Bloodborne:Brave of Braze   作:NEXT_0809

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アブラハムは言
(Abraham said,)
った()


「息子よ、焼き尽くす(God will provide himself)生贄の
小羊は神御(the lamb)自身が備(for a burnt)えてくださ(offering, my son“)る」

二人はまた(So they)けて一緒(both went together.)に歩いた

「旧約聖書 創世記」−第22章 8節−
─── モーセ ───



06.抱擁のイサキオス

 

獣狩りの夜。深淵によって蝕まれる。

日蝕、或いは月蝕とも例えられようか

 

外宇宙の狂気が、炎を暗く冷たく染め上げる

 

 

[ダンテ]

────見るなッッ!!逃げろ、ジョン!!

 

「さあ!さあ!さあ!共に月を!」

「我々と共に空を!宇宙を!!」

 

[ジョン]

────は…!?

 

[デュラ]

パール!!民衆を全員中へ退避させろ!!

 

 

[グレッチェン]

目を塞ぎなさい!!

 

[アブラハム]

な──えっ!?

 

 

[───]

────”アメンドーズ”か……!!

 

 

虚ろ。空虚には何も見えない。

尋常の者であれば気付く事はない

 

見えるのは、心臓を穿たれ絶命した筈の

紅い獣、血に渇いた獣───それが動く姿

 

不気味にカタカタと顎を鳴らすその様、

生き返ったという様な生易しい光景等ではなく。

 

糸から吊るされた”マリオネット”、

古代ギリシアの黒魔術”ネクロマンシー”

その類いを連想させる、気色の悪い動きである

 

 

血が抜け、浅黒く変色し始めている獣は

目を疑う程に現実味が欠けているのが分かる筈。

生きていた先よりも、到底、悪い夢の様な感覚か

 

 

[ジョン]

どういうこった…!?デュラ!?外したのか!?

 

 

[デュラ]

いいや!!確実に殺した!!ならば分かろう、

あの獣は死して未だ───動いている!!

 

 

[ダンテ]

談議は後にしたまえ!!

 

ジョン!ここからは我々、古狩人の仕事だ!!

君は教会の内に避難しろ!振り返ってはならん!!

 

 

その正体は尋常の人間には計る事は出来ず。

特に、ヤーナムの闇に近付いた者だけが知る

 

”かの者ら”は見る事は叶わずとも───

その知識と畏怖だけが連綿と受け継がれてきた

Amygdal(アメンドーズ)a

偽りの神(デミゴッド)”───”扁桃体(アーモンド)”───”見張る者(シャーケード)

 

火は陰り、山の魔王の玉座無し。

冷たい血が流れる”かの者ら”は熱とは対極にありて

 

”かの者ら”の息吹は、大教会を囲った

山の様な炎を一瞬にして、吹き消してしまう

 

凍える寒さ、地獄の底の様な”存在感”は、

泥の如く湿った冷たさを担ってやってくる。

 

 

[ジョン]

逃げろつったって───おい!?

 

 

マリオネットが動き出す。

生物的なありふれた挙動を血液の底からいや消して、

カラカラ、カタカタ、獣の熱さを芯から否定する

 

理解をしようにも、追いつかない。

 

この頃の光景はジョンにとって、まるで夢幻で

深淵的、難解難読の怪書を開いた様であった

 

けれどそんなものを骸が思慮する筈はない

こっくりと頭の方を、異邦人の向きへ据えた後は

南極の突風が如くに駆け走るだけ────

 

 

[デュラ]

───不味いッッ!!

 

[ダンテ]

止め────

 

 

マリオネットの目標は確かにジョンを向いている。

他には見向きもせず、また足止めも効かず恐るべき速さで

彼の元へと駆ける。咄嗟にライフルを構えはするが、

果たしてそれでどうにかなる相手でも無い

 

逃げるか、迎え撃つか。

 

暇は既に無し、数秒であの“躯“はジョンの元へと達する

ここで判断を誤れば、死に直結するだろう。

 

しかしここで────

 

 

 

 

[───]

────”堕ちろ”

 

 

 

────”青雷”が轟く

 

 

 

 

 

 

”───ズガガガガァンッッ!!”

 

鮮烈な雷光。白、黄、それではなく。

海の様に青く、また空の様に青かった

 

直線に連鎖して地を這いながら”獣形”へと

喰らいついた雷は、走り出した骸の動きを

真っ向から塞き止め───黒く焼いて焦がした

 

放たれた元、デュラの”盟友”のうち、

ガトリング銃の狩人の次に若い、”パール”と

呼ばれた男、奇妙な体系を取った金槌の狩人だ

 

 

[パール]

───今のうちだ!!走れ!!

 

[ジョン]

クソったれ…!!何が何だかさっぱりだ…!!

 

 

追手を振り切り、湿った空気が漂う

大教会への街道を真っ直ぐ走り抜ける

 

走り、走り、現実味の無い現実から

逃れる為に振り返らず背を向け続ける

 

だが、あの体躯のにしては異様に軽い足音と

それが段々と間近に迫っている事に気付き、

男は吹き出す様にべたりとした汗をかいた。

 

病が蝕む胸の痛みなど、ここぞとばかりに忘れて

 

声にも表せない、凡そ人だった筈の生物が放つとは

到底思えない、凄惨な金切り声が耳に入ってくる。

 

 

タンッ───

ここでまた一人、女狩人が建屋の上から飛び降り、

そのままにマリオネットの背上へ双刀を突き刺し

足止めにかからんと、一戦興じ始めた

 

「人形!奏者を扁桃の樹木!アッハッハ!!」

[グレッチェン]

ジョン…!!早く……ッッ!!

 

残念ながら苦し紛れの足止めは長く続かない

首近くを挽き肉にせんとばかりに斬り刻んでいた狩人は

荒れ狂う躯が大きく身を捩らせた事によって、吹き飛び

路地を挟んでいた壁に強く叩きつけられてしまった。

 

屈強なる狩人とは言えど所詮は人、大柄な獣の体躯には

やはり敵わず、刹那に消えかかった意識を辛うじて保つ

グレッチェンも一瞬の隙を晒した事に怖気を募らせる

 

背から身打った彼女は呼吸感覚を麻痺し、“躯“は現れた

障害を除くべく、新たに標的を定めたのだ─────

 

 

[───]

───!おい!狙われてるぞ!!

 

 

[グレッチェン]

───…!!……!!

 

朦朧とする意識の中、息する事も出来ず。

 

女狩人は薄暗い視界の中央に見えた“躯“を、

これみよがしに睨みつけさえするが、結局些細な抵抗。

 

───いや、悪足掻きにも届かない

その行為に最早意味は生まれる事がない。

 

 

緊急要する呼びかけにも返答無く、今のままであれば

自身が無惨な“躯“と化す事には彼女も理解していよう

 

相対する獣の“躯“といえば、嘔吐直前まで

泡ぶくな酸を上がらせ吐き出す直前だった

 

 

────だったのだが

 

 

[ジョン]

─────ぬ ぁ ァッ!!

「素晴らしい!素晴らしい!」

「折れぬ意思!不撓不屈!」

酸が放射される寸前それを遮り、女狩人を引き摺って

直撃を躱したのが異邦の男────ジョン。

 

直撃は免れたとは言っても、第一に彼女を庇った故、

酸を防いだ右腕は血肉から放たれる異臭に塗れて、

ジュッと───巻かれた包帯ごと爛れて焼かれる

 

 

[グレッチェン]

…!は────はッ…!───ジョ───

 

[ジョン]

…足手まといになるなら…!

最初から来るんじゃねぇ…このアマァ…!!

 

 

憎まれ口を叩いても、結局助けた事には変わりなし。

人半倍の良心が彼を訴えかけたか、はたまた利点を

考慮しての、決死の行動ともとれようが、一先ず

何者かが夜から脱落する事だけは回避された。

 

しかし、その行動が命取りになるとも限らない。

第一彼もそれは分かっている。一手を逃れたところで

後に待つ一手が二人逃れ得よう事が出来ぬのならば、

これは全く、ただの自殺と考えても相違無い。

 

 

[ジョン]

(…次は避けられん…!)

 

 

絶望的な状況であった。老練の古狩人による救援は

その距離からしてまず期待は出来ず、かと言え他の狩人

の援助も間に合わない。青い雷撃も威力はさておき、

身動きの取れないジョンとグレッチェンに向けて直撃

するという本末転倒な事態に成りかねないのだ

 

よってこの時点で回避する手段はなかった。

 

 

[ジョン]

(どうする────どうする!?)

 

この“闖入者“が現れなければ、

きっとここで彼らの夜は終わりを遂げていた

 

闖入者、“抱擁“に抱かれる者、獣の狩人

 

 

 

ア“オ“ォ“ォ“────ォ“ン“!!

「─────おっと。」

 

轟く咆哮は、眼前の血濡れた“それ“のものではなかった

 

逆に“それ“…獣は、彼方から聞こえた、まるで心の底

から湧き出る、怒り───憎悪、憤怒を表す劫火の様な

恐ろしげな……先の“パール“が放った雷撃にも似た轟きを

感じる咆哮を受けて、完全に、機械的な動作を停止した

 

混乱にある狩人ら、ジョンを含めてが思考を白くする中

 

ただ、一人の老いた古狩人だけは察知する。

咆哮、声の主。その怒りという感情の種を知る彼は

 

決して忘れる事のなかった────憎き“狩人“の声を

 

 

[ダンテ]

──────。

 

 

 

蛇腹の割く音。重低音───鉄塊、金属音

咆哮と共に、連鎖的に迫りくる奇怪な“調べ“

 

“ガチン…ガチンッ──ガチ──ガ─ガガガ───“

 

音の出どころまでは誰も分からなかった。

脳で理解する暇が無かったというのが正解か

 

だが明確に接近しているのはジョンには分かった

 

つい先程までも感じていた生命の危険を、

“音“という別の要因によって、ひしひしと身に染みる

その刹那、マリオットの“躯“は血で爆ぜたのだ。

 

 

“ガ───ゴォォォンッッ!!“

 

 

見るも凄惨な光景、異邦人の視界に映った微かな影は

瞬く間に大蛇の様な得物を、身を捩らせ、見事なまでの

大回転を以て振り回し、地に足を着く寸前─────

 

天より舞い降りた一匹の何かが、“躯“を真っ二つに。

 

───── 獣肉断ち 斬ったのである

 

「ふむ、思わぬ所で打ち止めになってしまいましたか」

 

[─────]

────ハァァァ…… … …

 

息も絶え絶えの二人の前に現れた“何か“は。

人というには烈火の如く歪な形容をしており、

獣というにはその節々に理性や、静けさを覗かせる

 

体躯は大きい。纏う襤褸のコートに年季を見る。

腰にかけられた散弾銃は、型式は旧くも、狩人の代物。

 

見れば見るほど、ジョンがこれまで見てきた狩人達と

同じか、より堅牢な風格を持つ。姿形は全く異なるのに

まるで────撃鉄の古狩人とも似ている佇まいだった

 

「おやおや、そう睨まれてはさしもの(わたくし)

肝が冷え切ってしまいましょう、ははは」

 

[─────]

チッ…蛞蝓が……

 

 

ふと───獣人と称そうか───獣人は、虚空を

見上げるや否や、何か愚痴を零す様な口振りで苛立ちを

浮かべており、それはジョンが知覚出来ないのであろう

“何か“が、直ぐ側にいる素振りを振る舞う様にも見える

 

居心地の悪さは頂点貫いていた。“何を見ているのか“、

“何がそこに居るのか“、“そもこの獣は何だったのか“、

といった疑念が浮かぶ毎に───肩が重くなる様な、

瞳を通して脳に何かが侵入してくる様な、その様な酷い

嘔吐感が絶えずジョンの思考を襲い続けていた。

 

「まあいい、これで彼と月を見る事も出来る」

 

[ジョン]

───お───ぇ…──ぇ…ぇ──!──

 

「今回はここで引き上げます」

耳鳴り、視界の揺らぎ、何かが脳を巣食う。

超常的な光景ばかりがこのヤーナムには満ち溢れ、

数多くの生殺与奪の瀬戸際で感覚を麻痺させていたが…

 

そもそも、獣の病とは何か?

 

オカルト。そんな適当な言葉で説明がつく程、

容易な環境では既にあり得ない。理解が出来ないから

頭を悩ませているのでは、断じてない筈だ。

 

迷信、お伽話、与太話では済まされない絶対的な共通点

そういった何がしかの原理が、きっと暗い宇宙にも似た

思考の片隅では既に察知しているからこそ────

 

処理能力が追いつかない人の脳では、

現実は情報過多に過ぎているのだろうか

 

 

[ダンテ]

余計な事は考えるな!!狂気に呑まれる事になる!!

 

 

[デュラ]

ジョン…!歩けるか…!?

 

[ジョン]

ぁ…あ…!何…とか…!!

「お達者で!Mr.スミス!」

遅れた古狩人の二人がようやっと追いついて、

杭打ちのデュラはジョンに肩を貸し、よたつきながらも

急いでその場を後、他の“盟友“達が待つ教会の方へと

駆け足で去っていった。取り残されたグレッチェンだが

流石の狩人、自身で胸を強く叩き保ち直す────

 

そしてダンテ、去りゆく異邦人らと女狩人、

獣人との間へ、彼らを守る様にそこへ立ち塞がった

 

両者は深い沈黙の中で睨み合いを続くも、

やがて最初にそれを破ったのは撃鉄の古狩人だ

 

 

[ダンテ]

────幾年ぶりか、まだ生きていたとは。

 

[─────]

……随分と老いぼれた…

ハッ…いいや────死に損なったと見える…

 

 

 

 

 

 

“ガチンッ!!“   “ガゴンッ!!“

 

両者、得物を振るわんとする。

 

金槌に備えられた撃鉄を一息に上げ、

蛇腹の大鉈は内部の鉄縄を引き上げた─────

 

即座に互い、古狩人の業で以て急接近。迎え撃つ様に

全身を獣の脚力による爆発的な速度に身を任せる“獣人“

 

銃火器の入る隙無く、鉈と槌の鍔迫り合いの形になって

押し相撲の続行、力比べでは流石に分は“獣人“にあるが

加減をされていると見るか、グレッチェン…第三者から

見ると、押し合いは凡そ拮抗しているかに思われる

 

ガチガチと、二人の得物は震えているが…“獣人“の、

骨格によって歪んでいる表情は未だ余裕綽々であった

 

 

[ダンテ]

……ッ…お前は…!何が目的だ!?

この数十年に渡って、まだ憎悪を燃やすのか!?

 

 

[─────]

そういう貴様は、燃え尽きた様だな?

 

ただ後継者選びにうつつを抜かすとは…

何ともまあ、老いの干乾びとは恐ろしいものよ

 

[ダンテ]

狙いは─────狙いは“彼“かッ!!

答えろ!!“アイザック“ッ!!

 

 

────その名は、彼の世代ではよく知られた。

 

最も古い時代、医療教会における最初の狩人───

“聖剣のルドウイーク“が名を上げる時代よりも前の話。

 

既に時代に忘れ去られた名でこそあれ、しかしながら

老ゲールマンの古工房の狩人たるダンテだけはずっと

記憶している。何年と経っても教会の暗部の遺産である

この獣人“アイザック“は悲惨な事件の多くの象徴だった

 

その資料、一連の出来事は今や教会による封印を

指定され、その名ですら迂闊に上げれば闇に葬られる。

 

 

[グレッチェン]

(……アイ…ザック……?)

 

 

[アイザック]

その名で呼ぶのも、最早貴様だけだな。

貴様を見ていると“あの男“を思い出すよ……

 

ああ、全く────虫唾が走る……!

 

[ダンテ]

“サー・ウォルター“は、とうの昔に死んだ…!!

何時まで過去に縋り付いているつもりだ…亡霊が…!!

良いか、決してジョンには触れさせんぞ…

 

若人の路を切崩す腹積もりなら────

 

 

この“(オレ)“を通り越したいのであれば─────

 

 

 

「──汝、一切の望みを棄てよ──!!」

 

共に得物引く。次の瞬間には塞き止まっていた攻防が

再び幕を開いた。轟と揺らぐ焔の大槌は振るわれ───

だが、横薙ぎに火炎の障壁を形作るだけ

 

獣人は避けたのだ。既に一歩引き、背面にあった

散弾銃を腰溜めに構え、獣の歪な指を引き金に掛ける

 

しかし赤々とした炎の幕に視界を遮られるも、

ダンテはそれを読み、一枚上手に攻め手をとった。

 

火に焼かれるを覚悟の上、煤のコートを翻し、

飛び込んだ瞬間に散弾銃の発砲音が鳴る。

 

彼は被弾しただろうか?そんな事はない

熟練の狩人、むざむざと挽肉になるべく飛び込む訳なく

“獣人“が構えた銃口を上に咄嗟に“蹴り上げた“事で

哀れ無惨な末路を辿らずに済んだのだ────

 

 

[アイザック]

────その腕は健在か…!!

 

 

[ダンテ]

貴様が幾百の人を腹に喰らう内に!

オレは幾百の獣の屍を積み重ねたのだ!!

 

見くびるなよ────悪鬼ッ!!

 

 

パァンッ───と、獣狩りの短銃の音が場に居る者の

耳を劈く。水銀の込められた弾丸は確実に“獣人“の頭を

狙い撃つが、驚異的な反射神経を以て首を傾けるという

最小限の動作で回避された。弾丸はこめかみを掠めて、

惜しくも致命傷までは至らず。

 

両者は憎悪を表す如く、険しい表情を浮かべるばかりだ

 

 

 

 

※ ※

 

 

 

 

[デュラ]

────扉を開けろ!!怪我人が出た!!

 

 

 

一方で、足早に戦場跡から撤退した他の一行は

聖杯大教会、民衆の避難場へ駆け込んでいた

 

 

[ジョン]

…デュ…ラ…あそこには……あそこには何がいた…?

あの感じ…何処かで…

 

[───]

パール、布を持って来い。それと水も…あるだけだ。

確か───鎮痛剤はまだあったな?

 

 

応急措置が始まる。

 

ここは作戦開始の前、丁度ジョンが煙草を吸って、

天井向けて拳銃を発砲した、大小異なる木箱や土嚢が

置かれている荷置きの空間である。

 

民衆ざわめく堂内にはデュラとその“盟友“の3人

 

青年狩人と女狩人は外に残る。盟友のうち最も若手の

ガトリング銃器を担ぐ男だけは外に救援へ向かおうとも

したが、あえなくデュラと古参の槍狩人に制止された

 

外は危険だと。獣以上に危ういものが彷徨いている。

 

ジョンの耳にも僅かに入った単語

“上位者“────“アメンドー(扁桃体たち)ズ“─────

 

そう呼称される“何か“が跋扈しているというのは

確かに、間違い無かったのだろう

 

 

[デュラ]

酷い有り様だな…バンテージをしてた分

健やら筋肉の深層までは侵されてないが……

 

焼けてどろどろになった包帯を剥がされた。

露わになった前腕だが、皮下組織は悍ましく爛れ、

既に激痛を伴ってあるだろうに、比較的この異邦人

というのはそれに対しては然程興味を示さず────

 

いや、麻痺していると言うべきか。彼の脳は別の物を

“知覚“してしまったせいか、覚えるべき生存本能が

薄まっている状態で痛覚よりも何か、優先すべき欲求に

満たされている。人の常識を超越した次元のものを…

 

うつらうつらと意識が揺れ動くジョン。

そんな彼だが、デュラが輸血代わりのブランデーを

取りにその場を離れた直後、彼が少し前から気に留めて

いた人物の動向を注意深く、さり気なく視界に入れる事

によって残っていた自我を束ね、発狂には至らなかった

 

 

[ジョン]

……おい、そりゃなんだ

 

[───]

鎮痛剤だが────

 

[ジョン]

…要らん、痛みが鈍る方が不味い。

右のポケットに煙草がある───出せ。

 

[───]

大怪我負ってその図々しさは、

俺も見習いたいとこだな…

 

 

「性根がひん曲がってんだよ」…というジョンだが、

薬品の使用を断ったのは実のところ盟友の一人が

持ってきたその“鎮痛剤“にこそ理由がある

 

痛覚抑制など、既に麻痺している彼には不要という

のもあるが、一瞬の隙にその瓶のラベルを垣間見た

 

黄土色の薄汚れた古いボトル、あれは鎮痛剤ではない

 

 

“ホワイトウィ(西洋白柳)ロー“*1、通常それらから抽出される

サリシンやサリチル酸を鎮痛に用いるのが一般的。

 

しかしあれは違う…

植物性でもないどころか記入された文字は

 

 

A nalge(鎮痛剤)sic“───ではなく “S edati(鎮静剤)ve“────

Concentrated hum(濃縮済人血)an blood────

 

経口用に製造された血液。

 

悍ましい事に人血を摂取して気を治める代物なのだ。

そしてまた、他にも気になる点もあった

 

 

[ジョン]

(……“Byrgenwer(ビルゲンワース)th“製。妙だな……古ドイツ語か?

イギリス英語との混成語…人血を扱った製薬会社なんて

向こうにあるなら有名どころの騒ぎじゃない────  

 

…なら、当然ここらの風習に基づいた薬剤…ヤーナムで

生産されてるのが筋と見るべきか。何れにせよ…)

 

 

 

“デュラの盟友“の一人が火を付けた煙草を口に咥えて

思考を張る。訝しんだのは彼に対してではなく…

この薬品を取ってきた“パール“と呼ばれた男

 

そうだ、先の、人ならぬ獣人が現れた時から、

よそよそしかったのをジョンは見逃していなかった

 

尋常ならざる現象が起きた事による混乱の後でも。

ジョンはパールに感じた違和感を拭えない

 

先鋭な思案はより鋭利に研ぎ澄まされ

異邦の男の正気性はみるみる内に回復しつつある。

 

 

 

[ジョン]

(────あの野郎、何故騙した?)

 

水面下で蠢く何者かの謀が、次第に彼を取り囲む。

狂気的でなお悪辣。彼にとっての障害は既に獣や異常

現象のみならず、背景知れぬ人々にまで広がっていた

 

 

 

※ ※

 

 

 

場面を彼らの狩場に戻すとしよう。

撃鉄のダンテと獣人アイザックの戦闘は佳境へ入った

 

先と違うのはその戦闘に女狩人グレッチェンも

加わっている事。流麗の双短剣使い戦線復帰を果たす。

 

 

[アブラハム]

(身体が軽くなった気がする…

一体何が起きてたんだろう…?)

 

 

ただ一人、青年狩人は建屋の屋根上で突っ伏していた。

感じていた重圧と冷え込んだ空気はいつの間にか晴れ、

いつもと同じ獣狩りの夜の雰囲気、血の臭さを伴い

獣肉が放つ生暖かい熱が帰ってきた────

 

それがアブラハムの気を緩ませたのか

 

周囲の状況に対する好奇心を抑えられなかった結果で、

ここまで来て、先立って渦中に飛び込んだ師の言葉を

相反する行為に────表を上げ、今いる場の下は

どういった戦況を迎えていたのか────という

未知への欲求に打ち負かされ、街路を覗き込む

 

 

[アブラハム]

─────!!

 

 

彼にとっては驚くべき事だったであろう、見えたのは

おどろおどろしい惨状等ではなく、アブラハムを釘付け

にしたのはその惨状の渦中で凄まじい攻防を繰り広げる

自身の師、老練たる“撃鉄“────そして二人を相手に

して尚、縦横無尽に駆け、同等かそれ以上に立ち回る、

常人とは到底言えない獣の体をした“人“と思しき者。

 

 

[グレッチェン]

─────ッ

 

 

幾度か聞いた事があった────“狩人狩り“────

 

彼女、グレッチェンの双短刀は衣鉢相伝の名剣。

その称号は古い狩人の時代から密かに受継がれ、

今日に至るまで一世代に一人だけが持ち得る。

 

曰く、星の輝きを剣とする“慈悲の刃“

それを振るう者は相応の資格を要された

 

“まず強く、血に酔わず、仲間を狩るに尊厳を忘れず“

 

正気が月へと還る夜において、同胞殺しはなお穢れ。

故にこそ、強靭なる精神を保ち、“葬送“を忘れぬ者…

そういった者だけが、あの呪われた証を引き継ぐ

 

(オドン)の御使い、智慧の眼。

屍の上に立つ 鴉の狩人証 ─────

 

 

 

[アイザック]

ゲールマンの真似事がッ…!

 

[グレッチェン]

仲間を忘れたくないだけさ…!!

 

 

相次ぐ発砲剣捌、彼ら狩人は、特に最高峰の者らに

至れば音速の域にまで達する剣速を容易に見せる。

 

銃弾の回避は何のその、人離れした能力の“起こりは

彼らの体に流れる血にあり。人の限界まで“獣性“を

押し止め、“遺志“と力とを糧とするのだ

 

 

[アイザック]

(……潮時か)

 

 

今度こそ、仕留め損なうこと無き様に。

優勢の古狩人と女狩人は一歩で大きく間合いを詰める

 

劣勢の“獣人“はというと、対峙する狩人らを差し置いて

何か周りの“空虚(Void)“に注意を払い、既に“空虚“(Emptiness)である事を

確認していた様だ。それが何を意味するかといえば……

 

…何も意味しない。強いていうならこの“狩り“が単なる

時間稼ぎに過ぎなかったという事、獣人を含めた

“彼ら“の狙いは、最初から別にあったのである

 

それを終えたのなら…

“アイザック“はここに留まる理由が無い

 

“撃鉄“と“慈悲“の一歩をも容易に上回る跳躍力で、

10m以上はあるであろう、建屋の上へと飛び乗る

 

丁度、青年狩人の真隣へ

 

 

 

[アブラハム]

……っ!?

 

[グレッチェン]

クソッ………!!

 

 

この距離。散弾銃では当てるに有効打とはなり得ず

短銃でも獣人には簡単に回避されてしまうだろう。

 

彼ら二人の狩人はただ見上げる事しか出来ず、

獣人の傍にいたアブラハムは突然の接近に、

手に持つ大斧を構える事も出来ない

 

その様子をじっと見つめていた獣人は…

 

…青年に対しては別段牙を剥くでもなく

目を細めて、鼻で笑う程度であった

 

 

 

[ダンテ]

(またか…また一歩────届かなかった!)

 

古狩人は上を仰いで睨み、

そんな悔しげな表情を見て、獣は嗤う

 

煙る空、月を背景、山犬が吼える

 

 

[アイザック]

なあ…安心しろ…安心しろよ…

 

直ぐには手を掛けるつもりはない……

それが私の“仕事“…あの男は殺しはせぬとも……

 

────なあ、ダンテ。

 

そう焦らずとも、直ぐにまた会えるとも……

クク…ハハ…ハッハッハッハッ……!

 

 

捨て台詞を置いては、より高い建物から建物、

壁から壁へと伝い、跳ね、尖塔に爪痕を刻む

 

跳躍し跳躍し跳躍し────

 

“獣血の古狩人“が高らかに声上げ、その姿は遠のく。

嘲笑い…憎悪し…残されたのは狩人達の悔恨だけ

 

 

結果、今回の狩りは誰一人欠ける事は無かったが、

深まる謎と、終わりの見えない夜の暗さに後味の悪さが

相まってか…手放しに歓喜する者はいない

 

突如として再起した“渇いた獣“

 

そしてその気配だけを知らせ、

また忽然と消えた“アメンドーズ“

 

未だ遠くに聞こえた“獣血の古狩人“の咆哮も途絶え、

こうして、一先ず下街の危機は過ぎ去った────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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*1
ヤナギ科に属する落葉小高木。主にユーラシア大陸から北アフリカにかけて生息しており、成長すると高さ25mほどまで伸びる。解熱・鎮痛作用があり、紀元前から民間療法に使われていた。




アイザックの鉄鉈 》
ある古狩人が用いた「獣肉断ち」

黒く錆びた鉄塊は要所でひしゃげ、
人ならざる大きな力で、使い込まれている

それはある種の「爪痕」であり
狩人の根底にある昏い業を否定しない
持ち主はきっと、凄惨な道にあるのだろう
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