千代に 八千代に   作:ぺったんこ

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五話

約束の丑三つ時。

隠密機動隊が撤退し、あの凄惨な出来事が無かったかのように整地されたその場所に三人の死神が降り立った。

未だ幼い容姿ながら真央霊術院(しんおうれいじゅついん)を飛び級で卒業し、晴れて死神となった市丸ギンという少年は事の発端である藍染惣右介を見やる。

「面白いものが見られる」と言った彼に興味本位で着いて来たが、変哲もない雑木林が広がるだけで拍子抜けした。

 

「なあ藍染隊長。ここ、この間あんたんとこの三席と隊士が殉職した場所とちゃいます?目星ィもんはみーんな二番隊が持ってってしもうたし、今更何があるんです?」

「黙って待て市丸ギン。藍染様のお言葉を疑うな」

 

九番隊士、盲目の男東仙要の厳かな言葉に市丸はおどける様に肩を竦める。

 

「ひゃあ、しかられてしもうた」

「いいんだよ要。そろそろ迎えが来る頃だろうから」

「はっ」

「迎え?」

 

瞬時、バグンっと音を立てて雑木林を映す空間が割れた。

 

「「!!」」

 

常闇に佇む細身の(ホロウ)の姿に市丸と東仙が刀に手を掛けるが、藍染が手を挙げて制止させる。

 

「お待たせ致しました。死神、藍染惣右介殿とそのお連れ様とお見受けします」

「ああ。君はあの時一緒にいた子飼いとはまた別の(ホロウ)だね」

「シャウロン・クーファンと申します。私などあの方たちに比べれば一介の中級大虚(アジューカス)に過ぎません」

 

市丸と東仙は目の前の光景に愕然とした。

一部の(ホロウ)に理性がある個体は確認されているが、どれも好戦的で話し合いなど不可とされている。なのにシャウロンと名乗る彼は長い爪を恭しく胸に当てとても紳士的な態度を見せた。

 

「こちらへどうぞ。彼女が首を長くして待っておられます」

 

招かれた先には荒涼たる砂の海が広がっている。そこへ臆することなく進む藍染の後ろを二人は慌てて追いかけた。

 

「い、いつから(ホロウ)と手ぇ組みはったん?」

「いいやまだだよギン。それはこれから話す彼女との交渉次第かな」

 

珍しく隠しもしない歪んだ笑みを浮かべる藍染に市丸は薄ら寒さを感じた。

 

 

 

対して長くもない距離を歩き終えた先にポツリと侘し気に立つ廃墟があった。

まるで玉座のように建てられた高台から続く花道の脇には、埋め尽くさんばかりに溢れる最下級大虚(ギリアン)中級大虚(アジューカス)の群れが膝を付き叩頭している。

 

「私の役目はここまでです」

「あれ?君は来ぉへんの?」

「ええ。私はこの先へは“近付けない”ので。運が良ければまたお会いしましょう」

「…何やねん。けったいな(ホロウ)やなぁ」

 

不穏な台詞と一緒に会釈をして群れの中に消える彼に市丸は眉間を寄せる。

それを知る藍染は花道の途中で(ホロウ)の参列が不自然に途切れているの見てここが彼らとの“境界線”だと納得した。

 

「行くよ。ギン、要」

 

一歩その先を踏み越えれば、あの時の霊圧をほんの少し感じる。

しかし未だ嘗てない霊圧の重みを感じた市丸と東仙の顔色はみるみると蒼褪めていった。

 

「うっっっわ。なにこれ気持ち悪るぅ……」

「藍染様っこの霊圧は一体…!?」

「素晴らしいだろう?彼女こそ私の計画に必要不可欠な力を持つ唯一の存在だよ」

 

市丸と東仙は身体の中を掻き回される不快感を押し殺しながら、横三つに並ぶ王座とそれを囲う三体の中級大虚(アジューカス)を見据えた。

 

「君たちを歓迎しよう。ようこそ虚園(ウェコムンド)へ」

 

中でも彼らの中心で甘い笑顔を浮かべる見目麗しい女の存在は一際異彩を放っていた。

 

 

 

「…人?」

 

不意に漏れてしまった市丸の独り言に空気が更に重苦しく変わった。特に能面の(ホロウ)と骸骨の(ホロウ)の霊圧が顕著に現れる。

 

「ふふ。思ったより可愛い子を連れて来たんだね惣右介」

「まだ経験の途中なんだ。彼の非礼を代わりに詫びるからどうか矛を納めてくれないかい?」

「詫びる必要はないさ。こちらこそ過剰な二人が空気を悪くしてごめんね」

「!ヴェロニカ貴様ッそう易々と、」

「バラガン。いいんだよ私が気にしてないんだから」

 

ヴェロニカと呼ばれた麗人が鬱陶しそうに骸骨に向かって手を振った。

 

「私もれっきとした(ホロウ)だよ。ほら、ここに孔もある」

「あ、ホンマや。堪忍な」

「素直な子だねぇ。名前は何て言うんだい?」

「市丸ギンや。お姉さんはヴェロニカちゃ……様って呼んだ方がいい?」

 

刺すような能面の視線に市丸が折れた。

 

「君の好きなように呼んでくれていいよ。私は君の主人じゃないからね」

「じゃあヴェロニカちゃん」

「そっちの死神は?」

「東仙要と言う。すまないが私は盲目の身で貴方の姿を知ることは叶わない。故に一つ聞きたいことがあるんだ」

「ん?」

「その…貴方の膝元から聞こえるその音は一体何だろうか」

 

藍染すら流していた現状に、東仙は堪らずガチャガチャガチャと耳障りな音を立てる正体を訊ねた。

 

「子供の(ホロウ)が何か弄っとる」

「ザエルアポロというんだ。最近物弄りに精が出ていてね」

「はぁ…」

「こうして抱いていないと色んなところに行ってしまって探すのが大変なんだ。悪いけどこのまま話を進めても構わないか?」

「勿論構わないよ。…しかし、(ホロウ)に繁殖機能は備わっていないと聞いていたが、それはヴェロニカの子なのかい?」

「フッ」

「ハリベル。聞こえているよ」

 

装甲に覆われた(ホロウ)が口を押えて耐えていたが意味はないようだ。

 

「元々一体だった(ホロウ)が分離して生まれた子だよ。君の認識の通り、私に繁殖機能は備わっていない」

「そうなのか…始祖の君なら出来ても不思議じゃないと思ったんだけどね」

「アッハハ」

「はあああ。もういいよこのやり取り…それで、話は進めるの?進めないの?」

「悪かったよヴェロニカ。そうむくれないでくれ」

 

これ以上ヴェロニカの機嫌を損なわない内に藍染は自身が練る計画の一部を説明した。

新たな世界を得るためには今の世界を敵に回す事と同義で対抗するには(ホロウ)の力、特に始祖ヴェロニカの膨大な力が必要不可欠であること。

見返りには自分が治める新たな世界を一部、ヴェロニカとその同胞に譲渡すると藍染は語った。

 

「ふーん…悪いけど魅力に欠けるかなぁ」

 

しかし、ヴェロニカの反応は消極的だった。

 

「すでに虚園(ウェコムンド)をバラガンが治めているし、私自身統治に興味がないんだ。君の作る世界は面白そうではあるけど協力する義理はないよ」

「ならこうしよう。これを見て欲しい」

「玉?」

 

懐から取り出したそれはビー玉より一回り大きいガラスの球体だった。

 

「とある男の資料を基に作り出した崩玉というものだ。最も本物とは比べ物にもならない贋作だけどね」

「それを一体どうするんだい?」

「この贋作に君の霊力を宿して、(ホロウ)に更なる力と進化を与える」

「「「!!!」」」

「……へぇ」

 

僅かに前のめりになるヴェロニカの心境の変化に、藍染は内心ほくそ笑む。

 

「ヴェロニカ。あの時、消滅した隊士の魂魄を子飼いの彼らに与えていただろう?同胞たちが自分と同じ進化を遂げることを君は何より渇望しているね」

「協力すれば、君がそれを叶えてくれると?」

「ああ。必ず君の期待に応えよう」

「自信家だねぇ…」

「ならんぞヴェロニカ」

 

バラガンの拳が王座に叩きつけられた。

 

「そんなことの為にただの(ホロウ)に成り下がるというのか?始祖である貴様が!」

「世の中には世代交代というものがあってなぁ。いいだろう?だって私を喰べたくないと君が言ったんじゃないか」

「戯けが!!力が失せた貴様に価値はないと何故分からん!?」

「…あらあら中々辛辣じゃないかバラガン。絶交するか?ん?」

「死神、ヴェロニカの力は失われたままなのか?」

 

二人が額を突き合わせて舌戦する隣で冷静なハリベルが藍染に問う。

 

「彼女は一万年以上生き残り続けた(ホロウ)だ。元々の潜在能力は桁違いだと考えればその内力は戻るだろう」

「聞いたかバラガン!今謝れば絶交の話は忘れてやるぞ?」

「ほざけ!!!その間の世話を誰がするというんじゃ!!!」

「君には頼まないから安心しなさいな!?ねぇお前たち!」

「拝命します」

「うげぇ…」

「勘弁してくれ…」

「ほらぁ!」

「一人しか頷いておらんわ!!」

 

まるでコントのようなやり取りに、(ホロウ)も自分たちとそんなに変わらんのやなぁと市丸は遠くを見つめた。

 

「その話ノッたよ惣右介。君が目指す新世界の創世に我ら一同協力しよう」

「感謝するよ。君の同胞をより完璧な存在にするために多少実験を重ねる時間を要するんだが…」

「構わない!だが決して違うな。必ず彼らを“破面(アランカル)”に導くと誓ってくれ」

「勿論だとも」

 

交渉は成立された。

思い描いていた結果になって微笑みを浮かべる藍染の傍にザエルアポロをハリベルに預けたヴェロニカが歩み寄る。

更に濃くなる霊圧に市丸と東仙は思わず数歩後退りした。

 

「さて。私は何をすればいい?」

「これに手を翳すだけでいいよ。痛みは無いから安心してくれ」

「何だ。簡単だね」

 

ヴェロニカが寸分も疑わず、崩玉が乗った藍染の手に自分の手を重ねたその時、虚夜宮(ラスノーチェス)は眩い光に飲み込まれた。

 

「ヴェロニカ様!!!」

 

カッと爆発に飲まれたかのような光は眼底を眩ませる強さと砂煙を上がる威力があった。

視界を奪われたウルキオラが柄にもなく声を上げると、次第に光は崩玉に納まり、元の静けさを取り戻す。

明暗する視界の中で、藍染の足元に彼女が纏っていた白い死覇装だけが残されていた。

 

「これは…驚いた…」

「ヴェロニカッ!?」

「ババア!!?」

 

呟いて、白く変色した崩玉を片手に藍染は残された服を弄った。

 

「き、貴様ぁぁぁああああ」

 

激昂するウルキオラの黒閃を纏う手刀がその頭上に迫ったその時。

 

「ぷはっ」

「「「!!?」」」

 

白髪の素っ裸な子供が頭を上げた。

 

「急に光るから吃驚したじゃないか。こういう事は予め教えてくれないとこま……ん?」

「ヴェ…ヴェロニカ様?」

「ウルキオラ…?あれ…きみ、いつの間にそんな大きく……え」

 

その子供は辺りを慌てて見回し、最後に自分の素っ裸な状態と紅葉のような小さな手を見下ろして絶句する。

 

「ヴェロニカちゃん…小っちゃくなってしもうた」

 

奇しくも誰よりも年下の市丸が全員の心境を代弁することになった。

 

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