ラブライブ! ~ 目では見えない10人目 ~   作:kiss_sea

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 続けて投稿します。


2小節目 画面の中の少女たち

「いたた……もう! 何も叩くことないじゃん」

 時刻は夕暮れどき。その日の練習を終え四人が(そろ)って帰路につく道中で、頭頂部のたんこぶをさすりながら、椛は俺に非難轟々(ひなんごうごう)であった。ちなみに俺の横には椛、二歩遅れて友弼、のんびり歩く楓は最後尾で俺たちの様子を(うかが)っている。

 折しも俺たちは学校の目の前にある長い坂、通称地獄坂(じごくざか)を下っている途中。背面から沈みかけの日差しを受けてできた四人の影は、各々の身の丈よりもはるかに大きく伸びて重なりあう。まるでおとぎ話に登場する怪物のような形状になっていた。

 地獄坂とはおどろおどろしい渾名(こんめい)がついているものの、それこそ新歓ライブを公演したちょうど一週間前には、街路樹として植え込まれている桜が今を盛りとばかりに咲き誇っていた。春風に舞うソメイヨシノの花弁で視界が一面ピンク色に染まるのはなかなかに壮観で、地域住民もこれを見ると春陽の訪れをひしひしと感じるのだとか。もっとも今やその可憐(かれん)な花は、こないだの大雨と強風ですべて散り落ちてしまい、かつてそこに花びらがあった場所には新緑の葉が小さく顔を覗かせている。

 帰宅ラッシュの時間帯ということもあり、今現在地獄坂の二車線道路は乗用車の往来が激しい。植え込みを挟んですれ違うドライバーがみな、揃いも揃ってグラサン姿なのも、それだけ車内へ射し込む西日が強いという裏付けなのだろう。

 ――閑話休題(かんわきゅうだい)

「お前が悪い」

 俺はつとめて冷たく突き放す。「違いない」と、すぐ後ろから友弼の笑い声が上がった。遠慮というものを知らぬ友弼のそれの大きさに、さらに椛がむすりとする。

 が、茜色に染まる頭の膨らみが存外に大きかったことを受けて、内心多少なりとも反省した俺は、

「まあ、その、何だ。良い病院紹介してやるからそこに行け」

「どこ、それ」椛は問うた。

「駅前にある西木野(にしきの)病院ってとこだ」

「ああ、あっこな」合点がいったのは椛ではなく友弼である。「確かに悪い評判は聞かねえなあ。ナースが綺麗(きれい)どころばっか集まってるらしい」そういう意味で言ったんじゃねえよ。

「西木野病院だったら、わたし行ったことあるよ」楓が話に入り込んできた。俺たちは振り返って話し手に耳を傾ける。「小学校のとき、体育の授業で足を(くじ)いちゃって。あそこ総合病院だから整形外科もあるんだ。お医者さんも親切だったし、おすすめだよ」

 過去の体験談を話す楓に椛は、

「小学生のときの捻挫(ねんざ)って、あのときの怪我? 確か跳び箱を跳ぼうとしたら踏み切りに豪快にけっ(つまづ)いたとかいう」と双子の姉の鈍臭(どんくさ)いエピソードを暴露した。笑い上戸(じょうご)の友弼は言わずもがな、これには俺も噴き出してしまった。

「あわわ、椛ちゃん。それは言わない約束だよぅ」

「ふーんだ」

 それは数刻前、余計なことを口を滑らしてしまった姉に対する意趣返しのつもりだろうか。椛にしては機知に富んでいた。

「駅前ねえ。ちょっと遠いから行くのは明日にしようかな」(あご)に手をやりながら、椛は思案する。「明日は土曜日だし。買い物行くついでにお父さんに寄ってもらおう」

「それがいいかもー」楓が後ろで何やらスマートフォンを操作しながら、間の抜けた声で賛同の声を上げる。

「明日で大丈夫か? けっこう()れてるから早めに診てもらったほうがいいんじゃないのか」椛の頭頂部にぽっこりと(ふく)れる丘に目をやりながら、俺は言った。

「誰のせいよ誰の!」いや身から出た(さび)だろ。人がせっかく心配してやってるというのに。

「そんで、明日はその、整形外科とやらはやってるのか? 行ったはいいが今日は先生が休診でした、じゃ時間の無駄でしかない」と俺は確認をとった。もしそうだった場合、ますます椛はヘソを曲げることになる。その日一日の嫌なことは寝て起きたときには何もかも忘却の彼方(かなた)だとか、頭が空気のように軽そうだとか、そういう(かん)しくない印象に反して、若菜椛という人物は案外根に持つタイプである。奴がご機嫌ななめなまま月曜日に顔を合わせればその日の練習にも響くので、いろいろと具合が悪い。

「それは大丈夫っぽいよ」楓が早歩きで接近して椛と俺の間に割り込み、「ほら、これ。明日はちゃんと先生がいるみたい」西木野病院のウェブサイトが表示されているスマートフォンを差し出した。休診表だ。かえって今日が休診日だったようである。

「ありがと姉ちゃん。今日の夜、お父さんにお願いしてみよっと」

 椛はふたたび打撲(だぼく)の跡を()で回す。

「あー痛い痛い」

 わざわざ見せつけるようにするのは俺へのあてつけだろう。そうか、こいつにはまだ人を皮肉る元気があったか。どれ、そのてっぺんの山を今から二山にしてやろう。友弼ほどではないが腕力には自信があるのでな。

「ストーップ! ミズ、あたしが悪かったですごめんなさいもうしません」

 バックスイングを取りはじめた俺を見るなり、そう口にして椛は遁走(とんそう)した。元陸上部の脚力はダテではない。みるみるうちにその姿は小さくなる。

 椛が離れるにつれ、アスファルトの地面にできていた怪物はその姿を変える。

 新たに出来上がったそれを見て、俺も、楓も、友弼も、声を上げて大笑いした。だってそれは――。

 誰かさんのたんこぶのようだった。

 先を行く椛ただ一人が、(いぶか)しそうな目つきで呵々大笑(かかたいしょう)する俺たちを見ていた。

 

 

 

 

「ただいま」

 閑静(かんせい)な住宅街にある一戸建ての我が家。途中いろいろと道草を食った挙げ句、自宅に辿り着いたのは夜空に星が(またた)くころであった。あの三人と帰ると話が弾みすぎていけない。

「あら、おかえりなさい瑞季。今日は遅かったのね」

 出迎えたのは母の野々村(ののむら) 美紀(みき)だった。兼業主婦。市の給食センターに勤める管理栄養士で、年齢は……。まああんまり言及しても後が恐ろしいだけなのでノーコメント。

「まあね」俺は玄関で革靴(ローファー)を脱ぐと、「父さんは?」

「三十分ぐらい前に帰っててリビングでテレビ見てるわ。晩ごはん、もうできてるから着替えたらすぐにいらっしゃい。今日は旬の春キャベツを使ったホイコーローよ」

「そりゃ楽しみだねえ」

 自慢ではないが、毎日小中学生の胃袋を満たしているだけあって、母の作る料理は栄養バランスも質も、きわめて高い水準にあると思っている。これは贔屓目(ひいきめ)に見て、というわけではない。現に友弼は毎日の俺の弁当を楽しみにしている節がある。あいつは俺がヨソ見をしている隙に弁当箱から目ぼしい惣菜(そうざい)()(さら)っていくのだ。

 母の手料理に足取りが軽くなるのを実感しながら、俺は二階にある自分の部屋に向かうために玄関奥の階段を目指して歩いていった。

 それから数分後。

「おお、瑞季。帰ったか」

 ダイニングの食卓には父、野々村(ののむら) 義和(よしかず)がすでに座っていて俺を待っていた。

 市役所の住民課課長。年は母の二つ上だとか。

「今日も一日大変だったよ」

 にこやかにそう語りかける父の顔は、ほんのりと赤く染まっている。テーブルの上には発泡酒のロング缶が一本と、それが注がれたビアグラス。シーザーサラダを(さかな)に、先に一杯やっているようだった。

「また窓口に面倒なおばあちゃんでも来たの?」俺はいつもの指定席――父の向かいの椅子を引きながら、(わずら)わしそうに応対する。料理が食卓に出揃うまで父の話し相手になるのが、毎晩の俺の役目だ。「年金のご相談は国民年金課に、って口を酸っぱくして言えばいいのに」なお、その言葉にはお役所仕事への皮肉が多分に含蓄されている。

「いやいや」父はピルスナーグラスの液体を(あお)る。そしてグラスに残っていたそれを(のど)を鳴らして一滴残らず飲み干すと、「八時間も家を離れると美紀の手料理が恋しくてなあ。仕事もまともに手につかん」いやあんたの昼飯は愛妻弁当だろ。我慢しろよそれぐらい。

「まあ、あなた。嬉しいこと言ってくれますね」

 カレー用の深皿に盛りつけられたホイコーローと三人分の取り皿、そして炊きたての白米を盛った茶碗三つを盆に乗せてやってきた母は、食卓の中心にそれを置く。豆板醤(とうばんじゃん)甜麺醤(てんめんじゃん)に絡まった春キャベツと豚バラ肉が甘辛い薫香(くんこう)を放つ。

 強く食欲を刺激するそれに父は、

「見ろ、瑞季。今日も母さんの料理はうまそうだろう。まったく、美紀は良妻賢母だなあ。家事はばっちり、教養も深い、おまけに名前の通り美人ときたもんだ。僕にはもったいないぐらいだよ」

「ふふ、褒めても何も出ませんよ。それにあなたも一家を支える立派な大黒柱です」

「そうかい?」

「そうですよ」

「あははははははははははははははは」「ふふふふふふふふふふふふふふふ」

 ああ、また始まった。

 おしどり夫婦は大変結構なことだが、何事も行き過ぎはよろしくない。目の前で年甲斐(としがい)もなくイチャつかれる身にもなってほしい。俺は頭を抱えた。

 こうなると話は長いので、二人には申し訳ないが先に料理を頂くことにする。

 キャベツを咀嚼(そしゃく)する。母はスーパーでもわざわざ糖度の高そうなものを選んで買っているのか、口にやわらかな甘味が広がる。塩梅(あんばい)もちょうどよく、白いご飯がすすむ。

 口中調味をしている間も、相も変わらず両親による聞くに()えない会話は続く。練乳よりもなおも甘ったるい台詞(セリフ)応酬(おうしゅう)が俺の意思に反して耳に入ってくる。げんなりした気分を(まぎ)らわすように食卓から五歩先にある、居間の四十インチ液晶テレビに視線を合わせた。民放らしく、ゴールデンタイムのバラエティ番組が放送されていた。

 テロップが画面下端に現れる。赤地に白抜き文字で、『いま話題のあのスクールアイドルに密着!』とでかでかと主張された。俺は口を動かすのを止めた。

 VTRが始まる。よく熱湯に入らされたり裸でゴムパッチンを受けている小太りのお笑い芸人がレポーターだった。早朝の千代田区の跨道橋上にマイクを握って立っている。

『今日はここ、秋葉原はUTX学院に参りましたぁ』

 カメラが高層ビルを写す。秋葉原駅前の縦に長い建物。バイト先も近いため、外観だけならば何度も見たことはある。

『さて、世の中のスクールアイドル好きのみなさまはもう感づいていらっしゃると思いますが、本日密着して根掘り葉掘りいろいろ(うかが)っちゃうのはこちらの方々――』

 芸人は画面脇へと移動し、

『今をときめくスクールアイドル、A-RISEのみなさんです!』

 語気を強め、マイクに向かってそう口上を述べた。

 真っ白な制服に三人の少女が、画面奥から足並みを揃えて歩み寄ってくる。数刻前に聴いて驚愕(きょうがく)したあの曲をBGMとして。

 画面右には落ち着いた雰囲気が印象的な、ストレートヘアの女の子。手入れの行きとどいた長い髪が、歩くたびに左右に揺れる。スラリと伸びた長い手足、そしてファッションモデル然とした足取りや左目の泣きぼくろも相まって、とてもじゃないが高校生には見えない。

 画面左の娘は、なんだかおっとりとしていた。癖毛(くせげ)なのか巻いているのかは判別できないが、明るめの茶髪がゆるくウェーブしていること、そして大きく垂れた瞳がそう感じさせるのだろう。右手で波打つ毛先を絶えず(いじ)っている。

 そして真ん中、三人の中で最も小柄である。第一印象は――猫。というのもいたずらっぽい双眸(そうぼう)はまさしく猫のそれである。それでいてその瞳孔は、えも言えぬ自信に満ち(あふ)れていて思わず吸い込まれそうになる。ボブカットの髪型(ヘアスタイル)は、しかし前髪だけ短く切り揃えてあり、(あら)わとなっている玉肌のおでこは、よく磨きこまれた鏡のように朝日を反射していた。

 またテロップが表れた。右から統堂(とうどう) 英玲奈(えれな)綺羅(きら) ツバサ、優木(ゆうき) あんじゅ、と彼女たちの名前が表示された。

『みなさん、今日はA-RISEにまつわるエトセトラを徹底的に洗い出すので覚悟してくださいねっ』三人を見ながら、芸人が薄気味悪く笑う。人気沸騰(ふっとう)中のアイドルに向けていい笑みではない。

 ところがさすがは引く手あまたのスクールアイドル、彼女たちは嫌な顔一つすることなく、

『わかりました』と統堂はクールに。

『ええ、こちらこそよろしくお願いします』優木はお行儀よく手を前に添え、一礼。

『ふわぁ』そして綺羅は眠たそうに大あくびをした。スタジオがどっと沸いた。

『こら、ツバサ』統堂が右隣りで立ったまま船を漕いでいる綺羅をキッと睨む。『すいません。この子朝には滅法弱いもので』

『ああ、大丈夫大丈夫』芸人はニヤついた顔を崩さない。『ここ編集でカットするから』いや思いっきり放送してるじゃねえか。

 そんな中、夫婦の(むつ)み合いを終えた母が、

「あら、A-RISEの()たちじゃない。やっぱりかわいらしいわねえ」と()らした。俺が先に夕飯を食べはじめていることに気づいている様子はない。

「君の方が素敵だよ」と父。この人たちは本当にぶれない。

「ああ、あなた。お世辞でもうれしいです」母は(ほほ)に手を当てる仕草をする。「ところで、やっぱりあの娘たちを見ていると、やっぱり女の子が欲しくなりますねえ」

「それについては同意見だ。これから、いや今夜からがんばろう、美紀。僕たちはまだ若い」と父。あんた実の息子を前にして何言ってんだ。

「もう、あなたったら。瑞季が見ていますよ」そう口にはするものの、母は満更でもないようで、「それなら今日のお夕飯は精のつくものがよかったですね。今から作り直そうかしら」

「美紀もなかなかノリノリだなあ。どうだ瑞季、新たに妹をメンバーに迎え入れて野々村家フォー・ピースバンドを結成するというのも――」

「やらねえよ!」

 一喝した俺の口からは、勢いよく米粒が飛び出した。




 きっと青春が聞こえる。軽音楽同好会の彼らの場合は物理的に実際に聞こえてきそうですが。
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