では、失礼します。」
玄関から歩き去る黒服の背中をしばらく眺めてから、私は部屋へと戻った。