九年後。
ハリベルの配下である
「あ~~~~んちょ~~かんわいィんじゃないの~~~!」
「お、おい止めろ!ハリベル様のご友人で遊ぶな!!」
筋骨隆々とした身体とは裏腹に女性的な言葉を遣う彼はバラガンの配下、シャルロッテ・クールホーンという。
傍で声を荒げているのはハリベルの配下、鹿型の
その振り回されている少女こそが我らが始祖ヴェロニカである。
「ちょーっとばかしあたしがバラガン様の傍を留守にしてる間に何があったのよ始祖ちゃ~~ん!」
「い、色々あったんだよぉ…」
「あれ!?てかあたし始祖ちゃんに触れてる!!?何で!?ほんとど~~しちゃったのよぉ~~!?」
「た、助けてくれ」
「クールホーンいいからまず手ぇ離せ!!揺らすな!!」
「加減しろこの肉達磨!!」
「ヴェロニカ様、ささ…こちらへ」
ヴェロニカを救出したアパッチとミラ・ローズは興奮冷めやらぬシャルロッテに半ば吼えながら近状を説明する。
二体に守られながら蜷局を巻いたスンスンの身体に腰を据えるヴェロニカは、ふう、と一息ついた。
「へぇーその死神に力全部渡しちゃった結果身体が縮んじゃったわけね。大丈夫なのそれ?」
「特に問題ない…と言いたいところだけどこの身体、結構不便でね」
「不便?」
「恐ろしく燃費が悪いんだ。すぐ腹が減る」
「え」
シャルロッテは思わずヴェロニカから距離をとる。
「安心しなさいな。今の私に君の魂魄を潰せる霊圧は持ち合わせていないよ」
「吃驚した。触っちゃったと思って焦ったじゃない」
「人をばい菌みたいに言わないでおくれ…」
「謝りなさいブサイク!お労しいヴェロニカ様になんて口を…!」
「「土下座して詫びろブサイク!!」」
「お黙り小娘共!!誰がブサイクよ!!?」
三体の謝れコールにシャルロッテがギャンっと吼えた。
「って…じゃあ始祖ちゃん。ご飯どうしてるの」
「反勢力のコロニーを襲って喰べてるよ。根本的な力と能力は消えてないから狩りは簡単なんだけど、結局力を使うから何時まで経っても腹が減るんだ…」
「そこで!ハリベル様のご命令によりあたしたちとグリムジョー率いる
「うう…苦労を掛けるねお前たち…」
胸を張るミラ・ローズにヴェロニカはしくしく、と顔を覆った。
「これじゃあノイトラに何も言い返せないねぇ…」
「そんなことありませんわヴェロニカ様!私たち
「ねえ。あの子なんて言われたのよ」
スンスンが身体を揺らして必死に慰める後ろでシャルロッテがアパッチとミラ・ローズに詰め寄る。
二人は目を逸らすが彼の圧に耐え切れず、アパッチがポツリと呟いた。
「……穀潰しの始祖」
「あ、テメ、アパッチ」
「……………ブッ」
フぁハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!
「ちょッちょっォと待ってぇえハハハハ!!あ、あいつお気に入りだからってそんなブハハハハハッ!!?」
「全く…シンプルな悪口ほど刺さるものはないよ」
「げほッげ―――ほッ!あは、あはっひ―――!!おえ゙」
「…大丈夫かい?息できてる?」
「ほっといていいですよヴェロニカ様。寧ろ窒息して死ねばいい」
ミラ・ローズが吐き捨てたその瞬間。シャルロッテの長髪が一部、弾け飛ばされた。
「次は当てる」
「ウ…ウルキオラ…!?」
「あ。おかえり」
人差し指を構えた腹心が静かに憤慨している様子に冷汗が止まらない。とばっちりでアパッチたちまでも息が詰まるような霊圧を当てられるなか、ヴェロニカは泣き真似を止めて腕を伸ばした。
途端に霊圧は雲散された。
「偵察ご苦労だったね。実験に実りはあったかい?」
「貴重なものが見れました。ヴェロニカ様もきっとご満足頂けるかと」
「本当かい?それは楽しみだねぇ。
「承知しました」
ウルキオラは失礼します、と断りを入れてからヴェロニカを抱き上げた。
「じゃあまたあとでね三人共。シャルロッテ、また遊ぼう」
「あたし絶対死んだと思ったわ」
「運のいい奴ね。ヴェロニカ様に感謝しなさい」
この時ばかりはスンスンの小言を素直に受け止めたシャルロッテだった。
「皆、集まってもらって悪いね。
ヴェロニカは一つ侘しく空いた椅子を一瞥してから王座に着く。手で促す彼女の合図にウルキオラは指で右瞼を強く圧迫し眼球を摘まんで取り出した。
出血も無ければ痛みもない。物のように取り出した眼を躊躇なく握り潰す。
“
ガラスのように砕け散った眼の粒子を取り込む事で、ウルキオラが見た映像を共有する事が出来る技である。
「ご覧ください」
この九年。ウルキオラは藍染の実験を記録する為に度々尸魂界へ赴いてきた。
膨大な霊力故に始祖の力は強力で、本物の崩玉と同期させる前に調整の必要があると藍染はいう。
手始めに流魂街の住民。何処まで耐えきれるか試した結果、彼らの魂魄は途端に潰れて消滅してしまった。住民の中には稀に死神の適性があるとされる“空腹”を感じる者がいるとか。こちらは多少耐えられたが、少しでも質量を増やしてしまうと消滅してしまった。
次に対象を死神に変更。
元より霊力が比較的豊富な一般隊士のみ僅かに魂魄の変化が見られた。しかし増幅する負の感情に魂魄が耐え切れず内側から崩れて消滅した。席官では変化が顕著に現れた。身体に収まり切らない負の感情が白い粘液となって吐き出されたのだ。しかし吐き出されただけで形にはならず、身体諸共粒子となって雲散してしまった。
そして隊長、副官の死神による実験にて九年間の実験はついに進展した。
白い粘液は顔を覆う仮面となり、凶暴性を増した彼らの理性なき姿はもはや死神ではなく“
途中で邪魔が入り、彼らの回収は叶わなかったが走馬灯のように流れた九年の映像はとても楽しめるものだった。
「ヴェロニカ様の力は崩玉に馴染みつつあります。しかしまだ完璧な進化には至らないかと」
「そうなの?見る限り条件は揃っていると思うけど」
「肝心の仮面が割れていません。力は増幅されますが、
「俺たちも無理に進化すればああなるってか」
グリムジョーは興醒めと言わんばかりに嘆息する。
「ならば不要なリスクは避けるべきだ。君たちは一度退化すれば
「頼まれても、んな自殺行為しねーよ」
ノイトラが吐き捨てるように言った。
「本物の崩玉の在りかは分かっているのか?」
ハリベルの問いにヴェロニカが抑揚無く答える。
「あ――…確か、映像にも映ってた…う、う…ら…」
「浦原喜助という者が所持していると聞いています」
「そう!乱入し隊長と呼ばれていた彼だ!」
「ハッ!持ってる奴が分かりゃ後は殺して奪えばいい話だろ。何でこっちから仕掛けねェんだよ!」
「落ち着きなさいなノイトラ。死神の
「ヒヨってんじゃねーよ。口を割らせる方法はババアが一番よく分かってんだろう」
彼の挑発する視線にヴェロニカは苦笑いを浮かべた。
「ノイトラ、口が過ぎるぞ」
「黙ってろ朴念仁。その身体でも能力は使えるんだろ?手っ取り早く襲っちまおうぜ」
「ふふ。そうだねぇ…出来ないことはない。でもダメだよ」
「!?」
「理由を聞いてもいいか?ヴェロニカ」
頑なに意思を曲げない事に珍しく思ったハリベルが訊ねた。
「言った通り彼は頭のキレる死神だよ。彼と一緒にいた大男も
ヴェロニカの言い分は的を得ていて、誰も口を挟めなかった。
「それにわざわざ私たちが手を組んでる事を仄めかす必要もない。惣右介が任せろと言うんだから、声が掛かるまで待てばいいさ」
「お前…それマジで言ってんのかよ」
「うん。勿論本気だよ」
「…ッ」
素直になれず憎まれ口を叩いても唯我独尊な一面を見せる彼女と、それに見合った出鱈目な力に少なくとも自分は魅かれていた。欲しいものを力づくで手にしてきた彼女なら、崩玉も同様に奪うと確信があったのに、口から出てくるのは保身的な言葉ばかり。あろうことか死神に任せるとまで。
すでに自分が憧れた始祖ヴェロニカの面影はなかった。
「…腑抜けたテメーにもう興味ねぇよ。二度とその面見せるな」
「ノイトラッ」
「いいんだよウルキオラ。仕方のないことだ」
不敬な態度に看過できず、歩き出す背に向けて手を翳すウルキオラを止めた。
その諦めたような、投げやりな言い方にグリムジョーが視線を鋭くさせる。
「仕方ない?かまってちゃんのテメーがえらく突き放すじゃねーか」
「面を見せるなと言われてしまったからねぇ。お互いの為にも距離を置くのは大事なことだよ」
「胡散臭ェ。一体何考えてやがる」
「常に君たちの事を想っているよ」
笑みを絶やさないヴェロニカに本心を語る気がないと悟り、グリムジョーもヴェロニカに背を向けた。
「あいつの肩を持つ気は更々ねーが、俺も腑抜けたテメーには失望したぜ」
「そうか…とても残念だよグリムジョー。シャウロンたちに世話になったと伝えておくれ」
「テメーで伝えろクソババア」
返事も聞かずにグリムジョーは
「ウルキオラ。君もまだ惣右介の傍で出来ることがあるだろう。手伝っておいで」
「…」
ウルキオラは突然を片膝を付くと、ヴェロニカに向かった深く叩頭した。
「ふふ。急にどうしたんだい?」
「貴方の真意が何処にあろうと俺は構いません。貴方が死ねと命じるその時まで俺の全てはヴェロニカ様の物です」
「…!」
彼の不変とも言える忠誠に目を見開いたヴェロニカの表情は次第に微笑み、ウルキオラの頭を抱き締めた。
「!」
「勿論だよウルキオラ。私は一度たりとも君の忠誠を疑ったことはない。何があっても私は君と共にあると約束しよう」
「ヴェロニカ様…」
「だから安心して惣右介の元で使命を果たしてくれ。次に会える日を心待ちにしているよ」
「承知しました」
彼女の悲願を叶える為に、後ろ髪惹かれながらも空間を裂きて
「アパッチたちのコロニーまで送ろう」
「……ああ、ごめんねハリベル。少し一人にしてほしいんだ」
「…ノイトラとグリムジョーも本心ではない。崩玉が完成すればまた元の形に収まるさ」
「君は優しいね。友人であることを誇りに思うよ」
「止してくれ柄じゃないんだ。…ではコロニーで落ち合おう」
ハリベルも去り、伽藍洞な玉座はなんと侘しい事か。
「…あはは。可笑しいなぁ」
自分が望んだ光景とはいえ、いざ現実のものになると失くしたはずの心が痛む気がした。