仕事に忙殺され、今作のプロット構想を練る為にメインストーリーを進めていった結果、二週間ほど創作に割く時間が取れませんでした。
合間を縫いながら出していたネタをつなぎ合わせただけなので、違和感あれば後日消して再投稿するかも知れません。
「お久しぶりです。先生?」
開口一番、にこやかな笑顔を浮かべたノアが事務所のソファで寛ぎながらコーヒーを飲んでいる。
「…ノア、久しぶりだね。」
驚きを隠せぬまま、私はノアへ声を掛けた。
「そんなに驚かないでください。そもそも、こちらへ呼び出したのは先生でしょう?」
「いや、そうだけど…。その、服は?」
「着ていますよ?」
「いや、いつも制服だったからさ。見慣れなくて。」
「…なるほど、そういうことでしたか。単純な話ですよ。私なりの…決意表明というものです。セミナー書記としてではなく、生塩ノア個人として…友に刃を向けると、決めたのですから。」
微かに揺れるコーヒーの水面を見つめながら、ノアはそう力強く呟いた。
「…そっか。それじゃあ、早速だけど作戦を詰めたい。アル、ムツキとハルカを呼んできてほしい。」
「えぇ。分かったわ。」
そう言うと、アルは部屋を出ていった。
数分後、便利屋とノアを交えた作戦会議が始まった。概要は昨晩のモモトークである程度通知していたからか、トントンと話が進んでいく。
生徒たちの陽動はアル、ムツキ、私の3人。カイザー保有施設の襲撃は、ノア、ハルカ、カヨコの3人だ。カイザー保有施設のマスターキーを持っている黒服には、必然的にカヨコたちに追随してもらう事になっている。
「…今更ではあるけど、本当に大丈夫なの?」
各々が必要になる物資などをリストアップしていた所に、カヨコがぽつりと呟いた。
「社長やムツキを信用してないわけじゃないけど…風紀委員やそれ以上の練度を持つ組織に対抗するには、流石に人が足りないと思う。」
「…それは、そうだね。少なくとも、この戦力でやり合うのは正気の沙汰じゃないと思うよ。…けど勿論、死ににいくつもりもない。手元にあるカードを最大限に活用できるのが、この作戦ってだけだよ。キヴォトス全土の中から一握り…いるかどうかもわからないけど、協力してくれる生徒たちが、もしかしたらいるかもしれない。そうなれば、この無謀な作戦が成功する確率が上がる。針の穴を通すような、僅かな希望だけれど…。」
「…その当ては無いんでしょ?」
「…無いね。協力を仰ごうにも、その全てが確率の低い博打になると思う。けど、失敗すればどの道待っているのは死だからね。」
「…そう、だけど。」
「いつもやっていることと変わらないよ。使える手札を最大限使い切る。活かし方を考えて、より良い結果を導く。それは、カヨコが…便利屋の皆が、いつもやっていることだ。」
「難しく考えなくていい。いつも通りで良いんだよ。そうすれば、きっと全部がいい方向に進むさ。無責任な言い方になってしまうけど、私は便利屋の皆を信頼している。命を賭ける理由なんて、それで充分だよ。」
そう言うと、カヨコはため息を吐いた。
「…分かった。」
そう言って、カヨコはポーチに必要な弾薬などを詰め込み始める。
各々が黙々と物資を詰め込み、しばらくして。
「明日の明け方が作戦開始だから、各自早く寝てね。夕食は適当に作ってあるから、温めて食べて。それじゃあ、私はもう寝るから。」
そう言って、カヨコは自室へと戻っていった。
時刻は午後の9時半を回っている。便利屋の面々は寝静まり、ノアも慣れない薄いマットレスを敷いたベッドで眠りについたようだ。…とは言え、これが彼女たちにとって、客人への最大限の対応ではあるのだが。
「…これで、大体終わったかな。」
シッテムの箱を操作し、いくつかの作業を終える。
「…何やってるの、先生。」
不意に、背後から声を掛けられる。
「…やぁ、カヨコ。どうしたの?」
「…別に。ただ何となく、ここに来ただけ。」
「そう?…いい眺めだね。」
「いい眺めとは思わないけど…うん、そうだね。街灯だけのシャッター街。それを、少し上から見下ろせる。この景色は、嫌いじゃないよ。」
そう言うと、カヨコは柵に体を預けてぼんやりと空を眺めている。
「先生、さっきはごめん。」
「…なんで謝ってるの?」
「態度、悪かったかなって。」
「別に、気にしてないよ。」
「私が気にするの。…べつに、さ。社長たちを信頼してないわけじゃないんだよ。」
「うん。」
「ただ、挑むものが大きすぎて…逃げちゃいたいくらい、怖いんだ。」
カヨコはそう言うと、ずず、と洟を啜る。泣いているのだ、と気づくのに、数秒かかった。
「先生を助けたい。でも、そのためには先生を危険に晒さなきゃいけない。ずっと、それが怖いんだ。」
葛藤があった。揺れる声に、孕んだ思い。自らの選択は誤りなのか、それとも正しいのか。私を守るために、私を危険に晒す。そのジレンマに、苦しんでいたのだろう。
心配ない、大丈夫、なんて、気休めにもならない言葉が喉元まで迫り上がる。なんとか押し戻し、ゆっくりと息を吐いた。
「…カヨコ。おいで。」
屋上の鉄柵にもたれかかるカヨコに、手招きをする。
「…なに、先生。」
訝しげな眼差しを浮かべながら、それでもおずおずと近寄って、私の前に座った。
「手、出して。」
私の言葉に従って、カヨコは掌をこちら側に差し出す。
「ちょっと、握るね。」
断りを入れてから、カヨコの掌を両の手で包み込んだ。ひんやりと冷たい。
「…緊張してるんだね。」
「…うん。自分を、自分の立てた作戦を、信じられない。」
「そっか。…でも、さ。カヨコ。」
私は、信じてるよ。
そう言うと、カヨコは驚いたように目を見開いた。
「私はね、君たちなら、なんだってできると思ってる。それが、どれだけ辛くて困難で…荊の道であっても。カヨコが、カヨコ自身を信じられないのだとしても、私は、カヨコを信じてる。私の信じる君を…カヨコも、信じてくれないかな。」
ぎゅっと、掌に力を込める。想いが伝わるように。君が、恐れないで済むように。
カヨコの口から、吐息混じりの声が漏れる。
「…分かった。」
カヨコは微かに頷いた。
「…それじゃ、部屋に戻ろうか。」
彼女の手を離して立ちあがろうとした。その手を、緩やかに握り直される。
「…ねぇ、ちょっとだけでいいからさ。このまま、ここにいたい。」
「…分かった。十分だけね。」
「うん。…ありがとう。先生。」
そう言って腰を下ろすと、彼女は私の隣に座りなおす。
「ねぇ、先生。…怖く、ないの?」
重ねられた掌から、カヨコの熱が伝わってくる。先ほどまで感じていた冷たさや震えは止まっていた。
「…怖いよ。皆の前だったから、明るく振る舞っていたけれど。勿論、生徒たちの為に死ぬ勇気はあるけど、生徒たちに殺されるのは、嫌かな。人殺しの汚名は、二度と雪げない。どんな偉業を成し遂げても、そこには決して消えない称号がついてしまう。…君たちはまだ若い。抜け出すことのできない泥濘に足を取られて、未来を失うことを、私は望まない。」
死ぬのは怖くない。あの子たちを守る為なら、私は何を捨てたって構わない。紛れもなく、私の本心だ。私一人の命を、未来を…まだ見ぬ幸せを。それを投げ捨てて、彼女たちの未来が救えるのなら、命なんて惜しくはない。
「…そっか。」
そう言うと、カヨコは微かにこちらに体を預ける。触れ合う腕や肩。微かに香る、硝煙の香り。
「偶にね、先生が怖くなったんだ。先生は優しくて…不器用で…でも、どんな時でも間違わない。遠回りでも、それが例え茨の道であっても。先生は、自分が傷つくことを厭わない。まるで、コミックに出てくるヒーローみたいな…どう足掻いても届かないような、とても高い所にいるような気がしてた。」
だから、先生が死ぬのは怖いって言ってくれたの、少し嬉しいんだ。私たちの、延長線に居るんだって、知れたから。
カヨコはそう言って目を細め、唇を微かに吊り上げて破顔した。
「守るよ。必ず。これからも、先生がきっと、笑えるように。」
「ありがとう、カヨコ。…頼りにしてる。」
「うん。」
とうに、十分は過ぎていた。
けれど、私たちはその場で身を寄せ合ったまま。
柔らかな沈黙が場を満たし、微かに吹く素風が肌を撫でる。どちらともなく、寄り添っていた。
言葉にはしないけれど、これが最後になるかも知れない。そういう想いが、微かに心にあったから。
だから、今夜は、もう少し。
もう少しだけ、このままで。