千代に 八千代に   作:ぺったんこ

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四話

 

その日。治安もよく争いとは無縁なとある流魂街(るこんがい)の上空に亀裂が走った。母親と手をつないで帰路に着く子供は雷とは違う耳障りな音が鳴る空を見上げて首を傾ぐ。

次第に周りも足を止めて不穏な空を凝視すると裂け目は次第に怪物の様に口を開けた。

常闇の空間から三体の虚が顔を覗かせた。

 

「―――あ」

 

子供が母親の手を離し、それを指す。

 

「お母さん、あれなーに?」

 

問いかける声が嫌に大きく聞こえた。

 

「逃げて…」

「え?」

「早く逃げなさい!!!!にげ、」

 

瞬時、母親から吹き上がる血飛沫は子供のまろい頬を真っ赤に染めた。

 

(ホロウ)だァァあああ!!!!」

 

我に返った誰かの悲鳴を切っ掛けに街一帯は恐怖のどん底に突き落とされた。人々は揉み合い、母親を殺された子供を置き去りにして我先にと言わんばかりに走り出す。

絶句する子供の頭上を二体の(ホロウ)が追撃し、街の人たちが母親と同じように血飛沫を上げて倒れていく。喉を嚙み千切られる者、身体を貫かれる者。様々な死体が積み上がりのどかな流魂街は瞬く間に地獄と化した。

 

子供は倒れた母親の背に圧し掛かるそいつを見上げる。

そいつは血が付着した鎌のような腕を振ってニィィっと嗤った。

 

「なァに見てんだクソガキ」

 

ギンっと死を覚悟する間もなく鎌が迫る。

 

「死ね」

「ノイトラ」

 

涼やかな女性の一声で首の皮一枚を掠り、鎌は動きを止めた。

三体の(ホロウ)が出現した常闇から自分たちと変わらない人の姿をした麗人が現れた。

 

「ぁんだババア…」

「お遊びはそこまでにして集中するんだ。そろそろ目的の彼らが出てくるよ」

「!ハハハッ意外と速ェじゃねェか」

 

子供への興味が失せたそいつは楽し気に喉を震わせると麗人に向かって母親の身体を小石の様に蹴飛ばした。

身体は麗人に当たる前に、まるでガラスの様に砕けると粒子になって空に溶ける。意味もなく伸ばした手は行き場を失った。

 

「おや優しいね」

「そいつら喰ってる間に終わらせてやるからな」

「ふふ。期待してるよ」

 

麗人が頬むと脅威の(ホロウ)は姿を消した。

蚊帳の外にいた子供には両者で交わされる言葉の意味がまるで理解できなかった。

母や街の人はお遊びで殺されたのか、麗人はこの惨劇を前にしてどうして笑っていられるんだろうか。

無知な子供は襲い掛かるいくつもの理不尽をただ飲み込むことしか出来なかった。

 

「…ッ!!」

 

それでも母親の最期の言葉が震わせる足を動かしてくれた。脱兎の如く林に身を隠し、振り返らずに駆けながら沸き立つ憎悪に身を焦がす。

いつか必ず、母親の仇であるかの麗人と鎌の(ホロウ)を討つと復讐を誓って。

 

 

子供を見送った冷淡な瞳とは打って変わって隣に降り立つウルキオラへ労りを込めた眼差しを向ける。

 

「問題はないかい?」

「滞りなく。すでに奴らは戦闘に移っています」

「うんうん二人共やる気があっていいね。君も遠慮なく学んでおいで」

「…しかし」

「私の身を案じることは無い。君の進化に大きく関わるこの機をふいにするんじゃないよ」

 

ヴェロニカがすっと目を細めると瞬時に片膝を付く。

 

「はっ。申し訳ありません」

「うん。気を付けて行っておいで」

 

響転でその場から消えたウルキオラを尻目に、霊圧が衝突し合って歪む空を満足げに眺めた。

 

「それでは、お手並み拝見といこう」

 

 

流魂街の西側で(ホロウ)の出現を感知し派遣された死神たちは凄惨な光景に愕然とした。

一部を喰い千切られ、横たわる身体からはまだ真新しい血が止めどなく地面を赤黒く染めていく。

新人隊士が一人吐いた。初任務からこれとは確実にトラウマを植え付けられただろう。

その時、獣のような唸り声が耳を掠めた。

 

「全員、厳戒態勢!!」

 

隊を統率する三席の男が叫ぶ。

それぞれが斬魄刀を抜いて構える間を嫌な静寂がすりぬけていく。

先ほどから嫌に重苦しい霊圧に押し潰されそうで、溢れた冷汗が顎を伝う。地面に垂れたその時、隣から悲鳴が上がった。

 

「あああ゙あ゙あ゙!!」

 

獣の(ホロウ)が隊士の身体に伸し掛かり、その首に牙を突き立てていた。

隊士の名を叫ぶように呼びかけて喰らい付く(ホロウ)の横腹目掛けて刀を突くが、鞭のように飛んできた尾に身体を吹っ飛ばされる。

骨の軋む音が聞こえた。土煙を上げて転がる体制を無理やり立て直せし、内臓から迫り上がる血を吐き出した。

 

「うわああ来るなァああ!!」

 

刀を握る手から力が抜けて地を這って逃げる隊士の身体に鎌が突き立てられる。獣とは違う蟷螂のような(ホロウ)だった。

その後ろから現れた能面を被った人間が現れるが、喉元にぽかりと空く孔が奴を(ホロウ)だと言わしめた。

奴らはただの(ホロウ)ではない。三席の自分や一般隊士が敵う相手じゃないと男は力の限り、腰を抜かす新人に叫んだ。

 

「逃げろ新人!!副隊長に知らせるんだ!!」

「…あ、でも」

「俺たちが足止めするッ命令だ走れ!!!」

「ッッ!!」

 

新人の足に力が戻って安心したのも束の間、新人の頭はパンッと軽い音を立てて弾け飛んだ。

 

「へ」

「し、新人!!」

「貴様らよくもぉぉおお!!」

「止めろお前ら!!早く逃げ、」

 

パンッパンッパンッ

 

新人を囲んでいた隊士も残らず頭が弾け飛び、クタリと身体を横たわらせた。

 

「チッ…手応えねーなァ」

「おいおい一人で終わらせんじゃねェよ」

「単細胞め。応援を呼ばれるとこちらが不利になるのが分からないか」

 

(ホロウ)同士で言葉を交わしている。生体上、共食いもする奴らが群れて徒党を組んでいるように思える現状に男は愕然とする。

 

「さっさと片付けるぞ」

 

能面の虚の視線が向けられた。再び恐怖に身体を竦ませる。

 

「あ、いたいた」

 

ふと、雑木林の奥から人の顔が覗いた。若い麗人の姿に男は死神としての使命を思い出し、震える身体を叱咤して立ち上がった。

 

「ご婦人来てはいけない!!!すぐにここから逃げるんだ!!」

「?」

 

麗人がキョトンと目を瞬かせる。すると二体の(ホロウ)が高らかに笑い出し、地面が揺れた。

 

「ブッハハハ!!ご婦人だってよォ!?」

「若作りの甲斐あったなァババア!!」

「君たち酷いなぁ…」

「看過できません。直ちに奴らを殺します」

「こらこら落ち着きなさい。悔しいけど間違ってはないんだから。悔しいけど」

「な…何が可笑しいんだ!!?お前ら一体…ッ!?」

「ん?あーごめんね。君が私を案じる必要はないんだ」

 

前髪を上げた麗人の額には孔が空いていた。

 

「ほ、(ホロウ)…だと…」

「そう。もしかして私のような個体に遭遇するのは初めてかい?」

「初めても何もッ仮面が割れた(ホロウ)など聞いたこともなければ記録もない!!お前のような、ぅぐあ゙ッ!?」

 

突然頭を押さえ付けられた男の顔は地面に減り込み呻き声をあげた。

 

「口の利き方に気をつけろ。塵」

「う…ぅ、っ」

「残念だな。未だ私と同じ個体は生まれていないのか…」

「テメーみたいなバケモン級がそうホイホイ生まれて堪るかよ」

「まぁいいさ。だからこそ君たちを育ててるんだからね」

 

獣の(ホロウ)の視線が突き刺さっても麗人は肩を竦めるだけだった。

 

「記録がないのも無理はない。こう見えて私はかなりの大喰らいでね…残すなんて勿体ない真似はしないんだ」

 

麗人が一歩踏み出すたびに、傍に倒れていた仲間の遺体が次々に割れて塵になる。

衣服だけを残し、跡形もなく消えていく様を目の当たりにした男の身体が再び恐怖に震えあがった。

 

「今日は彼らの為に遠慮するつもりだったけど…んー…美味しそうな魂魄をみるとどうも抑えが効かなくて」

 

グッンンと感じる重圧に息が詰まり、身体の何処かが軋む音がした。

麗人は男の腕章を一瞥し、思わず見惚れてしまうほど華やかな笑顔を見せた。

 

「三席か…小腹を満たすのに丁度いい」

 

まるで世界が割れるような光景を最期に男の魂魄は消滅した。

 

 

 

「さて。君は何時まで物見遊山でいるつもりかな?」

 

麗人、ヴェロニカが空間を薙ぐと眼鏡を掛けた顔に薄ら笑いを張り付けた死神の男が現れた。

 

「「「!!!」」」

「驚いたよ。鬼道をそんなに容易く見破られるなんて」

「へぇ鬼道というんだその技。便利なものだね」

 

気付くことが出来なかった。

物腰の柔らかい口調とは裏腹に殲滅した死神たちより遥かに格上の男の出現にウルキオラたちの肌が粟立つ。

瞬時に飛び掛かろうとした彼らの前にヴェロニカの細腕が上がった。

 

「“止まれ”」

 

彼女の一声で三体の動きが同時にビタリと固まった。

 

「腕章をよく見て御覧。彼は副官だよ。最も…実力はそれ以上かもね」

「中々聡明な(ホロウ)で助かるよ。交渉の余地があるみたいで安心した」

「あっはは。君たちの仲間や住民を皆殺しにした私たちに交渉?君、正気かい?」

「彼らに対して仲間意識なんて端から無いさ。流魂街の住民なんて特に思入れもない。僕は初めから君に会いに来たんだ」

「へぇ…」

 

ヴェロニカは男にゆっくり歩み寄ると、自身が抑え込む霊圧を“軽く”解放した。

 

「グッ…!?」

「ぁが!?」

「…ッ」

「…素晴らしい霊圧だね。でもいいのかい?可愛い子飼いが苦しそうだけど」

「相手の力量を測り違い無謀にも挑もうとした仕置きさ。…しかし、うん。キミ凄いね。魂魄が潰れるどころか余裕すらあるね」

「これでも少し息が詰まりそうではあるよ」

「いやいや謙遜するな。君、名前は?」

「藍染惣右介だ。興味を持ってくれたかな」

「とっても」

 

ヴェロニカは霊圧を戻すと、来た時と同じく空間に亀裂を作った。

 

虚園(ウェコムンド)に招待しよう。三日後、丑三つ時にここへ遣いを寄越すから話しはその時に是非聞かせてくれ」

「連れを二人増やしても構わないかい?」

「いいよ。私の霊圧に耐えられる人であればね」

「問題ないよ。差し支えなければ君の名前を訊ねてもいいかい?」

「ヴェロニカだよ。始祖ヴェロニカ」

「!」

 

藍染の余裕綽々とした態度が驚愕に変わる様にヴェロニカはしたり顔を浮かべる。

 

「三日後をとても楽しみしてるよ。惣右介」

 

子飼いと共に常闇の奥へ消えると、そこは元の景色を取り戻した。

 

「始祖…そうか、彼女が…」

 

今の彼に死神、五番隊副隊長としての顔は剥がれ落ちている。それを知るものはこの場に誰もいない。気にする必要もない。

 

「漸くだ」

 

野望への道筋が見えた彼の胸内を占めるのは震えるほどの歓喜だった。

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