Bloodborne:Brave of Braze   作:NEXT_0809

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じゃあ(Now thou art)、た(an 0)だの虚無だ(without a figure;)

のあんた(I am better)(than)の方がまし(thou art now;)

俺は道化、あ(I am a fool,)たはなんでも(thou art nothing.)ない


「リア王」-第四場:道化-
───シェイクスピア───




04.月の夜の夢

 

狩人が会敵した獣の”波状(ウェーブ)”────

ダンテ…並びにジョンの介入が決定打となって

戦闘の区切りをここに迎え、一同は胸を撫で下ろす

 

現場の各所、立ち昇る灰色の煙と赤い炎は

やがて段を重ねて薄く、勢いを弱めて鎮まった

 

狩人は一様に息を荒げ安堵をするも、反面堂内は

恐怖と不安の呻き───啜り泣く子供と女の嗚咽が

ひたすらに満ち、束の間、勝利の余韻にも浸れぬ

 

 

”神よ…どうか私達を…娘をお救いください……”

 

”慈悲を…獣に食まれては眠れもできますまい…”

 

 

若はすべから、老いたりの至るまで、

懇々と群衆は堂内奥の祭壇へと拝み嘆くばかり

 

辺り溢れんその姿等は辛く休息を摂る狩人達にすら

とても憐れに見え…それぞれが悶々とした心持ちで

装いを整え、負う身に輸血を施していたのだった

 

 

[アブラハム]

慣れたつもりだったけど…

やっぱりこういうのは気が滅入るなぁ…

 

 

[グレッチェン]

致し方無いさ…私達はともかく…

彼らに夜明けの兆しは、見えてないのだから

 

 

 

語る師弟は壁にもたれ、茫然と人の集りを見つめ

思い思いの心境や考えを呟いている

 

二人からやや離れた荷物置きに腰を掛ける男。

 

ジョンは深い沈黙の元、拳銃を弄って気晴らしに

耽っていたが、徐ろにポケットから一発の実包を

取り出し…煙草の煙を吐いて、それを装填した

 

”───パァンッッ!!”

 

空を切る弾丸、水銀ではない。

 

なれども上へ放たれた弾には、明確な苛立ちが

込められており…彼の予想通りに堂内の人間全ての

視線を集め、尚且つ、恐慌の色が含まれる

 

 

[ジョン]

黙って寝てろ、おちおち休憩も出来やしねぇ…

 

 

数々の眼にも臆する事はなくジョンは低く唸る様に

周囲の、特に拝手を捧げる民衆へと言い放つ

 

その威嚇もあってか、多少なりとも

祈りの声は小さくなっていった

 

だが、斯様な事をすれば当然ながら敵意を買う

特に青年狩人は、明らか顕著であろう

 

 

[アブラハム]

なんだよあいつ…!あんな威かす事無いだろ…!?

 

 

青年アブラハムの発言を半ば遮る様に、

師のグレッチェンは一歩一歩と前に進み出───

落ち着き、しかし朗らかな声色で以て彼に挨拶する

 

 

[グレッチェン]

やあ、乱暴だな

 

 

方やジョンは、素知らぬ顔。

射撃により熱した薬莢のみを手早く懐に収め、

銃口の残煙をフッと息で払い、腰の隣に置いた

 

 

[ジョン]

ああいう糞共は適当に黙らせときゃ良い

やれ呪いだ、神だ…祈るだけの奴は全く虫唾が走る

 

…ゔ…ゲホッ……!

 

 

[グレッチェン]

人間そういうものだ。どうにも君は肝が

座り過ぎている様だが、それで煙草には縋ってる

 

 

女狩人の、幼い子供を宥める様な言い振りは、

何人寄せ付けない威圧的な異邦人に吹き込まれ

彼も、その様子を見て次第に頭を冷やしていく

 

 

[ジョン]

ふぅ…祈願と嗜好を一緒にするんじゃあない

何年の付き合いだと思ってやがる、25年だぞ

 

 

言う通り、何せ彼の煙草の馴れ初めは

クリミア戦争以前、少年時代にまで遡る程である

 

全身の至る所まで焼けた葉の匂いは染み透り

これ無くしてジョンの人生は語れぬと言える位には

生き甲斐の大部分を覆っており───だがそれ故、

命を縮めていたというのはまた皮肉な話であろう

 

 

 

 

 

 

その頃、他の古狩人連中は教会の大扉の外、

堂前の戦闘があった場にて次の攻撃に備える為

数多くの獣や、狂った群衆の遺体を端に寄せた後

知己の仲同士───改めて挨拶を交わす

 

特に古狩人ダンテの合流はデュラ達にとっては

ずっと喜ばしく、彼らは互いの無事を讃え合い

血塗れた装束でありながらも、固い抱擁を遂げた

 

 

[ダンテ]

無事で何よりだ。グレッチェンは…

…まだ残っていたのだな、てっきり

もう街を発ったものかと思っていたのだがね

 

 

ちらりと扉の方を横目に見る。

 

かの女狩人は、ダンテが発つ前には

この教会に居なかったがそれも理由がある

 

というのもグレッチェンはこの夜の以前に

狩りに潮時を感じ、既に一線を退いていたからだ

 

だが────

 

 

[デュラ]

「アブラハムが心配で戻ってきた」だそうだ。

まあ、弟子想いなのは良いことだろう?

…それよりも────”あれ”は、見つかったか

 

 

暗に彼らだけが知る”何か”を尋ねたデュラ

それはダンテにも通じたが、彼は首を横に振り

それらしい成果は無かった事を告げた

 

 

[ダンテ]

虱潰しで探したが、やはり下街(ここ)じゃないだろうな

だが…!良い戦力が見つかったのは幸いだよ

 

[デュラ]

…あの男か?射撃の腕前は、確かに一流だったが。

いや…異邦人…まさかとは思うが───

 

 

足下に転がるライフル弾の薬莢をダンテは手に取り

勝ち誇った様な、にやりとした表情を浮べ…

デュラは一連のその行動から、一つ憶測を立てた

 

だがダンテはそれも否、と首を振る

彼らが求める”物と者”──その片方では無いと

 

 

[ダンテ]

”まだ”彼では無い。数時間前にここへ来たばかり

血の医療は未だ、受けていないのだから

 

[デュラ]

しかしさっきのあの動き、只者ではなさそうだな。

熟練の狩人でも、ああまで状況判断に長けてない

それも……輸血もせず、か…

 

 

視界外からの奇襲を躱し、手持ちで行える迎撃法を

即座に組み上げるのは生半の芸当ではあり得ない

 

狩人ならいざ知らず、狩りの経験など有りもしない

異邦人が平静にして獣を仕留めるのはそれこそ、

何かしらのプロフェッショナルか英雄的な者位だ

 

 

[ダンテ]

アレは化けるぞ、何より理性が非常に強い。

技術は言わずもがな、ものの数時間であの順応性だ…

お前も挨拶しとくと良い───

 

 

して古狩人の二人が会話をしている中、

教会の扉が開かれ、堂内に居た他三人が戻ってきた

 

ジョン、グレッチェン、アブラハム───

あいも変わらず重い空気の教会を耐えかねての事か

特に異邦人の彼と青年は、難しい顔をしている

 

 

[デュラ]

話に聞いた。貴公がジョン…で良いかね

 

[ジョン]

アンタがデュラ…ぺっ…セルビア人か

 

さぞやり手なんだろうな、何しろアンタの

地元の迷信が今現在、彷徨いてるワケだ

次はなんだ?吸血鬼か?ハッ……

 

 

残り無い煙草を口から吹き落とし、

それを乱暴に踏みつけて火種を完全に消す。

 

血溜まりに落ちたそれはジュッと音を立て

既に火の光はあろう筈も無かったが───

 

これも今の機嫌の現れだろう…

苛立ちは古狩人デュラの目にも明らかだった

 

 

[デュラ]

出鼻を挫かれたか…気を損ねてしまってすまないが

今は互いに嫌疑にかかる暇ではないのは分かる筈だ

 

[ジョン]

…眠いだけだ。それで?次はどうする

 

今後の経緯を尋ねられたダンテは

迷う事無く、きっぱりとやるべき事を言う

 

[ダンテ]

この一帯の獣を掃討するしかあるまい。

 

血肉が、奴らを呼び寄せる…

立地もあってかここは空気が淀みやすく

そこら中から獣が集中して来ているようだ

 

 

教会の周辺は上町や山岳に取り囲まれており

故に下街は、血と獣臭に溢れる───

 

更に言えば、教会裏の崖下は川がある為に

夜が明けた平時においてすら常に湿気が滞り、

これらの異臭に拍車を掛ける要因となっているのだ

 

 

[デュラ]

各方向に分散して端から狩るとしよう

幸いここに集った狩人は皆…優秀な者ばかりだ。

教会に近付くまでに各個撃破出来れば被害も少ない

 

[グレッチェン]

そうと決まれば、組み合わせは大体決まってるな

 

デュラと連れの3人、私とアブラハム、

で…この、気難しい旅行客とダンテだろう

 

[───]

良いんじゃないか。それで行こう、リーダー

 

 

その場にいた女狩人と”デュラの盟友”の一人、

ノコギリ槍を得物とする男は、デュラに賛同し

それぞれの武器を手、いざ行かんと身を乗り出す

 

しかしこれは制止されてしまった

 

異邦人のジョン、彼は納得が出来ぬ、

或いは呆れたという風に難を示したから

 

 

[ジョン]

……まあ待てよ。

どの程度、奴等がいるかも分かりゃしねぇんだ

ちったぁ頭使え、お前ら狩人の器が知れるぞ

 

[アブラハム]

何も知らない癖に口を挟むなよ

行こうグレッチェン、時間が勿体ない

 

 

先の発砲、この荒い言葉遣いといい、

青年狩人が彼に嫌悪を現すには十分に過ぎた

 

嫌悪感を悟れぬ程、ジョンも鈍感では無いが

彼にとっては至極どうでも良く…また流す質だからか

ジョンとアブラハムは、犬猿の様に火花を散らす

 

それには年の功も関係してあるのだろう

 

青年は年相応に他人にも敏感で───

壮年は年不相応に傍若無人であったのだ

 

 

[ジョン]

こんな田舎で、どの程度物を知った気になってんだ?

下手打ちたくなきゃ黙って聞け───坊主

 

何を、と昂るアブラハムが革の手袋でぎちぎちと

握り拳を作ったあたり、見かねた師の女狩人が

彼の肩に手を置いて冷静になる様に促した

 

[グレッチェン]

そう猛るなアブラハム、

まずは彼の提案を聞いてみよう

 

[ジョン]

ここは臭いが貯まりやすい…

…血肉に誘われて来る。そう言ったなダンテ?

じゃあまず囮はある訳だ、旨い香りのする餌がな…

 

 

面々は囮という単語に反応こそしたものの、

肝心の”その物”が見当たらぬ事を訝しむ

 

するとジョンは後ろ手に親指を指した。

その先は獣や、獣化間際の群衆の遺体の山だ

 

[ジョン]

分からんのか、そこに腐る程あるじゃないか

どれもこれも新鮮だぜ、食うに困らん

 

…要は、片っ端から探し回るよりも

ここで迎え撃った方が早いんだ。何か違うか?

 

デュラやその盟友達は口々に、避難民へのリスク等

異論を炙り出し異邦人との軽い議論に発展

 

一方の古狩人ダンテと女狩人は深く考え込み

アブラハムはしばらく、その様子を見て不安気に。

 

血の海の上、狩人達は最善の案を導き出さんが為

あれやこれやと饒舌に口を走らせた結果は────

 

[グレッチェン]

彼には確かに一理ある、もう一週間だ

これ以上まどろっこしい事はやってられない

 

[ジョン]

物分りが良くて助かるよ、何…心配しなさんな

別に人を縛って吊るし上げる訳じゃあない

 

あんたらは?まだ異論がある奴は、いるか?

 

ざっと彼が見渡すも皆、グレッチェンの言葉に

ぐうの音も出ないばかりで、眉間に皺を寄せはするも

反論異論にまで漕ぎ着ける気配は無かった

 

[ダンテ]

私はジョンに賛成するが…デュラ?

 

[デュラ]

……むぅ……背に腹は代えられん

…貴公に指揮を仰ごう、どうすれば良い?

 

最後に古狩人デュラが賛成したところで

異邦人の男はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

これよりは元陸軍大尉の独擅場、血塗れた狩人達が

持ち得なかった合理主義の戦場、その築きである

 

 

 

※ ※

 

 

 

[ジョン]

使えるものは全て使え、時間が何時までも

許してくれると思うなよ!早くしろ!!

 

作戦の決定からしばしの時間が経ち、今に至る。

 

堂内に貯蓄されていた備品の木箱や樽、木材や土嚢

それら多くを駆使して簡易なバリケードを構築、

 

粗い作りの防壁裏には火炎瓶や幾多の長銃が備えられ

戦場さながら、その光景は何処かあったかもしれぬ

古い、革命戦争を思い起こさせるものだ

 

 

[───]

あそこまで引き上げる理由はなんだ?

 

 

盟友の一人、”青雷の金槌(トニトルス)”を得物とする狩人が

教会前の建屋上を指す────

 

ロープで吊り運ばれた獣の死体。

火を付けたばかりなれど、焦げ付く死臭は

皆の鼻を突き、狩人ですら酷い臭いに顔をしかめた

 

だが、故に意味があるとジョンは息巻く

 

 

[ジョン]

異邦人の俺でも分かる。

下街は谷間が故、風の通りがかなり強い

上で焼き、そして血肉の臭いは街中へ放たれる

 

これがさっき言った餌だ。

幸いだったのはこっちが風上だった事だな

ははっ、どうだ?匂い立つだろう…

 

 

煙が夜闇に高く吹き上がればそのままに、

荒ぶ突風から運ばれ、獣性誘う薫りは遠くへ舞う

 

屋上へ、路地へ、川下と、衝動のままに蔓延る獣には

ずっと甘露な獲物。その符牒の他には有り得ぬと…

狂おしい月へ、それらは更に更にと拍車を掛ける

 

作戦を回す第一の歯車、ジョンは後より起こる、

虐殺の光景を脳裏に浮べて鼻で嗤い───

 

───そこへダンテ、彼が戻ってきた

 

 

[ダンテ]

火薬の設置は終わった、次は?

 

事前作業は残り程なく、じき完了する見込み。

指揮官自身決定打を成す為に必要な物は

既に分かっている。これが、最後の歯車なのだ

 

[ジョン]

中の奴らを引きずり出す、人手が足りん

 

 

──難しい事はない、数には数で対抗するのみ

 

 

 

 

大教会の中、多くの人混みを掻き分けて進む

最初と何ら変わり無く、泣く子をあやす母も居れば

ぶつくさと物を言う老夫婦などなど、

 

全く嫌気が差す光景にジョンはやはり、秘めた

苛立ちを胸にしながら堂内奥──中央の祭壇へ

ひょいと飛び乗り、咳払い。声を張り上げた

 

 

[ジョン]

───諸君!!話を聞いてもらえるか!!

 

 

一斉に目線が前に向く。祭祀の壇を足蹴にするなど

罰当たりな行いに群衆は目を丸くし、彼に罵声を

浴びすものの、そんなものには聞く耳持たぬ

 

この行動とはまるで道化の振る舞いの様

また続いて、声を張り上げた

 

[ジョン]

外の騒ぎを聞いていた者なら分かるだろう

我々狩人はここ数日、この教会を守り通してきた!

 

赤子も聞き耳を立てる程、芯の通った大声は

建物の中に響き渡って悪しき囁きをも掻き消す。

 

故に群衆は否が応でも耳を傾ける他なく

否定の声も演説を続く異邦人に届く事がない

 

[ジョン]

諸君等が無事なのが何よりの証拠

結果、今までこの扉が破られる事は無かったのだ

 

しかし、最早諸君等の身を保証する事は出来ない!

我々は戦い、守り、消耗し過ぎた!

 

意図を汲み取れず訝しむ者は首をかしげ、

察しがつく者は顔を青ざめさせて更に耳を傾ける

 

怯え腰の者の姿はジョンにとって、よく見慣れた物だ

幾年も前の戦場は、それで満ちていたのだから

彼の記憶には───今も鮮明に刻まれていた

 

[ジョン]

繰り返し言おう!保証は無い!

狩人では、我々だけでは守り通す事は出来ん!

 

故に欲している!我々は果敢な人間を!!

獣に仇なす為の、一つの弾丸を!!

 

勇気ある者、戦える者は挙手を!!

 

しんと静寂に還る教会の中はいっそ不気味な程だが

一度場が静まれば、口々と彼を忌々しげに罵る声が

また湧き上がり、殆どの者は暗い眼孔の中、

ちらりと見える冷たい瞳を覗かせ───

 

熱気の篭った呼び掛けに応えようとする

姿勢は、微塵にも見える事は無い

 

 

”俺達を獣から引き離すのが義務だろうが…”

 

”お前らが病を呼び込むんだ!” ”消えろ、よそ者…”

 

 

刺々しく浴びせられる声にもどこ吹く風、

ジョンは内心、心底呆れたものだった。

 

それでも秩序なき言葉を制して、

今度は彼らの揚げ足取りから演説を始める精神は

誰が見ても、中々気丈夫に見えたものだろう

 

[ジョン]

”よそ者”、確かにそうだとも。

私はただ一介の異邦人に過ぎん

 

───けれどおかしな話だ

よそ者に戦うべき道理があろう筈もない

 

我々がここを棄て去ったとしよう、

皆は黙って獣に貪り喰われる意中か?

 

腕を組み、一本指を立て、ざわつく民衆を、

振る舞いからして更に高圧的な態度を取り続く

 

さしもの排他的なヤーナム人と言えども

大勢に全く怯みもしない大男を前にしては、

ただ傍聴人として…聞きに徹する他無い

 

[ジョン]

問うているのだ───きっと側には、

愛する者が、妻、子供達がいるのだろう

或いはその家族を無惨に殺された者もいよう

 

彼らの為に立ち上がれる者は諸君等の中には、

誰一人としていないというのか?

 

その言葉だった。異邦人の演説が初めて

冷ややかな彼らを胸打った台詞は────

 

それぞれが周りの意見を伺い、親しい者を

見つめ、一様には言えぬが何かへ思いを馳せる

 

着実に民衆の意識はジョンの手の内に集い、

最終的にはたった一人が、やっと手を挙げた。

 

か細い、だが意志に満ちた、女の手

 

 

[ジョン]

…前へ

 

 

ジョンは人混みに消え入りそうな挙手をも

決して見逃さず、組んだ腕を解き、手を差し伸べた

 

何処にでもいる女性だ

 

貧相な佇まい、しかし立ち上がった名の知れぬ

彼女は、使い古したスカートを引き摺りながら

短い歩幅で、一歩一歩を踏みしめ祭壇へ辿り着く

 

して、彼女は大勢の人の方へ振り向き、

そこで初めて思い知ったのだ

 

「ああ、我々はなんと哀れな姿なのか」

 

祭壇から飛び降りたこの異邦人からは、自分達は

目も当てられらぬ程に小さく、ひ弱に見えたのだと

 

 

[──]

…あ、あの…

 

[ジョン]

御婦人、手が震えている。

どうしてここに立ってくれた?

 

”何故前に立ったか” 問われた時、彼女は今一度

己を奮い立たせ、真っ直ぐ男を見つめ語った。

 

感極まった故か、女性の瞳は、赤く潤んでいる

 

[──]

息子が…いるんです…夫は夜の前に出たきり。

ずっと帰ってきていませんが…

…きっと殺されてるでしょう…

 

正義感なんかじゃ無いです

ただ、あの野蛮な獣を息子に近付けたくない

夫の仇も…とらないと…!!

 

震える声を絞り出す女性に、紛う事無くジョンは

強かさを、ある種の神聖ささえも見い出す。

 

彼が何より尊ぶ物とは勇気───

第一声が、この他愛のない様に見えた女性である事に

何よりもまずは深い感謝と、尊敬の念を抱いた

 

[ジョン]

…旦那さんは貴女の様な奥方を持てて幸福だ。

 

子を背にした母は何よりも強い。

それこそ、強大な敵に一矢報いる事が出来る程に

 

御婦人、私は一人の男として貴女に敬意を示そう

 

そう言い彼は、まさに英国の紳士らしく

彼女の手の甲へ口吻を交わして、再び声を大に発した

 

前に出た女性というと───慣れぬ礼節の行為に

ほんのり顔を赤く染めてはいるが、恥づを振り切り

キッと大衆へ視線を、異邦人と共に向ける

 

[ジョン]

この真に貴婦人は、今、獣に抗する銃を握った!

神に祈らんが為に、手を握るのではなく!

 

これがどれ程高潔な行為か、

ここにいる他人任せの者等には分かるまい!

 

女性が立ち上がってからというものの、

野次は鳴りを潜めるばかりか、彼の言葉が確かな

効を成した証として、ばつが悪い表情をした者が多く

見受けられ…次第に一人、一人と手を挙げ始めた

 

”僕も戦いたい” ”私もだ、家族がいる”

 

うら若い青年、恰幅のある男や諸々。最後には

総勢十人を超える志願者が現れた事に、ジョンは

満足げに鼻を鳴らして残った者達へ賛辞を促す

 

 

[ジョン]

手ずから君達の城を守り抜かんとする、

この勇気ある志願者達へ…大きな拍手を───!!

 

 

始まりは呪詛にも似る、暗い祈りに満ちていた教会…

演説が終わる頃には微かに希望の光が溢れだした。

 

拍手と喝采は嵐が如くに渦巻き、

”獣”という共通する敵を前に昂る

 

今や民衆達は夜のヤーナムを彷徨う、

正気を失った冒涜的幽鬼の様な群衆とは異なり、

”炎”に充てられた意志を──心に宿しているのだ

 

斯くて、史上類を見ない扇動者によって

狩りの夜にあるまじき、統率のとれた民兵が誕生した

 

この事は後々───

幾多の名だたる狩人や、医療教会に知れ渡り、

 

かの異邦人が最も強かな狩人である事を

裏付ける逸話の、数ある一つになったという

 

 

 

 

 

 

※ ※

 

 

 

《ヤーナムの何処かにて》

 

 

 

 

 

[────]

───フフフ…素晴らしきかな、異邦の方!

 

 

薄暗い実験室の片隅、月光の映える窓際

ずるずると蠢く、青白い星輪のヒダ

 

”啓蒙”無き者にとって、それは宇宙悪夢的光景ながら

何処か幻想的な───異次元の色彩を写し見す

 

蛞蝓にも見えるこの男は何かを視ている

だが何を通して何を視るのか、まだ”君”は知り得ない

 

 

[─────]

 ふわぁ…飽きないねェ…あんた…

”犬”は散歩かい?ちょっかい掛けに行こうかしら

 

 

真紅のソファーに寝そべり、

血の如き実を食むのは眩い銀の女。

 

死体の様に青ざめた皮膚は吸血鬼を彷彿とさせ、

同時に赤紫の唇は、劣情を抱かせる程妖しい艶を放つ

 

だが女は妖艶も掻き消す位にはだらけ、

焼けた骨の様な甲冑を、ソファーの厚い皮布に

ぎゅーっと押し込み押し込み、退屈に呆けていた

 

 

[────]

おや、読者の皆さん…すみませんね!

私達”二人”の出番は今しばらくなさそうで!

 

そんなこんなで退屈しておりますよ!ええ!

 

[─────]

(何に話かけてんだか…)

 

…まだ、彼らの出番は来ない。

しかしながら、そう遠い話でも無いのだろうか

 

 

 

※ ※

 

 

 

 

狩人達が狩りの備えに勤しむその同時刻。

影なるヤーナムの、更に影なる隠された街にて

天高く聳える摩天楼の数々…(メンシス)の下に風を切る

 

轟と吹く狂風にも揺られず、尖塔を這い上がる影

 

只人ならば易々と吹き飛ばされる渦中でこそあれ、

なれども、この影は決して墜ちる事は無い

 

────何故か?

 

それは、獣であって人には非ず

しかし、人であって獣には非ず

狭間に彷徨う獣人、”抱擁”を受けた狩人故に。

 

”───ダンッ!!”

 

塔の外壁を抉り、跳ねたと思えば

そのまま一気に平野の狼の様に駆け上がる

 

あっという間に頂上に辿り着いた獣人は

鋭い槍の様な頂天に爪を喰い込ませて空を嗅いだ

 

[─────]

チッ……嫌に臭うぞ…

えづくじゃあないか、狩人共…

 

その装い。酷く惨めな襤褸を纏い、背には巾着袋を、

ぶとい鉄塊──”獣肉断ち”と散弾銃を負っており

この上で天高い塔を駆け上がったという事実

 

襤褸と体毛に隠された肉体はまさしく、

野獣の様に強靭である事が覗えるだろう

 

唸り、獣頭を抱え、悩ませられた獣人だが

何がしかの結論に達したのか、凶暴な牙を剥き出し

ひゅうひゅう鳴る風に流す様に独り言ちた

 

 

[─────]

そうか…奴か…蛞蝓男が言っていた…”今宵の”とは。

焦げ付く肉、血肉を燻らせ、我らを誘う者…

 

───何処(いずこ)か…何処か何処か、何処かぁッッ!!

 

 

狂乱に吠えゆる───まだ見ぬ”あの狩人”へと。

煮える憎悪を向けて、月の夜の夢に、罪業向けて

 

 

[─────]

 

────アオ”オ”ォ”ォ”ーンッッ!!

 

 

 

砂の底に座す、雷鳴の獣…或いはその”再誕”

尖塔の頂に咆えるは───忌々しき獣血の背教者なり

 

 

 

 




《 奇矯の焼葉 》
異邦から持ち込まれた嗜好品
このシガレットカードは「愚者」だ

古都ヤーナムにおいて喫煙は物珍しく
一部の狩人が愛好する程度、希少であった
なお「愚者」とは道化、番狂わせの意である
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