甘く見ていた。
怒り、苛立ち…それは時に抑えきれない殺意となることを、真の意味で理解していなかった。
「…くそっ。」
砲声が、銃声が絶え間無く続く。
想定外だったのだ。事態が、ここまで急転することが。
「追え!目標はすぐ近くに居るはずだ!」
ゲヘナの不良生徒たちが怒号を撒き散らしながら、私の隠れる路地裏のすぐそばを駆け抜けていく。無闇矢鱈にばら撒かれた銃弾が付近の看板に着弾するたびに破片が散りばめられ、爆発物の爆風で飛んできた瓦礫が既に何度も身体を掠めている。
なるべく音を立てないように、息を殺して路地裏の深くへと足を進める。自衛手段を持たなかったことを後悔した。生徒を傷つける可能性があるから、と所持することを忌避していた過去の自分を呪わしく思う。
「…見えた、出口だ。」
細い路地の先から光が見え、僅かばかりの安堵を覚える。あいも変わらず息を殺しながら、ゆっくりと気配を確認しながら出口の方へと足を進めると、聞き覚えのある生徒の声が聞こえた。
「…全く、出張から戻ったらまたすぐに仕事なんてね。ほんとうに面倒くさい…。」
「それで、どうなさいます?」
ヒナに、アコ。咄嗟に物陰に隠れ、二人の会話を伺う。
「木端の相手はあなたたちに任せるわ。先生の排除については…まぁ、どちらでもいいでしょう。智力や情報の咄嗟の判断はあちらの方が圧倒的に上だけれど、多勢に無勢。疲弊したところで仕留めるわ。イオリを斥候として出しておきなさい。状況が動いたタイミングで、排除を実行します。各小隊にも作戦の伝達と、包囲網の構成を指示しておいて。…ああ、そうだ。便利屋にも連絡を入れておきましょう。先生の排除を成し遂げたのなら、これまでの問題行動は全て不問にすると伝えておきなさい。」
「分かりました。ヒナ委員長はこれから…」
「少し、仮眠させて頂戴。」
「はい。先生に動きがあれば、また報告しますね。」
「ええ、そうして頂戴。」
その言葉で通信が切れたのか、ヒナの気配が遠ざかっていく。安心も束の間、通ってきた道から響く銃声が激化した。ここも、いずれ見つかる。
「行くしかないか…」
私は、ゲヘナへ対する打開策を打つために、ある場所へと向かうことにした。
心臓が早鐘を打つ。
途中何度か生徒たちに見つかったものの、一度シャーレに寄ってから持ち出したバイクのおかげでなんとか傷を負わずに済んでいる。…この際、擦り傷は換算しない。
何度も迂回と潜伏を繰り返したせいで、太陽はすっかり暮れており、夜の帳が下りている。
トリニティ総合学園の近郊に設置してあるセーフティハウスで、息を殺しながら呼吸を整える。買い溜めしておいたレーションを齧り、備え付けのケトルで沸かしたお湯で淹れたインスタントコーヒーを啜る。
咀嚼し、嚥下する。ただそれだけ。日頃行う動作なのに、身体は言うことを聞かなかった。言いようの無い吐き気が込み上げ、その場でえずく。唾液と混ざった半固形の物体が散らばり、ほとんど使用されていないラグマットに染みを作った。
どうやら、すこぶる体調が悪いらしい。
絶え間なく降り注ぐ銃弾に、掠る細かな瓦礫。後方で炸裂する爆発物の砲声。キヴォトスに来て半年以上経って慣れたかと思いきや、その攻撃が自らに向けられたと言うだけで、私の身体は悲鳴を上げているようだ。
昼間の銃声を思い出すだけで眩暈がする。あれだけ銃弾をばら撒かれて直撃しなかったのは奇跡だろう。銃撃に耐えられるように作られている建造物には、何度救われたか分からない。
がちがちと歯が震え出す。
死ぬかと思った。今日だけで、何度も。
「怖い…」
日常の一部と化していた銃撃が、ひどく恐ろしくなった。
「ノアの言うとおりにしておけば…っ!」
昨晩のやりとりを思い出し、あの時の選択を後悔する。
何とかする、なんて、意気込んでおいて。実態は不様もいいところだ。手がかりひとつ掴めず、生徒たちから逃げ惑い、挙句の果てに1人で弱音を吐く。何が大人だ。何が何とかする、だ。お前は、1人では何も成し得ない。ただの無力な人間なのだと、なぜ分からなかった。今までの成果は、全て生徒たちの功績だった。私はその後押しをしただけ。それなのに、いつからか自分は『なんとかなる』『どうにかできる』と言う、無意味な自信だけが肥えていった。その結果が、このザマだ。
「くそっ…」
震える腿を叩く。止まれ。止まれ。何とかすると、約束したんだ。あの約束を、優しいあの娘の笑顔を、奪わないために。
そのためなら、何だって利用する。生徒たちの諍いも、生徒たちが抱く、他者への怨嗟でさえも。
ゲヘナへの対抗策っていったらもう、あの学校しかねぇよなぁ!?!?