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後の世にフォックストロット・ノベンバーと呼ばれることになるプラントと地球連邦の開戦後、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルはプラントの安全保障の為、積極的自衛権の行使を名分に地上への降下作戦「オペレーション・スピア・オブ・トワイライト」を発動した。
カーペンタリア基地を包囲していた地球連邦軍も降下してきたザフト軍によって退けられ、今は軍備が増強されていた。基地に入港したミネルバはアーモリーワンから始まった戦いで負った損傷の全面的な修理が行われている。
ミネルバの館内、自室である士官室でアスラン・ザラは地球連邦によって明らかに情報統制されているニュースの中からカガリ・ユラ・アスハに関連する物が無いかと見ていた時に、艦長であるタリア・グラディスの呼び出しを受けた。
(キラが一緒なら、カガリは大丈夫だ。どのみち俺は一緒に行けないんだし)
自分に言い聞かせるようにしながらアスランは艦長室の前に立つ。
「アスラン・ザラ、出頭致しました」
「入りなさい」
タリアに促され、開いたドアを潜ると室内には部屋の主であるタリアがいるのは声が聞こえたので当たり前だが、もう一人見知らぬ人物がいることにアスランは僅かに目を見張った。
赤服を着た赤みがかった金髪の青年が僅かにアスランの方を振り返る。その襟元には嘗てアスランも付けたことのある『フェイス』の徽章があった。
机の前まで移動したアスランを見て、軍帽を被っていないタリアが切れ長の目の青年に視線を移す。
「紹介するわ、アスラン。新しくミネルバに配属になった特務隊のハイネ・ヴェステンフルス少佐よ」
「ハイネだ。よろしく頼む」
「こちらこそ、アスラン・ザラ大尉です」
紹介を受けたアスランは差し出されたハイネ・ヴェステンフルスの手を握り返す。すると、ハイネはニヤリと笑った。
「知ってるよ、ストライク・キラーだもんな」
「ストライク・キラー?」
ストライクと言われて連想するのはキラ・ヤマトが乗っていたストライクガンダムだが、自分を差して言われた意味と繋げられなくてアスランは少し戸惑った。
「あれ、知らなかったのか? 割と有名だと思ってたんだが。艦長はどうですか?」
「私もそれは聞いたことはないわね。ザフトの赤い閃光というのなら何度か聞いたことがあるけど」
そこでようやくアスランは『ストライク・キラー』や『ザフトの赤い閃光』がパイロットなどに付けられる二つ名や異名なのだと気づいて少々戸惑い顔を浮かべる。
「…………どちらも自分は初耳なのですが」
「まあ、人に付けられた異名とか二つ名なんてそんなもんだ。俺だって『緋蝶』なんて異名を何時の間か付けられてたからな」
「はあ」
前大戦時、ストライクガンダムは宇宙ではクルーゼ隊の追跡を振り切り、地球では砂漠の虎、紅海の鯱を倒した当時の連邦のエース機であり、アムロ・レイの再来と言われた白い疾風を単機で撃墜した男が自分なのだから『ストライク・キラー』であることは分かった。
自分が乗ったイージスガンダムやジャスティスガンダムが両方とも赤い機体だったから『赤い閃光』と呼ばれる理屈は理解しようとも、自分が知らない異名を人から教えられても実感が湧かないアスランは困ってしまう。
「さ、自己紹介はこれぐらいにして」
タリアは場の空気を仕切りなおすように手を叩いて本題に入る。
「アスランに辞令よ。おめでとう、少佐に昇進よ」
机に置かれた階級章を見下ろす。
「自分が、ということは艦長たちも?」
「ええ、私は中佐に、アーサーも少佐に、後はレイも中尉にそれぞれ昇進したわ」
アスランの確認にタリアは頷く。
艦長であるタリアが最も高い少佐で、副長アーサー・トラインとアスランが大尉だった。この三人が事実上の艦の幹部であり、配属されるハイネが少佐であることから艦内のバランスを取る為に合わせて昇進させたのが見て取れた。
「このタイミングで、ですか…」
アスランとしては昇進に値するほどの戦功が思いつかず、開戦してから少し経ってからのこの時期の昇進に若干の違和感を覚えた。
「俺は少佐に留め置かれてるんだぜ。純粋に喜んどけよ」
「中々、そういうわけには」
元々、アスランは政治的背景があって大尉に留め置かれていただけに、この突然の昇進に困惑していて軽く肩を叩いたハイネが言うようには出来なかった。
「他にも、私と貴方にFAITHの権限が与えられるわ」
そう言ってタリアが階級章の横に置いたのは、ハイネの襟元に付いていて嘗てアスランも付けたことのある銀色に光る徽章。
特務隊と呼ばれるプラント国防委員会直属の指揮下に置かれる部隊が付ける徽章であり、戦績・人格共に優れていると認められた者が任命される。その権限は通常の部隊指揮官より上位であり作戦の立案及び実行の命令権限、果てはモビルスーツの徴用権までも有している。
前大戦時、プラントにとって目下最大の脅威になっていたストライクガンダムを討ったことでネビュラ勲章を受賞後にアスランもフェイスの権限を得たが、一度は軍を抜けたことと、戦後に正式に国防軍へ改組されたことで権限は消失した。
「まさか、艦長はともかくとして、自分に与えられるはずがありません。何かの間違いです!」
「私に対しても間違いであってほしかったのだけどね……」
突然に降って湧いたかのような人事の発令に、タリアは溜息を吐きながら首を横に振る。
この辞令を持ってきたハイネは気持ちは分かると肩を竦めながら、直接ギルバート・デュランダル議長より徽章を受け取った時のことを思い出す。
「議長は、『自分の信ずるところに従い、今に堕することなく、また、必要な時には戦って行くことの出来る人間であり、フェイスを有する資格がある』と仰っていました。残念ながら間違いではありませんよ」
「ということなのよ。正式な辞令は軍本部を介して発せられるということだから、これは事前に覚悟をしておけということなのでしょうね」
タリアも納得はしていないが、デュランダルの根回しの一部だと理解して辞令が下りる以上は従うしかないと諦めていた。
「では、まだ確定ではないということですね」
辞令はまだ交付されていない状況にあるということを確認したアスランに、ハイネは長い眉尻をピクリと上げる。
「まさか断る気か?」
フェイスに選ばれるということは、トップエリートの称号を与えられるに等しい。事実上の栄転を断る気のアスランははっきりと頷く。
「自分はパトリック・ザラの息子です。一度は軍を抜けたのですからフェイスに相応しくありません」
「血や過去ではなく、議長はアスランという一個人を見て評価しているのよ。卑下するのは良くないわ」
「評価して頂けるのは有り難いですが、これは自分なりのケジメです。必要であれば
タリアに説得されても一歩も引かず、アスランは頑としてフェイスを拒否しようとしていた。その意思の固さに、タリアは溜息を付いた。
「貴方も大概頑固ね」
「すみません」
頭を下げるアスランからタリアはハイネの方に視線を向けると、彼も軽く肩を竦めていてこれ以上の説得は無理だろうと諦めた。
「まあいいわ。貴方の意向は伝えるけど議長が撤回するかどうかは私には分からないわ。何らかの判断が下されるまではこれは預かっておきます」
徽章を手元に引き寄せたタリアに、ようやくアスランも緊張で固まっていた肩から力を抜く。
「ありがとうございます」
礼を言うアスランを見たハイネはニヤリと笑う。
「出戻りが最新鋭の機体に選ばれたと聞いてどんな厚かましい奴かと思ってたが、なんとも不器用な奴だなお前は」
「…………」
不器用と称されたアスランはなんとも表現しにくい顔でハイネを見返す。
「いや、悪い。勝手なイメージを抱いていた俺が悪いんだ」
謝罪するハイネにアスランは恐縮した。
「いえ、大丈夫です、ヴェステンフルス少佐」
アスランが言葉を返すと、ハイネは仕方ねぇなとばかりに口を開く。
「ハイネだ」
「え?」
「俺達パイロットは戦場へ出ればFAITHだろうが赤服だろうが緑だろうが、みんな同じだろ? 階級制度で上下関係があろうが、同じ艦の仲間なんだ。パイロット仲間ぐらいはフランクに行こうぜ」
「しかし……」
相手は先任の少佐で、まだ出会ってから幾ばくも経っていない。コミュニケーション力が高いとは言えないアスランとしては考え方は理解出来るものの、いきなり親しく名前で呼ぶことに戸惑いを感じて遠慮した。
困っているアスランにハイネはニヤリと笑う。
「先任がこう言ってんだ。壁作って仲間外れにすんのはあんま良くないんじゃないの?」
ハイネの背後ではタリアが仕方ないわねという顔で肩を竦めており、アスランは自分を仲間と認めてくれている二人の言葉にこれ以上遠慮するのも悪いかと思い直す。
「…………分かった、ハイネ。これでいいか?」
「ああ、よろしく頼むぜ、アスラン」
改めて握手を交わしたところで、タリアはハイネの襟元にある徽章に目をやる。
「アスランがフェイスにならないにしても、ヴェステンフルス少佐はフェイスなのでしょう? 同じ艦にフェイスが二人も三人もいたら指揮系統がややこしいわね」
「そこは大丈夫です。今回の話を聞いていたので、議長にミネルバにいる間はフェイスを一時返上する許可を貰っています」
正式に辞令が交付されれば、この徽章も外しますよと続けたハイネにタリアは表情を緩めた。
「助かるわ」
タリアもフェイスを二人も抱えた状態で指揮系統が二分されれば艦の運用に支障を来たしかねないことを危惧していた。ハイネの決断に艦の最高責任者として礼を言い、二人を見据える。
「アスランのフェイス問題は別にして、ヴェステンフルス少佐ともう一人がミネルバに配属になるわけだけど、割り振りは貴方達に任せていいかしら?」
「もう一人?」
この場にいるのがハイネ一人だけだったのでアスランは勘違いしたのだとハイネも気づいた。
「俺がいた原隊から連れて来たから腕は確かだぜ。お前んところの新人と同じ世代のアカデミーを卒業したって言ってたから、先に再会の挨拶でもして来いと送り出してたんだ」
まずは格納庫に向かったと聞いて、この後で自分達も行こうと話が纏まったところでアスランが口を開く。
「先任はハイネだから、この機会にモビルスーツ隊の隊長もハイネの方に」
「ミネルバにはアスランの方が先だろ。久しぶりに隊長を外れて楽させてくれ」
ピン、と二人の間に緊張感が張り詰める。
部下を監督・指導する上司という立場は実に面倒なもので、自分の前には苦労を背負える者がいて逃れられる状況にある。となれば、なんとしてでも相手にモビルスーツ隊の隊長の座を押し付けたい。
「いやいや、少佐が平隊員なんてありえないだろ」
「俺が隊長をやってもアスランも同じ立場だろうが」
「押し付け合ってないで早く決めなさい!」
水面下の醜い押し付け合いは、見てて見苦しくなった上司のタリアの一喝によって決断を迫られた。そしてそういう場合、上手く立ち回れるほどアスランは器用な人間ではない。
「じゃあ、総隊長がアスランで、六人いるのだから
「ハイネ……!」
「はい、それで決定ということにします」
一歩先んじたハイネの提案が承認された。
理屈としては至極真っ当なものであったからアスランが止める前にタリアが承認したことで、この問題は終わったものとしてハイネは次は隊の編成へと移ることにした。
「アスランの機体はセカンドステージのガンダムだろ。バランスを取る為に俺の班にもう一機のガンダムの奴をくれよ」
「いいけど、面倒な奴だぞ?」
「慣れてるから大丈夫だ」
「慣れてるって……」
「一緒に来た奴がちょっと癖の強い奴でね。ミネルバに来たいって言う本人の強い希望もあったんだが、原隊に置いておくのが不安だったのもあってな。ちょっと無理を言って配属してもらったんだ」
コミュニケーション能力が高そうなハイネがそこまで言う人物にアスランは一抹の不安を覚えざるをえない。いくらハイネが自分の下に置いて面倒を見てくれるとしても、自分に何度も噛みついてきたシン・アスカの姿が脳裏に浮かぶ。
「というわけなんで、そいつは引き続き俺が面倒を見る。これで三人三人で別けられただろ」
「ハイネの班が面倒な奴だらけになるが」
「なぁに、これでますます総隊長はアスランがやる理由になっただろ」
茶目っ気を出して片目でウインクをするハイネに、ますます断れなくなったアスランが総隊長を引き受けるまでそう時間はかからなかった。
軍備が増強されたカーペンタリア基地は増えた人数に合わせるように各施設も新設、或いは増設されていた。ルナマリアとメイリンのホーク姉妹が今いる
「ミネルバって修理が終わったらプラントに帰るのかな」
「そうなんじゃないの。宇宙用戦闘艦なんだから地球にいても仕方ないし」
「じゃあ、いつ出航命令出るか分かんないから今のうちに買っときゃなきゃね」
そう言ってメイリンは棚に手を伸ばして新たな化粧品を籠に入れる。
既に籠の中には化粧水や乳液にシャンプー等もずっしりと入っており、ルナマリアは一度自身のあまり物が入っていない籠と見比べた。
「にしたって、限度があるでしょうに。何が何でそんなにいるのよ」
それぞれで会計を終わらせ、重そうな買い物袋を抱えたメイリンと並んでドラックストアを出たルナマリアは呆れていた。
「ぅ……私はお姉ちゃんとは違うんですよぉだ」
「姉妹なんだから何が違うのよ、ん?」
社交性・運動神経の優れた姉に劣等感を抱いているメイリンの心情に気づかないルナマリアは目の前を見知った顔が通ったのに気づく。
「あ、シン!」
通り過ぎかけたシン・アスカはルナマリアの声に振り返る。
「二人も買い物か?」
「うん、そろそろミネルバも出るかもしれないから必要な物を買っておこうって」
買い物袋を持っている姿から納得したシンは明らかに内容量が違う二人に首を傾げる。
「…………随分と二人で量に差があるみたいだけど」
「お姉ちゃんは買わなさ過ぎるんだよ。私は普通だもん」
「はいはい、そういうことにしておくわ」
ルナマリアにはもう少し女の子としての自覚を持つべきだと、シンとしてはむくれた表情のメイリンの方に同意する部分がある。だからといって、メイリンのように大量に買い過ぎるのもどうかという思いもあり、どちらの味方にもなりくにい。
シンが言葉の選択に困っていると、ルナマリアが鼻をヒクつかせる。
「この匂い、ハンバーガー?」
シンの手にはプラント資本で入ったファストフードで買ったハンバーガーとジュースが入った袋がある。袋は密閉していないので匂いが届いたのだろう。
「ああ」
頷いたシンにルナマリアは呆れた顔を隠さない。
「またそんなもの食べて」
「いいだろう。好きなんだから」
ミネルバや基地にも食堂はあるものの、健康に配慮されているので食べ盛りのシンとしては量も足りず味気なく感じることも多々あった。なので、こういうジャンクフードが食べたくなる時があり、偶々買って帰っている途中でホーク姉妹に遭遇したのである。
ルナマリアを真ん中にして並んで歩きながら、さりげなく自身から隠すように反対側に買い物袋を持ち替えたシンに動作が親にマズい物を見られた子供のようで、メイリンは少し微笑ましくなった。
「ジャンクな物ばかり食べてるから大きくなれないのよ」
「別に俺は小さくない」
「隊長よりは小さいじゃない」
「ちょっとじゃないか。俺はこれからまだ大きくなるからいいんだよ」
「そうやって油断してると、思ったより伸びなくて後で後悔するかもよ」
「む……」
二人の会話が母親と成長期の息子のようで、、メイリンは笑みが漏れそうになるのを必死に我慢しなければならなかった。
「女としては彼氏にはヒールを履いても自分よりも背高い方が良いものね、メイリン」
「まあ、そうだよね。あんまり高過ぎるのも考え物だけど、ある程度高い方が靴の選択肢は大きいけど……」
同意を求められたメイリンとしても彼氏の身長が程々に高い方が良い。とはいえ、ハイヒールなどは流石に大人過ぎて履いたこともないが、それはルナマリアも同じはずでシンを対象として話をする気になれず、姉の袖を小さく引っ張っる。
「お姉ちゃん、シン狙いなの? 隊長はどうしたのよ」
ミネルバに配属された時、初めて会ったアスランに興味を持った姉がアプローチをかけていたことを知っているだけに、先程の言葉はまるでシンを自分に見合うように育てようとしているようにも見えてしまうので不可解だった。
「別にシンに対して思うことはないわよ。単なる女として立場からの純粋なアドバイスよ」
確かにどちらかというと姉が弟の面倒を見ているようもであるが、本当の妹としては若干複雑な気分であるが、メイリンがはっきり言い切った姉に少し安心していると、ルナマリアは何かを思案するように宙を見つめる。尚、シンはホーク姉妹がコソコソと話をしている場に口をツッコむ気は無いようでジュースを取り出して飲んでいた。
「……………隊長のことはね。正直、あの人ってちょっと面倒くさくない?」
シンがそろそろハンバーガーを食べようかというところで、別に聞かれても問題ないと思ったのかルナマリアは普通の声量でメイリンに聞いた。
「え~、そうかな……」
「メイリンはオペレーターで接触があまりないから分からないかもしれないけど、色々と不器用なのよ。ねえ、シンもそう思わない?」
納得がいってなさそうなメイリンの次に聞かれたシンも同意する部分があった。
「多少はまあ、そうだな。言うことが一々抽象的というか、言葉が足りないというか。そういうところはある」
シンはミネルバに配属され、アスランに初めて会った時などの諍いを思い出し、少し渋い顔で纏めた。
付き合いが続けば、本人は極めて誠実かつ生真面目なので悪気はないと分かるのだが、無駄に端的な言い方で言葉が足りないくせに余計な一言が多い。上から目線での決めつけも多く、その所為でシンも反発して喧嘩になってしまう。総じて言えば性格的な相性が悪い。
「ね、顔は良いし、腕もある。軍人としては間違いなく優秀で顔は良いんだけど、生き方が不器用過ぎて彼氏にするにはちょっとねぇ……」
「今、顔が良いって二回言わなかった?」
「言ってる」
メイリンの確認にシンも聞いていたので頷きを返す。
ルナマリアが有名人に対してミーハーなのは今に始まったことではないので今更突っ込む気も起きない。取り敢えずメイリンが納得したところで三人はミネルバに到着した。
「あ、シン!」
艦内を歩いていると、通路の向こう側からヴィーノ・デュプレとヨウラン・ケントの二人が駆け足でやってきて、シンを見つけたヴィーノが手を挙げる。それに反応したシンも手を挙げて応えた。
「どうしたんだ、そんなに急いで」
「新型だよ、新型!」
「新型?」
興奮した様子のヴィーノが捲し立てるが、意味が分からずシンは首をコテリと傾げる。話が進まなそうな二人にヨウランが仕方なさげに口を開く。
「追加の人員と一緒に新型のモビルスーツがやってきたんだよ。何も聞いてないのか?」
「初耳よ。へえ、でも新型か」
「興味があるなら一緒に行くか?」
「訓練規定も終わって特にすることもないし、行ってみようかしら」
ヨウランの申し出にルナマリアが賛同し、興味を引かれたシンと特に断る理由もなかったメイリンも頷く。
「決まりだな」
ヴィーノは嬉々として先を歩き、シン達もそれに続いた。
艦内を進んで格納庫に出ると、まず目に入ったのはルナマリアの赤いザクウォーリアとレイ・ザ・バレルの白いザクファントムが並んで立っている。お目当ての機体はその後ろにあった。
「これってジオンのグフ?」
足元に行って見上げたモビルスーツはジオン公国軍が開発して運用していたグフと酷似しており、橙色の機体を見定めたルナマリアが疑念を孕んだ声で確認する。
最近のモビルスーツしか知らないシンや詳しいわけではないメイリンではなく、どこからか情報端末を持ってきたヨウランが手元に目を落としながら近づいて来る。
「違うみたいだな。これはザフトが作ったグフイグナイテッド。ザクと次期主力コンペティションを争った機体で、今度配属される機体なんだって」
ふーん、とルナマリアはヨウランの説明を聞きながらザクよりもスマートなその機体を見上げた。その後ろでシンとヴィーノが話していた。
「ザクファントムも一緒に来たから二人来るなんじゃないかって、もっぱらの噂だぞ」
「へえ…………でも、あのグフはコンペティションでザクに負けた機体なんだろ。大丈夫なのか?」
「ザクより汎用性が低いから落選しただけで、高機動と白兵戦は上回るらしい」
シンの心配にヨウランがモビルスーツについての解説を返す。
後ろで交わされる男連中の話を聞いているのかいないのか、ルナマリアが釈然としない顔でグフイグナイデットを見上げているのにメイリンが気づいた。
「どうしたのお姉ちゃん? 浮かない顔して」
強力なモビルスーツが来てくれるなら心強いのではないかと、不思議そうな顔のメイリンにルナマリアは苦笑しながら話しかける。
「いやさあ、ザクに続いてグフもなんて、何時からザフトはジオンの真似をするようになったのかなってさ」
「ああ、まあ、そうだよな」
ルナマリアの疑問にヨウランが納得いった顔で同意を示す。反対にシンは二人が何故そんな表情をしているのか分からず、首を傾げる。その反応にヴィーノが呆れてため息を吐く。
「でも、仕方ないんじゃないの」
ヴィーノはヨウランが持っていた情報端末を借りて、表示されているグフイグナイテッドに試作機であることを示すXナンバーがあることを確認する。
「連邦は次々と新型を出してくるし、幾らプラントが技術力で上回るっていっても、物的にも人的にも資源に乏しいわけじゃん。高い金を出してジオンの技術を買ったんだから、使える物は有効利用すべきじゃねぇの?」
「だな。この前のオーブ戦で出てきた連邦のガンダム擬きの性能はウィザードを装備していないザクウォーリアを上回るって話で、このグフもガンダム擬きに対抗して造られたんじゃないか」
「気持ちは分かるけどさ。納得出来るかはまた別の話じゃない。ザクの時も思ったけど、別の名前や顔にすることは出来なかったの?」
「元々、ジン自体がジオンのザクの後追いの面があったから仕方ないんじゃないか」
ヴィーノやヨウランの言っていることは納得いくものの、ルナマリアとしては独自性を出せなかったのかと疑問符は消えない。一方でシンはそこら辺に思い入れはないので、そういうものなのかと適当に納得していた。
「ヴィーノ! ヨウラン! 何時まで休憩してるんだ!」
「「やべっ!?」」
チーフメカニックであるマッド・エイブスに怒鳴られた二人は肩をビクリと跳ねさせ、三人の前から走り去っていた。
放り投げられた情報端末を手にしたルナマリアは表示されたデータを見て眉間に皺を寄せる。
「ここまで武装も寄せたら結局はザフト製のグフってことで、ジオンの物と大差ないじゃない」
「――――このグフイグナイデッドはジオンのグフとは違うのよ、ルナマリア!」
不意に後ろから聞こえた声に驚いてルナマリアが振り返ると、そこにはアカデミー時代の同級生だったアグネス・ギーベンラートが立っていた。
「アグネス!? なんでここに……」
「アカデミー卒業以来ね。私がここにいるのは、ミネルバに配属されたからに決まってるじゃない」
シンとメイリンに一瞥を向けただけでアグネスは直ぐにルナマリアに視線を戻し、顎を上げて鼻を鳴らす。
「艦長に聞いたわよ。ルナマリア、あんたまだザクウォーリア使ってるの遅れてっるぅ!」
「そういうアンタはどうなのよ」
旧交を温めるどころか早速マウントを取ろうとしてくるアグネスに不機嫌そうに答えたルナマリアも喧嘩腰で応じる。
(もしかしてアグネスがグフに?)
この場にアグネスがいてミネルバに配属されるのだとしたら、グフイグナイテッドのパイロットとしての可能性が頭を過った。
「私はザクファントムだもん。アンタとは違うのよ」
「グフじゃないんかい」
自慢げにしていた割にはグフイグナイテッドに乗らないことに肩透かしを食らい、思わずルナマリアは突っ込んでしまった。ふん、と鼻で笑ったアグネスはそれでも勝ち誇った顔でルナマリアを見る。
「グフイグナイデッドはうちの隊長の為に先行試作された特別な機体なのよ。流石に
「
ルナマリアはアグネスの言い方に含みがあるように感じ、その部分にだけ反応して意味ありげに復唱して自身とレイの機体の後ろでグフイグナイテッドの横に並んで立つ同じ橙色のザクファントムを見上げる。
「大方、その隊長さんに新型機が回されたからそれまで乗ってた機体が回されたんじゃないの?」
「だとしても扱えるだけの技量が無いと認められるはずがないじゃない」
事実だったので抗弁は出来ない。アグネスは性格はともかくとして、アカデミー時代の成績は主席のレイに次ぐものだったので技量は疑うべくもないのだから。
「少なくとも主席のレイがザクファントムを使っていて、次席の私が選ばれないはずがないわ」
ふふん、と得意げに言うアグネスのあまりの変わりなさに、世界の変わりように大して変な安心感が湧いてきてルナマリアの肩から力が抜けた。同時に実戦の場に出ただろうに未だにアカデミー時代の成績に拘っているアグネスに呆れてもいた。
「相変わらずの自信過剰だこと」
ある程度話が終わったのでアグネスは標的をシンに変えた。
自身を見るアグネスに露骨に表情が引き攣るシン。
「あら、まだザフトにいたのシン?」
「アグネス……」
小馬鹿にしてせせら笑うアグネスにシンは喉の奥で呟くように彼女の名を吐いた。
「聞いたわよ。みすみす奪われたガンダムを見逃したって」
「…………だからなんだよ」
「アンタに最新鋭機なんて不相応だったってことよ」
セカンドステージのガンダム三機を奪われ、捕まえられなかったことは事実なので直ぐには反論できないシンにアグネスは寄っていき、ずけずけ言いたいことを言う。
「ねえ、譲りなさいよ、インパルス。アンタが持っていても宝の持ち腐れよ。アカデミーじゃあ技術も評価も私の方が上だったじゃない」
彼女の言う通り、アカデミーではアグネスは優等生でシンは何時も見下されていた。入学当初は落ちこぼれで、レイやルナマリアの指導やアドバイスのお蔭で赤を着ることが出来たが、最終的な成績ではアグネスの下に位置する。高飛車で傲岸不遜な彼女が、正直シンは苦手だった。
「アカデミーの成績で言うならレイじゃないの? アグネスは次席じゃん」
成績で言うならばレイの方が上だった。アグネスの理屈で言うならインパルスは彼女よりもレイが相応しいことになってしまう。
「議長には私達には見えないものが見えているわ。シンは十分にインパルスを使いこなしている。実際、先のオーブ戦で凄かったしね」。
当初、インパルスガンダムはアカデミー在校時は常にトップの成績を収めていたレイが予定されていたが、オーブ戦の働きを見てシンが推されたギルバート・デュランダルの目は正しかったのだとルナマリアも思っている。
「データで見たけど大型モビルアーマーっていっても所詮、前大戦でジンに手も足も出なかったメビウスの発展機程度でしょ。アタシなんて防衛線で山ほど連邦のモビルスーツを倒したんだから」
「やはりお前は表面的なものしか見ないな、アグネス」
シンを擁護するルナマリアの根拠を鼻で嗤ったアグネスの言葉を遮り、怜悧とした声と共に現れたレイが話に割って入る。
「レイ……!?」
突如現れたレイにルナマリアが驚きの声を上げ、アグネスは面白くなさそうな顔をしてシンからレイに視線を移した。
「連邦のモビルアーマーはミネルバの陽電子砲すら防ぐビームバリアーを持っていた。ザラ隊長ですら同じ装備を持った別モビルアーマーに苦戦したというのに、発展機だからと低い評価を下す理由にはならない」
「くっ……そういうレイ、アンタだって大した戦果を上げれてないじゃない。アカデミー主席のくせに情けない!」
レイの言葉に一瞬怯んだアグネスだが直ぐに強気を取り戻し、視線を逸らすことなく言い返した。
「実戦ではアカデミーの成績など何の意味もないということだ。シンをインパルスのパイロットにしたギル――――議長の判断は何時も正しい。お前は何時も通り男の尻でも追ってろ」
「レイ――!」
自らに対する最大限の侮辱にアグネスは顔に朱を昇らせて右手を振りかぶってレイの顔面にビンタを喰らわそうとする。その手首を危なげなくレイは掴んで止めた。
炎と氷の真反対の視線が間近でぶつかり合う。
「何をやっているお前ら!」
相性最悪の二人をシン達がどうするべきかとハラハラしながら成り行きを見守っていると、聞き覚えの無い声が格納庫内に響き、シン達の前に声の主である赤みがかった金髪をした赤服を着た青年とアスランがやって来た。
見覚えのない青年を見た途端、アグネスはレイを睨みつけていた顔から表情を一変させた。
「ハイネ!」
第三者が現れたことで緩んだレイの手を振り払い、現れたハイネに向かって駆けていく。
アグネスと入れ替わるようにシン達の下にやってきたアスランに、レイは最初から諍いなど無かったかのような澄ました顔を向ける。
「これはザラ隊長。アカデミーでの同期と久しぶりの語り合いをしていただけですが、何故そのような険しい顔を?」
「俺にはお前が論理的に相手を追い詰めていたように見えたが」
「同期だからと仲が良いとは限りません」
「ぐっ……」
アカデミー時代に同期だったイザーク・ジュールとは前大戦中期まで犬猿の仲だったことを思い出し、そして今も別に仲が良いわけではない我が身を振り返ったアスランが喉の奥で唸る。
「まあまあ、アグネスが大体悪いので隊長もどうか」
「ルナマリア……」
「俺は事実を言ったまでです」
ルナマリアが仲裁に入るがレイは平然と言い切った。
悪びれることなく言い切ったレイにアスランはこれ以上、何を言っても無駄だと悟り、話を聞くならルナマリアの方が楽だろうと顔を向ける。
「話の発端はなんなんだ?」
「アグネスがシンにインパルスを寄こせって突っかかって来たんですよ」
「そうなのか? それにしてはシン、お前らしくもなく大人しいが」
「………」
問われたシンはアスランから顔を逸らす。何時もならよく突っかかってくるシンの珍しい反応にアスランが目を丸くする。
本気で驚いているアスランにルナマリアは苦笑いを浮かべる。
「ああ、シンはアグネスが苦手なんですよ。で、アグネスはレイが苦手なので三竦み的な?」
「それだと俺がシンに弱いみたいだぞ」
弱いというより甘いんじゃないかな、と蚊帳の外のメイリンは思ったりもしたが懸命にも口に出さなかった。
「はぁ、取り敢えず仲間になるんだ。せめて喧嘩だけはするなよ。俺はハイネを班長に紹介して来るから」
大きなため息を漏らしたアスランはそれだけを言い残してシン達から離れ、ハイネを連れてマッドの下へ向かって行った。すると、一人残ることになったアグネスが懲りずに向かってきたのを見てシンはレイを連れて格納庫を出て行った。気が付けばメイリンもいなくなっていて、ルナマリアは自分が一人だけ取り残されていることに遅まきながら気づいた。
「あれが、アスラン・ザラ?」
シンとレイは仕方ないにしても妹とのメイリンは後で〆ると心に決めていると、近くに来たアグネスはマッドにハイネを紹介しているアスランを見ていた。
「そうだけど…………ああ、そういえばアンタってアカデミー時代に憧れてたっけ」
アカデミーでは現在も破られていない歴代最高の成績で卒業したザフトの伝説的なエースであるアスランはアグネスの好みのタイプに合致する。
「アンタって本当に分かりやすいわね」
「当り前じゃない。アカデミー時代は主席で、父親は元議長、容姿もいいし、昔も今も最新鋭機を与えられる腕がある。似た位置にイザーク・ジュールがいるけど女嫌いの噂もあるし、それでなくても顔が怖いし」
「本人が聞いたら怒るわよ」
「いる場所で言うわけないじゃない。ジュール隊は今、宇宙にいるんだから」
「分かってるっての」
アカデミー時代は割とルナマリアも男をステータスで見ていたので、同輩の女子に嫌われていたアグネスに付き合うことが出来た。人の彼氏を取るのが趣味な様なアグネスに当時の彼氏を取られてからは絶縁状態だったのだが本人がそのことに気づいているか怪しい。
「今はそれよりもハイネよ、ハイネ」
アグネスと一緒に配属になるであろうハイネ・ヴェステンフルスがこれまたアグネスの男の好みに合致するタイプなので、なんとなく展開が読めた。
「もう名前呼びしてるならアンタなら秒読みじゃないの?」
「それが意外に身持ちが固くてさ。隊長とかさん付けで呼ばれるのが嫌いらしくて、大体誰にでもハイネって呼ばせてるのよ。多分、アンタ達も同じこと言われると思う」
まだあーだーこうだと一人で喋り続けるアグネスに辟易としながら、今後のことを思ってルナマリアは内心でため息を漏らすのだった。
アスランの二つ名『ストライク・キラー』は劇場版のシンの『フリーダム・キラー』のオマージュです。『ザフトの赤い閃光』はスーパーロボット大戦Vから来ています。キラの『白い疾風』も同じくです。
劇場版SEEDよりアグネス・ギーベンラートが合流。
本作ではアカデミー卒業後にハイネ・ヴェステンフルスの隊に配属され、ハイネがミネルバに異動する際に我儘を言って一緒に異動したという流れになります。
宇宙世紀・コズミックイラ混合世界観なので、ザクやグフが使うザフト側の認識を交えつつ、アスランがずっとザフトにいるのでルナマリアやシンが抱いている印象が大分違った感じに。
犬猿の仲というか、水と油というか、間違いなく相性が悪いレイとアグネス。アグネスって本作ではシロッコに誑かされそうな気も。劇場版から出てきたキャラなので当初の想定には全くなかったのですが……。
本当ならこの後のインド洋の死闘の前振りとしてティターンズ組の話もチラッと出したかったのですが分量的には難しく。
強化人間(ソーマ・ピーリス、ロザミア・バダム、グラハム・エーカー(何故かこの枠組み))の面倒を見させられるブラン・ブルダークの苦悩とか。
尚、アークエンジェルに乗っていたキラは、ホンコンシティに滞在しているアウドムラ(艦長アレクセイ・コノエ)に合流してエゥーゴ組と一緒に襲ってきたティターンズと戦っています。