Bloodborne:Brave of Braze   作:NEXT_0809

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狼は家の中に飛び込ん(The wolf jumps into the house)で、
六匹の子山羊を貪り食いま(and gobbles up six of the kids.)す。

一番下の子供は、お爺さんの時(The youngest child hides from the wolf)計の中に
隠れていて、食べられませんで
(in the grandfather clock and does not get eaten.)
した。


「狼と七匹の子羊」−グリム童話−
────グリム兄弟────



09.白昼夢

 

 

…思えば、私のこれまでの生涯というと、恐ろしいものに追われる悪夢に浸される事が多かったように感じる。

 

この夜もそう。実際に狩りとして街を駆る事が初めてでなかったにしろ、夜がこんなに長いなんて知る由もなかったのだ。月がこれ程に妖しいなんて、思いもしなかった。

 

 

[───]

………!…!!

 

 

目に入る自分の手の震えを見るたびに、周りとの隔絶された『何か』を思い知るだろう。私の師たる彼らも、狩りに勤しむ他の男の人達も、或いは女でさえも、狩人である以上は不退転的な決意…それを何処かしらに抱えている。

 

かくいう私は異なった。人に触れる事すらに怯え、ずっと昔に壊れてしまった心の欠片で、残った心に亀裂を打ち込んでいる。…逃げたくないといっても…ずっと恐れに打ち負ける。狩りの刃は、私にとっては人の死に近過ぎた。

 

どうしてか、それが弓であるならば、幾分か和らぐ気がする。張り詰めた弦が解かれて元の水平線に戻る時、同じように私の心も静寂に帰る事が出来る。掌から離れたそれは僅かな時間をかけて、細やかな振動を落ち着かせた………

 

曇天より注ぎ、荒ぶる水路の水面を見て。自分の姿が薄ら映る時、遠方から射った筈の私の手は、しかしやはり血濡れて見えた。今宵の空気は酷く重く、何時しかそんな気配に囚われ正気を奪われていっているのか、耳の内には厚い膜が張り、硝子に爪を立てたような耳鳴りというものが包んでくる─────フラッシュバック、精神の摩耗、過去の投影─────恐怖心はそこから来たる。幼かった日、私の過去は引き裂かれ、新たな人生が生まれた。

 

"二度"、私の現在は打ち砕かれ、古びた人生から逃げた

 

この意識を常態に引き揚げてくれと、声にも出せず、それでも願っている。喉は開こうとしていても、見えざるものが塞がったように声は決して出せなかった。或いは、呼吸をする事を忘れて、故に懸命に肺をこじ開けんと────

 

 

 

 

 

「──ハ──ナ」

 

 

朧げになりつつあった視界だが、

途切れ途切れの誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

[────]

────ハンナ!!

 

 

 

ああ、思い出した。

 

 

 

[ハンナ]

…はっ…!!はぁ…っ…!!

 

 

私は、第二の生の〝 輝き 〟を探している。

 

三度目の生にて、過去の残滓を闇にまさぐり、私を愛してくれた人を…或いは、その末路を知る為に。だから狩人の道へと、この一歩を踏み出したのだ。

 

身体揺すり、私の顔を動かした人物の輪郭がはっきりしてくる。見慣れた師の装い…烏の嘴の様な奇妙な仮面。間近に迫るその嘴の先からは僅かに薬草の香りが漂い、独特な匂いを嗅覚が感じ取ったら、鉄の匂いを意識外に放ってくれた。彼女は" アイリーン "と言って、危うげな街を彷徨っていた私を保護してくれた一人だった。

 

 

[アイリーン]

……全く、正気を失っちゃ元も子もないだろう。

今日は…もういい、家に帰って休みな

 

混乱の渦が緩まると、私が膝を折る場所の周りには夥しい数の獣、或いは獣に向かっていた"人だったもの"、その水死体。斬り裂かれ、または矢に射貫かれ、終に機能を終えた躯が山となり、水路の濁った水を赤々と染め上げている

 

これに耐えるべきが私の目指す『狩人』ならば、この道はあまりにも過酷に過ぎるだろう。熟達の師でさえ、香りで誤魔化さねば心を蝕むというのなら尚更。人の面影も無惨に蕩ける死屍累々を、一射一射の度に顧みていると、それだけに私は罪悪を課される感覚に押し潰されそうだった。鍛錬と称されたこの間引きにて、そのうち心が折れて……そうして意識も混濁する位で呆然としていたのだ…

 

 

 

 

 

 

 

※ ※

 

 

 

《ヤーナム市街、自室》

 

 

ヤーナム下層街の上方になる市街。ここの一画に私の住処があった。それは安物の賃貸も良いところで、この暗澹とした都では自身の命を軽んじているように、窓外では鉄格子も置かれていない。外階段から直通になる二階の一部屋が、今の私の細い帰る場所だった。

 

彼女からは先に家に帰るよう促され、道すがらに獣などに出会さないよう、身体の重たさも抑えてそそくさと戻る。

 

少し…1時間以上してからだろうか。狩装束を脱ぐなり毛布に包まって身体を温めていると、階段から足音が聞こえてきて、僅かに緊張が走るが、やがて戸の間近に備え付けられた窓から彼女が見えて、それも不要だと気付いた

 

簡素な扉が開き、特有の仮面と紺色のコートで見える。

 

 

[ハンナ]

…おばさん

 

[アイリーン]

…あの煙の出処は、やっぱり下街だった。この装いだと気付かなかったが…明らかに故意に焚き付けた様子だね

 

匂いを飛ばし────獣を呼び寄せた…

 

ヘンリックが言うに…聖杯教会の辺りで一悶着があったらしいが。道理で、急に下の様子が大人しくなった筈だ

 

おばさんはどっと部屋の中央にある木椅子に腰をかけると仮面を取り、そしてコートから伸びているフードを首に降ろした。露わになった素顔はきっと皆が思うよりも平凡な顔つきで、それはまた、寒さに血の気が引いたせいか、普段より色白く見える。言っていたのは、狩りの最中に漂っていた諸々の焼ける匂いのあとと、それを運んできたであろう空を横切る黒い煙について…

 

ここに来る前におじさん達にも会ってきたのだろうか、彼女の言葉にはもう一人の師の名前も挙がっていた

 

 

[アイリーン]

…今夜は…成程、そいつが幕下ろしかい…

そろそろ夜明けだよ。もう少し辛抱しな

 

[ハンナ]

…どう…して、分かるの?

 

 

[アイリーン]

─────……勘ってやつさね…

 

たどたどしく零した言葉への返しは、いつもよりも不明瞭な言い訳だった。きっとまだ、私が知るには不相応な部分があったのかもしれない。おばさんは時折、深く考えごとに耽る時があるけど、今回もそういう感じの様子だった。

 

窓の外では粒の小さい雨が降っている。灰色の空と、色の無いこの街の建屋が相まって、とても無機質でいて、その中でも感じ取る事のできる風情は、穏やかに心を洗い流してくれる様に思う。その景色の手前ではおばさんが蝋燭に火を付け、机で私の射った鏃の血を、麻布で拭っていた…

 

特別、この光景で抱く感情はなく。雨音だけが聞こえるこじんまりとした一室で、私は意味もなく視線を右往左往とした。次第に鼻の中に染み付いた異臭に気付き、上唇の辺りを手で擦ってみると、おばさんが見かねて話しかける。

 

 

[アイリーン]

血の匂いが気になるんだろう。えづくのだろう?

あたしもそうだった。皆が通る道さ…

 

だが…それは獣が手を抜く理由にはならないよ。

腕はあるのに、あんたは精神が追い付いてない

 

気付くと、蝋燭が少し縮んだのが分かる程度の時が経つ。おばさんはいつの間にか最後の矢を拭き終わり、湿った窓辺から外の様子を伺う。するといつものように、私に硬貨の入った小さな袋を投げ渡した。それは、生活費の足しとして時たま恵んでくれる、施しであった。

 

もっとも、その後の言動も、

いつものように手厳しかったのだけれど

 

 

[アイリーン]

"優しさ"で生き残れるとは、思わないことだ

 

[ハンナ]

……

 

おばさんが部屋から去り、階段の音も遠ざかって遂には消えた頃、うとうとと睡魔に身を委ねてゆく。湿ったシャツによる寒さもそれには敵わない。瞼は重く、視界が上下に迫る影によって一本の線ほどの細さになり、最後に何も無くなったら、暗闇の何処かに、古い光景が浮かびつつある

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

 

この都心からは、ほど離れた村が私の故郷だった。

 

…見窄らしい家庭でこそあったが、言うに父は"騎士"で、頻繁に村から出て行っては、疲弊した顔で大きな剣を吊り下げ帰ってくる姿が印象的だった。母はずっと前に家を出たきりで、代わりに、父の手が届かない背面に、寄せ集めの古い甲冑を着けるのが私の日課となりつつあったものだ

 

疲れのあまりに目下が暗くなって、時が進む度にやつれた顔になっていった父だけど、私の頭を撫でる手はいつも温かく、幼いながらも幸せを享受している事は自覚していた

 

 

…ある日のこと。

 

寒い、とても寒い雪の日。片手で数えられるくらい幼かった少女にとって、この出来事は一生涯忘れられない程恐ろしい体験として深く記憶に刻まれている。暖炉の焚かれた部屋の中で、何気なく窓から外を見た父が、唐突に殺気立った様子で剣を手に取った。

 

「厩に行きなさい。私が呼ぶまで、決して出ない様に」

 

母屋の裏手から、外に出るように促される。

父は横目で、拙い手でかんぬきを上げる私に気を配りながら、隠しきれない猛りを漂わせ、それだけで彼が余裕もなく急かしているのがよく分かった。混乱の最中で慌てて扉を開けば、外は吹雪よりもやや弱い程度の風が吹いて、少女の腰の丈程の雪が積もっている。日が差しているのは明確に分かっているのに、空は銀色の世界と塗られていた。

 

雪を掻き分け、やっとの思いで厩に辿り着いた時。振り返ればとうに母屋の戸は閉じられていて、何者も見えない孤独感に私は仄かな涙を浮かべるしかなかった。ただ…この孤独を埋めてくれる温かさを求めて、厩の戸を開けると、一目散に一頭の馬の元へ駆け、腹の横に隠れる。

 

馬の息遣い、建屋の軋む音、それらが連鎖すると自分の胸から生ずる鼓動も、これに同調するように私の身体の内へ間を置かず叩いてくるのだ。この時の私も極限状態に近く、脳が巡らす五感はキリキリと張り詰めて昂ぶる。

 

 

パァンッ!!

 

 

悠久にも感じる暇の終わり、一発の銃声が鳴り響いた。

 

馬の鼻息は途端に荒ぶり始め、帳を破ったこの撃音に私も思わず、はっ、と面を上げていた。…辺りの、厩の外までも含む空気感というか、緊張感が変わった様に思えた。

 

少しして、厩の戸をガリガリと掻く様な音が始まり、不穏な気配が現れた。幼い少女とて、それが尋常のものではあり得なかった事ぐらい、理性では分かりきっている…それでも、不確かであっても父が呼んでいる様な気がして、何処か本能的な安堵も抱いて…抱いてしまったのだった。

 

「お父さん?」

 

それが悪手であったと自覚し、抑え込もうとしても、既に先に声は出てしまっている。戸を引っ掻く音はぴたりと止まり…明確に、それが父などでは無かった事を知らされた

 

馬の鼻息よりもなお荒い唸り声、人のそれではなく、まさしくそれは狼の様な猛々しいもので、即座に戸は引き裂かれる──────

 

 

バキッ!!

 

半壊した扉から姿を覗かせていたのは、この生涯で初めて目にした『 獣 』。動揺しない訳はない。馬が甲高い声を上げ、怯えに怯えきっていた。私もまた、それに比類する程に泣き、叫び、言葉にならない言葉を喚いてゆく。獣はそんな小娘を嘲笑うように、獲物とそれを分け隔てていた戸を完全に薙ぎ破壊してゆっくりと厩の中に侵入してきた

 

最奥に退いて、しかし逃げ場はそこで終わっている。私よりも獣の手前にいた馬は一掻きの間に悍ましい血の海を散らし、死に向かっていた。直に自分もああなるのだと、まるで見せしめの様に目の前で伏す姿を見て、恐怖心も一周回り、煮えるような熱を持つ肝がかえって凍てつく様は、これ以降の人生で感じる事は無かった筈だ。

 

惨い事に、獣は私の目の前まで来ても中々ひと思いに喰らおうとはせず、一層人間らしさを思わせる仕草で、過呼吸に陥る私の頬を、尖っている熱い舌で味見をしていた

 

嬲る様な舌使い。うち、獣がいよいよ柔らかな肉に牙を突き立て、じくじくと血が流れだしたその時、"彼"は現れた

 

 

[────]

──────ッ!!

 

獣すら、並大抵の大人の男より大きかったというのに。その首をの太さを上回る大手で掴み、厩の壁を突き破って砲丸の様に雪景色の外へ放り投げた。呆気にとられた私は、理解も追いつかないまま、現れた彼を見つめる他無かった

 

 

────黄金の兜。左腕に燻る砲身。

 

白銀の光が差せば、その節々が血塗られた純白の装いは剣の如き輝きを見せて、目も眩む程に眩しかった。彼は獣よりも尚大きく、天井にも届こうかという背丈と幅の広さで私にゆっくりと近付き、抱き寄せたのだ。

 

最初に抱いたのは、これもまた恐怖心で。しかし広い胸から伝わってくる鼓動を感じるにつれ、今度こそ安堵出来るのだと────そう思った時に、既に私は止め処無い涙を溢れさせ、啜り泣いてこれでもかという程に彼に縋った…

 

 

「───フランク!誰かいたか!」

 

その後はなし崩し的で、父のいた筈の母屋を覗こうにも、彼は───" 彼ら "はそれを許してくれず、雪の積もる道を足早に進むばかり。彼と同じ厚い装束を纏った幾人かの集りに連れられ、遠い遠い都へと彼は歩を進める。

 

周りを見れば、私の他にも彼らに保護されたであろう村の人達も居た。皆が困惑の表情を浮かべ、私も同様に。

 

白昼の雪に紛れる"教会"の御使い達。抱き抱えられた私が彼の肩から、疾く離れていく背を顧みた時……

 

『 あの城 』からは─────黒煙が昇っていた

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

…" 言葉が出なくなった "のはそれ以来。時が経つにつれてこの"結び目"も柔らかになっていってはいるも、何かが、未だに私の喉笛を塞いでいる。あの日の獣の牙か、或いは、奥底に染み付いた自分自身の恐れが……?

 

 

[ハンナ]

… … ?

 

不用意なうたた寝がそこで醒める。疲労は一杯、熟睡しきるには十分な筈。けれど、破られたが故は外的な要因だ。雨は眠り落ちる前よりも緩やかになっている。殆ど、細くなって容易に見えない程度には。それが逆に不穏な心持ちを駆り立てるようで、雨音が満ちているよりも、無音で、濃い霧がかかった灰色の街の光景の方が不気味に感じるのは、ある程度、誰もが共感出来ると思う。

 

…この、既視感(デジャヴ)は今しがた…いいや、脳内と実際の時の流れが同じだとは思わないけれど、今の今まで見ていた夢の内容にも起因していると感じる。ああ、すれば、私は殆ど過去の経験則から成る判断によって、傍らに脱ぎ散らかされていた狩装束のコートから短剣を抜き取り、階段のある入口とは真反対にある窓の、半ばだけかかったカーテンに息を殺して近づいてみた。

 

微睡みから引き揚げたのはこの音か。硝子を掻く爪の音。ならば、カーテンの影に隠れて見えぬ来訪者と私との双方が、互いの存在を知覚している事は確かである。

 

火蓋は──────

 

 

 

 

ガッシァァァンッ!!

 

────向こうが落としたか。

 

来訪者が薄い窓を打ち破ってきたと同時、私はというと、一気に机の上を滑るように飛び込み、その流れで体重任せに机を横転させ、人一人の姿を隠せる程度の隔たりを作る

 

 

[ハンナ]

……っっ!!

 

傍らにあった矢筒、そして木弓を引き寄せ、反撃へ。しかし身を乗り出して番えた矢先、来訪者の姿を捉えると望まぬ怯みを経てしまったのだ。何せそれは…予想通りに獣、けれど、人の面影を濃く残している半獣だったから

 

均整とれた顔立ちだったろう、年端もいかない少女が、歪で恐ろしい表情を晒し巻かれた包帯の節々から獣化による暗い体毛の発露が目立つ。何よりも変貌した体格は痩せ細りながらも角張った骨格と、一部の筋肉が異常発達した姿が、まさに悪夢から産み落とされた怪物そのものだった。

 

……そうして冷や汗をかく私を、相手方が待つ筈もなく。否応なしに、対するしかなくなる。獣の跳躍力で飛び掛かる娘へと咄嗟に木机を蹴って横倒しのまま滑らせ、彼女の猛攻を一旦防いだならば、急いで玄関から出るなり階段最初の踊り場の手摺を飛び越えて風の如く街路に着地する。

 

見上げる二階の先、間もなく罹患者の娘が牙を剥いて飛び出したのを確認すると、そこからは考え無しの追いかけっこである。行く宛もなく霧深い街を駆け、飄々、路地から木箱、街灯を伝って獣も顔負けの疾さで屋根にも登るが、それでもまだ、娘はずっと追いかけてくる。

 

その時の私にはもう、

弓を番える勇気は残っていなかった─────

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※

 

 

 

 

 

《ジョン一行、地下水路にて》

 

 

 

[ジョン]

(────クソッ…例の"ペリット"か…!)

 

[ダンテ]

(気を抜くな、足下どころか天井にまで張っている…!)

 

────医者と別れた後、しばらくして。未だ迷宮の様に入り組んだ地下水路を遡るにつれ、アルフレティウスの言及していた"ドラゴン"の痕跡、不定形物体の存在が見られだす。兆候はまず異様な腐敗臭にあり、僅かに配置される電灯がそれを照らせば、どす黒く粘り気のある流動的になった肉塊が蠢いてある事が分かった。

 

奥に続く通路横の水流にも紛れている事があり、または高さ3mはあろうかという天井にへばりついている等、さながら、それは意図的に回らされる罠の様にも一行は思えた

 

実際問題、これの餌食となった教会の"執行者"や黒衣の医療者、"予防の狩人"も散見され、最早この粘体は各々が意思を持った一生物の様、自主的に獲物を求め彷徨っているのだろう。特に息絶えた犠牲者の様子を見るなり、予め混入する人骨の刃で斬り抉られており、その犠牲者の躯から得た人骨で更なる刃を貯め込むというサイクルが成立する

 

奥へ進めば進む程ペリットの量は増加する一方であるが、ダンテの言う限りでは現地点がヤーナムの下層街と上層街を繋ぐ要にあたる部分であり、ごく狭い通水口を除き、現実的に人間が通過出来る箇所は、ここ以外に無いらしい。

 

そしてその半ば。相まみえたものこそは─────

 

 

 

「早く!ドラゴンが───」

息を殺す二人が密かに覗き見るのは医療教会の狩人達。粘体に包まれる通路と、それが一層濃く張られる中央水路の淀んだ水の辺りでは、いやに慌ただしい光景が広がる。

 

水路の激流。明らかに自然発生したものではなく、巨大な存在が掻き分けて進む結果生まれた津波の類い。それを背に逃げるように駆けてゆく医療者の数人は、尋常ではないものを見たといった風で、額から汗を噴き出していた。

 

まさにこの瞬間。医療者の一人が"狩られる"。

 

 

[ジョン]

(なんだ…!?)

 

[ダンテ]

(水中からの奇襲…それも一喰いで…!)

 

一瞬ながら見えたのは異形の様相、一行は釘付けである。悲鳴すら上げる暇もあらず、水流に紛れた赤色も束の間に消え行って一人、また一人と汚濁に沈むだろう。明らかに進める状況などでは無かった。それでも、一行の背後からは追手が現れたのだから、ここを掻い潜るしか無い。

 

 

[ジョン]

伏せろッ────!!

 

 

掠め、水路の壁面に跳ねた弾丸は確かに水銀のもの。勘が先に働いたか、ジョンは古狩人のダンテを突発的に屈みこませ、それと同時に猟犬の吠える声が幾重に重なり響く。この時点でとうに潜入的通過は失敗に終えた。あとは、振り切って突破する、かえって此方の方が手早かったのかも知れない。少なくとも古狩人の手筈には沿わなかったが…

 

 

[ダンテ]

────走れッ!!

 

 

言うよりも早く二人は、一斉に一方通行の通路を駆ける。東方の言葉でいう前門の虎、後門の狼というところで、後者にあたるのは人の脚より素早いグレイハウンド、更に執行者の一団、蒼白の面から放たれる迫撃の合図は言葉にもならぬ言葉であり、人間らしさは一片も覗けぬ。

 

そして、遂に彼らを追わんとする"虎"、

貪り食うドラゴンの跳躍がジョン達を襲う────

 

 

[ジョン]

は……ッ…!ドラゴンか…!?

俺にゃただの化け物に見えるぜ───!

 

[ダンテ]

オオァッ!!

 

ダンテによる決死のカウンター。振るわれた大鎚の金音はごきりと鈍いものを響かせ、"ドラゴン"と呼ばれた何某かを水面に叩いて押し戻す。間際に彼らが見た対敵の姿というと、まるでドラゴンと呼べる様な荘厳な者というより、肋骨の如き牙と赤黒く爛れた肉面は先の"渇いた獣"と類似するグロテスクな怪物、悪魔の姿が最も近かった。

 

大きな顎へのアッパーカットを喰らったドラゴンだが、たじろぐのはただの一瞬。次に通り過ぎようとする猟犬ら、執行者も標的である事は同じのようで、二人が死に物狂いで走る背後では犬の悲惨な鳴き声が耳に届く。

 

平時なら到底受け入れるものではない。悪意無くもこれを悦ぶ現状に問題があるだろう。息も絶え絶えに乾いた笑いを零すジョンとて、心底愉快だとは当然思ってない筈だ。

 

 

[ダンテ]

はぁッ…!はぁ────!このままでは埒が明かんッ!!

 

[ジョン]

"最後の手段"ってのは…ッ!今使っちゃ駄目か!?

 

 

[ダンテ]

もう音を上げるのか!?らしくないな!!

 

[ジョン]

知った気になってんじゃねぇ!!爺さんよォ!!

 

さながら長年の悪友の如き語り様。けれども、ジョンの言う"最後の手段"────銃を抜くのを渋る理由は今でこそそこにあった。先までの発砲迫撃が止んだ理由と同じ、この先は異臭の濃厚具合さからも窺える。タイミングの悪い事に、そこは"ガス溜まり"と言える場所で単に死臭だけからは生じない、例を言えば"渇いた獣"と対峙した時の、酸の臭いにも似た鼻を衝く存在が引っかかった。

 

 

[ジョン]

ガス……!!

 

では、何故そこに腐敗ガスが溜まっていた?答えは現地点の地形と気体(ガス)の特性から割り出されるであろう。下層街と上層街を繋ぐ"要"、ここはその為に他の水路よりも平坦な構造をしてある。そしてまた、軽い気体というは上に漂う性質を持つ。下層水路のそれが段々と蓄積し、けれど平坦故にこれ以上の上に逃れぬのも必然であるのだ。

 

運の悪いことに、ここで会敵したという事は銃器の制限下で戦う事を表す。或いは、何としてでも脱する他に無い。火を付けねど振るえる大鎚のダンテはともかく…狩人の様な得物など無いジョンは、精々が腰の大型ナイフを斬りつける程度だろう。果たして、あの執行者にも刃が立つかは怪しいところだ────猟犬ならどうにかなろうが……

 

 

[ダンテ]

一帯が吹き飛ぶぞ…!!それを除いても、我々がこうして渦中にあるのなら、どう足掻いても今は抜けない……!!

 

[ジョン]

逃げ切れると思ってんのか!?

あんたと違って俺ァまともなんだぞ!!

 

そも……ゲホッ…!!病人がずっと走れると……!!

 

 

[ダンテ]

今死にたいなら好きにしろッ!!

私とて足も覚束ない歳なんでな!腹は括ってる!!

 

[ジョン]

クソったれめ……!!

掃除しとけよ、行政は何やってんだ!?

 

重い軽口は吐き飛ばし、今も尚駆ける二人、打開策は未だ不明瞭に。関門を抜け、多くの敵を背後に向けて地獄の底より、巡礼者と巡礼者は煉獄へと臨もう。彼らが思うよりも猶予はずっと少なく、そして夜明けへの刻もそう長くはない。故にこそ、一刻二刻は濃密に記憶に残るのだ。

 

 

 




《 ハンナの長弓 》
楡で作られた、ごく簡素な長弓
使い込まれたそれは譲りものだろう

獣に抗するには酷く脆弱だが、彼女は
それを稀有な才と、鍛錬で補っている

後の「沈黙」は銃を寄せず嫌っていた
古い記憶の中で、撃音が木霊していたから
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