千代に 八千代に   作:ぺったんこ

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三話

 

 

ここ数十年、物静かであった虚夜宮(ラスノーチェス)の近辺では度々破壊が繰り返されていた。巨大な砂柱が上がる度に奈落のようなクレーターが点々と増えていく。

砂埃から豹型の中級大虚(アジューカス)が後退しながら姿を現し、それを翼を広げたウルキオラが追い詰める。

しかしそれを仕留めんとばかりに四本の腕を生やした蟷螂型の中級大虚(アジューカス)が頭上から虚閃(セロ)を放った。

 

「…」

 

彼らの死合いを柱の上に腰かけて、憂い顔で見物しているのはヴェロニカだ。その隣に一体の(ホロウ)が降り立った。

 

「元気がないなヴェロニカ」

「やあティア。いらっしゃい」

 

バラガンの情報で会いに行き、同じ女型と分かって意気投合した彼女の名前はティア・ハリベル。

鮫型の最上級大虚(ヴァストローデ)の彼女は仮面はあるもののヴェロニカと同じく人に近い個体である。

 

「あの時捕まえた中級大虚(アジューカス)は君のお眼鏡に叶わなかったか?」

「そんなことは無いさ。グリムジョーもノイトラも素晴らしい成果を見せてる。ウルキオラはあと数年喰べれば最上級大虚(ヴァストローデ)になれるだろう」

「なら何をそんなに憂いているんだ」

「大したことないよ。少々教育に行き詰ってるだけさ」

「現世でいう育児ノイローゼというものか」

「へえそっちにはそんな言葉が存在するんだね。霊圧のコントロールも様になってきたし、降りてみようかな」

「止めておけ。君の霊圧はただでさえ強いんだ。人間の魂魄が耐え切れず消滅するのが関の山だよ」

「先生が言うなら仕方ないね」

 

ハリベルと雑談は空が爆ぜて終止符を打たれる。

 

「おっとそろそろ止めないと。ティア、この子を少し頼むよ」

「!?」

 

突然渡された物体にハリベルは肩を跳ね上がらせた。

物体は両手に収まるくらいの大きさで、奇抜な模様をした羽をもぞもぞと動かし腕の中で小さく身じろいする。くぅくぅと寝息を立てる物体の正体は(ホロウ)の子供だった。

 

絶句するハリベルを置いていき、砂漠に倒れる二体とそれを見下ろすウルキオラに歩み寄るヴェロニカ。

一早く彼女の存在を感知したウルキオラは砂埃を払って片膝を付いた。

 

「しゅーりょーう。お疲れ様、手応えはあったかい?」

「いいえ全く」

「だとコラ能面野郎ォ!!ちょこまかと羽虫みてェに飛び回りやがって!!」

「虫は貴様だろう。余分に生やしたその手はどうやらお飾りだったようだな」

「だとよ蟷螂野郎!テメーの横槍がなけりゃこいつの喉笛嚙み千切れたっつーのに邪魔すんじゃねェ!!」

「小石の様に蹴れば吹っ飛ぶ貴様の牙が届くことは一生無い」

「あ゙あ゙!?」

「テメーらまとめてブッ殺、ギャッ!?」

「ヴッ!?」

 

怒り狂う蟷螂型の中級大虚(アジューカス)、ノイトラと豹型のグリムジョーの額に小さな球がぶち当たる。

指弾きで飛ばされたそれはヴェロニカの霊圧を最小限にまで凝縮した虚弾(バラ)で勿論威力は最弱に調整し“ちょっと”痛いデコピン程度の物だ。

 

「私が終わりと言えば終わりだよ。余計な怪我したくないなら大人しくしようね」

「チッ!!」

「へーへ―始祖サマのアリガターイお言葉を賜りゃいいんだろォ」

 

ウルキオラの切るような視線を受けてもノイトラは長い舌を垂らして中指を立てた。

 

「グリムジョー。スピードは君の命だ。下っ端の中級大虚(アジューカス)相手なら今でも通用するが、同じ階級のウルキオラに追い付かれる程度の物なら最上級大虚(ヴァストローデ)には切っ先すら届かないよ。

敵に追いつかれれば死を意味するということを常に意識しなさい。でも君の霊力の練り方は素晴らしいよ。爪に虚閃(セロ)を乗せて同時に五発とは発想の柔軟も悪くない」

 

「ノイトラ。君自身も分かっていると思うけど霊力のコントロールがいまいちだね。力任せに暴れても威力なんてたかが知れてる。

君は人より手数が多いんだからその利点を活かし一撃一撃を意識して打てば隙は生まれない。それに君の鋼皮(イエロ)の高度には期待してるんだ。

コントロールをより緻密に練ればその硬さは最上級大虚(ヴァストローデ)にもきっと通ずるし、大きな武器となるよ」

 

真摯に向き合うヴェロニカに無駄口を叩いていた二体も真剣に見つめ返す。全ては己の力を極める為、野望を叶える為に。

 

「分かったら腹ごしらえだ。狩りに行ったついでに傷も治しておいで」

 

二体は素直に頷くと響転(ソニード)でその場から姿を消した。

 

「ウルキオラ。君は私の言いつけをよく守り学習し、非の打ちどころはなく完璧だよ」

「ありがとうございます」

「だが私に対する小言をいちいち鵜呑みにしてはいけない。あれは彼らなりのコミュニケーションだからね」

「……善処します」

 

ウルキオラがほんの一瞬だけ目を逸らす。それはヴェロニカの命令に絶対服従の彼が無意識に見せる些細な抵抗だ。

何十年と変わらない彼の癖にヴェロニカは胸がほんのりと温かくなるのを感じた。

 

「君が最上級大虚(ヴァストローデ)になる日が待ち遠しいなぁ」

「ヴェロニカ様…」

 

仮面に覆われた頬を両手で包み込む。

 

「ねえウルキオラ。提案なんだが」

「ヴェロニカ!助けてくれ」

 

求める声に振り返ると、残してきたハリベルと軟体生物のようにぐでんぐでん、と身体を捩って彼女の手から逃れようと藻掻く子供がいた。

 

「さっきから暴れて手が付けられないんだ。何とかしてくれ」

「ああ、起きてしまったんだねザエルアポロ。ウルキオラ、また改めて話そうか。君も腹ごしらえをしておいで」

「はい。お待ちしています」

 

頬を一撫でして去って行くヴェロニカ。

その背を見送るとウルキオラは伽藍洞の身体がしんしん、と冷えていくの感じた。

誰よりも共に彼女と過ごしている自覚はあるのに、大切にされているのにヴェロニカの意識が別に向く度にまた世界が塗り潰されていく。

この感情にまだ名前はない。ただ漠然と感じるそれを見ないように蓋をして、ウルキオラは名残惜しくその場を離れた。

 

「この(ホロウ)は君が産んだのか?」

 

ザエルアポロと呼ばれた子供がヴェロニカの腕に大人しく納まった頃にハリベルは訊ねた。

ヴェロニカは彼女の問いかけに声を上げて笑った。

 

「あっはは!面白い冗談だティア!私たちに繁殖する機能は無いだろう?」

「なら拾ったのか」

「引き取ったんだ。彼はグリムジョーの連れから分離して生まれた(ホロウ)だよ。人間でいう兄弟のようなものだね」

「そんなことも出来たのか?」

 

興味深そうに見下ろすハリベルの視線にヴェロニカは首を振った。

 

「まさか!私にそんな神のような御業は成せないよ。最初からそういう個体だったんじゃないかなぁ」

「始祖の君なら出来ても私は不思議に思わないけどな」

「ふふ。始祖なんてその名の通りただ始めに生まれただけさ。その証拠に私は霊圧のコントロールを君に学び乞う程下手くそだったろ?」

「君の場合は抑えても溢れ出るんだ。コントロール云々の次元じゃない」

「ん――大昔調子に乗って喰べ過ぎちゃった所為かなぁ」

「軽いな…」

 

近付くだけで魂を消滅させる力を、体重計に乗った女性にありがちな一言で済ませるヴェロニカに戦慄する。

 

「少し前から考えていた事があるんだ。アーロニーロという最下級大虚(ギリアン)を覚えているかい?」

「!…たしか数日前、君に頼まれて会いに行ったあれか」

「彼の能力は捕食した者の力を自分の物として使用することが出来ると言ったね」

「ああ。実際に死神を捕食した(ホロウ)を取り込み、その力で姿形を変える様も確認している」

「そういう能力もあるなら、私の力…君たちにあげられないかなっと思って」

「!!?なにを、」

「ならん」

 

ハリベルが咎める前に厳しい叱咤が飛んだ。

 

「女性の会話に割って入るなんて無粋だぞバラガン」

「喧しい。貴様の世迷言にはほとほと呆れ返るわ」

 

避難を含んだ視線を向けてもバラガンは構わず続けた。

 

「始祖の力をそう易々と他に譲渡しようとするな馬鹿者」

「全てという訳じゃない。溢れた分を分けることが可能なら君たちにとって悪い話じゃないだろう?」

「仮にどうやって分けると言うんじゃ。まさかその最下級大虚(ギリアン)のように儂らに貴様を喰らえと?」

「そうだね」

「阿保か貴様は」

 

伽藍洞の瞳で一瞥し憐れむように頭を抱えるバラガンの隣で顔を青くさせたハリベルが代弁するように語り掛ける。

 

「ヴェロニカよく考え直してくれ。君の力は一部を除き周囲の物を消滅させてしまう程強力なんだ。そんな君を万が一喰べることが出来たとしても、私たちの器が君の力に耐えられるかは別問題だ。

君は友人だが正直受け入れられる自信はない…流石の私もまだ死にたくないよ」

 

ハリベルの悲壮な声にヴェロニカが初めてたじろぐ。

 

「で、では!試しにそこらの中級大虚(アジューカス)を捕まえて実験…」

「貴様の身体を下賤の蟻共に喰わせて堪るか」

「悪いが捕獲前に排除させてもらう」

「え、あ、…ほ、ほんの一欠片っ」

「「諄い」」

「…ザエルアポロ…皆が私を苛めるよ…」

 

癒しを求めて腕の中を見下ろすと子供とは思えない「あんたバカぁ?」と言いたげな視線を向けられていた。

この場にヴェロニカの味方はいない。ガクリ、と肩を落とし全肯定ヴェロニカ至上の彼が急に恋しく思うヴェロニカだった。

 

後日誰もいない間に実験を行おうと張り切るヴェロニカは腹心と子飼いによって酷い裏切りに合っていた。

 

「不肖ながらここ一帯の(ホロウ)は排除させてもらいました」

「俺らが喰えねぇのに雑魚がありつけるのは可笑しいだろう」

「大人しくガキの子守りしとけ」

「君たちこんな時だけ仲良くするなんて狡いよ!」

 

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