パァン、と乾いた銃声が響いた。
灼けるような痛みが腿を穿ち、吹き出す鮮血が地面に赤黒い血溜まりを作る。
状況が飲み込めず、次第に込み上げる激痛に顔を歪めながらイチカを見る。
「…あっははは、ダメっすよ、先生。そんなに簡単に人を信じたら。ま、こんだけ簡単に引っかかってくれるのはラクで良いんすけど。」
薄く開いた瞳から、まるで刺すような冷ややかな視線が私の顔に注がれている。ニヒルな笑みで私を見下ろすイチカの姿があった。
「なん、で…」
「なんでもなにも、非番っすからね。安息日は仕事しないのが普通っすよね?」
「なにを…」
「確かに、正義実現委員会としては依頼を受けたっすよ?でも、私は今日から2日くらい非番なんすよね。だから、正義実現委員会の仲正イチカとしてではなく、一個人としての仲正イチカのやりたいことをやってるだけっす。…って、聞いてるんすか?」
薄く開かれたイチカの双眸が、蹲る私を見下ろす。その瞳は恐ろしい程に冷ややかで。
「おーい、先生?人の話を聞くときはちゃんと目を見るんすよ?教わらなかったんすか?」
「がっ…!」
頭髪を掴まれ、無理やり立たされる。
「うっわ、何でそんな酷い顔してるんっすか…たかが銃弾の1発や2発如きで…って、そっかそっか。先生は外の人っすもんね。いやぁ、すっかり失念していたっす。」
パッ、と頭髪から手が離れる。支えを失った私はそのまま地面に倒れ伏し、衝撃が傷口に響く。
「ああああああああっ!」
不鮮明だった痛みが輪郭を帯びる。
震えた身体がイチカからの逃避を試みても無様に這いつくばって、芋虫の様に這ってずりずりと地面を進むことしかできない。
だめだ、逃げなければ。
逃げられないのに?
ぐるぐると思考が回る中、それでも生存本能がイチカから逃げるために体を動かす。
「何で逃げるんすか?」
ざり、ざり、ざり。私が必死で逃げおおせた距離を、彼女は数歩で痛ぶる様に躙り寄る。
視界にイチカの影が映る。すぐ後ろに、死が迫っている。
「あっ…うあっ…」
情けない声が漏れる。
死ぬんだ。これで。
こんなに簡単に。
積み上げてきたものも、これからの未来も。楽しみにしていた教え子たちの巣立ちを、晴れ姿さえも見れずに。
「……くない…。」
「何をぶつくさ言ってるんっすか?」
「しにたくない…」
「はっきり言ってくれないっすか?」
「死にたくない…!」
「…っはは、まさか、この期に及んで命乞いっすか?大人なんすから、今からどうなるかくらい、分かるっすよね?分かんないほど、馬鹿じゃないっすよね?」
「死にたくない!」
「そんなデカい声出さなくても、聞こえてるっすよ。」
うるさいなぁ、そう言いながら、イチカは腿の傷に狙い澄ました様に蹴りを入れる。
鋭さと、鈍さ。相反するはずの痛みが私を襲い、声にならない悲鳴が喉から漏れる。
「…先生って、馬鹿なんっすねぇ?太腿を撃たれて、まともに歩けない。敵は銃を持ってる。詰んでるんすよ。私に、一人で会いにきた時点で。ま、今のキヴォトス…少なくともトリニティ内部に先生の味方をするような人はいないとは思うんすけど。」
「なんで…」
「何に対してのなんで、なのかが分からないんっすけど…」
「なんで、こんなことが出来るんだ…!」
腹の底から声を絞り出す。
「それはっすね…先生のことが、大っ嫌いだからっすよ。」
「…は?」
「嫌いで嫌いで、どうしようも無くって…顔すら見たくなかったのに、安息日の朝早くから嫌いでどうしようもない人の顔見せられて。分かります?今の気分、最っ低なんすよ。今後、こんな気分になりたく無いんすよね。だったら、ストレスの元を断っちゃおう、ってわけっす。」
大丈夫っすよ、せめてもの情けで、1発で脳天撃ち抜いてあげるっすから。
そう言って、イチカは銃を構え直す。
終わった。
取れる選択肢はもう何ひとつもなくて、私の反撃手段は既に無い。シッテムの箱の防御装置も、この至近距離では反応出来ないだろう。何せ、距離が距離だ。銃口から脳天まで、およそ握り拳ひとつにも満たない。
(ごめん、ノア。)
約束は果たせない。
君に、一生消えない傷痕を遺す事になる。
こんなダメな先生で、ごめん。
瞼を閉じて、来たる銃弾に備える。
痛いのは嫌だなぁ、とか、死んだらどうなるんだろう、とか。あぁ、生徒に渡すために買って置いた誕生日プレゼント、渡せなかったなぁ、とか。くだらない事が頭をよぎる。
「さよならっす。」
その一言の直後、再び銃声が響いた。
次回、先生死す!?デュエルスタンバイ!(嘘)
まだまだ続くよ。続けば続くだけ先生が曇るよ。