ラブライブ! ~ 目では見えない10人目 ~   作:kiss_sea

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 次はライブパートだと言ったな。あれは嘘だ。


10小節目 見えない存在

 あれから各パートのヴォリューム調整を、四人でああでもないこうでもないと議論しながらなんとか終えた。完成品を店長や春乃ちゃんにも聴いてもらうと、「よくやったな。さすが俺が手出ししただけはある」「お父さんそんなことしてたの」「そりゃあ俺は五人目のバンドメンバーだからな」「ええ、ずるいずるい! 私もやりたいよ」「じゃあツェッペリンにおけるピーター・グラントの役回りをここに任命する」いや勝手に娘をマネージャーにするなよ。

 そんなこんなで太鼓判を押される出来になったのは昼前のこと。よっしゃあこのあと一緒に飯でも食いに行こうか、打ち上げしようぜ打ち上げ。いつもどおり腹を空かせている友弼の提案を皮切りに、使用した物品の片付けをはじめた。

 アンプも、ギターも、MTRも、キーボードも、なにもかも。手にしたそれらは触れるとやけどしてしまいそうなほどに、ひどく熱を帯びているように錯覚してしまう。自身が音を鳴らし、刻み、録音したのだ。機材もまた、一つの曲が作り上げられていくという過程に実際に立ち会ったという興奮から未だ冷めやらぬのかもしれない。ものと意思疏通ができるわけではないけれど、なんとなくそういうことが、手のひらと機材との接地面を介して伝わってきてしまうのだった。

 レンタルした種々の機材の返却を完了して店を引き上げていく(ちなみにありがたいことにスタジオ代もなにもタダにしてもらえた)。店をあとにしながら俺は、

『曲が完成した。会って話したい。いつごろなら時間が空いているか教えてくれ』

 絵文字もなにもない、実用一辺倒のそんなメールをとある人物に送りつける。相手方からの返事は五分と待たずに来た。

 すでに帰り路だ。歩道のアスファルトは高く上った太陽に焼かれており、朝方の肌を裂くような冷たさとは様子が一変している。

 メールが来た、ちょっと先行っててくれ、すぐに行くから、と俺はメンバー三人に声をかける。俺は集団から離れる。たまたまそこにあったコンビニの軒下、日陰になっている部分に移動すると、やつらは、

「ああ? 女か?」「ミズに限ってそんなことないってユースケ」「でも瑞季くん、ああ見えてやり手だからねえ」「おいあいつはいつからそんなプレイボーイになったんだ」「そうだよ姉ちゃん、ミズに不純異性交遊はまだ早すぎる」「補導の対象だねえ。今度見つけたらおまわりさんに言わなきゃ」てめえらちょっと黙ってろ。

 三人が去っていったのを見届けてから、携帯電話の画面を見つめる。友弼のカンはむだに鋭く、実際に女性からなのだ。文面がどうであれ、女の子からのメールということを知られると、話がこじれにこじれそうなのは火を見るより明らかだ。

『早いねえ! 海未ちゃんとことりちゃんにも電話してみたら、いまからでもだいじょうぶだって! 私も今日は一日フリーだよ』

 from:高坂穂乃果。俺の手中にあるスマートフォンにはそう表示されている。真姫と連絡先を交換するついでに彼女のアドレスも()いていたのだった。

 いまどきの女子高生らしくデコメールだった。ありがとう。丸っこい文字が画面上でちかちかと踊る。そしてその右横にはぺこぺこと一定のリズムで頭を下げる、擬人化された……食パン? 変にデフォルメされているぶん、本体のパン部分ばかりが大きくなっている。そのため取ってつけたような棒状の手足は、身体のパーツというよりかはただ単につき刺さっているようにしか見えない。顔も顔で、目ばかりが少女漫画ばりにでかでかと描かれており、小さすぎる目と口はあまりにもアンバランスだ。うん、お世辞にもかわいいとは言えない。

 文字でのやりとりに面倒くささを覚えた俺は、携帯の電話帳から高坂穂乃果の名を探して通話ボタンを押す。彼女はすぐに出た。

『もしもし』

「俺だ。いまたまたまアキバにいる。ちょうど昼飯食いに行くところだ。というわけでどこかのファミレスで落ち合わないか」

『ああ、そうなんだ。私も昼ごはんまだだから一緒に食べようかな。よし』スピーカーの向こうで椅子かなにかからすっくと立ち上がる音が聞こえたかと思えば、『おかあさーん! 私いまから友達とごはん食べてくるからお昼いらなーい!』

 おそらく廊下なのだろう。彼女の声はがっつりとリヴァーブが効き、大きく響きわたる。

 通路の向こう側からは、

『えええ、もう作っちゃったわよ! もっと早く言いなさい。どうするのこのチャーハン』『雪穂にでもあげといて』『いや私そんなに食べられないから』『じゃあ近所のポチにあげるとか』『お姉ちゃん、犬はお米食べないと思うけど』『えええ、食べるよ? こないだおにぎりあげたらがっついてたもん』『なに野良犬を餌付(えづ)けしようとしてるのよ』元気いいなこの一家。

「んで、どうすんだ」

 俺の問いかけに、穂乃果は我に返る。

『ああ、ごめんごめん! だいじょうぶ、なんとか言いくるめとくから。ええと、そうだねえ。いまから二十分後ぐらいに駅前集合でいい?』

「んあ? 俺らは問題ないけど。家近いのか?」

『まあね。ほかの二人にも連絡しとくから。それじゃ、またあとで』

 通話は一方的に切られた。

 これからの昼食は、ただの昼食ではない。お互いの今後につながる重要な打ち合わせの場であるのだ。なんとか実りのあるものにしなくては。

 俺はこのことを伝えるべく、先行するバンドメンバーたちの背中を駆け足で追っていく。七分丈のTシャツ越しに入射するお日様のぬくもりは、まさしく春というおだやかな季節がいよいよ終焉(しゅうえん)を迎えはじめていることを証左している。

 

 

 

 高坂穂乃果が秋葉原駅中央改札口のバスロータリーに姿を現したのは、彼女が自分から指定した時間を十分も超過してからのこと。

 息せききって駆けよってきたサイドテールの少女に、小言の一つでも言ってやろうかと俺が口を開く。しかし言葉にしようとするより先に、すでに到着していた海未が、

「今日も遅刻ですか。毎度毎度、あなたというひとは……」

 音ノ木坂スクールアイドルとその一味、じゃなかった共同作業者がはじめて顔を合わせるというのに、園田海未のご機嫌は最低だった。「時間にルーズではアイドルとしてこの先が思いやられます」

「うう、ごめんなさい」穂乃果は俺たち、とりわけ海未には目を合わせづらいのか、顔を地面に背けたまま、「いやあ、道中足が悪いおばあさんに出くわしてね。おぶって病院まで連れていってたらこんな時間に」「つくならもっとましな嘘をついてください」「すいません実は着ていく服選んでたらこんな時間になっちゃいました」

 そう陳謝する穂乃果の身なりは、なるほど小ぎれいにまとまっている。空色の七分袖デニムシャツ。ボトムスは黄土色のサファリチノパンツ。足元を彩るスウェード地スニーカーの色はオレンジで、活力の象徴みたいな彼女の印象とよく調和している。花柄プリントのリュックサックも背負われており、これからピクニックにでも繰りだそうかという恰好だ。頭部のニューヨーク・ヤンキースのロゴ入りキャップはよくわからないけど。

「わあ、今日の穂乃果ちゃんかわいいっ」集合時刻三分前にはすでにここでぼんやりとしていたことりは、自分が待たされていたことなどどうでもよさそうに、「そのお洋服どこで買ったの? 私もほしいなあ」

「こないだデパートの春物バーゲンセールがあってね。安かったからつい」「そのリュックは?」「これはことりちゃんが教えてくれた古着屋だよ。ほら原宿の」「ああ、あそこねえ」

 ごほん。咳ばらいを一つ入れた海未は、「お話の途中恐縮ですが、本日の目的をお忘れなきように」

 ちょうどこのタイミングで、盛大に友弼の腹が鳴った。張りのゆるいバスドラムのような音に道ゆく人々の視線がこちらに集まる。

「あ、あはは……」友弼は照れくさそうに頭をかく。「できればそろそろメシ屋に向かってもらえると――」

 その言葉に、この場にいる全員がうなずかざるを得なかった。

 

 

 ランチバイキングというすてきな響きに誘われて入ったその店は、夜は居酒屋として営業しているらしい。昼食が千円ちょっとというのは高校生の身分には少々割高な感じが否めないが、たまにはいいだろう。いちおう編曲の打ち上げという側面もあるし。

 ボロネーゼ、から揚げやフライといった揚げもの、生ハムのマリネ、スペアリブの煮込み、肉じゃが……。アルプス山脈よろしくプラスチックの皿に料理をてんこ盛りにしてテーブルに戻ってきた穂乃果に向かって海未は、

「……それはもちろん、ここにいるみなさんの分ですよね」

 おおよそいっぱしの女子高生ひとりが摂食する量ではない。

「いや、私ひとりで食べるけど。走ってきたらおなかすいちゃって」

 いただきまーす。合掌した穂乃果は手はじめにパンの牙城を攻略することにした。うず高く積まれたクロワッサンやらメロンパンやらサンドイッチやらに幸せそうにかぶりつく――なるほど、食パンデコメを送ってきたのはそういう理由か。なお、この光景にはさしもの大食い友弼も半笑いである。

「穂乃果、あなたダイエットは……」「ほえ? なんか言った海未ちゃん」「いえなんでもないです……また明日からがんばればよいですからね、ええそうですとも」がっくりとうなだれる海未の背中を、彼女の左隣りに座ったことりがさすり、(なぐさ)める。

「あのさ。本題に入っていいか」俺は切りだす。この先もずっと彼女たちのやりとりを見ていれば、ほんとうにただ昼食をともにしただけに終わってしまいそうだった。

 彼女たちの視線がこちらに集まる。鉄のフォークやスプーンが皿とこすれ合うノイズが消える。店内BGMとしてぼんやりと天井を(ただよ)っていたモダンジャズがはっきりと聴こえるようになった。不安感を煽るあやしげなピアノフレーズ、開いたり閉じたりして時計の秒針のような音を刻むハイハット、地を()うようなウッドベース。それらすべてを舞台にして、クリフォード・ブラウンのトランペットが端から端まで跳びはねていく。

 ブラウンのソロパートに合わせて俺は鞄からCDケースを取りだした。それは昨日真姫から直接手渡されたものではなく――自分たちが一から編曲して作り上げた、音のかたまり。

 装飾過多気味なシャンデリアから発せられる白色光は、無色透明なケースを容易に透過して中のディスクを照らす。今朝がた焼いたばかりのCD-R。その印刷面には「編曲済」と油性マジックで殴り書きしてある。差しこむ光に、洗練さのない黒文字が一瞬だけきらめく。

 俺はそれを、向かいあって座る海未に差しだした。彼女は両手で受けとる。

「これが」「私たちの」「曲――」

 ことり、海未、穂乃果は順々にそう口にした。未だ実感がわかないのだろう。三人とも呆けた表情でそれを見ていた。

「西木野真姫作曲、公立青ヶ谷学園軽音楽同好会とその愉快な仲間たち編曲だ。いろいろと至らない点はあるかもしれんが、魂だけはたぶんこもってるはず――いや、きっとそうだ」

 なぜ真姫のノートがあれほどまでに重みがあるように感じてしまったのか、いまなら実感をともなって理解できる。あのA4の帳面には、真姫なりの思いが込められている。それと同様に、このCDにも俺たちの意思が。それが、いま現物を手にしている海未には伝わっているだろうか。

「あなたがたの熱意はしかと受けとりました」海未は微笑する。「心よりお礼を申しあげます。ありがとうございます」

 彼女に合わせて、両脇の二人もこちらに頭を下げてきた。

「まだそれは早いぞ。きみたちはこの曲を使ってライブするんだろう」そんな俺の指摘に、「あっ、そうだった」と漏らす穂乃果。忘れてたんかい。

(たすき)は繋いだぞ、高坂、南、園田。あとはよろしく頼む」言葉の最後は昨日の誰かを意識して。

 けれど穂乃果は首を左右に振る。

「名前で呼んで。ここまでしてくれたんだから、もうあなたたちは私たちの仲間なの。国立音ノ木坂学院のスクールアイドル『μ’s(ミューズ)』の一員なんだよ。――あなたは、私たちを取引相手って、そう考えてるかもしれないけどね。でも私はそうじゃないの。そんな仕事上の関係だけにとどまってほしくない。だって私、決めたから。あなたたちのアレンジも、西木野さんの曲も、いつか全国の舞台へ連れていくって。少なくとも、それが叶うまでは一緒なんだから。それなのに苗字で呼びあうなんて、やっぱりさびしいよ。だから()()()()。私のこと、穂乃果って呼んで。海未ちゃんもことりちゃんもそうしようよ」

 海未は首を縦に振る。「そうですね。いつまでも苗字というのも、他人行儀でくすぐったいだけですし」

 ことりは人差し指をぴんと立てて、「さしずめ、他のひとの目には見えないμ’sのメンバーってとこかな」その言葉に穂乃果が「あ、それいいかも!」と食いついた。

「……それじゃあ、穂乃果、ことり、海未。この曲を活かすも殺すもきみたち次第だ。悔いだけは残らないように精いっぱい励んでくれ」

 ふだん椛や楓をそう呼んでいるのに、この娘たちを相手だとなんだか恥ずかしくなって、俺は顔をそらしたまま口にする。そんな俺に穂乃果は、

「ああ! 瑞季くん照れてるぅ」

「て、照れてねえよっ」

「本当ですかねえ」「ほっぺた赤いよ。いや耳までもだねえ」海未とことりはにやにや笑いながら。

「うわあまたミズの意外な一面が見えた」「いつもクールぶってるのにな」「うんうん」バンドメンバー(おまえら)も楽しみすぎだろ。

 それからというもの。贅沢(ぜいたく)な昼飯に舌鼓を打ちながら、改めてお互いの自己紹介をした。人間性的な意味でベクトルの似ている穂乃果と椛、ことりと楓はさっそく打ち解けているし、海未もこないだのように俺に牙を剥くこともない。ただ友弼は俺に「てめえどんな魔法使ったらこんなべっぴんさんがたと知り合えるんだ、教えやがれ」と耳打ちして、それがうっかり海未の耳に拾われてしまった。まあ「最低です」という軽蔑(けいべつ、)の眼差しに身を震わせて喜んでいたから、(やっこ)さんとしては僥倖(ぎょうこう)なのかもしれないけれど。もっともこういう場・こういう形で友人のアブノーマルな性的嗜好(しこう)を知りたくはなかったが。

 腹がふくれた頃合いに、個人ではなくもっとお互いの事情を尋ねあうようになった。俺がそう仕向けたわけではなく、自然とそのような流れになった。相手方と密にコミュニケーションをとり、情報を交換する。それはドライな関係からウェットなそれに移行するために必要なこと。

 投票箱に一枚だけ入っていた紙でグループ名が決まったこと。μ’sとはギリシャ神話における芸術の女神にちなんだ名前であること。音ノ木坂学院はいま入学志望者の減少により廃校の危機に瀕していること。自分たちが今ごろ流行りのスクールアイドルとして活動して人気を博せば、大好きな学校が存続できるかもしれないということ。三人は幼なじみで、海未やことりは穂乃果の気まぐれと思いつきで昔からたびたび振り回されてきたこと――今回のスクールアイドル活動の提案もまさしくそれであること。あの雨のなか、寝不足の身体を引きずって真姫が店を訪れてきたのをきっかけに編曲作業が始まったこと。それは日をまたいで行われたこと。俺たちも俺たちで、慢性的な部員不足に(あえ)いでいること。だからこそ、これにかける期待は大きいこと……。

 話題は、やがてこれからのことに移ろいでいく。

「そう言えば、ファーストライブっていつ演るつもりなの?」椛は穂乃果に投げかける。

「んー?」彼女はくぴくぴと果汁100%のオレンジジュースを飲み下してから、「ああそうか。まだ話してなかったっけ。ええと、実はいつごろというのはまだ決まってなくてね。とりあえず学校のどこかを借りてやろうかなってことぐらいしか」

「今日の今日まで曲もできていませんでしたからね。とはいえアイドルとしての活動はすでに始まっているわけですし、ただ日々を無為にすごしていくわけにはいきません。ですから毎朝、基礎体力をつけるための走り込みや筋力トレーニングに打ちこんでいます」海未は穂乃果の言葉に続ける。その右手にはスプーンが握られ、真っ白な陶器のカップに入った食後のブラックコーヒーをかき混ぜている。

「あと夕方には発声の練習をしたり、他のアイドルのライブ映像とか見て振りつけ勉強してみたりとか。あ、衣装も参考にしてるよ。やっぱり私たちもアイドルらしいかわいい服を着てみたいし。ねえ、海未ちゃん」

 そんなことりの言葉に海未は、「わ、私はそんな……だいたいあのような露出の激しい服装は破廉恥(はれんち)きわまりません! 以前にも言ったかもしれませんが絶対に着ませんよ」

「だいじょうぶだよ、ほとんど女の子しか来ないから」「そういう問題ではなくて!」「海未ちゃん、スタイルいいからきっと似合うよ」「いえですからそもそも私は恥ずかしくてですね……。そんなふうにおだてても、私はいつもどおり制服で踊りますから」いや一人だけ衣装違うと浮くだろ。

「まあ、そのへんの細かいことはさておき。ライブやるんならダンスも練習しないといけないし、歌モノの曲なんだから歌詞もいるだろ」さっそく先ゆき不安な俺は、「聴衆にどんなことを伝えたいのか。ここからはアイドルであるきみたちの問題だ。編曲者である俺たちはこれ以上口出しできない。作詞やら振りつけ考えるアテはあるのか?」

「それはいちおう。ダンスはことりちゃんがやってくれるの。衣装係と兼任してね。それで歌詞のほうは――」穂乃果は右隣の少女を流し見る。「海未ちゃん、だよね」「ええっ、私ですか!? なにをいきなり」「私知ってるよ。海未ちゃん、中学校のときポエム書いてたもんね」「いやちょっとなぜそれを」「ごめん、いつだったか海未ちゃんちに遊びに行ったときに本棚に置いてあったから見ちゃった。ほら、なんだっけことりちゃん。中二の夏休みに海水浴行ったときのやつ」「ああ、ううんとねえ……」ことりは目を閉じ、脳内に埋もれた詞の最初のワードをさぐり終えると、滔々(とうとう)と語りはじめた。

「『海。私と同じ名前。だけれどそれは、自分とは比べものにならないくらい大きくて、どこまでも、どこまでも続いている。海。私と同じ名前。さざなみの()は、すべてを受けいれてくれる。だからばかやろーって誰かが叫んでも、その人をとがめることもなければ、怒鳴りちらすこともない。海。私と同じ名前。透明で(けが)れを知らぬそれは、こころにまとわりついた(すす)を洗い流していく。海。私と同じ名前。地平線に沈む夕日に染まれば、すべてのものに対して平等に安らぎを与えてくれる。海。私と同じ名前……』」

「はいことり、それ以上は勘弁してください。というかなぜ一字一句間違えることなく覚えていられるんですか」海未は朗読をする彼女の口元を押さえつけていた。

 そんな海未に穂乃果は、

「よし、やっぱりμ’sの作詞家は海未ちゃんで決まりだね。こ、こんな()()()()()が書けるひとはそうそういな……ぷぷぷっ」

 がはははははははははははは。穂乃果につられて友弼も噴き出した。

「二人とも、あとで覚えておいてくださいな」裁判長・園田海未のぞくりとするほど冷徹な瞳。被告人の二人は血の気の引いた顔つきで「い、いやいやべつにバカにしたわけじゃないよ私。ぜんぜん、まったく、一ミリたりとも。っていうかことりちゃんも同罪じゃあ」「いまの俺のは――ええとその、鳴き声だよ鳴き声。カバのな。けっこう似てるって評判なんだ。あ、待てよ。ここはごまかさずに正直にしておけばのちに海未さまからありがたいご褒美が」下卑(げび)た思考が声に出ているあたりがすでに気持ち悪い。いままでにないタイプなのか、海未も対処に困ってるし。

「それで、ほのかっちはなにするの?」と椛。打ち解けたのはいいがいちおう初対面。なれなれしい呼び名である。

「私? ――ううんとねえ。うち和菓子屋だから、がんばってる二人にお茶菓子差し入れしたりとか。こう見えて、小さいころからお店手伝ってるからおまんじゅう作るの得意なんだ。あとは海未ちゃんとことりちゃんのお仕事がうまくいくように応援とかかなあ」運動部の活動を見守る父兄かおまえは。

「まあ、どうにかうまいこと役割分担してやっていくよ。今度は私たちがあなたたちの期待に応える番だもの、精いっぱいするつもり。……あ、そうだ」そのとき穂乃果はなにかを思いだしたように、俺たち向かってこうつけ加えたのだ。

μ’s(私たち)のファーストライブ、観にきてくれるよね」

「はあ?」「え」なに言いだすんだこいつ。ところが訊き返そうとしたそうな表情なのは俺と海未だけで、「うわあ、生のスクールアイドルのライブだって」「楽しみだねえ姉ちゃん」「やべえグッズ買っとかなきゃ。ケミカルライトとうちわと缶バッチと」「あ、そういうの用意してないです」ことりは冷静に対処した。

「チケットでも販売して大々的に演るつもりか? それこそA-RISEみたいに」

 俺の問いにはことりが回答する。「ううん。結成されてまだ間もないし、営利目的で演るのはちょっと違うかな。最初はこじんまりとしたものを開いて足元を固めないと。『スクールアイドル』っていうのは学校ありきの存在なんだから、まずはその母体に認めてもらえるような存在にならなきゃ」

 なるほど殊勝な心がけだね、と楓はうなずいた。

「でも俺らみたいな部外者はどうやって学内に入ればいいんだ?」友弼は首をひねる。「俺、中学ンとき音ノ木の学園祭行ったことあるんだけどさ、あっこずいぶん警備が厳重なのな。ペットボトルの飲み物持って入ったら警備員のおっさんに紙のカップに移し替えさせられたぞ」

 物騒な世の中だ。不特定多数の人物が出入りするような日にはセキュリティチェックも厳しくならざるを得ないのだろうか。ましてや音ノ木坂は女子高だ。年ごろの女子生徒目あてに不審者が侵入する可能性も拭いきれない。

「学校行事のときほど口やかましくは言われないかもしれませんが、まあ詰所で来校理由ぐらいは訊かれるでしょうね。うちの学校の白井さん、根掘り葉掘り問いただしてくることで有名なんですよ――プロ根性というものでしょうか。ちゃんと受け答えできないと追い返されるかもしれませんね」と海未。

 ライブを観に来た。それだけで済まされるのならよいが。まだ名も知れぬアイドルの追っかけをするためにわざわざ学校まで訪ねてくるというのもおかしな話だろう。実は私たち彼女たちの曲づくりを手伝ったクチなんです、なんて言っても信じてもらえないだろうし。

 どうするんだ。俺がそう口にしようとしたとき、

「だいじょうぶ、安心して。()()()()()、だよ」

 穂乃果は得意顔で胸をはる。しかし彼女の吊りあがった口元だとか俺の顔面へと向ける視線には、えも言われぬ妙な胸騒ぎをを覚えずにはいられなかった。

 

 

 

 




 ムダ話ばかりしてるとそれだけで一万字近く埋まってしまう不思議。ある意味でこれも私のスタイルなのかもしれませんが。
 お待たせしました。おそらく次話はμ’sのファーストライブになることでしょう。……たぶん。ひょっとしたら。
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