ミネルバ艦内で、申請すればオーブに上陸が可能ということで一部のクルーは沸き立った。
「え、本当に? オーブに上陸出来るの?」
レクリエーションルームに噂を持って来たヨウラン・ケントに、ルナマリア・ホークが食い気味に
「いや、まだ分からないけどさ。修理には何日もかかるって話だから案外出るんじゃないかって、上陸許可」
モビルスーツの修理が終わって艦の整備に走る回る整備班と違って、訓練規定以外にやることのないパイロット班の一人として暇していたルナマリアの喰いつきようにヴィーノは近すぎる顔に手でバリケードを張っていた。
ルナマリアは自分の美貌にこういう時だけ無頓着なのに、こちらが気づいたらセクハラ扱いしてくるが故に行動だった。
「ちょっとここまできつかったからな、実際。なんか夢中で来ちゃったけど無茶苦茶だったもん、ほんと」
「むっっちゃ、分かる」
ヨウランと一緒にやってきたヴィーノ・デュプレが巻き込まれないように安全圏に退避しながらの愚痴に、ルナマリアが溜を作ってまで同意する。
アーモリーワンから始まり、暗礁宙域やユニウスセブンでの戦闘行為に思いを巡らし、一瞬で頭の隅に追いやったルナマリアは上陸許可が出た場合のシュミレーションを組み立てる。
「許可出たらさ、どこ行きたい?」
「オーブって言ったらやっぱり島国だし、海とかじゃないか」
「アンタは女の子の水着を見たいだけでしょうに。大体、ユニウスセブン落ちて津波とか起きてるだろうし、無理じゃない?」
「あ~、そうか。そうだったな」
顎に手を当てて名案だとばかりに閃いたヨウランも事実に思い至り肩を落とす。ヨウランの肩を慰めるように軽く叩いたヴィーノがルナマリアを見る。
「実際、オーブの被害ってどうなんだ?」
「沿岸部とかは高波でやられたらしいけど直撃はなかったってらしいって、代表が下船した時に迎えの人が言っていたのを副長が聞いたってメイリンが言ってたわ」
「じゃあ、遠慮なく遊びにいけるな」
ブリッジ要員であるルナマリアの妹であるメイリン・ホーク伝手の話ならば、都市部に被害はなさそうなので復活したヨウランが軽口を叩く。
「オーブっていえば、シン? 居ないの、シン。もぉ…」
辺りを見渡して少し前までいたはずのシン・アスカの姿がないことに気づいたルナマリアが愚痴を口にしたところで、レイ・ザ・バレルが部屋に入って来た。
「あ、レイ。レイは上陸許可申請出した?」
「興味ない」
問いを一刀両断したレイ。切り捨てられたルナマリアの頬がヒクつくのにヴィーノが気づいた。
「落ち着け、ルナ。レイはこういう奴だって分かってるだろ」
「…………ええ、そうね。アタシは落ち着いているわ。大丈夫よ」
「眼が笑ってねぇ……」
表情は笑顔なのに目だけがメラメラと燃えていた。
ヨウランが火山が噴火する直前の火口付近にいるかのように慄いていると、気づいているのかいないのかレイが何時もの様子でルナマリアに向けて爆弾を落とす。
「上陸許可なら隊長に出たと聞いたぞ」
ピクッ、とルナマリアの肩が反応したのとを見て、何時の間にか一人で離れた場所にいるヴィーノの下へ向かおうとするヨウラン。
「なんで、隊長一人だけ先に」
「艦長からの指名だ。オーブ国内の情勢は俺達には分からない。前大戦での繋がりがあり、何かあっても一人で対応できる隊長が適任だと聞いた」
「にしたって、一人っていうのはどうなのよ。そういうのって班単位で動いたりするもんじゃないの?」
ルナマリアの考え事をする時の癖なのか、短いスカートなのに足を組んだことで普段は隠れた場所が見えそうで見えない。動こうとしていたヨウランはちょっと首を傾ける。
「隊長が一人でいいと言ったそうだ。下手に大人数で行く方が怪しまれると」
「はっ!? まさか一人だけで遊びたいとかじゃ」
後少しというところで、まったくヨウランの動きを見ていないのに組んでいた足を解いたことで秘密地帯は秘密地帯のままとなってしまった。
「安心しろ、ルナマリア。隊長はお前じゃないんだ」
「カッチーン」
「落ち着け、レイはこういう奴だって…………さっきも言ったなこれは」
どうもシンがいないこの面子になるとストッパーをやらされるなと気づいたヨウランは今度こそルナマリアから離れてヴィーノの下へと行く。
「視察っていうならシンじゃないのか? アイツ、オーブの出身なんだから土地勘もあるだろ」
「馬鹿だな、ヨウラン。シンはここで家族を亡くしたんだぜ。色々と複雑なんだって」
「よく分かんないな。別に俺達はプラントが破壊されたからってザフトを恨んだりしないのに」
「お前、ちょっとデリカシーが無さ過ぎ。隊長に注意されたのに忘れたのか?」
「あっ、あ~、口閉じとく」
ミネルバ艦内のレクリエーションでそんな会話が為されている頃、彼らの話題にも上がったアスラン・ザラはオーブから貸与された車で海岸沿いの道を走っていた。
「この辺にあるはずだが…………アレか」
皆が思うほどオーブに土地勘があるわけではないアスランは端末に入力された住所を何度も確認し、目当ての建物を見つけて車を駐車場に止めて降りる。
建物から少し離れた波が打ち寄せる砂浜に数人の人影が見えたので先にそちらに向かった。
砂浜に下りると子供達が走り回って遊んでいて、そんな彼らを二人の女性が見守っていた。歩み寄っていくと、進路を遮るように右目に眼帯をした別の女性がアスランを警戒するように睨みつける。
「あら、アスラン」
「アスラン・ザラ?」
足を止めたことで起きた足音に振り返った女性が上げた名前に覚えがあった眼帯の女性もやや警戒を解いた。
「ええ、そうですわ。彼は大丈夫ですわ、ヒルダさん…………お久しぶりですわね。お元気そうで何よりですわ」
自分から歩み寄ってくる女性からヒルダと呼ばれた眼帯の女性がアスランに道を開ける。
何故か睨み付けて来るヒルダ・ハーケンに内心で疑問を抱きながらアスランはやってきた女性と向き合う。
「ラクス、久しぶり。大丈夫なのか、その色々と」
「家は流されてしまいましが、みんな無事です。今はアスハの方のご好意で別荘に身を寄せさせて頂いています」
女性――――ラクス・クラインの言葉に、遊んでいた子供達が集まって来てアスランを取り囲む。
「そう、お家なくなっちゃったの」
「あのね、見てないけど高波っての来て、壊していっちゃったって!」
「ばらばらー」
「おもちゃもみんななくなっちゃった」
「新しいの出来るまでお引っ越しだって」
「そうだよ、お引っ越しすんの」
「あらあら。ちょっと待って下さいな、みなさん。これではお話が出来ませんわ」
思い思い好きに話す子供達に纏わりつかれたアスランが困っていると、薄く笑ったラクスが一人の女の子の頭に手を置く。その感触が心地良いのか、女の子は頭を撫でるラクスと手を繋ぐ。
「お前達、ここからは大人の話だ。子供は早く帰るんだよ」
ヒルダの先導に子供達が顔を見合わせる。
「「「は~い、ヒルダおばちゃん」」」
「誰がおばちゃんだ ! 私はまだまだ若いんだよ!!」
「ラクスお姉ちゃんは?」
「ラクス様は別だ」
一塊で去っていく一団にアスランが見送っていると、その肩に進行方向から飛んで来た緑色の鳥型のペットロボットが舞い降りた。
「トリィ、まだ動いていたんだな、お前」
五年前、月の中立都市コペルニクスを離れてプラントに渡る前にアスランが作ってキラに渡したペットロボットがラクスの肩へと移る。
「ええ、時折子供達が力加減を間違えて壊してしまいますがキラが直してくれてますわ」
一度、ラクスの肩に止まったトリィが今度は一人留まっていた少女の頭に下りる。
アスランは少女が頭の上に止まったトリィを掴もうとして、飛び立ったトリィが建物の方へと向かって行くのを見送る。
「キラはまだ仕事か?」
「ええ、ずっとモルゲンレーテに詰めています。いい加減に今日はキラを連れて帰って来るようにお願いしていたところですの」
タイミングが良いですわね、と言いながら私達も行きましょうと促されて歩き出す。
するとラクスと共にいた女の子が手を離してアスランの下へやってきて、服の裾を掴んで何度も引っ張る。
「あのね、キラ…………じゃなくてアレックスね、お仕事に行ったまま何時も全然帰って来ないの」
「そうなのか?」
「うん、それでお姉ちゃんが怒ってヒルダおばちゃん達が連行してくるの」
「れ、連行って……」
あまりにもな少女の言い方にアスランは思わず昔のドラマで見たような姿とキラを合わせて連想する。
「ドラマでお巡りさんが犯人を運ぶみたいに、こう両脇をベルトおじちゃんとマーズおじちゃんに抱えられてるから、ああいうのって連行っていうんじゃないの?」
「それは確かに連行だな…………何を子供に見せてるんだ? というか、何をやってるんだアイツは」
連想通りだったことに冷や汗を覚えつつ、ミネルバでは毅然とした態度を見ていただけに頭を抱えたくなったが、そうこうしている間にラクス達の借宿へと辿り着いた。
先に立ったラクスがドアを開ける。
「只今戻り回したわ」
ラクスに続いて少女が、最後にアスランが少し畏まりながら家に入ると、まず大きなリビングが目に入った。
先に戻って来ていた子供達が思い思いに過ごし、視線を横にずらすと家の大きさに見合った広いリビングで作業をしていた中年の女性が顔を上げて入り口に目を向ける。
「お帰りなさい、ラクスさん。あら、アスラン君」
「お、おばさん? なんで」
迎え入れた中年女性はキラ・ヤマトの母であるカリダ・ヤマトだった。
彼女がいることにアスランは目を丸くして混乱していると、先に我に返ったカリダはラクスから離れて纏わりついてきた少女の頭を撫でる。
「時折ここでお手伝いさせてもらってるのよ。ごめんなさいね、キラはもう少ししたら帰ってくるから」
「いえ、お構いなく」
コペルニクスで過ごした幼少期にヤマト家を訪れた時にも似たような会話をしていたので既視感を覚えて固まっていると、子供達の中から一人の少年がアスランの下へとやってきた。
「外で遊んだら手を洗わなきゃいけないんだよ」
「あ、ああ」
何時の間にか姿が見えなかったラクスがカリダに纏わりついていた少女を伴ってリビングに戻って来ていた。
化かされているような気分で少年が指差した手洗い場へと向かう。
言われた通りに洗面台で手を洗ってリビングに戻ろうとすると、途中の部屋のドアが開いて左目元に傷のある男が右手に杖を持って廊下に出て来た。
男は死角になる左目側にいるはずのアスランの存在に直ぐに気づいた。
「おお、青少年。二年ぶりだな」
「バルドフェルド隊長」
元ザフト軍で砂漠の虎とまで謳われた名将アンドリュー・バルトフェルドはアスランの呼び方に苦笑する。
「おいおい、隊長はよしてくれ。今はしがない一般市民なんだ。フランクに行こう。いや、大尉様にはこっちが敬語を使わなきゃならんか?」
「止めて下さい。俺はそんな大した人間じゃないんですから」
「変わらんな、君は」
背を廊下の壁に預けたバルトフェルドは改めてアスランの顔を良く見る。
「なら、率直に話そう。ここで軍人としての話はしないように頼む。必要なら後で俺の所に来るといい」
「…………助かります」
「嘗てザフトの将だった者として、君の苦労の一端ぐらいは分かるつもりだ。だが、ここには子供達も多い。ザフトのアスラン・ザラではなく、ただのアスランとしていてくれ」
「受け入れてくれるのですか? 一人だけプラントに戻った俺を」
今、もっともアスランがほしい言葉をかけたバルトフェルド。
一人だけ違う選択を取ったことに罪悪感を抱いているアスランに、バルドフェルドは月日が経っても変わらない面を感じ取って嬉しく感じていた。
「望まれてのことなのだろう。俺個人としてはアスランの選択を支持している。辛い選択だったかもしれないがね」
「自分で決めたことですから」
戦後、戦争犯罪人となったパトリック・ザラの息子という立場は、戦争を止めたといってもザフトにも決して少なくはない被害を出したことも相まって決して心地良いものでなかったことはバルドフェルドにとって想像に難くない。
「しっかりしているのも考え物だ。周りの期待に応え続けるのは辛かろう。時には逃げてもいいのだぞ?」
「責任があります、ザラの血を継ぐ者としての」
「父上と君は別の人間だ。親の業まで背負うことはあるまいよ」
「…………ユニウスセブンでテロリストに言われました。父親を断頭台送りにした血の裏切り者と」
バルドフェルドの眉がピクリと大きく動いた。
「ザラ議長の極刑を決めたのはカナーバ議長と当時のプラントの世論だ。君に責任はない」
「でも、ただ一人の家族でした。それを俺は!」
自身の胸元の服を掴んで叫ぶアスランの脳裏にユニウスセブンでテロリストに言われた言葉が木霊する。
『父親を断頭台送りにし、軟弱なクラインの後継者に迎合した血の裏切り者! 何故気付かぬかッ! 我等コーディネーターにとってパトリック・ザラの執った道こそが唯一正しきものと!』
アスランは自分の選択を後悔していないが正しかったかどうかは自信は無い。
「それでも君は向き合うことを選んだ。逃げることも、見ないことにすることも出来たのに。誰にでも出来ることじゃない。君は自分を誇っていい、許していいのだと僕は思うがね」
「ありがとうございます。俺は誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれません」
「過去に囚われているのは皆、同じだ。だから、他人の存在に癒されるんだろうさ」
バルドフェルドは閉じたドアの向こうにあるアイシャの写真に思いを馳せる。
「アスランの行動を見てキラも前を向こうと頑張っている。兄貴分として情けない姿を見せてやるなよ」
「はは、でもアイツも一端になったんじゃないんですか.。以前とは見違えるようですよ」
「そう見えるのなら帰って来たら褒めてやるといい。少しは救われるだろう」
「え?」
変わっていないようでも変わったものある。アスランは幼少期の物臭で自分に頼ってばかりだったキラが一端に見えたので良い方に変わったと考えていた。
「アスランがオーブに戻ってからキラは確かに前を向こうと努力しているが、それが本当に良かったのかは俺にも分からん。家に帰らんのも、仕事に熱中していると言えば聞こえはいいが我武者羅に動いている間は余計なことを考えないようにしているのか、俺達も踏み込みづらいところがある。結果は出しているだけに口も出しづらくてな」
そこまで言って一度口を噤む。
「すまんな。愚痴になった」
凭れていた廊下の壁から身を離したバルドフェルドにアスランが口を開いたところで、リビングに続くドアが開かれてラクスが顔を覗かせる。
「バルトフェルドさん、アスラン、キラが帰って来ましたわ」
タイミングを逸したアスランの肩にバルドフェルドが手を置く。
「行こう。さっきまでの秘密にしておいてくれ。それとこれは土産だ」
「これは」
「艦に戻ってから見てくれ」
バルトフェルドは取り出した一枚のディスクをアスランに持たせると、先にリビングに入って行った。アスランは受け取ったディスクを着ていたジャケットの内ポケットに入れ、バルトフェルドに続いて自分もリビングに入って目にしたものに驚く。
アスランの視線の先、玄関入り口は子供達が言っていたように両脇を屈強な男達に抱えられたキラ・ヤマトがいた。
ようやく床に下ろされたキラもアスランに気づいて目を瞬かせる。
「アスラン、なんで? ミネルバにいるんじゃ」
「上陸許可が下りたんだ。お前、どうした? 凄い隈だぞ」
ツッコミどころが多かったがキラに近寄ってみたら目元を濃い隈が窺え、一人で立ってはいるが頭がユラユラと揺れていることに気づく。
「大丈夫、ちょっと何日か寝てないだけから」
「寝てないって、確かにカガリの手伝いとモルゲンレーテの両立は忙しいかもしれないが体には気を付けろと昔から言っているだろ」
「…………僕は行政府には入れないんだ。仕事はモルゲンレーテだけだよ」
その言葉にアスランの顔色が変わる。
「なに? お前はカガリの側近なんだろ?」
「違うよ。軍部に関わりの深い者は政治に近づいてはいけないんだ。アーモリーワンに行けたのは、カガリ個人の依頼で護衛兼務の随行員としての形だから」
行政府の長であるカガリは軍に命令する立場にあるだけに、キラのような軍属が傍に侍ることを好ましく思わない者は多い。ただでさえ二人が私的な面でも近しいだけに、彼らの指摘の正しさはカガリも認めざるをえない。
「そうだったのか。カガリは大丈夫なのか?」
「ごめん、何も話せない」
「そうだな。すまない、いらないことを聞いた」
他国の人間であるアスランに長であるカガリのことを話すのが難しいの自明の理。アスランも口を噤まざるしかない。
「お二人共、手が空いているのなら子供達の相手をしてくださいませ」
結局、子供達の相手に忙殺された二人で私的な話をすることは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
上陸許可が出てから数日後、オーブにいると思うだけで失ったモノに心の中を掻き回されるような不快感に耐えていたシン。
『上陸したかったんじゃないのか。出たのだろ、許可は』
メイリンやヴィーノ達が街に出かけて行った後、射撃訓練をしても気が紛れぬ最中にレイからの言葉に背中を押されたようにミネルバを出たシン。復興したであろう街に行く気にはなれず、一人で家族を失ったあの日に通った道を辿るように港へと向かっていた。
ただの山道でしかなかった道は開かれて石畳で舗装され、随分と歩きやすくなったがピンクの携帯電話を持つシンは気づいていなかった。
「くッ…」
蘇る過去の記憶。地面から突き出した岩に足を滑らせ、転びそうになりながらも走る自分達は港にある脱出用の艦艇を目指していた。
【大丈夫だ、目標は軍の施設だろ。急げシン】
爆発音と揺れる地面に足を止めた自分達を安心させるように言った父の言葉。
再び走り出すと空を飛ぶ鳥のようなモビルスーツに肩に砲台を乗せたようなモビルスーツがその上に乗っていて、自分達の直ぐ真上を通過して風圧にしゃがみこんだ。
【キャー!】
母に手を引かれて走っていた妹の悲鳴。
そこまで思い出したところで、辛くなるだけだとシンは努めて過去の記憶から目を逸らした。
「ぅぅ…」
すると、現実の世界は夕暮れで、目に入ったのは爆撃されて荒れ果てた場所ではなく、綺麗に整地されて公園になっていた。
右手の山側の斜面に花畑がある場所が両親と妹の無残の死体が転がっていたことを思い出し、携帯電話を持つ右手に力が入る。
【はい、マユで~す。でもごめんなさい。今マユはお話出来ません。後で連絡しますのでお名前を発信音の後に』
妹は右手が千切れ、母は手足がグシャグシャに折れ曲がり、父は木の下敷きになって押し潰されていた。妹が斜面に落とした携帯電話だけが自身以外にシンに残された家族との思い出だった。
妹の携帯電話に残された写真だけが彼らの生前の姿を残し、留守番電話メッセージだけが唯一の肉声として残っている。他の物は何一つとしてない。
「マユ、母さん、父さん……」
まるで家族の死さえも花畑で覆い隠されているようで、戦後に初めて訪れた故郷の地で失った痛みに打ち震えるように呟いた。
当然、返ってくる言葉はない。
分かっていたことだから、泣いてしまいそうな心の痛みに耐えていたシンはガサリと聞こえた物音にそちらを見た。海岸に近い公園の端に小さなモニュメントがあり、その周りで誰かが膝をついて何かをやっている。
後ろ姿しか見えないその人物のことをシンは知っていた。
「何をやってるんですか、キラさん」
近づいてアレックス・ディノと名乗っているキラ・ヒビキ――――――キラ・ヤマトが軍手を纏った手で頬に流れる汗を拭い、顔に付着した泥で汚れながら振り返る。
「君は――」
今、抜いたばかりの花を既に抜いた花の傍に置いたキラの肩に緑色の小型鳥ロボットが止まった。
「確かシン君だったか。ああ、そうか。ミネルバが直るまで上陸許可が出たのか」
一瞬怪訝な表情を浮かべたがシンのことが分からなかったからではなく、ミネルバにいるはずの彼がこの場にいると直ぐに連想できなかった為。ミネルバの状況とオーブの行政府が下す判断に直ぐに思い至ったキラは一人で納得する。
「見ての通り花を植え替えているんだ。ここも高波を被ったって聞いてね。折角、綺麗な花が咲いていたのに枯れたままにしておくのは嫌だったんだ。自己満足かもしれないけど」
「これ、慰霊碑ですよね」
苦笑するキラに、二年前は無かったはずのモニュメントが建てられる理由など一つしかなかったシンは表情を曇らせる。
「二年前の、ね。国が建てた大規模な物は別にあるから、ここにはあまり人は訪れてないようだけど、僕の父もこの地の戦いで死んだんだ。せめて訪れた人がいなくなってしまった人を偲べるようにしておきたい」
「…………誤魔化せないって事かも」
「え?」
「一年戦争からこの数年、地球圏は戦争ばっかりだ。いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす……」
驚いたように見てくるキラに、シンは自分でも驚くくらい冷えた声でそう言った。
慰霊碑に花を供えることは良いことだとはシンも思う。けど、綺麗な花が咲けば、かつてここで起きた悲劇など忘れられそうな気がしてならなかった。そうして前の大戦に限らず、人はずっと争い続けてどれだけの花が吹き飛ばされたきたか。プラントに行って、ザフトに入ってからシンはどこか他人事のように捉えていた世界を知って、今また新たな戦争が始まりそうな世の中にそう思わずにはいられない。
「それでも人は花を植えて続けて来た。何度吹き飛ばされても。明日になれば、また違う色の花が咲く。何度でも、何度でも。明日、また明日、って……」
「そうやって何時かはって考えが今に繋がっているんじゃないですか?」
慰霊碑に花を供え、亡くなった人を偲ぶのは悪いことではない。けれど、人間は弱い生き物だ。同じ悲劇を繰り返さないという誓いも願いも、明日になれば忘れてしまいがちで、同じ過ちを繰り返してしまう。
シンが目を背けながら答えると、キラは目を伏せる。
「昔、同じことを言われたことがあるよ。『何時かは、やがて何時かはと。そんな甘い毒に踊らされ、一体どれほどの時を戦い続けて来た』って、本当にその通りだ」
前大戦終盤で世界全てを憎んでいたラウ・ル・クルーゼの言葉が今になって骨身に沁みてキラは感じた。だからこそ、他の人間の意見を聞いてみたいと思った。
「君はどうしたらいいのだと思う? どうしたらこの戦いの連鎖を止められると思う?」
「俺には分かりませんよ。分かる人がいるなら、とっくに誰かが止めてます」
「そう、そうだね。ごめん、変なことを聞いた」
実に当たり前なシンの答えにキラは苦笑しながら謝罪する。
謝るキラの姿はとても優れたモビルスーツパイロットとは思えない態度ながらも、自分と同じくこの地で家族を亡くしたという親近感がシンの足を前に進ませた。
「手伝いますよ」
言ってシンはキラの横に並び片膝をつく。
「いいのかい?」
「あなたの気持ちも少しは分かるつもりです。俺の家族も二年前、避難が遅れてここで死にました。身寄りのない俺を助けてくれたオーブの将校さんが色々と面倒見てくれました。オーブにはもう戻りたくなかったから一人でプラントへと渡ったんで、家族の墓とかはないから」
家族が無残に死んだ場所をまるで無かったかのように綺麗に覆い隠すオーブという国に怒りはあれど、故人を偲ぼうとしている人の邪魔をする気はない。シンはキラが持って来たらしい花を手に取って、泥がつくことも厭わずに地面に植えていく。
キラも作業を再開し、暫し黙って花を抜いては植えてを繰り返していたところでキラが口を開く。
「アスランに聞いたよ。君はオーブに対して対して並々ならない思いがあるって。戦争で家族を失ったというなら、どうしてザフトに入ったの?」
「一人で生きていくには軍人になるしかなかったんです。いくら成人年齢が低いプラントでも子供を働かせてはくれませんから」
当時の地球はブルーコスモス主義そのものだった大西洋連邦を主とした地球連邦の勢力圏に収められ、コーディネーターのシンはプラントに行くしかなかった。孤児院とかには入りたくなかったし、他人と関わり合いになりたくなかった。
「ごめん」
「謝らないで下さい、自分で話したことなんですから…………父親をオーブで亡くしたって、あなたはプラントの人じゃなかったんですか?」
個人的なことに踏み込んできたのだから、こちらも踏み込んで良いとシンは解釈して以前から疑問だったことを切り出す。
「僕はオーブの人間だよ」
「聞きましたよ、歌姫の騎士団のエースって話」
ピタリと作業の手を止めるキラ。
「幾らアスハ…………代表と前の大戦の時に縁があったからって、なんでオーブなんかにいるんですか? あなたほどの腕ならどこでだってやっていけるはずなのに」
赤服を着て最新鋭機を与えらえたシン以上の腕があるのならば、どんな組織からも引く手数多だったはずで。プラントにいれば確実にシンの立ち位置にいることだって出来たはずなのに、よりにもよってシンが嫌っているオーブにいることが信じられなかった。
「買ってくれるのはありがたいけど、オーブはいい国だよ」
「どこが……!」
薄く笑みを浮かべて首を横に振るキラにシンは激昂しそうになったが静かな目に射すくめられて二の句を呑み込む。
「君も二年前までオーブで暮らしていたなら分かるはずだ。戦争はどこか遠い世界の出来事のように感じていたと」
「…………」
シンが実体験を持って戦争を間近で体感したのは、一年戦争でジオンが行ったコロニー落としによってオーブを呑み込みかねないほどの大津波くらいなもの。連邦とプラントが開戦した時も不安がる妹にオーブは大丈夫だと笑って言っていたことを思い出してしまい、シンは押し黙るしかなかった。
「守られていたんだよ、僕達は。この国に」
言いながらキラは慰霊碑に最後の花を植えて目を瞑った。
その言葉を聞いた瞬間、シンの脳裏に浮かんだのは自分に向けられる母の優しい笑みと、妹の無邪気な笑顔と、父の頼もしさだった。そして同時に無残に死んでしまった家族の姿。
「でも、オーブはその理念は守り通したかも知れないけど、俺の家族は守ってはくれませんでした。言ってやりたいぐらいですよ、アンタらは自分達のその言葉で誰が死ぬ事になるのか、ちゃんと考えてたのかよって」
「避難誘導が間に合わなかったのは時の政権の問題だ。アスハと一括りにするのはおかしいんじゃないかい?」
「はっ、アスハが政権を牛耳ってたのはあの国にいた人間なら誰でも知ってる。今だってアスハの人間だから代表をやってるじゃないですか。俺は何も間違ったことは言っちゃいない」
ウズミ・ナラ・アスハが代表の座を降りてもその弟が代表になり、そして今もウズミの娘であるカガリが代表をやっていることを失笑混じりに言い返す。
「君も親の罪は子にもあると?」
キラはシンの言い分を正しく理解した上で訊ねた。
「そうは言いません。でも、あの人は」
「代表もこの場所で父親と、宇宙で友達を亡くしている。何も失ってないわけじゃない」
キラはカガリも体制繋人達を失ったことを免罪符にしたいわけではなかった。
「君が言ったようにアスハだから代表をさせられている。望まれて、求められて、想いだけはあっても、力が伴っていないっていうのは本人も分かってる」
「だから、納得しろ、認めろって?」
「そこまでは言わないよ。なんて言ったらいいのかな……」
シンの納得いっていない様子に、弁が立つわけではないキラは困ったような顔をして言葉を探す。
「貴方の夢を見てた♪ 子供のように笑ってた♪」
伸びやかに響く歌声が遠くから聞こえてきた。
「懐かしくまだ遠く、それは未来の約束♪」
透き通った綺麗な声の持ち主はシンが通ってきた道を辿るように歩き、やがて二人の下へやってきた。
花束を持ったピンク色をした髪の彼女は慰霊碑の前にキラ以外の姿があることに驚いたように歌を止め、シンを見て目を丸くする。確実にシンの知る人物ではないのでどうしたものかとキラを見ると、ピンク髪の彼女を見て頬を綻ばせていた。
「ラクス」
キラが親し気に告げたのは、シンと入れ替わるように前大戦後にプラントから去った歌姫の名前。
「え? ラクス・クライン?」
キラが歌姫の騎士団のエースであり、ルナマリアがオーブに身を寄せているらしいという噂を口にしていたから、シンは素直に目の前を相手をラクスと結び付けた。
「こんにちわ」
肩にトリィを乗せたラクスはコテンと首を傾ける。
「キ、アレックスのお友達ですか?」
一瞬本当の名前を言いかけたラクスが言い直しながら聞いた内容にキラとシンは顔を見合わせた。
「友達、なのかな」
「さあ?」
「違いますの? 随分と話し込んでいたようですから」
友達と言うほど親しくはなく、かといって話し込んでいたのは事実なので不思議そうな顔をするラクスに答えられる関係性を見いだせず、二人は困ったように再び顔を見合わせるのだった。
本作はここまでです。構想はあるのですが評価が良ければ続くかもしれません。