Bloodborne:Brave of Braze 作:NEXT_0809
「息子
小羊は
二人は
「旧約聖書 創世記」−第22章 8節−
─── モーセ ───
獣狩りの夜。深淵によって蝕まれる。
日蝕、或いは月蝕とも例えられようか
外宇宙の狂気が、炎を暗く冷たく染め上げる
────見るなッッ!!逃げろ、ジョン!!
「さあ!さあ!さあ!共に月を!」
「我々と共に空を!宇宙を!!」
────は…!?
パール!!民衆を全員中へ退避させろ!!
目を塞ぎなさい!!
な──えっ!?
────”アメンドーズ”か……!!
虚ろ。空虚には何も見えない。
尋常の者であれば気付く事はない
見えるのは、心臓を穿たれ絶命した筈の
紅い獣、血に渇いた獣───それが動く姿
不気味にカタカタと顎を鳴らすその様、
生き返ったという様な生易しい光景等ではなく。
糸から吊るされた”マリオネット”、
古代ギリシアの黒魔術”ネクロマンシー”
その類いを連想させる、気色の悪い動きである
血が抜け、浅黒く変色し始めている獣は
目を疑う程に現実味が欠けているのが分かる筈。
生きていた先よりも、到底、悪い夢の様な感覚か
どういうこった…!?デュラ!?外したのか!?
いいや!!確実に殺した!!ならば分かろう、
あの獣は死して未だ───動いている!!
談議は後にしたまえ!!
ジョン!ここからは我々、古狩人の仕事だ!!
君は教会の内に避難しろ!振り返ってはならん!!
その正体は尋常の人間には計る事は出来ず。
特に、ヤーナムの闇に近付いた者だけが知る
”かの者ら”は見る事は叶わずとも───
その知識と畏怖だけが連綿と受け継がれてきた
A
”
火は陰り、山の魔王の玉座無し。
冷たい血が流れる”かの者ら”は熱とは対極にありて
”かの者ら”の息吹は、大教会を囲った
山の様な炎を一瞬にして、吹き消してしまう
凍える寒さ、地獄の底の様な”存在感”は、
泥の如く湿った冷たさを担ってやってくる。
逃げろつったって───おい!?
マリオネットが動き出す。
生物的なありふれた挙動を血液の底からいや消して、
カラカラ、カタカタ、獣の熱さを芯から否定する
理解をしようにも、追いつかない。
この頃の光景はジョンにとって、まるで夢幻で
深淵的、難解難読の怪書を開いた様であった
けれどそんなものを骸が思慮する筈はない
こっくりと頭の方を、異邦人の向きへ据えた後は
南極の突風が如くに駆け走るだけ────
───不味いッッ!!
止め────
マリオネットの目標は確かにジョンを向いている。
他には見向きもせず、また足止めも効かず恐るべき速さで
彼の元へと駆ける。咄嗟にライフルを構えはするが、
果たしてそれでどうにかなる相手でも無い
逃げるか、迎え撃つか。
暇は既に無し、数秒であの“躯“はジョンの元へと達する
ここで判断を誤れば、死に直結するだろう。
しかしここで────
────”堕ちろ”
────”青雷”が轟く
”───ズガガガガァンッッ!!”
鮮烈な雷光。白、黄、それではなく。
海の様に青く、また空の様に青かった
直線に連鎖して地を這いながら”獣形”へと
喰らいついた雷は、走り出した骸の動きを
真っ向から塞き止め───黒く焼いて焦がした
放たれた元、デュラの”盟友”のうち、
ガトリング銃の狩人の次に若い、”パール”と
呼ばれた男、奇妙な体系を取った金槌の狩人だ
───今のうちだ!!走れ!!
クソったれ…!!何が何だかさっぱりだ…!!
追手を振り切り、湿った空気が漂う
大教会への街道を真っ直ぐ走り抜ける
走り、走り、現実味の無い現実から
逃れる為に振り返らず背を向け続ける
だが、あの体躯のにしては異様に軽い足音と
それが段々と間近に迫っている事に気付き、
男は吹き出す様にべたりとした汗をかいた。
病が蝕む胸の痛みなど、ここぞとばかりに忘れて
声にも表せない、凡そ人だった筈の生物が放つとは
到底思えない、凄惨な金切り声が耳に入ってくる。
“タンッ───“
ここでまた一人、女狩人が建屋の上から飛び降り、
そのままにマリオネットの背上へ双刀を突き刺し
足止めにかからんと、一戦興じ始めた
「人形!奏者を扁桃の樹木!アッハッハ!!」
ジョン…!!早く……ッッ!!
残念ながら苦し紛れの足止めは長く続かない
首近くを挽き肉にせんとばかりに斬り刻んでいた狩人は
荒れ狂う躯が大きく身を捩らせた事によって、吹き飛び
路地を挟んでいた壁に強く叩きつけられてしまった。
屈強なる狩人とは言えど所詮は人、大柄な獣の体躯には
やはり敵わず、刹那に消えかかった意識を辛うじて保つ
グレッチェンも一瞬の隙を晒した事に怖気を募らせる
背から身打った彼女は呼吸感覚を麻痺し、“躯“は現れた
障害を除くべく、新たに標的を定めたのだ─────
───!おい!狙われてるぞ!!
───…!!……!!
朦朧とする意識の中、息する事も出来ず。
女狩人は薄暗い視界の中央に見えた“躯“を、
これみよがしに睨みつけさえするが、結局些細な抵抗。
───いや、悪足掻きにも届かない
その行為に最早意味は生まれる事がない。
緊急要する呼びかけにも返答無く、今のままであれば
自身が無惨な“躯“と化す事には彼女も理解していよう
相対する獣の“躯“といえば、嘔吐直前まで
泡ぶくな酸を上がらせ吐き出す直前だった
────だったのだが
─────ぬ ぁ ァッ!!
「素晴らしい!素晴らしい!」
「折れぬ意思!不撓不屈!」
酸が放射される寸前それを遮り、女狩人を引き摺って
直撃を躱したのが異邦の男────ジョン。
直撃は免れたとは言っても、第一に彼女を庇った故、
酸を防いだ右腕は血肉から放たれる異臭に塗れて、
ジュッと───巻かれた包帯ごと爛れて焼かれる
…!は────はッ…!───ジョ───
…足手まといになるなら…!
最初から来るんじゃねぇ…このアマァ…!!
憎まれ口を叩いても、結局助けた事には変わりなし。
人半倍の良心が彼を訴えかけたか、はたまた利点を
考慮しての、決死の行動ともとれようが、一先ず
何者かが夜から脱落する事だけは回避された。
しかし、その行動が命取りになるとも限らない。
第一彼もそれは分かっている。一手を逃れたところで
後に待つ一手が二人逃れ得よう事が出来ぬのならば、
これは全く、ただの自殺と考えても相違無い。
(…次は避けられん…!)
絶望的な状況であった。老練の古狩人による救援は
その距離からしてまず期待は出来ず、かと言え他の狩人
の援助も間に合わない。青い雷撃も威力はさておき、
身動きの取れないジョンとグレッチェンに向けて直撃
するという本末転倒な事態に成りかねないのだ
よってこの時点で回避する手段はなかった。
(どうする────どうする!?)
この“闖入者“が現れなければ、
きっとここで彼らの夜は終わりを遂げていた
闖入者、“抱擁“に抱かれる者、獣の狩人
“ア“オ“ォ“ォ“────ォ“ン“!!“
「─────おっと。」
轟く咆哮は、眼前の血濡れた“それ“のものではなかった
逆に“それ“…獣は、彼方から聞こえた、まるで心の底
から湧き出る、怒り───憎悪、憤怒を表す劫火の様な
恐ろしげな……先の“パール“が放った雷撃にも似た轟きを
感じる咆哮を受けて、完全に、機械的な動作を停止した
混乱にある狩人ら、ジョンを含めてが思考を白くする中
ただ、一人の老いた古狩人だけは察知する。
咆哮、声の主。その怒りという感情の種を知る彼は
決して忘れる事のなかった────憎き“狩人“の声を
──────。
蛇腹の割く音。重低音───鉄塊、金属音
咆哮と共に、連鎖的に迫りくる奇怪な“調べ“
“ガチン…ガチンッ──ガチ──ガ─ガガガ───“
音の出どころまでは誰も分からなかった。
脳で理解する暇が無かったというのが正解か
だが明確に接近しているのはジョンには分かった
つい先程までも感じていた生命の危険を、
“音“という別の要因によって、ひしひしと身に染みる
その刹那、マリオットの“躯“は血で爆ぜたのだ。
“ガ───ゴォォォンッッ!!“
見るも凄惨な光景、異邦人の視界に映った微かな影は
瞬く間に大蛇の様な得物を、身を捩らせ、見事なまでの
大回転を以て振り回し、地に足を着く寸前─────
天より舞い降りた一匹の何かが、“躯“を真っ二つに。
───── 獣肉 を 断ち 斬ったのである
「ふむ、思わぬ所で打ち止めになってしまいましたか」
────ハァァァ…… … …
息も絶え絶えの二人の前に現れた“何か“は。
人というには烈火の如く歪な形容をしており、
獣というにはその節々に理性や、静けさを覗かせる
体躯は大きい。纏う襤褸のコートに年季を見る。
腰にかけられた散弾銃は、型式は旧くも、狩人の代物。
見れば見るほど、ジョンがこれまで見てきた狩人達と
同じか、より堅牢な風格を持つ。姿形は全く異なるのに
まるで────撃鉄の古狩人とも似ている佇まいだった
「おやおや、そう睨まれてはさしもの
肝が冷え切ってしまいましょう、ははは」
チッ…蛞蝓が……
ふと───獣人と称そうか───獣人は、虚空を
見上げるや否や、何か愚痴を零す様な口振りで苛立ちを
浮かべており、それはジョンが知覚出来ないのであろう
“何か“が、直ぐ側にいる素振りを振る舞う様にも見える
居心地の悪さは頂点貫いていた。“何を見ているのか“、
“何がそこに居るのか“、“そもこの獣は何だったのか“、
といった疑念が浮かぶ毎に───肩が重くなる様な、
瞳を通して脳に何かが侵入してくる様な、その様な酷い
嘔吐感が絶えずジョンの思考を襲い続けていた。
「まあいい、これで彼と月を見る事も出来る」
───お───ぇ…──ぇ…ぇ──!──
「今回はここで引き上げます」
耳鳴り、視界の揺らぎ、何かが脳を巣食う。
超常的な光景ばかりがこのヤーナムには満ち溢れ、
数多くの生殺与奪の瀬戸際で感覚を麻痺させていたが…
そもそも、獣の病とは何か?
オカルト。そんな適当な言葉で説明がつく程、
容易な環境では既にあり得ない。理解が出来ないから
頭を悩ませているのでは、断じてない筈だ。
迷信、お伽話、与太話では済まされない絶対的な共通点
そういった何がしかの原理が、きっと暗い宇宙にも似た
思考の片隅では既に察知しているからこそ────
処理能力が追いつかない人の脳では、
現実は情報過多に過ぎているのだろうか
余計な事は考えるな!!狂気に呑まれる事になる!!
ジョン…!歩けるか…!?
ぁ…あ…!何…とか…!!
「お達者で!Mr.スミス!」
遅れた古狩人の二人がようやっと追いついて、
杭打ちのデュラはジョンに肩を貸し、よたつきながらも
急いでその場を後、他の“盟友“達が待つ教会の方へと
駆け足で去っていった。取り残されたグレッチェンだが
流石の狩人、自身で胸を強く叩き保ち直す────
そしてダンテ、去りゆく異邦人らと女狩人、
獣人との間へ、彼らを守る様にそこへ立ち塞がった
両者は深い沈黙の中で睨み合いを続くも、
やがて最初にそれを破ったのは撃鉄の古狩人だ
────幾年ぶりか、まだ生きていたとは。
……随分と老いぼれた…
ハッ…いいや────死に損なったと見える…
両者、得物を振るわんとする。
金槌に備えられた撃鉄を一息に上げ、
蛇腹の大鉈は内部の鉄縄を引き上げた─────
即座に互い、古狩人の業で以て急接近。迎え撃つ様に
全身を獣の脚力による爆発的な速度に身を任せる“獣人“
銃火器の入る隙無く、鉈と槌の鍔迫り合いの形になって
押し相撲の続行、力比べでは流石に分は“獣人“にあるが
加減をされていると見るか、グレッチェン…第三者から
見ると、押し合いは凡そ拮抗しているかに思われる
ガチガチと、二人の得物は震えているが…“獣人“の、
骨格によって歪んでいる表情は未だ余裕綽々であった
……ッ…お前は…!何が目的だ!?
この数十年に渡って、まだ憎悪を燃やすのか!?
そういう貴様は、燃え尽きた様だな?
ただ後継者選びにうつつを抜かすとは…
何ともまあ、老いの干乾びとは恐ろしいものよ
狙いは─────狙いは“彼“かッ!!
答えろ!!“アイザック“ッ!!
────その名は、彼の世代ではよく知られた。
最も古い時代、医療教会における最初の狩人───
“聖剣のルドウイーク“が名を上げる時代よりも前の話。
既に時代に忘れ去られた名でこそあれ、しかしながら
老ゲールマンの古工房の狩人たるダンテだけはずっと
記憶している。何年と経っても教会の暗部の遺産である
この獣人“アイザック“は悲惨な事件の多くの象徴だった
その資料、一連の出来事は今や教会による封印を
指定され、その名ですら迂闊に上げれば闇に葬られる。
(……アイ…ザック……?)
その名で呼ぶのも、最早貴様だけだな。
貴様を見ていると“あの男“を思い出すよ……
ああ、全く────虫唾が走る……!
“サー・ウォルター“は、とうの昔に死んだ…!!
何時まで過去に縋り付いているつもりだ…亡霊が…!!
良いか、決してジョンには触れさせんぞ…
若人の路を切崩す腹積もりなら────
この“
「──汝、一切の望みを棄てよ──!!」
共に得物引く。次の瞬間には塞き止まっていた攻防が
再び幕を開いた。轟と揺らぐ焔の大槌は振るわれ───
だが、横薙ぎに火炎の障壁を形作るだけ
獣人は避けたのだ。既に一歩引き、背面にあった
散弾銃を腰溜めに構え、獣の歪な指を引き金に掛ける
しかし赤々とした炎の幕に視界を遮られるも、
ダンテはそれを読み、一枚上手に攻め手をとった。
火に焼かれるを覚悟の上、煤のコートを翻し、
飛び込んだ瞬間に散弾銃の発砲音が鳴る。
彼は被弾しただろうか?そんな事はない
熟練の狩人、むざむざと挽肉になるべく飛び込む訳なく
“獣人“が構えた銃口を上に咄嗟に“蹴り上げた“事で
哀れ無惨な末路を辿らずに済んだのだ────
────その腕は健在か…!!
貴様が幾百の人を腹に喰らう内に!
オレは幾百の獣の屍を積み重ねたのだ!!
見くびるなよ────悪鬼ッ!!
“パァンッ“───と、獣狩りの短銃の音が場に居る者の
耳を劈く。水銀の込められた弾丸は確実に“獣人“の頭を
狙い撃つが、驚異的な反射神経を以て首を傾けるという
最小限の動作で回避された。弾丸はこめかみを掠めて、
惜しくも致命傷までは至らず。
両者は憎悪を表す如く、険しい表情を浮かべるばかりだ
※ ※
────扉を開けろ!!怪我人が出た!!
一方で、足早に戦場跡から撤退した他の一行は
聖杯大教会、民衆の避難場へ駆け込んでいた
…デュ…ラ…あそこには……あそこには何がいた…?
あの感じ…何処かで…
パール、布を持って来い。それと水も…あるだけだ。
確か───鎮痛剤はまだあったな?
応急措置が始まる。
ここは作戦開始の前、丁度ジョンが煙草を吸って、
天井向けて拳銃を発砲した、大小異なる木箱や土嚢が
置かれている荷置きの空間である。
民衆ざわめく堂内にはデュラとその“盟友“の3人
青年狩人と女狩人は外に残る。盟友のうち最も若手の
ガトリング銃器を担ぐ男だけは外に救援へ向かおうとも
したが、あえなくデュラと古参の槍狩人に制止された
外は危険だと。獣以上に危ういものが彷徨いている。
ジョンの耳にも僅かに入った単語
“上位者“────“ア
そう呼称される“何か“が跋扈しているというのは
確かに、間違い無かったのだろう
酷い有り様だな…バンテージをしてた分
健やら筋肉の深層までは侵されてないが……
焼けてどろどろになった包帯を剥がされた。
露わになった前腕だが、皮下組織は悍ましく爛れ、
既に激痛を伴ってあるだろうに、比較的この異邦人
というのはそれに対しては然程興味を示さず────
いや、麻痺していると言うべきか。彼の脳は別の物を
“知覚“してしまったせいか、覚えるべき生存本能が
薄まっている状態で痛覚よりも何か、優先すべき欲求に
満たされている。人の常識を超越した次元のものを…
うつらうつらと意識が揺れ動くジョン。
そんな彼だが、デュラが輸血代わりのブランデーを
取りにその場を離れた直後、彼が少し前から気に留めて
いた人物の動向を注意深く、さり気なく視界に入れる事
によって残っていた自我を束ね、発狂には至らなかった
……おい、そりゃなんだ
鎮痛剤だが────
…要らん、痛みが鈍る方が不味い。
右のポケットに煙草がある───出せ。
大怪我負ってその図々しさは、
俺も見習いたいとこだな…
「性根がひん曲がってんだよ」…というジョンだが、
薬品の使用を断ったのは実のところ盟友の一人が
持ってきたその“鎮痛剤“にこそ理由がある
痛覚抑制など、既に麻痺している彼には不要という
のもあるが、一瞬の隙にその瓶のラベルを垣間見た
黄土色の薄汚れた古いボトル、あれは鎮痛剤ではない
“ホワ
サリシンやサリチル酸を鎮痛に用いるのが一般的。
しかしあれは違う…
植物性でもないどころか記入された文字は
“A n
“Concent
経口用に製造された血液。
悍ましい事に人血を摂取して気を治める代物なのだ。
そしてまた、他にも気になる点もあった
(……“By
イギリス英語との混成語…人血を扱った製薬会社なんて
向こうにあるなら有名どころの騒ぎじゃない────
…なら、当然ここらの風習に基づいた薬剤…ヤーナムで
生産されてるのが筋と見るべきか。何れにせよ…)
“デュラの盟友“の一人が火を付けた煙草を口に咥えて
思考を張る。訝しんだのは彼に対してではなく…
この薬品を取ってきた“パール“と呼ばれた男
そうだ、先の、人ならぬ獣人が現れた時から、
よそよそしかったのをジョンは見逃していなかった
尋常ならざる現象が起きた事による混乱の後でも。
ジョンはパールに感じた違和感を拭えない
先鋭な思案はより鋭利に研ぎ澄まされ
異邦の男の正気性はみるみる内に回復しつつある。
(────あの野郎、何故騙した?)
水面下で蠢く何者かの謀が、次第に彼を取り囲む。
狂気的でなお悪辣。彼にとっての障害は既に獣や異常
現象のみならず、背景知れぬ人々にまで広がっていた
※ ※
場面を彼らの狩場に戻すとしよう。
撃鉄のダンテと獣人アイザックの戦闘は佳境へ入った
先と違うのはその戦闘に女狩人グレッチェンも
加わっている事。流麗の双短剣使い戦線復帰を果たす。
(身体が軽くなった気がする…
一体何が起きてたんだろう…?)
ただ一人、青年狩人は建屋の屋根上で突っ伏していた。
感じていた重圧と冷え込んだ空気はいつの間にか晴れ、
いつもと同じ獣狩りの夜の雰囲気、血の臭さを伴い
獣肉が放つ生暖かい熱が帰ってきた────
それがアブラハムの気を緩ませたのか
周囲の状況に対する好奇心を抑えられなかった結果で、
ここまで来て、先立って渦中に飛び込んだ師の言葉を
相反する行為に────表を上げ、今いる場の下は
どういった戦況を迎えていたのか────という
未知への欲求に打ち負かされ、街路を覗き込む
─────!!
彼にとっては驚くべき事だったであろう、見えたのは
おどろおどろしい惨状等ではなく、アブラハムを釘付け
にしたのはその惨状の渦中で凄まじい攻防を繰り広げる
自身の師、老練たる“撃鉄“────そして二人を相手に
して尚、縦横無尽に駆け、同等かそれ以上に立ち回る、
常人とは到底言えない獣の体をした“人“と思しき者。
─────ッ
幾度か聞いた事があった────“狩人狩り“────
彼女、グレッチェンの双短刀は衣鉢相伝の名剣。
その称号は古い狩人の時代から密かに受継がれ、
今日に至るまで一世代に一人だけが持ち得る。
曰く、星の輝きを剣とする“慈悲の刃“
それを振るう者は相応の資格を要された
“まず強く、血に酔わず、仲間を狩るに尊厳を忘れず“
正気が月へと還る夜において、同胞殺しはなお穢れ。
故にこそ、強靭なる精神を保ち、“葬送“を忘れぬ者…
そういった者だけが、あの呪われた証を引き継ぐ
屍の上に立つ “鴉の狩人証“ ─────
ゲールマンの真似事がッ…!
仲間を忘れたくないだけさ…!!
相次ぐ発砲剣捌、彼ら狩人は、特に最高峰の者らに
至れば音速の域にまで達する剣速を容易に見せる。
銃弾の回避は何のその、人離れした能力の“起こりは
彼らの体に流れる血にあり。人の限界まで“獣性“を
押し止め、“遺志“と力とを糧とするのだ
(……潮時か)
今度こそ、仕留め損なうこと無き様に。
優勢の古狩人と女狩人は一歩で大きく間合いを詰める
劣勢の“獣人“はというと、対峙する狩人らを差し置いて
何か周りの“
確認していた様だ。それが何を意味するかといえば……
…何も意味しない。強いていうならこの“狩り“が単なる
時間稼ぎに過ぎなかったという事、獣人を含めた
“彼ら“の狙いは、最初から別にあったのである
それを終えたのなら…
“アイザック“はここに留まる理由が無い
“撃鉄“と“慈悲“の一歩をも容易に上回る跳躍力で、
10m以上はあるであろう、建屋の上へと飛び乗る
丁度、青年狩人の真隣へ
……っ!?
クソッ………!!
この距離。散弾銃では当てるに有効打とはなり得ず
短銃でも獣人には簡単に回避されてしまうだろう。
彼ら二人の狩人はただ見上げる事しか出来ず、
獣人の傍にいたアブラハムは突然の接近に、
手に持つ大斧を構える事も出来ない
その様子をじっと見つめていた獣人は…
…青年に対しては別段牙を剥くでもなく
目を細めて、鼻で笑う程度であった
(またか…また一歩────届かなかった!)
古狩人は上を仰いで睨み、
そんな悔しげな表情を見て、獣は嗤う
煙る空、月を背景、山犬が吼える
なあ…安心しろ…安心しろよ…
直ぐには手を掛けるつもりはない……
それが私の“仕事“…あの男は殺しはせぬとも……
────なあ、ダンテ。
そう焦らずとも、直ぐにまた会えるとも……
クク…ハハ…ハッハッハッハッ……!
捨て台詞を置いては、より高い建物から建物、
壁から壁へと伝い、跳ね、尖塔に爪痕を刻む
跳躍し跳躍し跳躍し────
“獣血の古狩人“が高らかに声上げ、その姿は遠のく。
嘲笑い…憎悪し…残されたのは狩人達の悔恨だけ
結果、今回の狩りは誰一人欠ける事は無かったが、
深まる謎と、終わりの見えない夜の暗さに後味の悪さが
相まってか…手放しに歓喜する者はいない
突如として再起した“渇いた獣“
そしてその気配だけを知らせ、
また忽然と消えた“アメンドーズ“
未だ遠くに聞こえた“獣血の古狩人“の咆哮も途絶え、
こうして、一先ず下街の危機は過ぎ去った────
────────
《 アイザックの鉄鉈 》
ある古狩人が用いた「獣肉断ち」
黒く錆びた鉄塊は要所でひしゃげ、
人ならざる大きな力で、使い込まれている
それはある種の「爪痕」であり
狩人の根底にある昏い業を否定しない
持ち主はきっと、凄惨な道にあるのだろう