「実技試験の結果が出たのさ!」
実技試験終了後、試験会場に仕掛けられていた無数のドローンや監視カメラの映像が教師達の手元にあるiPadやパソコン、根津校長の背後にある巨大ディスプレイに表示されている。
各受験者の獲得ポイントと試験結果は配られた用紙に記載され、教員は思い思いに言葉を交わし、映像に目を向けている。
「レスキューポイント無しで2位か」
「時間内殆ど動き回れるスタミナと、機動力を支える個性。センスが光るな。」
「おいおい、一位に触れてやれよ。」
「何年振りだ?100点超えてるの。」
「八百万千。推薦で入学が決まってる八百万百との双子…骨格違いすぎじゃね?」
「個性を見る限り自傷と再生を繰り返して個性に耐えうる肉体を作り上げたか」
「最後の技、あんなもん琉球空手にあったかよ。鋼鉄ってあんな簡単に抉れるモンだったかな…?」
「セミプロ…いや、何処かのサイドキックなら即戦力だな。あの破壊力は救助にも使えそうだ。」
八百万千のフィジカルとポテンシャルに議論が盛り上がろうとしていた所に、校長の一声がかかる。
「その辺りは本人に後々聞いていけば良いのさ。4才の時に個性の誤発による全身粉砕骨折からの餓死寸前までの再生。沖縄に行ってからの動向は不明確なところもあるけど僕は良くあそこまで鍛えあげたと思うのさ!」
「双子でヒーロー科の前例は雄英高校には無い。だからこそ今回は2人とも相澤君にお願いしたいのさ。管赤君も良いかな?」
「異論はありません」
「承知しました。」
「それじゃ、次の子に移るのさ。」
入試結果が各家庭に送られる頃。八百万千は八百万家が所有する山へ山殴りへと赴いていた。
山殴りと言っても個性無しで駆け足による山登り後に殴り易そうな岩を見繕い此方も個性無しでただひたすらに「全力」で殴るだけである。型に気を配り、力を分散させぬ様に拳に体重を乗せて拳の一点で岩穿つ。
拳と岩がぶつかったと思えぬ音が静かな山に響いているが、これは数年前から然程変わって無い為気にすることでは無い。
びきり。拳から嫌な音が響く。腕力と、岩にぶつかる衝撃で指の骨が粉砕した音。されど、次の瞬間には砕けた拳を岩に叩き付けていた。
狂気じみた鍛錬に身を置いていた為に思考を回すよりも反射的に身体はカロリーを消費して負傷に対する再生を行う。より硬く、より粘り強く。今だけは肉体の再生のみに個性が注がれる。
岩が崩壊すれば次の岩へ。5時間程続けた後に、明確に場所を移動する。雄大な滝壺に辿り着けば、ざぶざぶと春先手前の寒い川へと脚を踏み入れる。
八百万千の纒うものは柔道着と下着だけである。素足で、身一つで滝壺へと身を投げ出した。
現在の八百万千の体重は830kgである。この体重が60Kgになるまで意図的に個性解放率を引き上げて行く。
八百万千が自傷せずに解放できるパーセンテージは上半身50%下半身60%がギリギリである。つまり、入試時の0ポイント仮想敵を相手にした千の力は全力であったのだ。ただ、全力全身では無かっただけで。
凡ゆる骨という骨が砕ける。体から汗の様なオーラが吹き上がり、体温が急激に上昇して行く。
「ぐ。ぎぃ……っ!…ふっ、ふっ………うッ!」
『個性解放90%』
個性の停止権。手離してはならぬ唯一を制御しつつ、水面に浮き脱力した状態で身体の熱と水の冷たさを感じ取る。肌下がミキサーに入れられた様なかき混ぜられ方をされ、ゆっくりとカロリーを消費して真っ赤な内出血が通常の肌色に戻って行く。
喉奥から漏れ出る小さな吐息混じりの声だけで済んで居るのは、個性由来の痛みへの耐性が上がっているだけである。
水面に顔だけ浮かばせ、常人なら耐え難い行動を繰り返すこと2時間。本人すら気が付かない程ほんの少し骨格の太さ、厚みが増した。腹は凹み、骨格に筋肉と皮が張り付いている。駆け足で山を降り家まで辿り着けるギリギリの姿。師を思わせる無茶苦茶な鍛錬とも言えぬ様な自傷と再生を繰り返す個性伸ばしと心身の修行はこうして幕を閉じた。
「…千、久しぶりですわ。」
「…んぐ、んぐ…ごっくん。…百か。」
「千がこの数年でどんな事をしていたか、話せる範囲で聞いてみたいですわ。」
カロリーが底を突き、フラフラの状態で帰宅した千を待っていたのは上質な油を使った大量の中華料理。
山盛りのチャーハンに中華蕎麦、レバニラ、酢豚、唐揚げ、回鍋肉、麻婆茄子にわかめスープ。沖縄で食べていた物よりも明らかに上質。それでいて最低限の栄養バランスも考えられている為か肌色がかなり良くなっている。
酢豚をおかずにチャーハンを頬張っている所に現れた八百万百。
炭酸抜きコーラで口内の油を流し込んだ千は、数年振りに対面した血を分けた双子の片割れと直接言葉を交わした。
◾️◾️◾️◾️が魔槍を本格的に教え込むと決める以前は、正月や盆などは実家に帰っていた千。されど、◾️◾️◾️◾️が言葉に出さずとも千を弟子として内心認め、雄英高校ヒーロー科入試の前日に帰郷するまでは正月であろうと短時間のビデオ通話に留まっていた。
八百万千は八百万百に若干の負い目があると思っている。財閥に生まれた者の義務、実に面倒臭い派閥や政の絡むパーティの出席等。数年前ならば帰省した時には出席していた千であったが、ここ数年は百に任せっきりとなっていたのを内心気にしているのだ。
双子であろうが関わって来た時間は其処ら辺の小、中学校の同級生よりも短い。また、千はお嬢様として育てられた時間よりも武術家、戦闘者。もしくは闘◾️者。その辺の呼び名で呼ばれるようなどちらかと言えば世捨て人的生活が身に付いてしまっている。
お互い学校ももう無く、後は入学式を待つだけの現在。お爺さんは山へ芝刈に、お婆さんは川へ洗濯へ。では無いが、八百万千は山へ鍛錬に、八百万百は上流階級のパーティへ。そんな日常を送っていた。
「なんてことは無い個性伸ばしと個性許容の限界上げがメインだ。…百は知識がものを言うが私は身体の強度がものをいう。恵まれた師にも父と母のお陰で出逢えたしな。」
「…師、とは琉球空手の方ですわよね?調べたら出てくるのかしら。」
「あー、…2人が色々コネ使って探してくれたらしいし、流派すら口外禁止だからな…。まだ表世界にいるつもりならって言われてるし、知らない方がいいと思うけど…。」
「そう言われると余計に知りたいですわ!…千とは私、仲良くしたいですし。」
プリプリと擬音が付く様に詰めてこられ、これには千も瞳を見開く。少しばかり考えて、次期八百万家当主となる百には、話しても良いだろうと独断で思った。誓約書は両親が交わしたものであるし、師も最低限は私のことを認めてくれているだろうし、と。
「口外すんなよ?…黒木玄斎。師匠の名前な?流派は……今は勘弁してくれ。百が当主になったら教える。それまで我慢しててくれ。暗殺拳らしいから。」
「………!?」
千も黒木玄斎から全てを聞いた訳では無い。ただ、裏社会には「拳願試合」なるものがあり、大企業や大手の銀行すらもその組織を支える一つの要因になっていると言う。賭けるモノは多種多様。土地やら利権やらはたまたトーナメントの出場権利まで。一時期黒木玄斎はそこに身を置いており、そのツテでこうして教えているのだと。その位である。
ただの琉球空手を習いに行ったと思った双子の片割れが裏社会に片足を突っ込んでいたと言われれば、目も白黒しよう。黒木がはっきりと弟子だと言わないのはその表裏を曖昧にせず、自身の負っている恨みや裏側の面倒臭い事を千に負わせないためでもあるのだ。
「かっこいいですわ!今度修行する時は私も連れて行って下さいまし!」
このお嬢様は何処か頭のネジが抜けてしまっているようだ。修行内容が血腥いことは理解している故においそれとは頷けない。
「…鍛錬は鍛錬だけれど半分は自傷行為だぞ?面白くもなんともないと思うから良してくれ。」
「私の鍛錬も見せますし、絶対に止めませんわ。…少しでも一緒に居たいのです」
新しい生活や鍛錬で寂しさを感じる暇が無かった千と、ずっと一緒に生活していた千が急に居なくなり心に穴が空いた儘育ってしまった百。
社交的でしっかり者ではあるが家族の前では甘えん坊のまま育った百。百に対して負い目もあり、可愛いと思ってしまった千は彼女の提案をしっかりと断ることが出来なかった。こうして、ゆっくりではあるが双子の合間にあった距離は狭くなって行く。
「百も食うか?」
「見ているだけでお腹一杯ですわ。良く入りますわよね。」
「燃費悪いしな~?百はどんな感じ?」
「私も、そうですわね。大きく精密なモノを作ろうとするとやはり燃費は宜しくありませんね。」
「私はシンプルだからなぁ。百、お互い頑張ろうな。」
「…!はい!」
次回、入学式