砂煙が巻き起こり、パタパタとスカジャンがはためく音が聞こえる。
身の丈ほどもある、長い黒い髪が、ゆらりと巻き上がる。
「…やんのかよ、チビ。」
「…ネル先輩。貴方を、止めます。私と、トキの…2人掛かりで。」
「…上等だ。纏めてかかってこい。生意気な後輩どもを躾てやるよ。」
ピリピリと緊張が走る。巻き上がる砂塵に両者が隠れ、戦いの火蓋が切って落とされる。
互いにもう、至近の間合いだった。銃の取り回しの関係で、美甘ネルの圧倒的な有利。それでも、天童アリスは譲らない。
レールガンを地面に突き刺し、放棄。無作為に腕を掲げる。相対する二つの影。アリスは弾丸が放たれる刹那を見極め、両の掌で払い落としていく。構え、狙い、放つ。三つ動作の組み合わせの上成り立つ射撃を、初段で挫く。
「チッ!」
堪らず距離を離す美甘ネルに、すかさず追撃が飛ぶ。
アビ・エシェフ。両腕部に装着されたガトリング砲を、至近から叩き込む。
「ッてぇな!」
弾丸を身を捩りながら最小限の動きで受け流しつつ、美甘ネルは銃口を全力で蹴り上げる。連射されたガトリングの銃口は熱を帯び、微かに弛緩している。そして、建物を容易に砕き得るほどの蹴りが、そこに着弾した。
「…右腕部のガトリング砲の機能停止。」
「ッらぁ!」
蹴り上げた脚を引き戻す勢いのまま、再び逆足を振り込む。側頭部を狙い渾身の力で振り切られた脚を、飛鳥馬トキは反射的に防御した。
左腕の銃口さえへし曲げられる。二つの武装を封じられた飛鳥馬トキの背後より、再び天童アリスが舞い戻る。一発、二発…掌底を腹部と鳩尾に叩き込む。
常人なら一撃で倒れ伏すであろうその一撃を、二発。押し込む様に放たれた掌底は、鍛え抜かれた肉体であろうとも、容易く貫いた。
「かはッ…!」
呼吸の乱れ。
靭帯が切れた状態ですら戦闘行為を行う彼女には、明確な隙など無いに等しい。一瞬の油断を刈り取るために、2人は動き続ける。
「トキ!」
答えるより早く、飛鳥馬トキは行動を開始していた。
背部スラスターを使用した最大加速。狙うは、その諸手。
ガトリング砲をパージされた腕部パーツは、ただのマジックハンド。しかし、それはガトリング砲の重さ、反動の大きさを完璧に相殺する、万力である。
手首を全力で掴み上げ、スラスターの推力を回転に捻じ曲げ、叩きつける。
微かに、苦悶に呻く声が聞こえ、視界の端に映るのは、彼女の愛銃の影。
銃から手を離した。そう確信し、飛鳥馬トキは追撃、捕縛のために飛び掛かろうと屈み込む。
「待ってください!罠です!」
ぴたりと屈伸が止まる。砂塵に塗れた美甘ネルの姿が、ゆるゆると立ち上がった。
「ンだよ、バレてんのか…」
コキコキと首を鳴らしながら、美甘ネルは立ち上がる。砂で切れたのか、額から顎先へ鮮血が滴っていた。
「トキ、手筈通りに!」
アリスがそう叫ぶと、彼女は苦々しい表情を浮かべながら跳躍した。アームで生塩ノアと先生を潰さぬ様につまみあげ、背部のスラスターを噴かして、跳躍する。
「トキ!待っ…」
巻き上がる砂塵の音にかき消され、彼の声は霞のように消えた。天童アリスはひとつ息を吐き、周囲の生徒…便利屋の面々に一言だけ告げる。
「追いかけてください!」
彼女らは発言の意図を汲み取ったのか、放置されていた車両に足早に乗り込む。砂塵を巻き上げながら離れる彼女たちを見届け、再び視線を戻す。
「…チッ、めんどくせぇ事になっちまったな…」
額から垂れる血を拭いながら、美甘ネルはそう呟いた。
トランシーバーを確認しながら、メンバーたちの現状を把握したらしい。
「あいつらから返答がねぇ。…まぁ、カリンはスコープを潰されちまったし、アカネも…返事がねぇ。まぁ、お前らがやったんだろうってことは見当ついてんだけどよぉ…」
「降伏してください。いくらネル先輩でも、アリスとトキを同時に相手できるとは思いません。」
「…はっ。確かに、同時に相手すんのは辛いかもなぁ。…でも、今、お前は一人だぜ?」
瞳が真っ直ぐにこちらを見据える。獣の殺意を持ちながら、狩人の冷徹さを併せ持つ…そんな、不思議な瞳だった。コンマ、数秒。微かに遅れた反応より疾く、彼女の細く、しなやかな脚が眼前へと迫る。
「っ!」
身体を後傾させる事でギリギリ躱し、迫る二撃、三撃目の後ろ回し蹴りを諸手で防ぐ。踏ん張りが効かず、砂に仰向けになる様に倒れ込んだ。恐らくくるであろう追撃にを、身を撓めながら待ち構える。
「だッらぁァァァ!」
砂塵を突き破る様に飛び込んできた美甘ネルへ、跳ね起きの威力をそのままぶつける様に飛び込んだ。
十字に構えられた腕が蹴りを防ぎ、彼女を後方へと吹き飛ばす。
数秒。立ち昇る砂埃を眺めながら、アリスは安堵の息を吐いた。
必要最低限の目標は成し得た。先生は窮地から脱し、先生を守っていた生徒たちも、それに追随している。
「余所見してる暇ァ、あんのかよ!」
襲い来る拳たちを打ち払い、掌底を打ち込む。防ぎつつ後ろに後退した美甘ネルは忌々しそうに息を吐いた。
「ムカつくぜ…その余裕っぷりが…!」
本来であれば、C&Cの面々に対して時間稼ぎをするだけ。先生を逃す時間を稼ぎ、適当なところで折り合いをつけて撤退する手筈だった。けれど今、アリスは撤退の選択を棄てた。
「…ネル先輩。あなたを、倒します。」
知っていた。彼女は、折るまで諦めないと。
知っていた。彼女は、折ってもなお、立ち上がると。
だからこそ、決意を固める。揺らぐ意志を、押し固める。
「先生の所には、行かせません。あの人達に、指一本も触れさせはしません。私は…アリスは、先生を…そして、ネル先輩を守ります。」
あるはずの無い心。その内側に秘めた、初めての激情。
今、二匹の獣が相見える。