嫌悪の果てに   作:黒糖煎餅

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曇らせしかかけない...
嫌われも好き...
なんなら看取られたい...
こんな先生でごめんなぁ...


来訪者の懇願

時刻は夜10時ごろ。連邦生徒会からの追加処理の書類をなんとか片付けた私は、シャーレの居住区で仮眠を取っていた。

ピンポン、と呼び鈴の音が聞こえる。ドアホンを覗き見ると、ミレニアムの生徒…ノアの姿があった。正直、肉体と精神が疲弊していたから、応対する元気はなかった。しかし、こんな夜に訪ねてくると言うことが引っかかるのだ。何か、緊急の用事があったのかもしれない。そう思った私は、重い腰を上げて、シャーレの扉を開錠した。

「こんばんは、先生。」

「ああ、こんばんは。こんな夜更けにどうしたんだい?」

「…先生に、相談を。それと、お伺いしたいことがありまして。」

ノアから相談なんて、珍しい事もあるものだ。

「わかった。居住区の方へ行こうか。」

そう言って、シャーレの居住区へと進む。ノアの面持ちは暗く、一体何を相談されるのだろうかと心配になってくる。

「どうぞ。ソファでも腰掛けておいて。」

「はい。失礼します。」

「…そんなに畏まらなくてもいいよ。コーヒーと紅茶…ココアなんかもあるけど、何か飲むかな。」

「…それでは、ココアで。」

「うん。持っていくね。」

インスタントのコーヒーとココアを淹れ、ココアをノアに。コーヒーを自分の前に置く。

「…それで、相談って?」

「…それは…。」

ノアは頑なに顔を上げようとしない。そんなに深刻なのだろうか、と思いつつ、彼女の言葉を待つ。

「ユウカちゃんの様子が、おかしいんです。」

「…ユウカの?」

ずず、とコーヒーを啜る。確かに、普段とは違う様子ではあった。苛立った様子だった昼間の様子を思い出す。

「虫の居所が悪かったんだと思うよ。些細なことでイライラしちゃうこと、ノアにもあるでしょう?」

「いえ、その…ユウカちゃん、先生に会うまではいつも通りだったんです。それが、先生を見た途端に、何というか、その…」

不機嫌になってしまいまして、と彼女は続けた。申し訳なさそうな声色は、聞いているこちらが申し訳なくなってしまうほどで。

「その、他の子たちも…先生の名前を出すと、露骨に機嫌が悪くなっていく子たちもいて…何か、変なんです。みんな。」

「…流石に、みんなの虫の居所が悪かったから、なんて言えないな。でも、ノアは特にそういうのは無いんでしょ?」

重い空気を明るくしたくて、少しおどけたようにノアに問いかける。

「私も、なんです。」

ぎゅっ、と膝の上で拳を握る彼女。

「覚えているんです。先生と過ごした、楽しかった記憶。けど、それを上書きするかのように…その、先生を憎むような、先生へと抱く憤怒の感情が、沸々と湧き上がってくるような、そんな感覚が、ずっと続いているんです。」

沈黙が場を満たす。

「もし、この異常な現象がミレニアムだけで無く、他の学校でも起こっていたら、と思いまして…先生の方で、そのような…なにか、違和感を感じるような事はなかったでしょうか。」

「…そう、だね。」

私は、訥々と今日のできごと…主にアビドスで言われた言葉を思い出しながら、ノアに語る。ノアは静かに聞きながら、やっぱり…と小さく頷いていた。

「先生。」

ことの顛末を語り終えた頃、ノアが椅子から立ち上がる。

「今は、身を潜めていた方がいいかもしれません。」

「…どうして?」

「もし、アビドスの方々が変わってしまった原因が私と同じなのだとしたら…それは、とても危険なことなのです。私が辛うじて衝動を抑えられているのは、単に私の持つ完全記憶力のお陰です。楽しかったことや、辛かったこと。それを乗り越えた記憶が、その記憶に先生がいることを、鮮明に覚えているからこそ、私は先生に銃口を向けるのを制御できています。それを、他の方々が同じ症状なのだとしたら…」

先生は、きっと撃たれて…下手をすれば、死んでしまいます。そう続けたノアは、もう一度こちらを見据えて続ける。

「お願いです。先生。あなた自身のためなんです。」

「…ノアは、優しい子だね。」

けど、それは出来ない。生徒たちがおかしくなってしまったのなら、それを解決しなければならない。

「でも、そのお願いに応えることはできないよ。生徒たちが間違った道に進みそうなら、正してあげるのが先生の…いや、私の責務だから。」

大丈夫、なんて、無責任な事は言えないけれど。

「何とかするよ。大事な生徒たちの、一大事だからね。」

「先生っ!」

「ノア。ありがとう。死なない程度に探りを入れるよ。この話が、いつかきっと、笑い話にできるようにさ。」

そう言うと、ノアは悲しそうな…けれど、必死で作った笑みを浮かべる。ひどい顔だった。いつもの優しい笑みが、ここまで歪むほどに。彼女たちを取り巻く現象が。彼女を苛む怒りが。私の決断が、優しい彼女にこんな表情をさせてしまっている。

「…もうこんな時間だね。タクシー呼んであるから。下まで送るよ。」

「…はい。」

後ろを歩くノアに、何と声をかけたらいいのだろうか。そう考えているうちに、エレベーターがエントランスへと到着する。

「それじゃ…ノア。」

到着しているタクシーを一瞥して、ノアに目を向ける。

トン、と。背後から衝撃が伝わる。

「ノア…?」

「…今、こっちを見ないでください。」

ぎゅう、と腰に巻かれた腕に力が篭もる。布越しに伝わる温もりが優しくて。重ねた手が冷たくて、それが、どこか切なくて。

「…これが、最後かもしれませんから。」

「最後になんてさせないよ。」

「…その言葉、忘れませんからね。」

そう言うと、ノアはすっと私から離れ、シャーレの玄関へと向かう。

「それでは、先生。また。」

「うん。またね。」

赤く腫れた目で…けれど、精一杯の笑みを浮かべたノアは、待機しているタクシーへと向かっていった

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