ラブライブ! ~ 目では見えない10人目 ~ 作:kiss_sea
「いたた……もう! 何も叩くことないじゃん」
時刻は夕暮れどき。その日の練習を終え四人が
折しも俺たちは学校の目の前にある長い坂、通称
地獄坂とはおどろおどろしい
帰宅ラッシュの時間帯ということもあり、今現在地獄坂の二車線道路は乗用車の往来が激しい。植え込みを挟んですれ違うドライバーがみな、揃いも揃ってグラサン姿なのも、それだけ車内へ射し込む西日が強いという裏付けなのだろう。
――
「お前が悪い」
俺はつとめて冷たく突き放す。「違いない」と、すぐ後ろから友弼の笑い声が上がった。遠慮というものを知らぬ友弼のそれの大きさに、さらに椛がむすりとする。
が、茜色に染まる頭の膨らみが存外に大きかったことを受けて、内心多少なりとも反省した俺は、
「まあ、その、何だ。良い病院紹介してやるからそこに行け」
「どこ、それ」椛は問うた。
「駅前にある
「ああ、あっこな」合点がいったのは椛ではなく友弼である。「確かに悪い評判は聞かねえなあ。ナースが
「西木野病院だったら、わたし行ったことあるよ」楓が話に入り込んできた。俺たちは振り返って話し手に耳を傾ける。「小学校のとき、体育の授業で足を
過去の体験談を話す楓に椛は、
「小学生のときの
「あわわ、椛ちゃん。それは言わない約束だよぅ」
「ふーんだ」
それは数刻前、余計なことを口を滑らしてしまった姉に対する意趣返しのつもりだろうか。椛にしては機知に富んでいた。
「駅前ねえ。ちょっと遠いから行くのは明日にしようかな」
「それがいいかもー」楓が後ろで何やらスマートフォンを操作しながら、間の抜けた声で賛同の声を上げる。
「明日で大丈夫か? けっこう
「誰のせいよ誰の!」いや身から出た
「そんで、明日はその、整形外科とやらはやってるのか? 行ったはいいが今日は先生が休診でした、じゃ時間の無駄でしかない」と俺は確認をとった。もしそうだった場合、ますます椛はヘソを曲げることになる。その日一日の嫌なことは寝て起きたときには何もかも忘却の
「それは大丈夫っぽいよ」楓が早歩きで接近して椛と俺の間に割り込み、「ほら、これ。明日はちゃんと先生がいるみたい」西木野病院のウェブサイトが表示されているスマートフォンを差し出した。休診表だ。かえって今日が休診日だったようである。
「ありがと姉ちゃん。今日の夜、お父さんにお願いしてみよっと」
椛はふたたび
「あー痛い痛い」
わざわざ見せつけるようにするのは俺へのあてつけだろう。そうか、こいつにはまだ人を皮肉る元気があったか。どれ、そのてっぺんの山を今から二山にしてやろう。友弼ほどではないが腕力には自信があるのでな。
「ストーップ! ミズ、あたしが悪かったですごめんなさいもうしません」
バックスイングを取りはじめた俺を見るなり、そう口にして椛は
椛が離れるにつれ、アスファルトの地面にできていた怪物はその姿を変える。
新たに出来上がったそれを見て、俺も、楓も、友弼も、声を上げて大笑いした。だってそれは――。
誰かさんのたんこぶのようだった。
先を行く椛ただ一人が、
「ただいま」
「あら、おかえりなさい瑞季。今日は遅かったのね」
出迎えたのは母の
「まあね」俺は玄関で
「三十分ぐらい前に帰っててリビングでテレビ見てるわ。晩ごはん、もうできてるから着替えたらすぐにいらっしゃい。今日は旬の春キャベツを使ったホイコーローよ」
「そりゃ楽しみだねえ」
自慢ではないが、毎日小中学生の胃袋を満たしているだけあって、母の作る料理は栄養バランスも質も、きわめて高い水準にあると思っている。これは
母の手料理に足取りが軽くなるのを実感しながら、俺は二階にある自分の部屋に向かうために玄関奥の階段を目指して歩いていった。
それから数分後。
「おお、瑞季。帰ったか」
ダイニングの食卓には父、
市役所の住民課課長。年は母の二つ上だとか。
「今日も一日大変だったよ」
にこやかにそう語りかける父の顔は、ほんのりと赤く染まっている。テーブルの上には発泡酒のロング缶が一本と、それが注がれたビアグラス。シーザーサラダを
「また窓口に面倒なおばあちゃんでも来たの?」俺はいつもの指定席――父の向かいの椅子を引きながら、
「いやいや」父はピルスナーグラスの液体を
「まあ、あなた。嬉しいこと言ってくれますね」
カレー用の深皿に盛りつけられたホイコーローと三人分の取り皿、そして炊きたての白米を盛った茶碗三つを盆に乗せてやってきた母は、食卓の中心にそれを置く。
強く食欲を刺激するそれに父は、
「見ろ、瑞季。今日も母さんの料理はうまそうだろう。まったく、美紀は良妻賢母だなあ。家事はばっちり、教養も深い、おまけに名前の通り美人ときたもんだ。僕にはもったいないぐらいだよ」
「ふふ、褒めても何も出ませんよ。それにあなたも一家を支える立派な大黒柱です」
「そうかい?」
「そうですよ」
「あははははははははははははははは」「ふふふふふふふふふふふふふふふ」
ああ、また始まった。
おしどり夫婦は大変結構なことだが、何事も行き過ぎはよろしくない。目の前で
こうなると話は長いので、二人には申し訳ないが先に料理を頂くことにする。
キャベツを
口中調味をしている間も、相も変わらず両親による聞くに
テロップが画面下端に現れる。赤地に白抜き文字で、『いま話題のあのスクールアイドルに密着!』とでかでかと主張された。俺は口を動かすのを止めた。
VTRが始まる。よく熱湯に入らされたり裸でゴムパッチンを受けている小太りのお笑い芸人がレポーターだった。早朝の千代田区の跨道橋上にマイクを握って立っている。
『今日はここ、秋葉原はUTX学院に参りましたぁ』
カメラが高層ビルを写す。秋葉原駅前の縦に長い建物。バイト先も近いため、外観だけならば何度も見たことはある。
『さて、世の中のスクールアイドル好きのみなさまはもう感づいていらっしゃると思いますが、本日密着して根掘り葉掘りいろいろ
芸人は画面脇へと移動し、
『今をときめくスクールアイドル、A-RISEのみなさんです!』
語気を強め、マイクに向かってそう口上を述べた。
真っ白な制服に三人の少女が、画面奥から足並みを揃えて歩み寄ってくる。数刻前に聴いて
画面右には落ち着いた雰囲気が印象的な、ストレートヘアの女の子。手入れの行きとどいた長い髪が、歩くたびに左右に揺れる。スラリと伸びた長い手足、そしてファッションモデル然とした足取りや左目の泣きぼくろも相まって、とてもじゃないが高校生には見えない。
画面左の娘は、なんだかおっとりとしていた。
そして真ん中、三人の中で最も小柄である。第一印象は――猫。というのもいたずらっぽい
またテロップが表れた。右から
『みなさん、今日はA-RISEにまつわるエトセトラを徹底的に洗い出すので覚悟してくださいねっ』三人を見ながら、芸人が薄気味悪く笑う。人気
ところがさすがは引く手あまたのスクールアイドル、彼女たちは嫌な顔一つすることなく、
『わかりました』と統堂はクールに。
『ええ、こちらこそよろしくお願いします』優木はお行儀よく手を前に添え、一礼。
『ふわぁ』そして綺羅は眠たそうに大あくびをした。スタジオがどっと沸いた。
『こら、ツバサ』統堂が右隣りで立ったまま船を漕いでいる綺羅をキッと睨む。『すいません。この子朝には滅法弱いもので』
『ああ、大丈夫大丈夫』芸人はニヤついた顔を崩さない。『ここ編集でカットするから』いや思いっきり放送してるじゃねえか。
そんな中、夫婦の
「あら、A-RISEの
「君の方が素敵だよ」と父。この人たちは本当にぶれない。
「ああ、あなた。お世辞でもうれしいです」母は
「それについては同意見だ。これから、いや今夜からがんばろう、美紀。僕たちはまだ若い」と父。あんた実の息子を前にして何言ってんだ。
「もう、あなたったら。瑞季が見ていますよ」そう口にはするものの、母は満更でもないようで、「それなら今日のお夕飯は精のつくものがよかったですね。今から作り直そうかしら」
「美紀もなかなかノリノリだなあ。どうだ瑞季、新たに妹をメンバーに迎え入れて野々村家フォー・ピースバンドを結成するというのも――」
「やらねえよ!」
一喝した俺の口からは、勢いよく米粒が飛び出した。
きっと青春が聞こえる。軽音楽同好会の彼らの場合は物理的に実際に聞こえてきそうですが。