Bloodborne:Brave of Braze 作:NEXT_0809
山
彼
城
太
「山の魔王の宮殿にて」−ペール・ギュント−
───エドヴァルド・グリーグ───
異邦の男が演説している最中
斥候に出ていた古狩人グレッチェン
所以も知らず、一時の拠点に身を帰した際には
その変わり様に疾く驚かされたのであった。
一つ、この僅かな時間でバリケードを
殆ど十全に、広く構築しきった事
二つ、先までは教会の内に滞っていた筈の
あの群衆達がジョンの指揮下に下ったという事
特に二つ目は、全く目を見張る光景だった
長銃の扱いを心得ぬ彼らに手取り足取り教え、
此度の戦闘で何を重きに置くかを説く男の姿は
確かな説得力と心強さに満ち溢れている
なんというか、凄いな
彼女がそう声を掛けると、ジョンは切りよく
一通りの指導を終えたのかライフルを肩に吊り下げ
グレッチェンと───遅れて、教会裏から
彼女と同じ任を終えてきたデュラに歩み寄った
使える物は全部使う信条があってな…
斥候の報告。状況はどうだ
君の思惑通りだよ。囮に効能あり、
周辺の獣は着実にこっちに集まってる
それも相当の数───激戦になりそうだ
旧教会側には獣は見受けられ無かった
これならば前面に専念出来る分、
迎撃の分散も考えなくて良い
現本堂であるこの聖杯大教会の裏手には聖堂街に
通ずる上層と、谷間の街の中でも、一際築歴の古い
旧「聖杯教会」を取り巻く寂れた裏路地があるが
かの区画はそもそもの住民が少ないのもあり、
デュラが確認に向かった際には人気どころか
獣の気配まで、血の痕跡一つ見当たらなかった
───下層は”隠し街”に近いが故か、獣ですら
郊外に通ずる大門には易々と近寄ろうとはしない
不気味な事この上ないが、目先の問題を
優先すべき今は都合が良い話だとも言える
一先ずは…問題無しと
そうもいかない、遠目に確認しただけだが…
大物がいる───恐らく奴も来るぞ
なら広域の方はといえば、はっきり朗報とも言えず
グレッチェンが哨戒の際、障害となり得る物を見た
路地より押し寄せるもの、屋根を伝うもの。
夥しい数が大教会へ誘われる中、
群に紛れる様に影一つ…稀有な獣の姿
まさか…”聖職者”か…!?
いいや、”渇いた”方だ
双方は長い経験の内に合致する種の獣を見出したが
その様な物が無いジョンに分かるべくも無い。
一連のやり取りを聞いても理解は得る事なく、
慎重に、知るべき事を問う事にした
分かる様に話せ、そいつの特徴は?
赤く、背中の皮がずる剥けたグロテスクな奴だ。
獣というより、悪魔か何かと言った方が正解かな
───”血に渇いた獣”
病により人が獣に変貌する経過の中で、
この様に媒体となった人間の性質によりけり
更に巨大に、更に鋭敏に進化を遂げる事例がある
渇いた獣はこうした例の一つ、内に潜む病が濃い程に
強い飢えを覚え───環境によって”毒性”を獲得する
被害度は一般の狼姿を持つ獣を優に勝り、
古狩人達はこの種の獣を発見した際には優先的に
排除する意識を、須らく持ち合わせているという
貴公、渇いた獣はかなり厄介だ
速さも凶暴性も、並の獣の比ではない。
あれが来るなら民衆だけでは対処出来んぞ
女狩人も右に同じく肯き、甚大な障害と
なるであろう所以をここに裏付けた
こうなれば、如何にこの男と言えども
事を急くのを躊躇せざるを得ず、顎を擦って
対策の程を物静かに、深々と考え込む
……百聞は一見にしかずか、
見てない以上対策を立てるのは難しいが…
あくまでこの作戦は多対に重きを置いたものだ
個体への対応としては恐らく、あんたらのが秀でてる
件の獣が来た時はデュラ、頼むぞ────
”ピィーッッ!!”
その時である。狩人達の中の誰か、恐らくは
見張りに立っていた”盟友”の一人であろうか
甲高い音の警笛を用いて、事前の手筈にある
警告信号を防壁内の人々の全てに向けて発した
集う視線を受けて指揮官は勢い良く、ガチャッと
ライフルのブリーチを上げて対獣の円錐弾を弾込め
手際の良い動作に、一瞬ながら皆の目を引き留める
おいでなすったぞ…!
全員配置に付け!!射撃隊は先に教えた通り!
外す外さんは気にするな、装填を意識しろ!!
十人余りの群衆からなる射撃隊は
しどろもどろしながらも、ジョンの発破に奮い、
残りの狩人達も打ち合わせ通り各々の持ち場へ走る
二人の師弟は教会正面に見える左方の屋根上へ、
”盟友”の一人は右方の屋根上へ、残りの盟友達は
射撃隊と共に防壁を、ダンテとデュラは高台からの
狙撃支援に回り───ジョンは防壁にて指揮をとる
どうしたんだ、ダンテ?
……いや。何でもない
石畳を駆ける喧騒な音が響く、そんな中で一人
俄然と空を見上げている撃鉄の狩人を不審に思った
デュラは声をかけたが、理由は明白にならぬまま…
やきもきする思いを抑え、自らも配置に走って行く
それを見届けたダンテは、
再び”隠し街”の方角に耳を澄ませた
ずっと遠くに、微かに聞こえた”咆哮”
聞き間違いでないのなら、覚えのある気配だ
(───アイザック、お前なのか?)
しかしとうに咆哮は途絶え────
思惑も虚しく、答えとなり得るものは
二度と、古狩人の耳に届く事は無かった
忙しく煉瓦を踏み鳴らす音、慌しい掛け声だけ。
やがてこうして時間を割くのも無駄と悟り、
彼もまたデュラと同じ風に、そこを走り去った
※ ※ ※
さて、それから遡り───
皆が作戦準備に取り掛かる幾分か前
狩人達は輪となって異邦人を中心、
作戦の大まかな説明を彼から受けていた。
面々は注意深く彼を見守り聞き耳立て、
悠然と、あたりの建物を指差しながら狩人達が
より効率的に作用する配置に指南をする
グレッチェンと坊主、お前らは屋根上だ
その斧じゃ下で振るうには不都合だろう
槍のあんたは哨戒に回れ、獣の”波”を順次伝達…
必要なら通りに置いた樽を起爆する。好機を逃すな
渋い面立ちで無反応の青年…その師は快く頷く。
”盟友”で最も手練れの狩人も、彼女と同じく。
獣はいつ何時襲ってくるか分からない。
故に哨戒と斥候、目の届かぬ屋根上に人員を
間配るのは妥当で実に合理的であろう
ガトリングは正面バリケードで奴らを迎え撃つ
金槌のあんたも同じだ、銃撃の補助をしろ
デュラとダンテ、撃ち漏らした獣を高台から始末
───最後に射撃隊は…俺が指示を出す
それぞれに手渡された二丁の狙撃銃。
これは教会内の物置に蔵置されたもので
ジョンに次ぎ───射撃の腕に保証がある、
この場で最も古い狩人の二人に託される
──粗方は、これで総員の持ち場が確定し
青年の他は別段渋る事もなく納得したのだった。
その青年も、異論を述べようものならば男が
四方八方から未熟な論の隙を突いて来るもので
結局のところ彼には、選択の余地は無かった
※ ※ ※
────撃てッッ!!
魔王が為すのは揺るがぬ意志ある者へ投げる喚起
対敵は、彼ら谷間の城を征すべく
鋭く、赫い歯を剥いた招かれざる者達
───”ペール・ギュント”*1───
ホルンもハープも無ければピアノすら、
この舞台にありはしないが、陰鬱な眼差しと
真っ赤な炎、薫り高き火薬こそが旋律を奏でる
我こそはと城へ走る有象無象は知ることとなろう。
何者に牙を向けたのか?魔王の軍勢は慈悲を知らぬ
次列!!ボサッとするな前へ出ろ!!
撃ち終わった者は後ろへ回れ!!
入れ代わり立ち代わり、分かたれた射撃隊は
彼の号令を合図に、無数の弾丸を嵐の如く放つ
滞る硝煙はその度度でレイヤーの様に幾枚に重なり
それ以上に、生命を散らした獣が段々と山を成した
あれも計算の内か、大したものだ
狙撃手の二人は高台から、鉄の嵐を生き延びた
数も僅かな獣達を的確に撃ち殺し、その中で尚
この場の全てが異邦人の手中にある事に感銘受ける
確かに…あれぞ天賦の才だよ
───例え前面のみへの射撃であっても
息絶えた肉壁は後方の獣の群れの障壁となり…
数隊に分けられた射撃隊の確かな猶予となる
敵の足取り重く、抗すればする程に、
狩人達にとって新たな防壁が重なる理屈
それはジョンが経験した戦場において
飽く程に見てきた、一環であるのだ
しかしそれだけでは時間稼ぎにやや不足する
───起爆!!
火薬樽は肉壁に火を放ち、さらなる強化を施す
当然彼の想定はこれだけでは終わらない
坊主!!油だ!!
んんっ!!
貯蓄された重油の壺を屋根上から投下───
壁の炎は一段と勢いを増し効力は更に長引く
これにてバリケードの構築は本当に完成し
ジョンの講じた作戦は一通りの完結を迎える
辛うじて掻い潜る獣は、射撃隊によって狩られ
怯え留まる群れは…ガトリング掃射と青雷の餌食だ
────全隊一斉掃射ッッ!!
※ ※
雨上がりの山の頂、霧の架かったそれと似た
光景を思わせる、白煙に染まった大教会
鉛と銀の嵐はついに止み、深い煙の中に残った
狩人等は一時の勝利を予感して互いを見つめ合う
───獣の唸りが聞こえなくなった頃合い。
沈黙に満ちた空気を破ったのはダンテであった
…手筈通りか?
全てやったとは限らん。だがあの数だ、
一帯の獣は大体殺ったと見て良いとは思うがな
───問題は…
そうとも。まだ勝利を確信するには早い
ずしり…ずしりと聞こえ始めたのは”件の獣”の足
この戦いにおける”
焔、肉癖の先に見えるのは先の大群を凌ぐ
大柄な紅き悪魔の風貌…血に塗れたあの獣である
”血に渇いた獣”───
最後の時まで、思う通りとはいかない
あらゆる事象に”
それを示す様に、紅い獣の他にも不穏な影が
教会の周辺に姿を見せ始め出している
グレッチェン!!新手だ!
屋根上にも這い上がって来てる!!
指揮官!!どうする!?
お前らはそこで応戦しろ!!
デュラ、ダンテ!奴さんを討つぞ!俺も行く!!
まずは我が出で、打ち殺さんとばかりに
ジョンは2人の熟練狩人を抱え、死骸の山ありし
地獄の門へと────勇猛果敢に駆け出した。
※
取り残された射撃隊。最前線に突撃した指揮官を
呆然と眺め、攻撃の合図が失われた故、立ち尽くす
迫りくる獣の残党を辛うじて迎え撃つのは
たった2人、デュラの”盟友”達であり、
自由意志無き、彼ら群衆はただ、木偶の様であった
”ど、どうすれば…” ”我々だけでは…”
心揺蕩う人々は、やはり狩りという物には慣れておらず
自己による判断力は狩人達に比べ、大きく劣っている。
戦火の最中、恐慌に陥りかけてさえいる。
だが、それでも───1人、奮う者がいた
迷う必要はない…
生きる為に戦えと、あの人が示してくれた…!
男の呼びかけに応え、最初に立った女だった
彼女は今も尚立ち、獣を殺す銀の弾丸となりて
迷いの風にも吹き消されず、勇気を燃やしている
前に立ち、怨敵を睨みつけるその姿。
ジョンが焚き付けた闘志は、最早、彼らの内に、
新たなる火種として芽生えていたのだ
か弱い女が勇ましくあるというのに、
己が立てない道理があるものか
民草は知る。誰もが持ち得る”勇気”は
自分達にも確かに有り───だからこそ、
今度は己が立たねばならない。
人々はまた勇ましく、生きる為に銃を手にした。
抗う意志を忘れる事なかれ、闘争の火を絶やす事なかれ
※
…そして見えた先。
炎が広がり、山の魔王に挑んだ悪鬼の群を
骨の髄まで焼いた戦場に立つ、大将首の暗影…
(酸…!?こいつは一体…)
それは正しく魔と言えた。全身は赤白と肉筋が
見え、万人が吐き気を催す程にグロテスクな様相
特に上の半身はべらりと、体皮が血みどろに
醜く逆剥けており、辛うじて人の面影を留めた
黒い顔は、凶悪な四本の犬歯が露わとなる。
狩人にとって最もこの獣が注意すべき点とは
”血を蝕む”遅効性の毒、そして滴り落ちた石畳の
箇所が、一瞬にして泡くに溶ける程の強力な酸…
異邦人にとって、夢うつつを錯覚する様に
現実味が無くなる、奇怪で恐ろしげな獣は───
しかし嗅覚を痛める酸性の水蒸気こそが、
嫌でも、眼前のこれは幻等ではないと訴えた。
デュラ、行けるか?
老いぼれるにはまだ早くてな、
取り越し苦労というものだ
火薬庫に依る狩人たる3人、うち2人は
ヤーナム有数の強者ながら尚も緊張感が漂う
双方睨み合いが続く中、火蓋を切るは大鎚の狩人
疾いこの”渇いた獣”に抗するのであればと、
ダンテは久しく使わなかった”古い業”をここで
解く事を決意する────最初期の狩りの業を。
今や殆どの狩人より失われたそれは
最初の狩人達が用いた、独特の技術
” 加速 ”
───行くぞ!!
白霧湧き出る瞬足の脚は、彼が力むと共に身を隠し
驚異的な速度で以て紅い獣の眼前へと躍り出る
”───ごうッ”
その速度。人の限界を超え、完全に姿を消す程。
瞬間的な速さであればあの渇いた獣すら比にならぬ
遅ればせながら駆け出したデュラも、手に持つ
鉄塊が如き、杭打ち機の刃をかざして駆けつけた
一瞬呆気にとられたジョンは、気を取り直し
彼ら古狩人の援護すべく、長銃を構えて、撃つ。
(図体がデカい分、ライフルの効果も薄いか…
いや──これでいい。まずは観察に徹しよう)
※
まだまだだな!アブラハム!
”
足場の悪い屋根の上で戦う師弟は実に流麗であった。
師の技術を真似ながらまた、青年は大振りの仕掛け斧、
”獣狩りの斧”の機構を展開し、這い上がる獣の群れを
その傍から頭蓋目がけて振り下ろし、頭蓋を叩き割る
古く、だが妙齢の女狩人は一対の得物、”
二振りに分け、輝然なる音を散らして追い打つ様に、
獣らを切り裂き───赤黒い臓物を引きずり出す
肩で息をする、狩人の戦い。
そんな中で青年は自らの師に一つ問うた
ねぇ、グレッチェン!あの日…!!
あの”ラ
ふんッ───さあ!なんて言ったかな!
酌み交す血液の質疑と応答。鬱屈とした気を圧し、
アブラハムは続けて過去の疑念を言葉にした
「人々の救済は狩人の使命ではない」って!!
そう、今みたいに教会に獣の群れが押し寄せていた!
今やっている事は違うのか!?
アブラハムの嫌疑というのは、何もジョンの性格や
その振る舞いにだけに限った話ではなかったのだ。
師は過去の発言に違い、いや積極的にジョンの案、
民衆を獣狩りに突き出すというのを受け入れた
それは彼らを危険に晒す事を厭う青年の考えとは
正反対の行いで、狩人は無干渉であるべきという
師の教えともまた、大きく異なったのである。
だがしかし、真意は別にあった
それだ、アブラハム!お前は大きな勘違いをしてる!
獣の一手を飛び、跳ね、兼ねて捌き、
師弟は饒舌に問答を押し続ける
私はお前を子供扱いしてる訳でも、
蔑ろにしてる訳でもない───
いいか!”医療教会”の様にただ救済を行うのと
今回の彼の提案は似ている様で、全く違う!!
救済は人をやがて腐らせる!導く事をせず、
闇雲に安らぎだけを与えた末があの堂の内だ!!
それと男が取った手法というのはまた異なった。
医療教会が伸べた救済と言うべきものは、
結果、ただ民衆の傲慢と怠惰に拍車をかけた
だけであり、故に狩人達への畏敬は失われたのだ
あの男は彼らの目線を、狩人と同じまで”引き下げた”!
狩人は
だが民衆にはそんな物、ありはしない!
無責任者には責務を!迷える者には導きを!
そうやってやっと民は
人を形どるのは”意志”、狩人が重んじるものも
また”遺志”であり、青年の師はその面においては
あの異邦人に感慨深い印象を抱かされたという
一時の救いはよい。だが永きそれは
人を畜生にまで陥れ、意味はありはしない。
というのが女狩人の信条、信義であった
……っ……!
…これ以上のお喋りは後回しだ!
口を動かすなら手を動かしなさい!!
青年にも理解をする暇は必要であろう
彼は決断を受け入れるには若く、人間の暗い部分を、
そしてそれに勝る、明けの要を知らないのだから
※
獣の乱舞、躱し───殴打する撃鉄。
その側面から斬りつける鉄杭、鈍色の刃
長銃より放たれる円錐も
勝敗を決する一手にはなり得ず。
状況は滞り、辺りには刺激の強い酸の香りが
満ちるばかりで、狩人達の気と体を蝕み続けた
(全員攻めあぐねているか…
正面からでは私の鎚も酸にやられる
デュラが斬りつけるだけでは勝負にならん
”アレ”を撃ち込むにしても…それだけの隙を
作らねばならんが──さて、彼ならどうする?)
接戦の最中、目をやる先には鋭い眼光を
垣間見せる異邦人が思惑を張り巡らせている
頼みの綱───とまでは言わずとも。
ダンテはこの期に及び、ジョンの資質と機転に
先よりもさらなる、大きな期待を寄せていたのだ。
ヤーナムにある者達が抱く先入観
それが取り払われてある異邦の男ならば、
この状況をどう解決するか…切り抜けるか
(馬鹿みてェに疾い、持久も…あそこまでなら
流石に俺に意識を向けられちゃおしまいだろう
しかし反面、こいつは打たれ弱いな?
骨格からしてそうだ。そもそも傷だらけ…
──骨も筋も剝き身なら幾らだってやり様はある)
ダンテの予想は当たっている。ジョンはここで
対敵の脆弱性を突く、獣を葬る算段を浮かべた
※ ※
再び遡り。ジョンは青年アブラハムの異論を
軽くいなした後、各々の武装を拝見をしていた
狩人が用いる伝統的な鋸刃の槍、青年が持つ、
処刑人が振るう様なからくり仕掛けの大斧
”盟友”の一人が得物とする奇怪な青雷の金槌…
異様な品の数々の中で、彼が特に興味を惹かれた
武器は、デュラが持つ複雑な仕掛けのものであった
”パイ
広く短い刃”や”
何がしかの圧を与える為のものだろう。
いいや、正確な仕組みは不確かではあるが、
そういった人智を動員する、馴染みの深いもの
であればこそ、ジョンはこの武器に関心を抱いた
これがどの様に、何が、何へ作用するのか。
純粋なる好奇心をそそられ、実用性を求める事も
忘れて、異邦の男はいたく童心へと帰る
機構の圧力によって杭を限界まで引き絞り、
そこから生まれる衝撃を糧として、獣に撃ち込む
一撃必殺…確実に相手を仕留めるには申し分ない
言い忘れていたかもしれんが…
デュラも工房には世話になっている
私の”爆発金槌”と同じ───”火薬庫”の品だ
ダンテの言葉を受けて、デュラも胸元から1つ、
チェーンに架かった小さなガラス瓶を見せた
2人が持つ物と同様の印…”火薬庫の狩人証”
それを見たからジョンは納得をする、
成程確かに、工房のバッシュは言っていた。
火薬庫は複雑な機構と爆発力に重きを置いており、
故に通常の狩り武器とは違い、こと異質なのだと
”獣には炎と杭と鋸”…だったか。
ここまで徹底してるとは頭が上がらん
弱点を突く属性そのものこそは神秘的ながら
彼ら火薬庫は実に良く、機構に落とし込んである
ダンテの炎鎚、デュラの鉄杭…となれば最後に
鋸状のもありそうなもの、とジョンは思ったが
それに相当する品がある事は、未だ知る由もない
※ ※
爆発金槌が決定打になり得ぬ訳ではない。が、
その振るい手は紅い獣の注意を寄せ、奮闘最中だ
とは言え鋭敏はダンテの方が勝っており、
デュラやジョンが囮を買って出る術もない
ならば必然、彼の鉄杭こそがトドメの一撃となろう
ジョンのライフルでは殺すに至れぬ事は既に周知。
獣を追って斬りつけていたデュラに、中間距離を
維持していたジョンが駆け寄り耳打ちする
デュラ、奴を仕留める方法だが
くっ…貴公、良い案は出たか…?
息の上がるデュラだが、それも仕方あるまい
歴戦とは言えども老いたり、既に老境に差しており
俄然───獣と長く追い追われは辛いものがある。
しかしそれも…より齢を重ねているダンテが
ああして獣の剛爪をそれほど苦にもせず躱す姿が
目に映れば、言い訳にもならないかも知れない
ジョンは所持していた2つの道具を手渡した。
ライターと火炎瓶、合流時の戦闘にも用いた物だ
ダンテが気を引いている。
その間に────こいつを使う
俺が合図したら奴さんの真上目掛けて投げろ
アンタが杭を撃つ時間稼ぎだ。言っとくが…外すなよ
意図を汲んだデュラは一時、獣から距離を置き
ジョンと共に、戦況一転の好機を伺い始めた。
紅い獣と煤の狩人の、躍動感溢れる舞踏
獣は大凡、元が人とは思えぬ金切り声を上げて
鋭い鈎爪を乱暴に煤狩人を捉えようとするが、
一方のダンテは一寸足りとも掠める事すらなく
右の剛腕を左にいなし、左の剛腕を右に流す
絶え間なく続く、圧倒されるその攻防。
時折、ほんの僅かに動きが止む事はあっても
ジョンが欲する遠投の好機には、届かない
…まだだ…
(何か始めたな?隙を伺っているか、ならば────)
”ゴォンッ!”───爆発金槌の撃鉄が上がった。
ただ上げたのではない、重厚な鎚で獣を前に突く、
コッキングと動作を重ねたそれは言わば”変形攻撃”
防戦一方となっていた
判断の遅れた獣は文字通りの、面を食らった
続けざま、ダンテは大鎚を振りかぶり────
しかし否や、振り下ろすのではない。
横に薙ぎ、炉の吹出口を前面に押し出す攻撃は
殴打に依る行動ではなく、爆ぜ散る事はなかった
炉心に溜まる地獄の如き紅炎を、まま吹き掛ける技
ごうと炎に焼かれた獣は、やはり獣。
大量の火炎には、血に渇いた獣ですら怯んだ。
そこがジョンとデュラの好機となった
────デュラ!!
────むんッ!!
古狩人デュラによる全力の投球。
距離を見誤れば囮のダンテにも影響及ぶ手段だが
そこは発案者、単に投げ当てるのではなく瓶の
効能を100%引き出す為の算段まで考えられていた。
腰に差した拳銃を引き抜く────
そう、撃ち抜く事で範囲を増大させる。
───ッ!
渇いた獣の背は生々しい背骨が露出している
背骨──つまり脊髄は神経路の温床である
如何な生物だろうと例外は無い、脳から直結した
脊髄を刺激すればどうなるかは…想像に容易い
───炎で焼けば当然、激痛が走る
”──パァンッッ!!”
僅かな時間、滞空していた火炎瓶は
銃声と共に瞬く間に炸裂し、硝子破片を散らして
焼けるオイルが、どばっと獣の背に降り注いだ
その流れは俗に言う”トラップ射撃”と同様。
続いて赤い獣があまりの痛みにもがき苦しむ
あの獣が人の顔なれば、どの様な表情を
浮かべてたのか、考えるだけでも悍ましいが
…ともかくそれ程に思う位の大絶叫を上げたのだ
二人の古狩人はその隙を逃す程未熟ではない
────ぜいッッ!!
ダンテの金槌が獣の前腕を文字通りへし折る。
鈍く鳴った、骨との挽き肉はそのまま崩れ───
今だ、やれ!!
すかさず、デュラは身動きが取れなくなった
獣の背へと一気に飛び乗り、右腕の得物、
パイルハンマーを大きく振り上げた
ガシャンと引き上げられた極太の”
重々しい鉄塊の回路が徐々に稼働を始め、
機構には水気と熱が、最高出力へ至る前触れが、
けたたましく金属的駆動音が搔き鳴らされる
狙うは背骨の左側、血の発信源である心臓
血を啜る鬼に効を成すのは神よりの授かり物
それ即ち鉄の杭。
パイルハンマーとはこれを人の叡智以て
”火薬庫”が突き詰めた究極の──鬼殺しと言えよう
ぬぉりゃあッッ!!
発破。
”──ドォォ──ンッッ!!”
撃鉄落ちた鉄杭は、音を置き去りにしたかと
見紛う程の速度で渇いた獣を撃ち穿ち────
その一撃は最早つらぬく、というよりも岩盤を
砕くが如く…肉、骨を瞬く間に削り飛ばす
無論、狙った心臓は原型を留めず、挽き肉の様に
どろりとした液状となって石畳の地面へ飛散。
後の祭り、撃ち出された杭打ち機の機構からは
機関車が吐き出す白い靄の様に、ぷしーっと
熱々とした蒸気が勢い良く放出された
…杭と聞いて半疑にしちゃいたが
ひとたまりも無い筈だ、ありゃあ…
それは最早伝承に伝わる不可思議な、裏付けの無い
眉唾の技法というより、純粋な破壊力で成っており
頑強な獣が息絶えるには、十分な背景があった
───ッふぅ……
ハァ…2人共、よくやってくれた。
…どうやら、決着は着いたらしい
遠目に見えた屋根上の2人。師弟も辛うじて
他の獣の迎撃を終えていた様で、いつの間にやら、
射撃隊も含め、残らず銃声と言える物は止み、
辺りを包んでいた炎の揺らぐ音の他はなく、
ダンテが大鎚を立てた鈍い音の響きが最後である
喪に服す彼の口上が、狩りの終わりを予感させた
……汝らに主の導きがあらん事を
豊かな光に満たされ、飢えの闇と
血の渇きから…彼岸、解き放たれん事を
───眠れ、安らかに
歓喜を上げるべきだったろうか。しかし狩人を含め
諸人は既にどっと疲労が溜まり尽くしており。
ただ、勝利の余韻に浸るばかりである…
場は大きな溜飲の下がる血の海がはや出来て、
止め処の無い溜め息が、火の音にかき消された
───貴公…いや、ジョン。
よくぞ敬服すべき戦果を上げてくれた
私達だけでは、こうもいくまい
この数、きっと死傷者が出るのは免れなかった
……心より、感謝する
…大袈裟だぜ。俺は仕事をこなしたまでだ
それに…悪かったよ、よそ者が出しゃばってな
山の魔王の凱旋、遠くには、彼を待ち、
手を振る民衆達の姿がうすら見える───
ヤーナムの血を受けずとも、独力ではあらずとも、
大金星といえる成果を掲げて帰る彼は
皆の目に等しく英雄として刻まれゆく
さて…これはまた明けた時、
後処理が忙しくなるぞ、友よ
はは…後の祭りだな。
確かに「食うに困らん」というものだ
なあ?ジョン?
止せよ、あれは勢いのついた俺なりの
元が人間の物を食べるのは流石に罰が当たる
脱力をしながらも教会に足を戻す、
血に渇いた獣を討った、火薬庫の一行
それぞれは安堵し、互いに賛辞を贈っていた
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
だが───ここで異変が起きる。
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
異変とは何か?異変とは何か?異変とは何か?
……
「素晴らしきかな、異邦の方」
グレッチェン…?
(様子がおかしい。血がざわつく…
───嫌な予感がする)
…”パール”…何か…妙じゃないか
「血は無く、獣は悠く、けれど夜の下でも狩人とは!」
…構えろ、居たぞ
「ああでも、それでは貴方に堪能をして貰えない」
「貴方はまだ月の夢を知り得ない」
ダンテ……
時に、人というものは”知”を力と錯覚する。
在る物を探る事、探求と叡智は人類の象徴であった
だが無い物を探ろうとはしない
見えぬ物は理解の及ばぬ物。
それを見ようとするのは正しく狂気であって、
故に真の探求者というものは須らく狂人となる。
知るべきでない事を知るには相応の代償が要り
脳に在り得ない物を考えるには人は早過ぎた
だからこそ、古い学び舎は、
思考を超える瞳を求めたのだろうか
───未熟なる幼年期の終わりを迎えんが為に
(…何だ…この感じは…)
「ですが、私が貴方を招待しましょう!」
知るべきでない事というのはここにも在る。
名状し難い重圧、異邦の男が以前にも感じた”気”
ジョンが振り返った先、最初にそれに気付き、
立ち尽くしたダンテが放った言葉はこうだった
「夢の月のフローラ!彼女に見えんが為に!」
───見るなッ!!
逃げろッッ!!ジョン!!
古人達だけは、その言葉でようやっと確信したのだ。
───無数の”瞳”に、一切を覗かれていた事を
「おお、アメンドーズ!おおアメンドーズ!」
「今や邪なる神々の一柱よ!」
「ケヒッ、ヒャヒャヒャヒャアー!」
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《 ダンテのライター 》
古狩人ダンテが用いた小さな日用品
業火を表した極細の装飾は彼の象徴である
ダンテは在りし日、怨嗟に塗れたという。
一切を灼き尽くす彼は正しく獣の地獄であり
しかし、その姿は最初の狩人に望まれなかった