ラブライブ! ~ 目では見えない10人目 ~ 作:kiss_sea
翌日。休日明けの月曜日。学生ならばみな
とはいえそれは夕方、放課後のこと。週のスタートを飾る古典の授業は土日気分が覚めやらぬままに、教室からぼけっと外を眺めていたら終わっていた。すまぬ、
よし気合を入れ直して次の授業からはマジメに取り組もう、そういう気持ちはないわけではなかった。だけれど初っぱなからそぎ落とされた気力は、とうとう放課のチャイムが鳴るまで再び立ちあがろうとすることはなかった。うん、明日からがんばる。
季節を先取りしすぎたような肌を突き刺す日差しは、一向に鳴りをひそめる気配がない。中庭に植えられたヤマモモの木は、時おり吹く東よりのさわやかな風で、大きく伸びた枝を揺らしている。その木陰に隠れるように立つ、コンクリート打ちっぱなしの池。水面に繁殖した藍藻のせいで、その濁った底には木漏れ日も届かない。
カッターシャツの
「そんでなんだよ、話って」と、友弼は今日の調子を確かめるように、タム回しをしながら問う。以前と比べればぎこちなさは見違えるようになくなっているし、なによりシャープに叩けるようになった。最近リズム隊はめきめきと力をつけてきている。
講堂の使われていない倉庫。学校から与えられた息苦しい仮部室には、軽音楽同好会の面々が勢ぞろいしている。
「まさかついにカノジョができましたとか発表するんじゃねえだろうな。だとしたら俺は本日をもってお前とは
「わあ、瑞季くんにもとうとうねえ」「え、ほんとに。ミズ」「あれ、もしかして椛ちゃんジェラシー?」「ななななななな、なに言ってんの姉ちゃん! んなわけないじゃんっ」
「まあとりあえず聞いてくれ」俺はリュックサックからミネラルウォーターが入った五百ミリリットルペットボトルを取り出し、外気同様に湿気が失われた口内に水気を与える。ふたを締めると、三人がこちらに視線を送っていた。
「あのだな」若干のしゃべりづらさを感じつつ俺は続ける。「とあるスクールアイドルを手伝うことになった。編曲だ。うまくいけば俺たちの名を日本中に知らしめることも可能かもしれん。というわけで今後はよろしく頼む」
端的も端的、ただ事実だけを述べた俺に、
「ぶわははははははははははははははは」友弼はひとしきり大声で笑う。手をばちばちと叩くその仕草は、本人の体格も相まってさながらゴリラである。「いや意味わかんねえなんだそりゃわははははははははははははは」うるせえなこいつ。
「ちょっと待って。なんでそんなことになってんの?」椛は説明を求める。「いきなり言われてもなにがなにやら」ごもっともな意見である。
「ああ、それもそうだな。実は昨日――」
俺はことのあらましをぽつぽつと語り始めた。それに三人は静かに聞き入っていた。
五分は経っただろうか。一部始終を語り終えた俺は、話し疲れて近くにあったパイプ椅子に腰を下ろす。
「いったいどういう風の吹きまわしだ?」訝しげな表情の友弼。その手には『ナゲキノアメ』の譜面がコピーされたA3の上白紙。それは十枚弱の束となって、奴の右手で揺れている。「まずあのアイドル嫌いのお前がA-RISEの楽譜を買ってきたこと自体に驚きだというのに。おまけにばったり出くわした素姓の知れぬスクールアイドルの編曲を買って出るとは。この二日間でなにがあった。実はそこにいるお前は野々村瑞季という男子高校生によく似た他人なんじゃないか」そう言って、友弼は目を凝らす。
「俺は俺だよ」悪かったな。土日で見違えるような人物になってしまって。
「まあまあ。瑞季くんがアイドルに興味もってくれたようだし、いいんじゃないかな」楓はいつもののんびりとした口調で場を和ませた。その目は上白紙の、“synth”と横文字表記された行を追っている。
「それはそうと、音ノ木坂にアイドルグループなんていたっけ」椛は姉の顔を見る。塗り薬なのか湿布なのかはわからないが、処方された薬がそれなりに効いているようで、頭部の腫れは多少なりとも引いてきているようだった。
「わたし、友達に音ノ木坂行ってる娘いるけど、そんな話聞いたことないよ」と、姉の方は首をひねっている。「最近結成されたばかりなのかなあ」
「おいおい大丈夫なのか」友弼はバスドラムとハイハットで4拍子を刻みながら、「おまえ、ひょっとしてマボロシでも見てたんじゃねえのか。まあわかるぜ、昨日もうだるような暑さだったしな。妖精の一匹や二匹、
「俺はいたって健康だよ!」
「そう言ってるヤツが一番危ねえんだ。酔っ払いと一緒だよ」
友弼は左右に首を振り、まともに取り合わなかった。
「でもさでもさ」それとは対照的に、椛の目は
「楽しそうじゃん。だって今ごろ流行りのスクールアイドルだよ。その活動をサポートできるなんて」
「うんうん。もし瑞季くんの話が本当なら、わたしもがんばってみようかな、なんて」楓はパイプ椅子に腰かけたままうなずく。
「おまえら正気かよ」友弼は目を丸くする。「考えてもみろよ。実存するかもわからんアイドルの活動を手伝うんだぞ」
「いやに今日は慎重だな」俺は友弼に問う。基本的に楽しそうであれば何でもかんでも首を突っこみたがる奴にしては珍しい。
ドラムスローンに座った友弼は、俺をじっと見据える。
「そりゃそうなるさ。眉唾ものの話に引っかかって丸損こくのは他ならぬ俺たちだ」
あのたるんだにやつき顔ではない。いつになく真剣な表情であった。
「それは……」
友弼の言葉ももっともだ。あの現場に居合わせたわけでもない。ましてや名も知らぬアイドルだ。急に編曲を手伝うから覚悟しとけと言い渡されても、信じろという方が無理な話なのだ。
でかい図体に見あった迫力に気圧されてしまっている俺に、
「ミズ。そのアイドルのグループ名は? 今ごろ、実在するのかどうかぐらいなら調べればすぐにわかるんだから」椛はスマートフォンのインターネットブラウザを提示しながら問いかける。
グループ名。グループ名。グループ、めい……? 俺はしばし沈黙する。
言葉の意味が理解できないわけではない。そう。なぜ黙ってしまったのかといえば。
「わからん」
「はあ?」「ええっ」「ほれみろ」これには質問した椛のみならず、楓も、友弼も呆れたように声を上げる。
「わからん、って。聞いてないの? それじゃせめて、何人組かぐらいは」
俺の脳内には、順々に四人の少女の顔が浮かぶ。最初にサイドテールの活発げなやつ。次に見た目はおしとやかだが口を開けば恐ろしい和風少女。三番目にふんわり天然系。最後におどおどしているが言うときは言うメガネっ娘。アクの強い面々で、数時間顔を合わせただけだがなんとなく人となりが知れている。
「ええと、四人……? いいや三人、なのか? うん、たぶん。少なくとも」ひょっとしてあの眼鏡少女――確か花陽と言ったか――はメンバーじゃないのだろうか。なんかずいぶん他人行儀だった気がするし。
「たぶん、って……」それではお手上げだ、とばかりに椛は肩をすくめた。
「やっぱりミズ、おまえは幻覚を見てたんだよ。それも、けっこうどギツイやつだ。これからなおのこと気温が上がってくる。今回みたく脳内がお花畑になりたくなかったら、水分補給だけは怠らないようにしろよ」
友弼は俺の肩をぽん、と叩く。それから
友弼はふところからデジタル式のメトロノームを取り出し、ボタンを操作する。ほどなくして機械的な4拍子のクリック音が鳴り響く。音に合わせて、それは赤く点滅した。
メトロノームに合わせて蹴られるツーバス。各拍の間は4つの音で満たされている。少々BPMは落とされているものの、ドコドコと忙しいあの曲のサビがまた思い出されてきた。
「わたしはてきとうに対旋律入れようかな。キーはDマイナーだよね。ええと」楓はストリングス音をキーボードで選択する。短音階上を駆け上がるアドリブ。それは抒情的かつ疾走感にあふれるこの曲に見事なまでにマッチするだろう。
「あたしはルート弾きながら歌えばいいんだよね」椛はベースアンプのイコライジングもそこそこに、「あ」とか「は」とか短く叫び、のどの具合を確認する。その瞬間、姉の弦楽器音がかき消された。あわてて楓はキーボードのヴォリュームを調節する。今日もヴォーカルは期待できそうである。
そんな中。
俺だけは、どうしても楽器を持つ気にはなれなかった。
信じてくれとまでは言わないけれど。それでも少しは心に留めてほしいものだ。
これには、このバンドの将来がかかっているんだ。その可能性を、少しでも理解して欲しかった。
「おい、ミズ。いつまでボサッと突っ立ってんだ」友弼にスティックでお尻を叩かれる。「気持ちはわからんでもないが練習時間は限られてるんだ。編成は聞いたろ? 伴奏はおまえしかいないんだ。パワーコード弾いとくだけでもいいから」
「……ああ、うん。悪い。今すぐ準備するよ」
俺は鈍い手つきでケースからストラトを取り出す。艶めかしいはずのサンバーストのボディは、長年の手あかにまみれたようにひどく
アンプも温まり合奏は始まる。しかし、ダウンストロークで和音を奏でる俺の右手は鉛のように重たい。
「はい、ストップ」
十五秒ほど経過したかと思えば、友弼の一言で演奏は停止した。上機嫌に歌声を披露していた椛は、たいそう不満げに友弼を睨む。
「おい。いいかげん切り替えろバカ野郎」今度は
怒りを塗りたくったような友弼の声。胸ぐらを掴まれ、呼吸が苦しい。床に視線を送ると、自分の身体は数センチだけだが宙に浮いている。
「ちょ、ちょっとユースケ」「まあまあ落ち着いて」双子のとりなしで俺は地面に下ろされる。
友弼は乱暴にスローンへ腰かけて、一言。「やっぱり今日のおまえ、どうかしてる」
熱があるわけではない。頭が痛いわけでもない。ましてや、未成年の身分でアルコールを口にしているわけでもない。俺は正常だ。いつもの、野々村瑞季だ。
剣山で全身を刺突されているような空気を振り払うように俺は、
「あのさ。さっきの話、蒸し返すようで申し訳ないけど」ギタースタンドに愛器を立てかける。「もう一週間――いや六日だけ、待ってくれ。このバンドの知名度を大きく向上させるチャンスなんだ」
そう。最初で最後かもしれない、チャンス。
「六日でなにが変わるんだ」問いただす友弼の声は冷たい。「俺たちに音ノ木スクールアイドルの活動でも見せてくれるのか」
「ああ、そうだよ」言葉を切ると、マーシャルアンプから漏れるノイズがいやに目立つ。「あと六日で、曲ができる。彼女たちにとっては初めてのオリジナルソングが、アレンジャーの――俺たちの手元に届く」
果たして、西木野真姫という少女はどこまで本気なのか。無理やり押しつけられた仕事だ、手をつけなくてもそれは不思議ではない。それでも、情けない話ではあるが、彼女にすがっていないと、心臓を握りつぶされそうなその雰囲気に
「そうか。わかった。六日だな、待ってやる。だが間に合わなかったらあきらめろ。俺たちに残されている時間はそう多くはねえんだ」
今日友弼と交わした言葉は、それで最後だった。
しかしながら、三日待てども四日待てども、彼女からの音
あの日の帰り際、互いの連絡先は交換した。けれどついぞ真姫からの着信に俺のスマートフォンは震えることはなかった。
そして五日目となる土曜日。残された時間は今日を含めてあと二日。焦りばかりが募り、俺の心は激しく揺さぶられる。
けれども、気が気ではないが、俺は小木楽器店のカウンターに立っている。紺色のエプロンを着用して。
月曜日までの快晴がうそのように、週末から天気はぐずついている。とくに寒冷前線が通過したあとの今日は、じっとしていると身震いするほど気温が低い。
朝から降り続ける雨は、絶えず店の屋根を叩く。春乃ちゃんは亀裂の走っている天井を見上げ、「雨漏りしないかなあ」などど不安に駆られていた。
「なあ、瑞季くん。気のせいかもしれないけど」そう語る店長はあいも変わらず、店内の商品をいじくっている。この人、平日の娘が学校に行っている時間帯はどうしてるんだろう。まじめに接客しているんだろうか。
俺は不機嫌そうに、
「……なんですか」
「きみ、なんかそわそわしてないかい? っていうか怒ってる? 俺なんかしたっけ」
「自覚ないのが驚きですけどね。お客さん来ないのをいいことに店番をバイトに押しつけてることとか」
「すまん」そう言いながらチョーキングをするな。反省する気ねえだろ。
「あと毎度のことながらギターがうるさい」
「そうかい。今度から気をつけるよ」
「今からだよ!」俺はヴォリュームつまみを0に戻すことなくマーシャルJCM2000の電源を落とす。ぶちりという嫌な音がしたかと思えば、フェンダーUSA・ストラトキャスターはただ乾いた生音を奏でるだけの弦楽器となり果てた。なおこのような電源の切り方はアンプの故障の原因になるのでマネはしないように。
「ああ、なんてことをするんだ! 俺の大事な大事なマーシャルとブラッキーがこれから見せ場だってのに」あんたの所有物じゃねえよ。店の商品だろ。
「ふふ。お父さん、この曲のリフ弾いてるときとっても楽しそうだからねえ」カウンターの裏でガットギター弦の在庫を確認している春乃ちゃんは、「たしか機材が喜んでくれてる気がする、って言ってたっけ」
店内にはデレク・アンド・ザ・ドミノスの『いとしのレイラ』がBGMとして流れている。すなわち先ほどまで店長はスピーカーから流れ出るそれに合わせ、俺がエリック・クラプトンだとばかりに上機嫌に弾きまくっていたのである。ちなみにアンプのセッティングはフルテン(イコライザもマスターヴォリュームも最大で設定)。当然エフェクターなんて通してないから音作りもなにもあったもんじゃない。
クラプトンのハスキーな歌声により歌詞が最後まで歌いあげられると、誰でも一度は耳にしたことのあるであろうあのギターリフが再三にわたり繰り返される。やがてその繰り返しも終わると、『いとしのレイラ』はいきなり転調する。カントリー風の、エレキギターとピアノがかけ合うインストパートに入るのだ。
日本では自動車のコマーシャルにも使用されたこの曲であるが、これが作曲された背景には昼ドラ並のどろどろとした三角関係がある。
1960年代末。親友、ジョージ・ハリスン(ビートルズのリードギター)の妻、パティ・ボイドに禁断の恋をしてしまった若き日のクラプトン。抑えきれない恋慕と苦悩。友情と愛情を天秤にかけた結果彼が下した結論とは、愛する人に自らの思いを伝えることだった。そう、この『いとしのレイラ』に乗せて。
ジョージと破局したパティは、その後クラプトンと再婚することになる。しかし彼は女ぐせが悪いわアルコールやドラッグにはどっぷりと漬かるわでプライベートは荒みきっており、やがてパティはクラプトンのもとを去ることになる。要するに、世界三大ギタリストの一人はその昔そうとうなやんちゃをしていたということである。まあもっとも60年代のミュージシャンで“セックス&ドラッグ&ロックンロール”を地で行く連中は、それこそ掃いて捨てるほどいたわけだけど。なお当のクラプトンは今はクスリも酒も縁を切っている。
――閑話休題。
ふと入口の自動ドアが左右に開く。それを合図に俺は接客業に戻ることにする。
「あ、いらっしゃいま……せ?」
ふらふらとおぼつかない足どりで店内に足を踏み入れたのは、一人の少女。上等そうな絹のストールを首に巻いている。
「いつ来ても騒がしいのね、この店は。外まで音漏れしてたわよ。頭に響くったらありゃしない」
少女はクレームをつけながら、カウンターまで歩み寄ってくる。右手に掴まれ引きずられているチェック柄の雨傘からは水滴がしたたり、店内に彼女が歩んだ軌跡が刻まれていく。
彼女はレジカウンターにいる俺の前に立ち、きわめて
「よかった、いたのね。もし今日シフト入っていなかったら、店の誰かに預けて帰ろうかと思っていたけど」
そう語る彼女の目元には大きなクマができている。本来ならば青春まっ盛りである年頃のはずが、それのせいでひどく老けこんだように見える。
ふわあ、と人目をはばからず彼女は大きくあくびをする。その両目は
「できたわ、曲。一週間どころか六日で仕上げてやったわよ。おかげで毎日三時間睡眠よ」
彼女は左肩にかかった学生鞄より分厚いA3用紙の束を取り出す。それはびっしりと手書きの音符で埋めつくされていた。どしりと重々しい音をたて、ショーケースの上に置かれる。
「これは楽譜。とりあえず主旋律と伴奏のコード進行だけは作ったわ。それと、」さらに鞄をまさぐる。右手に掴まれて姿を現したのは透明な一枚のCDケース。
「録音してみたの。歌詞はないけどね。聴いてみて気になった点があれば好きにいじくってちょうだい。こちらからとやかく言うことはないから」
――あとはよろしく頼むわ。
最後にそう伝えるなり、西木野真姫は入店時と同じような危なっかしい歩みで去っていく。俺も店長も春乃ちゃんも、ぽかんと口を開いたまま微動だにしなかった。
彼女が店から姿を消すと同時に、俺は我に返る。そしてクロップドパンツのポケットからスマートフォンを取り出す。
画面をタップする指はまるで操られているようになめらかに動く。通話と表示されたボタンに触れると、左耳に受話口を押しあてる。簡素な呼び出し音が四回反復されて五回目に差しかかろうかというとき、通話相手は電話を取った。
「……よう、友弼。ああ、寝てただあ? 土曜日だからといって
『なんだよいきなりわけわかんねえ』と相手は抗議の声を上げるが、聞こえないことにする。
「いいから早く来い。泊まれる準備ができたらすぐにな。ああ、親御さんには連絡しとけよ、無断外泊しても俺にはなんら被害はないが親父さんにカミナリ落とされるのは実の息子だ」
『だからなんだよ、土下座とか泊まれる準備とかさっぱり話が見えてこねえ』動揺しているのか、いつもの笑い声はない。
「単刀直入に言うぞ。――たった今、曲が届いた。
『あ、おい!』
一方的に通話を切る。ふう、と息を吐いた俺に、店長は戸惑いがちに、
「あのう、瑞季くん。もしかして」
俺はその先を言わせない。
「スタジオ借りますよ。というわけで今日はバイト早く上がります。急用が入りまして」
ええ、ちゃんと勤務時間いっぱいまで働いてよ。ただでさえ人手足りてないんだから。店長はそんな苦言を呈したそうな顔だったけれど、そもそも自身が日ごろから労働に励んでいないのでなにも言えない。
「ああそれと、今夜泊めてください。四名です」さらに俺は思い出したように付け加える。
「おいおい、うちはホテルでも民宿でもなんでもないんだけど」と店長は食いさがった。
「最悪この店の二階で
「いや店の中で寝られても……なあ春乃、なんとか言ってやってくれ」
ところが頼みの綱である愛娘は「わあ、ひさしぶりに来るんだあ。しかもお泊りだって」などと目を輝かせている。
――あとはよろしく頼むわ。
その言葉が脳内を、体内を駆けめぐる。疲労した身体にムチを打ってここまでやってきた真姫。
彼女が去っていった自動ドアが網膜に映る。
「ああ、引き受けたよ。ここからは俺たちの仕事だ。あとは家でゆっくり休んでくれ」
帰路についているだろう彼女を、俺はささやかにねぎらった。
やはり『いとしのレイラ』は原曲に限る。アンプラグド版も悪くはないんですけどね。