ラブライブ! ~ 目では見えない10人目 ~ 作:kiss_sea
飽き性の私に「物書き」というものが果たして務まるかどうかわかりませんが、とりあえずのんびりやってみることにします。
「――あ。やっと来た。ミズ、これやろうよこれ」
日直の関係で遅れて軽音楽同好会の部室(といっても講堂の狭苦しい倉庫だが)に入ってくるなり、
「あん?」
俺は怪訝そうに手渡された楽譜の表紙を見る。“
「却下」首を横に振りながら、にべもなく譜面を突き返す。
「なして!?」予想外の反応だったのか、椛はひどく
「知ってるよ。名前ぐらいなら」俺は背負っていたリュックサックを床に置くと、手に提げていたギターケースからフェンダー社のストラトキャスターを取り出した。サンバースト柄に塗装されたボディが室内灯を照り返して
俺は椛に見向きもせず、愛器をEスタンダードに手早くチューニングする。人間の慣れと言うのは不思議なもので、物心つかないころからギターを握ってさえいれば
「なんだ。知ってるじゃん」
椛は、なら話は早いとばかりに「やろーよ。絶対ウケるって。A-RISEっていま中高生の間でスゴイ人気なんだから。こないだ姉ちゃんとCDショップ行ったときなんて――」
「アホウ。アイドルの曲なんざコピーして何が面白いんだ」吐き捨てるようにそう言って、俺はギターと部室のマーシャルアンプをシールドで接続する。アンプは昔ながらのチューブアンプだ。電源をオンにして、
「やはりミズはミズだな。椛には悪いが実は俺もお前が首を縦に振るとは思わんかった」
そう言ったのはドラマー、
「実はわたしも」
おずおずと手を挙げたのが
「姉ちゃんも!? もう、みんな人が悪いなぁ……。そう思うなら早く言ってよ」椛はジトっとした目で二人を睨む。ちなみにコイツはベースとボーカル担当。面と向かって言うとすぐ図に乗るので口に出さないようにしているが、ソウルフルな歌声とマイクが不要なほどバカでかい声量は評価に値する。ハシりがちなベースはさておき。
「ごめんなさい。楽しそうな椛ちゃんを見てたら邪魔するのも悪いかなって……」目を伏せてバツが悪そうに楓は弁明した。
「いや、俺は面白かったからつい。いやあ、コイツが嬉々としてアイドルソングをコピりはじめる姿を想像したらおかしくてな。アハハ」友弼は頭を掻く。その表情からは
「まあとりあえず曲、聴いてみるだけ聴いてみたらどうだ。『食わず嫌いはよくない』んだろ?」言い切り、してやったり、と友弼はほくそ笑む。本当に反省していなかった。
「うッ」
俺は言葉に詰まる。そう、最近の軽音楽同好会のテーマは“音楽性を広げる”。何を隠そう、このテーマを取りあげたのは他ならぬ俺自身なのだ。
返答に
「おおう、ユースケたまにはいいこと言う! そうだよミズ、こないだの新歓のアンケートみたく『洋楽は聴かないのでよくわかりません。でも楽しかったです』って書かれてもいいの?」
「ぬうッ」
新歓ライブ。つい一週間前に行われたそれは、文字通り新一年生の入学を歓迎する意味もあったが、それはあくまで表向きの目的であって決して本心からのものではない。本当のねらいが俺たちにはあった。
「残念無念、今回のライブで新しく部員が入るのを期待してたんだけどなあ」
できればかわいい娘、と最後に友弼は余計な補足をする。やかましい。
ところで、このように友弼が俺に皮肉るのにもワケがある。俺達にはどうしても新入部員が必要だったのだ。ついでに今までの当同好会の軌跡を振り返りながら、その理由を話そうと思う。
俺たち「公立
さて、そうした涙ぐましい俺の努力により集まったのが、柔道経験者(黒帯)のガタイだけは良い野郎(俺は一目みたときコイツは
実際にスタジオに行って楽器に触らせてみたところ、どうしてなかなか筋がよい。男の方は、その縦にも横にも大きな
このとき姉の方にも
そして夏休み中のハードな練習を経て参加した、文化祭の有志ステージパフォーマンス。グリーン・デイのコピーバンドで出演したが、それなりに形にはなっていたように思っている。
さて、俺をはじめ何人かはアルバイトをして小遣いを稼いでいるとはいえ、学生の身分で毎日のようにスタジオを借りる財力があるわけがない。文化祭ののち、学校側に頭を下げると「しゃーねえな」とばかりに部室が用意された。しかしそれは講堂の倉庫という
が。
秋も深まり、そして寒さに凍える冬に季節が移ろいでも、相変わらず我ら青ヶ谷学園軽音楽同好会の部員は四人から増えることはなかった。
そんなこんなで、俺たちは
「そりゃああたしだってディープ・パープル
俺は振り返って楓にSOSのサインを目配せしようとしたが、あろうことかウチのキーボーディストは譜面台にA-RISEの楽譜を置き――いつの間に椛の手からかすめ取ったのだろう――、たいそうご熱心にカバーを始めていた。耳をそばだてるとゴキゲンなハミングまで聴こえてくる。楽しそうでなによりです、ハイ。
「聴いてみようぜ」「聴いてみようよ」
「あっ、はい」
二人分の圧力に俺は屈せざるを得なかった。
俺が頷いたのを見るや、待ってましたとばかりに椛は紺色のブレザージャケットの右ポケットからスマートフォンを取り出す。部室にはハモンドオルガンの電子音と、その陰に隠れるようなか細い鼻歌だけが響いている。
その曲は四分足らずであったが、俺の16年の人生のなかでも三本の指に入るほど長い「四分足らず」であったように思う。
せっかく聴くなら大音量で、と椛がいそいそと用意したベースアンプをスピーカー代わりにして聴いたA-RISEの“Private Wars”。すわりの悪いパイプ椅子に腰掛けながら曲の一部始終を聴き終えた今、振り返る。
まずテクノ風の打ち込みメロディと
ところでサビの主旋律に対して俺は強烈な既視感を覚える。既視感の正体が何なのか、聴いている途中はもやもやしていて気が気でなかったが、聴き終えて冷静になった今、そのデジャビュを構成するファクターが見えている。それはとあるアメリカンハードロックバンドの楽曲にあまりにも酷似しすぎていたのだ。これがオマージュという手法なのだろう。現代のポピュラー音楽おいても、クラシックの有名な楽曲からフレーズを引用してくるケースは少なからず存在する。しかしながらロック音楽からの引用は正直思い当たらない。
全く同じ歌メロが
Aメロに入る。ここではイントロと同じメロディとベースラインが――違う。「ここでは」でない。「ここでも」だ。イントロからサビ、そしてAメロに至るまで、これまた同じメロディラインが、女声にて
暗闇を切り裂く稲妻のような短いシャウトを挟んでBメロだ。主旋律を邪魔しないように自己主張を抑えた上ハモリが、しかし
やがてBメロも終わりが近付くと、ジェット機の上昇音のような
サビだ。今までと同じようにひたすら同じフレーズが旋律の裏側で何度も何度もなぞられる。なのに飽きを感じさせない。レッド・ツェッペリンの『カシミール』を、このときふと
サビが終わり、再び例の英詞歌メロが4回繰り返される。ここで、このパートがBサビであったことに気づいた。とすると、この曲はBサビから始まる曲である。
二番は一番の曲展開とほぼ同じであったが、サビを終えて間奏に入った途端、例のリフが
Cメロでも、リフは奏でられていなかった。代わりにマイナーコードのバッキングに淡々と4拍子を刻むドラムス。風に揺れるアドバルーンのような音で奏されるコードアルペジオも憂いを帯びた伴奏に華を添える。それらに支えられて
クライマックスのサビ。Cメロで溢れんばかりに溜まった緊張感が
そのまま焦らされて4小節、ようやく訪れる解放感。聴き手の意思までもがAーRISEというアイドルグループの掌の上で踊らされていた。
最後はBサビで終わった。英詞メロディがまた繰り返される。“Can I do? I take it,my baby.”“Can I do? I make it,my baby.”。俺の頭には知らぬ間に歌詞がすっかり刷り込まれてしまっていた。
一曲通して聴き終って、俺はふと我に返る。あんぐりと口を開けたまま、アホ面下げてアイドルソングに聴き入っていた自分がいることに気が付いた。
チラリと二人を横目に見る。二人は互いに顔を見合せて頷きあっていた。
俺は
数刻ほどして、また、
「――どうだった?」
問う声は椛でも友弼のものでもない。今は
「とても前衛的だな。お前が鼻歌を歌いたくなるのも分かる」慎重に言葉を選びながら精一杯の意地を張った。
「わわ、聴こえてたの?」楓の頬が朱に染まる。
「何そのコメント。
「お前も素直じゃねえよなあ、ええ?」
隣に座る友弼はニタニタと笑いながら、俺の右肩を揺する。座っているボロ椅子が
椅子の生命の危機を感じ、俺は立ち上がる。心臓に悪い金属音がピタリと鳴り止むと同時に、三人の視線が集まる。
俺は
「別にけなしてはないさ。んで、百歩
「ギターアレンジの話?」察しの良い楓が控えめに言う。「それならええと、うん。多分大丈夫。わたしが何とかするから。あ、でも椛ちゃんの話だと
「ちょっと姉ちゃん! それはミズがもうちょいノリ気になったときに喋ろうと思ってること!」
「えっ、そうなの?」
「おい、何の話だ」俺はこの双子を
脇目に口を押さえつけて懸命に笑いを
「よし友弼、答えろ」
「え、マジ? でもこれはさすがに黙っとかないとNGな話――」「そういえばお前にはこないだ
「たかだか牛丼一杯で何ちゃっかり寝返っちゃってんのよ! あんた桃太郎に出てくる犬かなんかなの? おばあさんに『鬼ヶ島に向かう道中で食べなさい』って言って渡された、お手製の愛情たっぷり牛丼弁当を一口おすそ分けしてもらったらホイホイ仲間になっちゃうわけ?」「バカを言うな。牛丼は命よりも重い。当然友情よりも」「それなら仕方ないね」「いや仕方なくないから! なに姉ちゃん言いくるめられてるの!? こいつムチャクチャ言ってるけど!」
「ほう、それはとても面白いことを聞いた。どういうことなのか説明してもらおうかね、若菜椛くん」
口では笑みこそ浮かべているが、こめかみのひくつきは隠しようがなかった。
椛は
「ち、違うの! ほらミズって男のわりにかわいい顔してるじゃない? 名前も女の子っぽい――あ、ほら、『ミズキ』ってカタカナ表記にしたら、アイドルにいそうな感じするよね。だからA-RISEのコスプレでもしてみたらウケるかなって!? そんでこの曲やれば校内のナウなヤングにバカウケ、さらには今まで洋楽ばっか演ってきた
「俺は全くハッピーじゃねえんだよ!」
「ええっ。でも瑞季くん本当に似合いそうなのに」「ああ、俺も一度見てみたい。髪は女にしては短いが、それはヅラでも
椛は居心地悪そうに苦笑を浮かべながら俺にこう言った。
「ほら、みんなもこうやって言ってるし。
「するかあああああああああああああああああああああ」
俺は友弼の右手からドラムスティックを一本ひったくると、振りかぶり勢いをつけて、椛の脳天めがけて力一杯に振り下ろした。部室にはバスドラムのような低く鈍い音が鳴り響いたかと思うと、次の瞬間には耳をつんざくような女子生徒の悲鳴が
KISSのあの曲には爆笑しました。