一話
生者と死者の国が創世された同刻に“それ”もまた生まれた。
“それ”が後に、始祖ヴェロニカと語られる史上最悪にして最凶の
生者の国――改め現世に生まれ損なったヴェロニカは死者の国――改め
額には埋め難い魂の欠落を表す孔が空き、ありとあらゆるモノを喰い散らかし
行きついた先は現世と
墨のような空にぽっかりと浮かぶ月が照らすのは砂漠と枯木、そしてヴェロニカだけ。
「―――お腹、へった」
時を経て、途方もない数の魂を喰ったヴェロニカの仮面は剥がれ落ち理性が生まれた。
頭には宝冠に似た仮面の名残りと地面にまで届くほどの長い白髪に透き通るような白眼。
何千年も生きたとは思えない瑞々しい人間の身体を得て初めて感じたものは目が眩みそうなほどの空腹だった。
すぅ――っと花の香でも嗅ぐように空気を吸い込むと砂、枯木、生物は忽ち粒子となってその身に取り込まれていった。
生まれ始めた
こうして
そんな伽藍洞なヴェロニカの傍に小さな存在が降り立った。
「だれ?」
背には綺麗に畳まれた黒い蝙蝠の羽、鬼のような角が伸びる仮面の奥に光る翡翠の瞳にヴェロニカは問いかける。
近付いても塵にならない、数百年前に知り合った骸骨の
それはすっと片膝を付くとヴェロニカに叩頭する。
「俺を貴方のお傍において下さい」
「…ん?」
ヴェロニカは頭を捻る。
自分が同胞にとって畏敬の念を抱かれているのは薄々気付いていたが、初対面の彼に敬服される謂れはない。
生れたばかりなのか、或いは…。
「知ってるかい?私は始祖と呼ばれているよ」
「勿論。存じておりますヴェロニカ様」
世間知らずの線は消えてしまった。
「きみ強いでしょう。私の庇護は必要ないと思うけど」
「俺など貴方と比べるのも烏滸がましい。ですが仰る通り庇護は必要ありません」
「ならどうして?」
「この瞳に映る光りに導かれました。黒で塗り潰されたこの世界で唯一輝く至高の方。貴方の手足となりこの身を捧げたい」
「熱烈だね。嫌いじゃないよ」
だけどね、とヴェロニカはゆっくり歩み寄ると彼の首に手を掛けた。
「君を殺して喰べる方が手っ取り早い」
「…」
「わざわざ傍に仕えなくても私の血肉となり糧となってくれ。この身体…くれるんだろ?」
凪いだ翡翠の瞳を見つめたまま、恐怖心を煽る様にじわじわと指先に力を込める。
いつその指が皮膚を食い破っても可笑しくないというのに取り乱す事無く、彼はそっと手を添えた。
「貴方がそれを望むのなら」
ヴェロニカの瞳を真っ直ぐに見つめ返す翡翠の瞳。そこに恐怖や畏怖はなく、彼は本気で自分自身を差し出す気でいる。
望めば自害も辞さない彼の忠誠心に不意をつかれたヴェロニカに笑みが零れた。
「見上げた忠義だ。恐れ入ったよ」
「…俺は喰うに値しませんか?」
「いいやただ勿体無いと思ってね。私は貰えるものは貰っておく主義だ、後で返してと言っても返さないからね」
「永劫、そのような事はありません」
「即答だね。嫌いじゃないよ」
首に掛けていた手を離して、彼の仮面に覆われた頭部を優しく撫でた。
「庇護は必要ないと言ったけど、私の物になったからには最低限の命の保証はするよ。肉壁になる必要もない」
「……」
「ふふ。不服そうだね。でもこれは絶対だ」
「…拝命しました」
「うんうん。素直な子は好きだよ」
ヴェロニカは「そうだ」と手を打った。
「君に名前はあるかい?折角一緒にいるんだから教えてくれ」
「ウルキオラ・シファーです」
「綺麗な名前だね。私は始祖ヴェロニカだ。これからよろしく頼むよウルキオラ」
「はいヴェロニカ様」
再び叩頭するウルキオラに一つ頷くと背を向けてゆっくり歩き出す。
「さて。早速だが君に会わせたい
「はい」
「中々気難しい奴だが実力は本物だ。私に代わりこの
「…」
「ん?その様子だと知ってるみたいだね。なら話は早い」
口数が極端に減ったウルキオラの分かりやすい態度にヴェロニカは笑みを深める。
それもその筈。ヴェロニカを狂信的に崇拝しているウルキオラにとってその
「会いに行こう。