嫌悪の果てに   作:黒糖煎餅

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錯乱 自己嫌悪

吐き気がするほどの頭痛に見舞われ、私の意識は最悪の状態で覚醒した。

視界に映る天井は、シャーレのものではない。かと言って、寒空の下で打ち捨てられているわけでもないようだった。ゆっくりと体を起こす。隣接する部屋に人の気配。私は立ち上がろうと体を起こし、周囲を確認する。

見覚えのない部屋。私の知っているセーフハウスではない。ここはどこかと探ろうにも、今の私は手負いだ。1発の銃弾が命取りになる私にとって、走れないと言うのは致命的な事だ。

 

数十分ほど、息を殺しながらその場に潜む。

ガチャガチャと鍵の施錠する音が聞こえ、その数分後に車のエンジン音と発射する音が聞こえる。ひとまず危機は去ったか、と思い、扉を開ける。

 

「わっ、びっくりした。」

 

眼前から聞こえる声に驚き、思わず尻餅をつく。

迂闊だった。車の音に気を取られて、隣の部屋にあったはずの人の気配のことをすっかりと失念していた。

腿に奔る刺すような痛みに顔を歪めながら、私は眼前の生徒の顔を見上げる。

「あぁ、もう。まだ歩けるような状態じゃないんだから。ほら、手貸すから。立てる?先生。」

ずっと差し伸べられた手。私は思わずそれを払い、カヨコから距離を取るように後ずさる。

カヨコは払われた手を驚いた表情で見つめていた。

「先生、どうした…」

「近寄るな!」

「…っ!」

一歩、こちらににじり寄ったカヨコに、咄嗟にそう叫んだ。

体が酷く震えているのが分かる。

彼女が近づくだけで脈は早まり、背筋が凍る。

声が聞こえるだけで、私の呼吸は浅くなる。

あぁ、殺される。そう思った。

ただでさえ状況は悪い。協力者もいない上に、ここは敵対するかもしれない生徒たちの拠点。殆ど詰みの状態だったところに、彼女と敵対するような言動。

本来なら、彼女たちのスタンスを確認すべきだったのだ。私を殺す気なのか、それとも守る…とまでは言わなくとも、多少の助力は仰げるのか。普段であれば、迷わず確認をしただろう。けれど、私にそんな余裕はなかった。先も、同じような状況で死にかけたのだ。冷静な対処、などと考えられるほど、私の思考は落ち着いていなかった。

「何が目的だ。風紀委員に依頼でも受けたか?私を殺す気だろう!」

「そんなつもりじゃ…」

「うるさい!」

カヨコの話を遮るように叫ぶ。

何かが決壊したかのように、澱んだ言葉が溢れる。

「…激務に追われて、生徒たちの抱える問題のために奔走した!その結果がこのザマだ!…蔑まれ、罵られ、剰え命すら狙われる!一体、私が何をしたんだ!私の何が気に入らなくてそんなことをするんだ!?私は君達のために尽力した!休みなく働き、呼び出されたら駆けつけ、仲を取り持った!感謝こそされど、殺意を向けられる理由がない!なんでだ!?なんで、私が殺されなきゃならないんだ!?君たちのために働き、君たちのために時間を費やして、君たちの機嫌で、私は死ななければならないんだ!」

 

カヨコは無言だった。目を逸らして俯くように目を伏せる。行き場を失った手は、胸の前で震えながら固く握られている。

 

「…ごめん、先生。」

 

そう言って、カヨコは後ろを振り返り、再び部屋から出て行った。再び、部屋に静寂が満ちる。

 

「…ねぇ、先生。」

扉越しから、カヨコの声が聞こえる。

「先生が私のこと…ううん、私たちのことを信じられないのは、分かってる。先生がここにいる事に不安なことも、恐怖してるのも分かってる。でもさ。そんな体で、そんな心のままで、先生を放っておけないの。私の自己満足だって、分かってる。それでも、せめて、さ。身体が治るまでは、ここにいて欲しい。私は、先生のためならなんだってする。先生を守るためだったら、他の人たちから嫌われたって構わない。先生が辛い時に、先生を支えてあげたい。自分でも酷いことを言ってるって…今の先生には難しいことだって分かってる。でも…それでも、私と、便利屋のみんなのことは、信頼してほしいなって、そう思うんだ。」

それだけ。

と言い残して、扉の前からカヨコは立ち去った。

私は、体の回復に努めつつ、不貞寝をする様に再びベッドの中に滑り込んだ。

 

 

 

「信頼なんて、できるわけないだろう。」

ぽつり、言葉が溢れる。

生徒のことは信頼していた。

敵対的な行動をとる生徒たちもいたが、それでも交流を深めるうちに、信頼とまでは言わずとも、悪い子達ではないと思える程度には、関係は築けていた。

けれど、それが一気に覆された。

裏切られる恐怖を知って、その直後に信頼してほしい、と言われても、土台無理な話だ。

先ほどのカヨコの様子がふと頭をよぎる。

手が震えていた。

声もところどころが掠れていて、洟を啜る音も聞こえていた。伏せられていた目元から、一筋の雫が落ちたのが、私には見えていたのに。

 

 

「…クソっ。」

自分が生徒にあんな顔をさせてしまったのだ。

どれだけ裏切られたからと言えど、初めから彼女もそうなのだと、決めつけてしまっていた。最低だ。大人として、人として、最低の行為だ。

私の行動が、言葉が、カヨコを傷つけてしまった。

そんな自己嫌悪に苛まれながら、考えを放棄するように、私はもう一度目を閉じる。

じくじくと痛むのは、腿の傷か、心か。

それすらもわからぬまま、私は意識を手放した。

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