Bloodborne:Brave of Braze   作:NEXT_0809

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鋲打たれた甲冑の(In the night went men,)、男どもは(in studded)夜を行(corslets,)

欠けゆく月に(their shields glistened)(in the)盾が輝い( waning moon.)

「ヴェルンドの歌」−第6スタンザ−
────古エッダ:神話詩より────




01.夜が更ける前に

 

──西暦1872年。クリミア戦争終結から16年

 

ここドイツの首都、ベルリンは天候も程良く

故郷イギリスのロンドンと比べ空は冴え渡っていた。

 

前年に設立されたドイツ帝国は人口の増加と共に

急速な経済成長を迎え、より強固な国家として

大きな一歩を踏み出そうとしている

 

都は活気で溢れ、公園で駆け回る子供達の笑顔は

何人も健やかな心持ちになれるであろう。

 

しかし、街のとある一画…診療所において

俺は心中穏やかではあり得なかった────

 

 

────正午過ぎ

 

ゆらゆら、アタッシェケース*1をぶら下げ

重い脚を下ろし石階段から診療所を後にした

 

近くの辻馬車を呼び止め、いそいそと駆け込み

やるせなさが及んだから乱暴に席に座れば

むせ返るように咳き込みが始まる

 

[───]

(クソ…あのヤブ…何が名医だ

大した診断もせずに人を突っぱねやがって…)

 

何処へ行っても同じだ

 

金をはたいて、ゆく道全ての医者に診てもらえば

良い結果も何も得られず…ただ効果があるかも

定かではない薬を処方され、先無い者を労う言葉か

あるいは祈りの言葉と十字を切るばかり。

 

[───]

…駅まで頼む、最寄りで良い

 

淡々とした返事を皮切りに馬車が出発

窓から見える景色が波のごとく後ろへと流れゆく

 

頭の中は迷走に渦巻いて、夕暮れに差し掛かった光が

焼き付くよう視界を真っ白に染め上げた

 

治まったかと思えばぶり返す咳、不快な動悸

胸の内の痛みを忘却に放る為に心臓を何度も拳で叩く

 

それを見かねたのだろう。馭者が話を振ってきた

 

 

[────]

──あんた、病気かい

 

[───]

ああ…まあな。咳が煩いだろうが

移りゃしないやつだ、堪えてくれよ

 

[────]

いやいや、別に構わんよ

金払って貰ってんだ。そん位我慢するさ

 

それにしても…

見たところ、まだ若いのに大変だね

奥さんに心配されるだろう?

 

 

続けざまに話題を振られた

馭者の気遣いだろう、気を紛らわせる為の

 

しかし家族の話は俺にとっては

あまり愉快なものでは無かった

 

それというのも、事情があったからに他ならない。

追慕したくも忘れたい過去の思い出だったのだ

 

 

[───]

カミさんが居たのなんか随分前の話だ。

ガキと一緒に捨ててやったよ

 

死にかけの親父が近くに居ちゃ教育に悪い

 

[───]

はっはっは…口は悪いが

あんた結構優しい人なんじゃないか?

 

妻子を捨てて、それでも思い出を

首にぶら下げてる奴に悪人はいないもんさ

 

 

老いた馭者が此方に言う。

見る先には、鈍い銀色のロケットペンダント

中には懐かしき一家の記念写真が込められていた

 

妻は、息子はロンドンにいる筈だ

 

数年前に偽装した戦死届け────

回りくどい方法ではあったが遺産の譲歩は上手く行き

彼女の生涯を最低保証出来るものにはなったろう

 

姿を暗ますには、きっと最善の方法だった。

…あの時妻がどれ程涙を流したのかを思えば

それが、全く心苦しく無いというと嘘になるが

 

 

[───]

戦争は終わって…金も腐る程置いてきた。

もうアイツらに俺は必要ない

 

息子も今頃はいい歳してる

足場は整えってやった、後はあいつの人生だ

 

[────]

…すると…かなり酷いのか、その病気は

 

[───]

見ての通りさ、昔は楽々と出来た事が

今じゃ血反吐出しながら一苦労ってとこだ。

 

どいつもこいつも…”手の施しようが無い”だぁ…?

 

 

怒り、焦り、ごった返した感情は爪が食込む程に

握り拳となってぎちぎちと音に現れだす

 

それこそは何の成果も得られなかった証であり

ただ時間と金を浪費する事に酷い苛立ちを覚えた。

 

フランス、オランダ、ベルギー、スイス……

これまで中央ヨーロッパの多くを訪れたのだ───

「──それなのに、どうだ」

 

 

[───]

イギリスと何も変わりゃあしない…

医者なんざクソ喰らえだ。俺が欲しいのは

慈悲でも祈りでも無い…生きる為の方法なんだ…!

 

海を渡り、飽くほどに歩き続け…

それが───それがこのザマか…!!

 

 

「いっそ戦場で鉛を喰らって死んだ方がマシだ」

声にもならぬ声で嘆いても現実が変わる事は無い

 

刻一刻と、蝋燭の火の様に

この生命は燃え尽きようとしている

 

気が狂いそうになるほど、時計の針音が脳に響く。

古びたネジがもう直ぐ止まる────

 

 

[────]

”死んだ方がマシ”…そう言いたくなる気持ちは…

まあ分からんでもない。儂は生憎さま、健康だが。

 

けど…お若いの、あんたこんなとこで諦めるのかい?

 

[───]

…もうアテがない。探すにしても…

一度ホテルでじっくり考えんといかん

 

 

「ううむ」と唸った老人は頭を捻らせ

そこからしばしの間お互いに沈黙が続く

 

建物を幾つか通り過ぎ、大通りに出たあたり

馭者は突然何かを思い出したように声を上げた

 

 

[────]

…東の山間、人里離れた辺境ではあるが───

特殊な医療で発展をしている街があると聞く

 

それを知る難病に喘ぐものは、みなそこを訪ねるとな

 

[───]

ただの噂だろう。いちいちそんなもんに

時間を使ってたら埒が明かないぞ…

 

[────]

されど噂さ、火の無いところに煙は上がらない。

選ぶのはあんただし強制する訳でもないが…

 

せっかくだ、藁をも掴む気持ちで

希望を抱いてはどうだい?

 

時間も残り少ないと分かっているなら尚の事ね

 

 

実際のところ他に何か思い当たる場所もない

 

けれど病の身、長旅で心身共に疲弊した自分は

とにかく行動に移すには慎重ならざるを得ず

重い腰を上げる為には相応の信憑性が欲しくある

 

自身にかつてはあった、鉄砲玉の如き躍動感が

今や錆び汚れたソレに成り下がったのを全く痛感した

 

[───]

………

 

 

 

 

 

他愛のない世間話を話してるうち

予定通り中央駅に到着、着発の汽笛が鳴り響き

遠方から訪れたのであろう旅客の人混みが溢れる

 

[────]

さあ、着いた────

 

 

夕刻だ、駅前で張っている新聞売りを始めとし

通りの人は徐々に減って、皆が家路につく頃合い

 

とっぷりと暮れる陽も次第に鳴りを潜めるのは

この”眠らない街”といえども他と変わりはない

 

ケースを掴んでクーペ状の馬車から降りた

 

肌寒くなってきた外気から顧みて

そろそろコートを羽織っても良いだろう

 

[───]

さっきの街だが、駅で言えばどっち方面だ

 

[────]

フランクフルトだな

 

「助かる」──マルク硬貨数枚を投げ渡したが

受け取った馭者は眉間を八の字にすぼめて困惑する

 

当然だ、運賃の何十倍の額を差し出されたら

立場が逆でも、怒りはせずとも混乱はするだろう

 

「この英国人は馬鹿なのか」と思われても仕方ない

 

[────]

おいお客さん、こんなに受け取れんよ

 

[───]

爺さん、あんたの話には医者より払う価値があった。

あんたの言う通りだ、諦観するのは性に合わん

 

柄にもなく、この老人には何か運命的なものを感じた

 

きっとこの出会いは自分の行く末を左右するものに

なるのだろう──行き過ぎた銀貨は再び出会うかも

分からぬ彼への、せめてもの報奨というヤツだ

 

[────]

ふふん…大げさだ、全くもって大げさだ。

だが…良ければ名前を教えてくれるかい

 

[ジョン]

───ジョン。ジョン(John)ウィリアム(William)スミス(Smith)

あんたの事は忘れん。長生きしなよ、爺さん

 

「お互い様だ」──心からの一礼を終えた老人は

仕事を切り上げるのであろう、夕暮れの街並みへと

馬車を走らせて、次第にその姿は見えなくなった。

 

…もう間もなく汽車が発つ時間だ、急がねば

 

決心はとうにあの中で終え、迷う必要はない

ケープを翻し足早に自分もここを後にする

 

 

何処かで眠りにつくまでに彼に逢えて良かった

 

去り際の微笑みを浮かべてきっと家に帰るのだろう

あるいは、スリヴォヴィッツ*2やビールを抱えながら…

そうあってくれるのなら俺にとっても幸いだ。

 

───後腐れのないこの出会いに感謝を

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

──Until it Sleep(眠りにつくまで)──

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

ベルリンを発って幾日、何回馬車や汽車を

乗り継いだか分からなくなる程に進み続けた

 

鮮やかな平原や深緑の森、時折見える町が

少なくなるにつれ田舎に向かっているのが分かる

 

それでも老人が言ったように

確かに医療に長けた都の話話が点々と

耳に入ってくるのだから実在はするらしい…

 

そして遂にその目的地に最も近いと聞く集落に着く

 

───朝四つの頃合い

 

 

[ジョン]

(なんともまあ、辺鄙なとこに来ちまったなぁ

何処かで、寝床を借りれたら良いんだが……)

 

 

寂れた風景は、いやに終末感を漂わせる。

 

幾つかの古民家に荒れた教会と馬屋

この時間にして人の気配が殆どなく薄暗い空が

言いしれぬ不安感を煽り立たせるばかり

 

これまで訪れた街の、どの場所よりも

ここの方が人気がないとはっきり言えよう

───夜を含めてさえだ

 

 

とにもかくにも集落に来たからには

まず話を聞かねば始まらないものである

 

そう意気込んで、民家を訪ねた

 

ノックを数回。ほんの少しだけ扉が開き

中に見えたのは生気の無い顔をした老婆だ

 

 

[ジョン]

こんにちは。邪魔してすまないが

この先の街に向かうにはどうしたら良い?

 

 

「………」

──返答が返ってこず耳が遠いのだろうかと

もう一度挨拶を繰り返そうとしたその時、

ゆっくりと老婆の口がにちゃりと動いた

 

[───]

……普段なら昼時に、乗り合いが一本だけ通る

でもお前さん──行けば今夜はもう戻れないよ

 

しゃがれ声で不気味な雰囲気だったが

帰りの事を考えてくれるあたりは存外親切だ

 

”乗合馬車が一本”───二時間程時間はある

 

[ジョン]

日帰りのつもりはないので結構だ。

ありがとう、しばらく待たせてもらうよ

 

 

そう告げた後、扉はすぐにバタンと閉められてしまった

 

かんぬきを乱暴に降ろす音。不行儀な対応にやや

しかめっ面になったが田舎はこんなものなのだろう。

だが踵を返して民家を背にした時、微かに─────

 

 

”忠告してやったと言うのに馬鹿だねぇ…”

 

 

”…ああ馬鹿な事だよ…ヒ、ヒヒヒ……”

 

 

老夫婦の声と思われるそれは

たった今訪れた、家屋の内から聞こえた

 

呆れと嘲笑の類い…さしもの自分も段々と

むかっ腹が立ち、煙草を吸わずにはいられない

あまりの居心地の悪さに早々に立ち去る。

 

全体的な集落の薄気味悪さといい、

ここは何やら異質な空気感が漂う場所だ。

あまり長居をする気にはなれない────

 

 

「───此方へ」

 

人気の無い通りを行ったり来たりと

一人ものを考えながらぷかぷか煙をふかす

 

しばらく集落を回って、不審に思った点がある

 

ずっと誰かに見られているような感覚。

周囲に満ちる圧力、とりわけこの教会の辺りは

”幾つもの目で監視されている”ごときの圧を感じた

 

同時に、誘いこまれる様な不思議な引力も…

「───そう、此方へ」

その抗えない誘惑へ突き動かされ、紙煙草の火も

消えないうちに寂びた教会の扉を開けた

 

乾燥した外の空気とは裏腹に中はやたら

じめっとしており、異様な臭いが湧き出る

 

…この臭いには覚えがあった

遺体に蔓延るカビの香り──死臭の類いだ

 

 

[ジョン]

(…誰もいないのか…?)

 

牧師や神父の等は見当たらない。

既に投棄されているのかは分からないが

ここも他と同じく、人の気配はとっくに無い

 

ただ、何故か蝋燭だけは火が灯っており

薄暗い屋内を辛うじて照らしていたのだった

 

その他といえば、ところどころ腐り落ちている

木製の長椅子が並んでいたり、振り香炉が乱雑に

捨て置かれている状態─────

 

そして中央奥の祭壇。

 

小規模な教会にはありがちな簡素な祭壇だが…

だが、ここに誘う引力は間違いなくあそこから

発せられているものだというのが分かった

 

[ジョン]

……

 

ミシミシと音を立てる床

その通路を遠慮無しに歩いて祭壇の前に辿り着き、

祀られているのであろう”物体”をまじまじと目にする

 

───それは、いかにも奇妙な石だった『扁桃石』

 

 

[ジョン]

(…石…?にしても変な形してるな…)

 

言うなればそれは”あめんどう”、深い網目を張った

青灰色に輝く”扁桃体”とも言うべき代物だろうか

 

思わず手を伸ばしたが、触れる直前で思い留まる

 

電流の様に走った悪寒…本能的な警鐘だ

”これを触ってしまえばタダでは済まない───”

「感が良い方ですね」

そんな、冷や汗出るような嫌な予感が過ぎり

半ば夢見心地だった意識は一気に現実に引き戻され…

 

それからは早足、逃げる様に教会を後にしたのだった

 

 

 

 

──外出た先では既に乗合馬車が着いていた

 

妙な事だ。馬車の物音など教会からは

一切何も聞こえなかったというのに…

 

 

[ジョン]

街に向かう乗合で間違いないか?

合ってるなら乗せてくれ、運賃はある

 

[──]

……

 

返事の無いその馭者は先の老婆と同じふうに、

また生気の無い幽鬼の様な風体と顔付きをしている。

 

眼孔は窪んで隈がインクと見紛う程に染み付いており

もはや年齢すら定かではない、不気味な姿だ

 

[──]

…乗りな

 

馭者がそう言うとまるで魔法のように

馬車の扉がゆっくりと開く───

 

一瞬目を疑ったが、ただ扉のヒンジが

ガタついてるだけな事に乗る直前気付いた。

 

よく見れば馬車は至るところにガタが来ており

品質的にはお世辞にも良いとはとても言えない

言ってしまえば劣悪にも程がある乗り心地だ

 

こんな馬車で数時間の道程に耐えられるのか。

うって変わって現実的な恐れがただただ心中にある

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

馬車に乗って数時間後、薄暗い空はやがて

みるみるうちに暗くなってゆき、連れて空気も

吐く息が白くなる寒さにまでになる────

 

山を越え、丘を越え、古びた石橋を渡り

時たま雪が降るものだからブランデーを飲んで

身体を無理矢理にでも温める…そんな事の繰り返し

 

馬車自体は意外と問題はない。

最初に扉が勝手に開いた時はどうなる事かと思ったが

座り心地が悪い以外は、至って普通であった

 

そう───ある山道に入るまでは

 

 

[ジョン]

───んが!?

 

夜も更け、眠くなったので仮眠をしていた中だ。

 

突如として安定していた速度が、大きく鞭で

打つ音を合図として一気に駆け足になる

 

当然その衝撃は後ろで寝ていた自分にまで響き、

思わず荷物ともども宙に飛び出した程だ

 

[ジョン]

ッ…おいッ!!どんだけ飛ばしてんだこの野郎!!

 

怒り沸騰、手綱握る馭者へと怒鳴り散らすが

前を覗き込めば、2頭の馬車馬が何かに慄いて

汗を吹き出し全速力で脚を前に出す姿が目に入る

 

背後で何かが追ってきている証拠だ

 

[ジョン]

(尋常じゃねぇ…何に怯えてる!?)

 

今度は窓から身を乗り出す。

けたたましく鳴る車輪の音に耳を抑える

 

馬車を狙っていた者、追跡者の正体を見る為

 

 

あれは────

 

 

[ジョン]

(熊…いや…狼…!?)

 

 

黒毛で、灯影…夜の闇に紛れても分かった

 

その体躯は人を優に超え、だが恐るべき速さで、

ガタガタと山道を駆け抜ける馬車にも追いつく勢い

 

何よりも今まで見た、どの野生動物よりも

執念深く此方をつけ狙う様子を醸し出している

 

 

[──]

───ア ァ ァ ハハ ハハ ハ ハ!!

 

 

馭者の方に振り向き、様子を伺うも恐怖で

気が触れたのか、車輪の音を掻き消さんとする

気迫で絶叫をあげているではないか。

 

正気ではない、取り合う余地も無いのは明白だ

 

 

”───バキッ!!”

 

ついに迫っていた大きな獣が追い付いた

屋根を豪腕によって幾らがえぐり取られた音

 

焦りと混乱によって僅かに汗が滲み出る、

こうなれば否が応でも覚悟を決めるしか無いだろう。

 

 

[ジョン]

(初の実戦が人じゃなく野獣とはな…!)

 

 

アタッシェケースを見る、中にあるのは

試射を幾らか済ませただけの新品の拳銃

 

真鍮輝く鈍い金の弾丸──幸いにも数はそれなりある

 

1、2、3、4、5、6───

 

手早く装填を済ませたその時、

馬車に飛びついた獣が中にまで顔を見せた

 

喰らいつかれる寸前だがそれをいなして

すかさず顔面に渾身の蹴りを打ち込む、不意打ちの

一撃に獣も面を喰らって道へと突き落とされた…が

 

 

[ジョン]

しぶてェ野郎だな…まだ追いかけてきやがる…!!

 

 

転がり落ちた獣見て安堵したのもつかの間、

すぐに体勢を立て直し一瞬で追い付こうとしている

あれでは決定打にならないらしい。

 

そうこうしている内に、林に囲まれていた山道は

段々と木々の数を減らして見晴らしが良くなり

月明かりが照らし出した─────

 

 

今にも外れかける扉を蹴破り、馬車の屋根に上がった

 

冷える空気も、体温が上がっている今は気にならず

白い息はすぐに後ろへ取り残される様に去る

 

【挿絵表示】

 

それは硝煙と薬莢も同じ。

 

残弾が尽きたシリンダーを開け、6発の金属製の

空薬莢が砂利に叩き落されて高い音を鳴らす

 

1、2、3…

 

反撃に転じ、獣に狙いを定め数発撃ち込み───

しかしまだ追手は怯む事を知らぬ。

 

効いていないという訳では無いはずだが

やはり野獣、あれ程大きな獣には拳銃の弾丸では

流石に衝撃を与えるのは難しいというところだ

 

[ジョン]

(皮膚が厚い、狙うなら柔いところか)

 

ならばどこを狙う──簡単だ。

ただ追手を振り切るだけなら眼を潰せば十分。

 

殺し切るなら野生動物にそれは悪手にもなり得るが

それは”狩り”の話である。今は撃退出来ればよい───

 

照準良し。確実に当てるのであれば

再び飛び掛かったその瞬間を狙うのだ

 

 

”───ゴッ”

 

 

[ジョン]

おぉ──ッ!?

 

 

獣が飛びつこうと跳躍したその時

 

一瞬にして、身体が宙に浮き飛んだ。

視界に写るは倒木に突っ込んだ馬車が崩壊した光景

 

馭者も、車輪も何もかもが、

大きな衝撃によって散乱し飛ぶ有り様────

 

 

かくいう自分もその一つ、地面に叩きつけられ

全身に嫌な音が響いて擦り傷にまみれる

 

不味ったとしか言いようがない。

馭者があの状況で放置するのは今思えば愚かな行為だ

 

 

[ジョン]

───ッッ……クッソ…ついてねぇなおい……!!

 

 

灯火が馬車の残骸に燃え移り始める────

 

遠目にはそこから離れたところに、

馭者が倒れているが生死は定かではない。

 

二頭馬の片方は当然即死、

片方は大傷だがそれでも逃げ去った

 

 

いや…そんな事よりも獣は。

 

奴も馬車の横転に巻き込まれたようで

残骸を挟んだ対岸に、吹き飛んだのが見えた

 

 

転がり落ちた拳銃を拾って恐る恐る確かめる。

 

確かにいる、そしてその姿は健在……

これはかなり不味い状況だ、

 

ライフルでもあればまだ違ったろうが、手持ちには

獣を迎え撃つには不相応な拳銃と残り僅かな弾丸

そして大型のナイフが一振り────

 

 

[ジョン]

(………)

 

 

ここで踵を返して奴が去れば、不幸中の幸いだが。

 

しかしその様子は無く…けれど炎を恐れているのか、

先ほどまでの昂りは随分穏やかになっていた

 

 

[──]

う…あぁ……

 

 

呻きが聞こえる、馭者はまだ息の根があった

獣の耳にも届いたのか、ゆっくりと旋回し

馭者の方へ向かい出している────

 

 

[ジョン]

(不味い…見つかってしまえば野郎はまず助からん…)

 

 

苦渋の判断を下す、残骸の棒きれに火を移し

拳銃を傍ら、囮となって獣に大声で呼びかけた

 

獣は、より気を引くこの声に意識を向け

されば足取りを軽く駆けだし───此方も躍り出る

 

 

右手の炎、左手の拳銃。燃え盛る馬車を背、

次は視界を奪って有利に事を運ぶために眼を狙う

 

揺られた足場は今や無く、命中率は格段に上がった

集中出来る状況において従軍者が外す事はあり得ない

 

 

”だッ”───駆ける、獣が駆ける

凄まじい勢い、しかし正面なら当てるは容易い

 

 

”───パァンッッ!!”

 

 

銃撃音が轟く…命中だ。

さしもの獣も右眼を潰されれば大きく怯む

 

すかさず棒きれを振り、ごおっと

炎をチラつかせて威嚇を続けた末に───

 

隻眼となった獣はようやっと走り去ったのだった

 

 

[ジョン]

ハァ……ハァ……畜生が…やっと逃げたか……

 

 

パチパチと、木が焼ける音が残り続け

戦闘の最中にあった心拍も徐々に落ち着く

 

 

アタッシェケースを拾って確認するも

多少表面のレザーが裂けて熱を帯びているのみで

中身も無事だというのが分かった

 

流石はゴディヨ*3の鞄、十数年ものでも金属の

フレームが入っているだけで随分と頑丈なものだ

 

続いて馭者を残骸の中から引き摺り出した。

 

至る所に傷があるのは自分と同じだが

より具合が悪いものに見える、このまま

放って置いてもそのうち死ぬのは易く分かった

 

”ブチッ”

 

馬を繋いでいた紐をナイフで切って止血に使う…

現状出来るのはこの程度の応急処置。

あとは医者に診てもらうしかないだろう

 

 

[ジョン]

……さて……

 

 

青白い月が大地を照らす────

 

ふと気付けば道筋の遙か先には、

まるで槍の様に聳え立つ大きな建物が幾つも見える

 

古い街、田舎にあるには随分と違和感のある

奇妙な光景────あれが目的地だという

 

距離にして約8kmといったところ

 

馭者一人と荷物担いでも全速力なら

一時間足らずで何とか走破出来るかもしれない

 

英軍時代と比べれば大分体力に

衰えはあるが不可能な程でもないだろう

 

いや────出来なければこの男が死ぬ

 

 

義理も恩も無ければ、信心深さがある事でもない

 

しかしこんな不気味な夜に自分が原因で

死なれでもしたらただただ目覚めが悪いというもの

 

善行に興味は無いが、悪行というものは

日々の嗜好品の質を落とすのだ。(主に煙草の)

 

[ジョン]

……す───ふぅ……ッ……!!

 

駆け出す。向かう先へと一直線───

 

身を凍てつかせる秋の寒さは、

火の様に沸き立つ体温が掻き消してくれよう

 

刻一刻と燃え尽きようとする命…痛む肺、狭まる喉。

これらを治す手段があるとすればこの先だろうか

 

 

────”古都ヤーナム”

血みどろに塗れた、狩人達の数奇な物語が幕を開ける

 

 

 

 

 

 

─────────

*1
旅行鞄。ブリーフケースの一種。

*2
中欧から東欧で産出される果実酒。スモモの蒸留酒。ブランデー。

*3
アレクシス・ゴディヨ。フランス人の発明家。様々な日用品の開発に携わった事で知られる。




《 銀のペンダント 》
後の「撃鉄」が故郷を発った時から
唯一持っている大切な銀のペンダント

中には彼の一家の写真が込められており
それはずっと、心の火種となっていたのだ

赤い死の贖罪が、輝く夜明けに訪れるまで
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