アパッチたちのコロニーには戻らず、ヴェロニカは
ドォォォオオオオンッッッ!!!
白い壁に叩きつけた。
「あ、開いた」
簡単に壊れた壁に一体何の為のものだろうと不思議に思いつつ、コロニーの主を探す。
するとコロコロと卵のような
「コワレタ!トビラコワサレタ!」
「ナンテコトダ!シカラレル!」
「おや。可愛らしい」
「騒がしいな…何事だ!」
卵のような
「ああ全く…何てことしてくれたんだ…!」
「やあザエルアポロ。さっきの壁、防壁としては脆過ぎないか?もっと丈夫なものを作った方がいいよ」
「貴方が壊したのは“扉”というんだ!これだから世間知らずの老い耄れは…」
「可愛らしい
「ギャアアア」
「ルミーナ!?ルミーナ!?」
「五月蝿いぞお前たち!!奥に引っ込め!」
ヒィイっとか細い悲鳴を上げて、ヴェロニカの腕から抜け出した
「ああ、行ってしまった…」
「連れて帰っても貴方の腹の足しにはならないよ。そういう生体に改造してるんだから」
「幾ら私が大喰らいでもそこまで意地汚くないぞ」
「どうだか」
肩を竦ませ全く信用されてない反抗的な横目で見られて、どこで育て方を間違えたか真剣に悩むヴェロニカだった。
「所で何しに来たんだ。冷やかしなら帰ってくれ」
「えー久々に会いに来たんだからもう少し付き合ってくれてもいいじゃないか」
「僕は自由気ままな貴方と違って研究があるんだ。ここに来る暇があるならさっさと喰べて力を取り戻すべきなんじゃないのかい」
ザエルアポロは背を向けて平たい岩の上に並べられている現世から調達した実験器具を手に取り物色する。まるで気に掛けてくれない様子にヴェロニカは肩を落とした。
「冷たいなぁ。私に抱かれていないと眠れなかったあの頃の君が恋しいよ…」
「止めろォそういう話し!!!いつの話してるんだ!?」
割れる勢いで器具を岩の上に叩き付けて叫ぶ。
「冗談だよ。もちろん照れ屋な君も変わらず愛いぞ」
「頼むから少し黙ってくれないか…!?」
米神に青筋を浮かべて無理やり笑顔を作るザエルアポロをヴェロニカがニヤニヤと可笑しそうに見つめる。
「腹立つ顔だなァ!」と肩を怒らせる彼にヴェロニカは平謝った。
「ごめんって。実は君にお願いがあって来たんだ」
「断る。金魚の糞共にでも頼むんだな」
ザエルアポロは再び器具と向き合う。
「こらこらそういう言い方は良くないよ。…彼らとは暫く離れることにしたんだ」
「離れる?」
「ああ。私は
器具を並べる手が止まる。振り返って見たヴェロニカの顔に憂いは無く、いつもと変わらず優しく微笑んでいた。
「冗談は止してくれ」
「残念だけど冗談ではないんだ」
「ならからかってるのか?そんな嘘までついて僕の反応が見たいか?今、謝るなら許してやる。寛大な僕に感謝しろ」
ヴェロニカは何も言わない。肯定と言わんばかりにただ微笑むだけだった。
「…ふ、ふざけるなよ!!」
ザエルアポロは小さな身体に掴みかかった。
「貴方が始めたことだろう!?僕たちを
「ザエルアポロ…」
「力だったらすぐに戻るよッ。バラガンに逆らう馬鹿な輩が根城にするコロニーをまた幾つか見つけたんだ…!」
「落ち着こうかザエルアポロ」
「い、いやだ!嫌だ!もっと他に方法がないか考えるから!行くなっ僕を捨てないでくれ…!」
縋りついて震える彼の背をヴェロニカの小さな手が慰めるように撫でた。
「息をしてザエルアポロ。大丈夫…ずっとじゃないんだ」
「ず、ずっとじゃ…ない?」
「驚かせてごめんね。私が君を捨てることは決してないよ」
「ならどうして消えるなんて…」
「元々その他を除いて、バラガンを唯一の王と崇める虚と始祖と共存を望む虚の二勢力に分かれていただろう?だが私が力を失ってからその均衡は崩れ、バラガン派の虚が徒党を組み、私たちを襲撃する頻度が増えた。バラガンとの接触を避け、彼が部下たちを抑えてくれている間にこの状況を鎮静化するには私が一度
ヴェロニカは淡々と語った。
「有象無象な奴らの始末は僕らが…!」
「キリが無いんだよ。日々人は死んで
「奴らには言ったのかい」
「…言えないよこんな身勝手なこと」
だろうな、とザエルアポロは胸内で呟いた。百年以上共に過ごしてきた奴らが消えると知ってヴェロニカを一人でここに来させるわけがないのだ。
ではどうして自分には打ち明けに来たのだろうか。奴らと比べて取るに足らない存在だと言われているようで、ザエルアポロはヴェロニカを抱く力を強めた。
気持ちが伝わったのか、ヴェロニカは骨で覆われた彼の頬に手を当てる。
「言っただろ。君にはお願いしたいことがあるんだ」
ヴェロニカと別れてから数時間、待てど暮らせど彼女がアパッチたちのコロニーに戻ってくる気配はない。引き返そうとするハリベルは、入れ違いでバラガンの部下が一体、ヴェロニカの護衛に向かったとアパッチたちに聞かされた。気に食わないが、奴の部下なら滅多なことは起きないだろうとコロニーに留まるがさっきからどうも胸騒ぎがしてならない。
「ハリベル様、大丈夫っすか?」
霊圧の乱れに心配したアパッチが声を掛ける。控えるミラ・ローズとスンスンの目もハリベルの様子を窺っていた。
「すまないみんな。ヴェロニカの事が少し気掛かりでな…」
「あいつ等最低っすよね。拾ってもらった恩を仇で返しやがって…!」
「全く。恥晒しもいいところですわ」
実際グリムジョーとノイトラは厳選中のヴェロニカに捕獲された被害者なのだが、今日まで彼女に鍛えてもらったのは事実なので口を挟むことをしなかった。
「あれでも奴らなりにヴェロニカを慕っていたんだ。その分弱気な彼女の判断が受け入れられなかったんだろう」
「……確かにヴェロニカ様にしちゃあ受け身になり過ぎてるって言うか…」
「「アパッチ!!」」
「アッ申し訳ありませんハリベル様…!」
二体に咎められ、アパッチは慌てて平伏するがハリベルは「いいんだ」と彼女を許した。
「私もヴェロニカの態度には少し違和感を覚える。自責に駆られて突っ走らなければいいんだが…」
ヴェロニカの寂し気な小さな背中に思いを馳せた。その時。
「はいはいはいはぁ~~~~い!ちゅうも~~~~く!!」
パンパンっとリズミカルな拍手と共に筋骨隆々な身体で決めポーズを取って降り立った。
「シャルロッテ・クールホーンちゃんがまたまた遊びにきましたよぉ~~~~!」
「「「……」」」
「ちょっと何か言いなさいよォ!?あたしが滑ったみたいじゃない!!」
ハリベルたちから限りなく冷たい眼差し受けたシャルロッテが唾を飛ばしながら怒鳴った。
「お前はお呼びじゃねーよ。帰れクールホーン」
「あんたこそお呼びじゃないのよ小娘。陛下のご命令で暫くこのわたしシャルロッテちゃんが!始祖ちゃんの護衛を任されたの。さっさと渡しなさい」
「「「!!!」」」
「護衛だと…」
「あらハリベル嫉妬は良くないわよぉ?あたしと始祖ちゃんがかたぁ~い女の絆で結ばれても僻まな、」
「違ェよ勘違い馬鹿!!護衛ならもうバラガンの部下がヴェロニカ様の所に向かった!!」
声を荒げるミラ・ローズにシャルロッテは首を傾いだ。
「は?部下って誰よ」
「あいつだ!蟹型の
「ッ!?馬鹿言わないで!」
思い当たる特徴に驚愕し、彼が向かえるはずがないと首を振った。
「フィンドールは今反勢力の鎮圧で持ち場を離れられないのよ!?陛下のご命令が下らない限り、彼が護衛に向かうことはあり得ないわ!!」
「そんな…ヴェロニカ様…!」
「じゃあ一体誰が…」
「狼狽えるな」
突如、ガンッと地面を穿つ音に全員が口を噤む。
「クールホーン。貴様は今すぐバラガンに事と詳細を伝えて呼び戻せ」
「い、言われなくても報告するわよッ!!」
「行くぞ。お前たち」
「「「はっ!」」」
先に飛び出した彼を追い掛けて、コロニーを出ると立ち往生するシャルロッテの背が見えた。
「何してんだお前!?さっさと…」
外には無数の
「最っっっ悪だわ。あたしたち完全に嵌められたわね」
「いつの間にこんな…!どこから湧いて出た!?」
「…邪魔だな」
尻込みする彼女たちを尻目に、ハリベルは水を纏わせ大剣を振り下ろした。一度に数十体の
「友人を迎えに行く。道を開けろ」
忠告を卑劣な嘲笑で応える奴らに、ハリベルは溜息を吐いた。
「そうか。なら死ね」
ハリベルの背後で生まれた波は、怒り荒れ狂う彼女の心情を具現化し轟音を立てた。
「ありがとうザエルアポロ。君ならやり遂げてくれると信じていたよ」
「…それはどうも」
ニコニコと顔を綻ばせるヴェロニカとは反対にザエルアポロは苦虫を嚙み潰したような複雑な表情を浮かべる。彼の手には布に包まれた小さな“何か”が握られていた。
「私が消えた後に、それをに戻ってきた彼に渡して欲しい」
「こんなのあの老い耄れたちが知れば今度は絶交じゃ済まされないんじゃないか…」
「今度はどこの馬の骨に渡すワケじゃないんだからいいんだよ」
「貴方は本当に学ばないな」
ザエルアポロは器具を片付けながら吐き捨てる。
「辛い事をさせてしまったね」
「そんな事ないさ。奴がいらないと言えば“これ”は僕の物になるんだからいい機会を得たとすら思ってるよ」
「強かだなぁ。でもきっと彼はそれを受け取るよ」
「…わかってるよ。言ってみただけだ」
包みを懐に仕舞って不貞腐れるザエルアポロの頭をくしゃりと撫でる。いつもなら払う彼もこれからの別れを惜しみ、その手を甘んじて受け入れた。
そして、入り口の傍で彼女の名前を呼ぶ声にその手は離れて行ってしまった。
「じゃあ行ってくるよ。また会おうザエルアポロ」
「……本当に帰ってくるのか?」
彼らしくない不安げな声に、ヴェロニカは振り返った。
「必ず帰る!」
星が散るような笑顔に虚を突かれて、ザエルアポロは目を丸くさせる。
貴方が消えたその先はどうするのか、漠然とした不安があったのにあんな満面の笑顔を見せられたら、考えている自分が馬鹿らしく思えてきた。
手を振って去って行く彼女の背中を見つめながら、やれやれ、と力なく笑う。
「いってらっしゃい。待ってるよ………母さん」
ザエルアポロは誰にも聞かれることはない本音をポツリ、と零した。