Bloodborne:Brave of Braze 作:NEXT_0809
「諸君
獣の様に
徳と智慧
「神曲」地獄篇:第26歌−詩人の演説−
────ダンテ・アリギエーリ────
下街においての狩りは一旦の決着を迎えた。
しかし生まれた謎の数々は狩人らの思考を暗澹とさせる
切り口となり、これが果たして良い結果であったのかは
こうして堂内で休息を摂る面々にも、未だに予想付かず
ただ、この狩りが民衆らの前向きな姿勢に繋がったのは
確かであり、束の間とはいえどかつて狩人が英雄だった
時代を彷彿とさせる光も、同時に見せたのだった
そして─────ジョン、ダンテ。
彼らの第一の目的は果たされ、次に向かうべくは何処か
それを話し合うというのが、今からの経緯となる。
意識はどうだ
あぁ────外にいた時よりは落ち着いた。
それより問題は……右腕がまともに動かん事だな
…これじゃあ、ライフルは使えん
結局あれは…なんだったんだ?
獣とも人とも似つかない…武器こそ持ってはいたが…
………
獣血の古狩人アイザック。グレッチェンも一戦交えた
とは言え、その詳しい素性を知るのはダンテ一人であり
後の世代の狩人は、今回が初めての邂逅となった
それ故仔細を覗きたがる者も幾人いるが、この晦冥性の
高さ、牢固に秘匿されるのは相応の理由があるもの
ダンテは背を向けて口を堅く噤み、
ここで辺りは沈黙が僅かに続いた
…訳アリなのは分かった。
だがな…俺ァあんたの頼みでここまで来て
こうして、今は右腕がズタボロにまでなったんだぜ?
そう都合の悪い物だけ隠されてちゃあ、
今後この関係のままってのは難しいだろうよ
……あれは─────
“アイザック“…と言ったな。間近でやり合った時に
分かったが、かなり古い時代の狩人だろうか。
老いない“獣憑き“の身体…それ以上にあの技巧、
獣肉断ちをああまで使い熟す者は見た事がない
あれは教会に縁がある、だろ?
食い気味に女狩人が言葉を綴る
強かなグレッチェンはとうに勘付いていた。
元より彼女は獣以外に多くの怪異を狩っていた事もある
彷徨う“ランタン女“狩り、古遺跡の探索。彼らの中では
特にヤーナムの闇に近付いており、また当然ながら
こうした経験故、“医療教会“を快くは思ってもいない
内情を知らぬジョンと言えど、グレッチェンが放つ
忌々しげに憚る気は彼の肌にもよく感じたのだった
…彼には私から話しておく。そこまで分かってるなら
グレッチェン、君も察せるだろうが……これは迂闊に
誰彼構わず語って良い情報では無いんだ
そうだな…特に若い連中には知らせるべきで無い。
我が盟友達にも、アブラハムにも────
顔を合わせ互いに意思表示を交わした、
老いた狩人の二人だけは何かを知る。
そこに彼らの盟友や教え子は含まれなかった。
ならば新参のジョンが当然この事情というのを知る由も
ないのだが、後で話すという文言を信用するのなら
単なる信用性の問題ではないのだろうか
…ま、後で聞けるならまだ良いが。
それでダンテ、次はどうする?
上街に向かう、その前にまた工房に寄るとしよう。
少し野暮用が出来た、弾薬の補充にも向かわなければな
ここで君達とはお別れになる。デュラ…後は頼んだぞ
言うまでもないぞ、友よ。
君達が来てくれただけで、それだけで良かったのだ
これ以上に案ずる事はない─────
手を煩わせる必要もない。だから任せてくれ。
そうと決まれば、行くか…
そうして深く頷いた杭打ちの古狩人達は
場を後にする二人を見送る為に、扉のすぐ外へ行く
開けた街路は相変わらず薄暗く、また獣血の匂いも
えづきそうになる程に漂うも、それすら慣れたものだ
そう、これは確かな勝利の証。
凱旋ゆくはこの路であり、
であれば歩む事を厭う必要は無し
────どうかお気を付けて
ふと勝利の立役者が背後を見ると、幾人かの見送りに
来た者達の中には、激励に奮い立った民衆も含まれた。
彼らの臆病さを掻き消す様に火を付けた
異邦人のジョンは多くの意味で爪痕を残したのだ
去ろうとする異邦人へ声をかけた一人の女は、
手に持っていた小瓶───軟膏を差し出している
君か、ありがとう
…ジョン…その…色々…ごめん
そのまた隣からは、青年の狩人が。
目線を伏せ気味ではあるものの、負い目を感じたのか
狩りの前からは打って変わって態度を一変させる。
この様子を見て彼は、薄く笑みを浮かべ告げた
────ハッ。貸しだ、生きて会う事があれば
その時は……酒の一つでも持ってこいよ
…じゃあな、坊主
背の輪郭も薄く消えゆく二人を見て、強かに奮った
あの名の知れぬ女は、存在感ありし火の如き“熱“を
手を当てた自らの胸奥に赤々と感じ取る────
これが“生きる意思“、ただの他人がそれを気付かせた。
蔓延る硝煙の匂いを感じる度に
彼の姿を、その意思を思い出すのだろうか
────夢見るは一夜だ、悔いの無い様にな
※ ※
蓊鬱たる霧と煙の中、
獣の気配が消えた石畳の街路を二人は征く
疾い雲々に巻き込まれた月と湿気が天候の悪化を示す
やがては雨が降る予兆か、先の命運の凶兆か。
だが何れにしろ進まずに事は拓かず、彼らは教会から
「火薬庫」の工房への道を遡り続けた─────
ライフルを背に担ぎ、腕を擦って歩くジョンは出立前、
演説の際に最初に立った、名も知らぬ女性から貰った
掌に収まる小瓶…中身の軟膏をありったけ塗りたくって
ドロドロの右腕を労り、斜めやや先を歩くダンテへと、
それとなく声をかけた
……野暮用ってのは?
…あの狼男。奴はいずれ必ず我々の行く手に現れる
彼の脳裏に思い起こされるは、獣人が姿を消す直前、
声大きくに嘲笑った文句のうちの一つである
“────直ぐにまた会えるとも“
低く唸る様な質を持った特徴的な声─────
それはまさしく獣…狼等を思い起こさせた
…だが、盟友達やアブラハム、
彼らを巻き込む事は出来ない。あれは負の遺産、
下手に関われば教会に消される事になるだろう
その中に、俺は入ってないと
違う。“奴ら“の狙いは…
─────ジョン、君だ
ジョンに明かされた事実。異邦の男が退いた後に
獣人と交戦した撃鉄は、都合の良い間に乱入してきた
アイザックという名の古狩人が、さも義務的に襲い
掛かった理由…その後ろ盾が、何であったのかを説く
コツコツと石畳を歩く靴音が何時しか揃い、
この会話をメトロノームの様に拍節的に打つ
あぁ…?何だってあんな化け物が俺を…?
正確には君…というよりは…
“夢の狩人“たる器を持つ者。アイザック。
奴は去り際、意味深な言葉を幾つか残した
“殺しはしない“、“私の仕事“…
そして、“すぐに会える“、と
少なくとも奴は主犯等ではなく、何らかの共謀者が
あの影には居着いている、これは確かだろう
…その性質、奴が何を望むかは私がよく知っているのだ
ジョンは、これまでのダンテとの交流により感じていた
ある種超然的な、“詩人“としての彼を見知っていたが、
ここで横目に表した表情は、またこれまでとは違った。
それは人間的、義理人情、はたまた特定の何かに対する
憎悪───復讐心。“らしい“負の感情を見せ、だが故に
人間として、異邦の男の信用を勝ち取ってみせ始める。
また、それからは確かな説得力をも感じさせた
…しかし分からん。訳がさっぱりだ。“夢の狩人“とは?
奴がそれを求めている理由は?俺は何に狙われている?
………確実とは言えない。しかし検討はつく。
それは“メンシス学派“、かつての教会の一派、
隠し街ヤハグルを根城とする狂人共─────
何処かの時点で君の存在は奴らに勘付かれたのだ。
だが…さっきの戦闘が狼煙だったとしても
行動に移すにはやけに早すぎる……一体、何処で…?
※ ※
斯くて“火薬庫“の工房に辿り着いた彼らは、数時間ぶり
の要人との再開を果たす。この頃既に空は浅暗くも
明けに向かっており、ただ明瞭な陽だけは見えない。
───この場を借りて再び説明しておきたいのは
“獣狩りの夜“は一夜ならず一定の期間そのものを指す
ヤーナム特有の用語であって、その間には幾度陽が
上がるのも不思議ではないという。だがこの太陽は
やはり尋常の陽には見られない違和感を皆が覚える
曰く、それは陽というには大き過ぎ、常に夕焼けの様な
朱さを保ち、まるで“雲の手前“にある様に錯覚すると…
さておき、工房のバッシュによる報告があった。
────馭者が消えただと?
悪い…少し目を離した隙に、姿が見えなくなった
錠が開いてたのを見るに…多分ここにはもう居ない、
実際建物の中は探しては見たんだ。
まあ別に連れじゃないしな。
勝手に出て行ったんだ、放っておけばいいさ
それよりバッシュ、新しい銃が欲しい。
片手で扱える大口径のモンが望ましいんだが
深刻そうな面立ちで語るバッシュとは裏腹に、一方で
ジョンはさして気に掛かる事もなく、応接間を抜け、
目ぼしい銃器が無いかと作業場を見て回りだした。
大口径となると難しい。狩人向けの物以外だと、なぁ
次第にバッシュもジョンの振る舞いを見て
消えた馭者への疑問を思考から取り払い、
普段の会計係らしい理知的な受け答えを始める
何だよ、案外品揃え悪い───事は無いな。
この“ダ
それはハッピーの私物だ、売り物じゃない
いいさ持っていけ、アイツには俺から言っておく。
だが、片手用が欲しいんじゃないのか?
不意に嗄れた声が聞こえた。
声の大元は作業場の二階から。手すりに軽く身を
乗り出し、パイプを吸う老人の姿が見えた
その風体には貫禄があり、恐らく歴の長い何らかの
プロフェッショナルの様な立ち位置。正体は次に発した
バッシュがこの老人に掛けた言葉で分かる
ドク────
よう、聞いたぜ。お前さんがジョン・スミスか
…アンタが“ドク“か。工具借りるぞ
言うなりジョンは鉄鋸を左手に持ち、水平二連の銃身で
構成された狩猟銃を、満足に動かない右手で抑えつけて
ゴリゴリと二つの部品を切り落とし始めた
具体的に言えば落とされたのはこの黒いバレル、
そして安定を重視されていたクルミ材の茶ストック
人の私物を遠慮なしに切り刻む光景を見て、バッシュは
固唾を飲むものの制止には至らないまま、鉄粉と木屑は
小山の様に積もり、あれよあれよと事は進んでしまう。
そうこうして完成した代物はさっぱりと小柄になって
成る程、片手用と考えれば少々大きいものの、銃器の
扱いに長けていれば実用範囲の短銃へと生まれ変わった
俗に言う“ソーンオフ・ショットガン“*1。
出来上がったそれに、男は満足げに表情を緩める
如何せん狩猟銃ってのは官憲の目に付く。
最近じゃ密猟の取り締まりが厳重なのもあってな、
一々手続きが面倒なもんで、部品を切り落としてた
こうすれば隠すのも易い。銃身はやっぱり
見る奴によってはバラしても直ぐに察知される
さて…コイツの欠点はなんだと思う?
バッシュ君、当ててみたまえ。
それだけ銃身が短いと当然射程は落ちる。
銃床もそうだ、反動制御には慣れが要るだろう
正解だ。物によってバラつきが酷かったり
屋内や閉所以外の戦闘だと少々難があるのさ
だが、ここヤーナムではその特徴も活かせる。
二人ならまず広い街路で戦う事はない、
裏路地を通りまるで無法者の様に振る舞う。
狩人の戦い方は、確かに理に適ってるだろう
得意げに話す異邦の男が言う通り。
何時からかヤーナムの“狩人“は闇に溶け込み、人目を
避ける様に、“獣“へ変貌した人の骸を築く影人となった
伴って住人からの視線は白く、また暗くもなる。
ただ或いはそれもまた狩人にとっては好都合だったかもしれない、元から獣は人より強大で羨望の眼差しを受け
真っ向から斬り込むよりも、きっと薄暗い路地で人目を
憚らず赤黒い臓物を散らす方がなお良い。
生きる為に手段を選ぶものは、
真っ先に死ぬのが当然の理だろうから
だからこの銃は獣を狩る者にとって都合が良かった
良いねェ、随分と手慣れてるらしい。
見識の深い奴は好きだぜ、陸軍大尉?
詮索しようって?それとも単なる褒め言葉か?
「両方さ」と言って、“火薬庫“の統括たる老人が
作業場脇の階段からゆっくりと降りてくる。
その姿を見て、ジョンが最初に抱いた印象は“力強さ“。
隻眼の老顔には深い皺こそ刻まれてはいるものの、
歩き方には確固たる気力を、にやりと笑う表情には
歳に不相応な生気の漲りを感じ取れる。
煤けたチェック柄の長い袖シャツは、職人としての勲章
として黒ずんだ汚れがこびりついており、撃鉄の古狩人
ダンテと似た…“狩人に近しい“気配を身に纏っていた
異邦の尉官にも分かる。この老人は確かに戦火へと
身を投じた兵士、戦士、“獣狩りの狩人“のそれだ。
その圧に圧されたとも、敬意を表するとも分からないが
眼前、歩幅一歩二歩の間近へ近付いた“ドク“とジョンは
互いに力強い握手を交わす─────
ふふん───良い眼だ。
バッシュから聞いたぜ、ダンテの相棒だってな……
其奴が狩りに相方を見出すのはごく珍しい。
余程お前さんが気に入ったか……“引き継ぎ“か?
異邦の男には理解の出来ない“引き継ぎ“という単語が
出るものの、ドクの言葉にダンテだけは深く頷き、
何処か彼ら二人は物悲しげな目線を浮かべた
………そうか……
…強者は、身内に死に目を見せんものか。
“それ“を見出したのなら、悔い無く全うしろよ
……?
…気にするな。それより荷は大丈夫なのか?
馭者が金品を盗んでないとも限らんだろう
おっとそれもそうだ、バッシュ?
……あぁ、鞄か。ちょっと待ってくれ
ジョンが言うなり、ややぎこちない返事を出し、
その動きで以て応接間に置かれてあったジョンの鞄…
アタッシェケースを手に持ってバッシュが戻ってきた
その一連の流れに少しばかり不信感を抱くジョンだが
鞄を受け取った後には、そうこの事には気を取られず
封していた留め具を一つ一つ解き、書類や紙幣硬貨が
しっかり残されてあるかを確認する─────
どれもこれも検品した限りでは漁られた痕跡も無し。
特に気がかりだった銃弾の個数にも異常は見られず…
さて最後に衣類に欠け物が無いか、
見てみようとした…その時である
─────!?
畳まれてある厚く黒いコートの縁に紛れて、
いやに覚えのある“網張りの物体“が置かれていた
間違えよう筈もない。
今度こそ手にとってまじまじと見つめれば、
あの時と同じく吸い込まれる様な誘惑を得る。
青く淡く光る“あめんどう“の石────
ある筈がない、あるべきではない物がここにはある。
ジョンの額にべたりとした汗が滲む。言葉を発す事も
忘れ、ただ一点に瞳を向けて気の動転を隠す。
しかし背後で工房の職人らと言葉を交わしていた
古狩人ダンテは、しばらくしてこの異様さに気付いた
…ジョン…!?これを何処で手に入れた!?
……馬鹿な…!俺はこれを持ってきた覚えは────
────いや待て…まさか…
鞄に入れたつもりは無い。まして触れた覚えも彼には
一度たりとも無い。けれどそれでも、ダンテが言った
“何処で勘付かれたか“…これがジョンを覚らせる火付け
となったのだ。時は僅か十数時間前に遡る─────
記憶のそう浅くない部分に、思い当たった節が上る。
“これ“を見たのは初めてでは無い…身近な既視感…
─────あの村か…!?
“それ“なら繋がる。撃鉄の古狩人が説いた教会の一派。
ヤーナムを訪れて一日足らずの男を何処で察知したか
思えば先の狩りにて感じたあの重圧というのは、
ここにやって来るまでに通ったあの集落、あの教会の
中でも覚えがあった筈だ。無数の視線に覗かれる様な
薄気味の悪い、芯の底から冷え切る悪寒の既視感。
そしてこの不気味な“石“。確かに触れず、足早に場から
引き返したにも関わらず、今こうして自分の鞄の中に
さも当然と言わんばかりに潜んであった網張りの物体。
眼窩はげっそり窪み、青白い幽鬼の如く、
のっぺりとした様相を刻んであった馭者。
全て奇怪な夜が始まる前から“始まっていた“としたら?
興味の一片も湧かずにいたあの馭者が“鍵“だとしたら?
身の毛もよだつ“起こり“、喉を支えていた異物が
すとんと落ちたかの様な合点の行き様────
肝は縮こまり、毛穴という毛穴が塞がる。
これ程にも気色の悪い経験を彼は未だ味わった事がない
であればこの物体は意思表示とも取れるのか?
「何時でも見ている」「逃しはしない」という────
……決まった様だな。狙いは君…現に奴等は
地獄の底まで追ってくる勢いだと、先程も示した。
こんなに気持ちが悪いのは初めてだ…
婦人をつけ狙う変態にだってこうまでは思うまい…
───どうするんだ?迎え撃つのか、逃げるのか
今必要なのは情報…あの馭者のな。
だがダンテ、あんたはどう思う
大教会で言った通り上の市街へ向かう予定だ、
ここで出来る事はもう無い────
…と、いうのが…“狼男“の進行方向は上だった。
今回の夜で“始末“をつける気かまでは分からんが…
医療教会も、長期間狩りが続けば流石に消耗する
混乱に乗じて教会を叩けば、或いは陥落も無くはない
良いかジョン、現状の最終目的地は聖堂街────
そこへ辿り着くまでに馭者についての情報を収集しよう
…そう言えば“狼男“との関係、まだ聞いてないな
夢の狩人とやらが何かも結局教えて貰ってないぞ
……
余程重たい事柄なのか堅く秘するその様は
教会の問答の時と同じで、古狩人はまた口を噤む。
かと言え、既に奇怪な事件が自身の事情に絡みつつ
あるのが分かっている異邦人が看過する筈もなく、
痺れを切らし強い語気を浴びせた
何時までもだんまり決め込めば良い問題なのか?
適当にはぐらかせば忘れる程、俺ァ抜けてねぇ
“アイザック“────か。
触れてやるな、其奴の柔い部分だ
だが、夢の狩人が何かは俺が説明してやろう
それなりに長く夜を務めた狩人なら
知ってる奴もままいる話さ────
デュラに続いてまた訳知り顔の老いたドクに、
ジョンはこれまたしかめっ面で頭を抱え向き直った
珍妙な雰囲気に息を飲むバッシュも果たして
全く事情を知らぬ訳ではない風で、先ほどまで馭者が
寝かされていたソファにゆったりと腰をかけている
応接間に集った面々はそれぞれ僅かな緊張感を持って
年長の熟練工の話へと、臨む用意が整っていた。
“夢“とは────ここには無い何処かを指す…
……もう勘弁してくれ、与太話を聞くつもりはないぞ
良いから訊け、薄々気付いちゃいるだろ
この街が普通じゃない事位な…
それは確かにドクの言う通りで、うんざりする程に
ヤーナムを理解しない異邦人自身、感じ取っていた。
だからジョンは尚の事拒絶反応を示すのだが、
老人は出鼻を挫かれた話を再び戻したのだった
────“夢“とは表面世界に存在し得ない一つの世界。
かつて古き者達が追い求めた“上位者“達の寝床、
尋常では辿り着く事さえ無い神秘の苗床、暗く深い淵
その一つであるのが“狩人の夢“、絶望的な百鬼夜行にて
尚強い意思を保つ者だけが“使者“に選ばれ、夜を務める
惰弱な気持ちの持ち主では資格に足らない。
まともなばかりの人間では、必ず精神に異常を来たす
幾度倒れても死は無為に還り、永劫に明けを求むが故に
それこそ内なる“獣性“に打ち勝つ理性、幾千の“遺志“を
継ぐ器を持った“聖血“を宿す狩人が、あの大樹の麓に
ある“古工房“へと誘われるのだ────
“戦士の家“。選ばれた者は一夜限りの
“死なず“の戦いへ、身を投じる事となる。
夜が明けるまで、生きてるか死んでるかも
分からんままにな、獣を挽いて───怪奇を潰して……
そうして“元凶“を狩る、悪夢の狩人となるのさ。
もっとマシなおとぎ話はねえのか
ガキの子守歌にしちゃ随分と暗いが
はは…言っておいてやるよ。俺も、ダンテも、そして
お前さんが大教会で会ったあのデュラだって“夢“を見た
お前さんが思うよりも、これは身近にある話だ。
一夜につき、選ばれるのは一人だけ
一度夢を見た者は二度と訪れる事はない…
そして今回は俺達が知る限りじゃあ、
未だ“夢の狩人“は現れていないらしいぜ?
抽象的な説明に過ぎる───仮にそれが事実だとして、
今俺が“そうなってない“理由ってのはなんだ?
…抽象的に思うのも仕方ない話だ。
異邦人なら言葉のまま受け取るのが普通だからな
君が“夢の狩人“になっていないのは、聖血を…
いや、この街で輸血していないからに他ならない
必要な資格は
“強い意思“、そして“血“だ。君の場合はこのうち片方が欠けている事になる
つまり、要をすれば、私が今ここで君に輸血を行えば
条件は満たされる事になる訳だが────そうしない
理由は単純に、輸血自体にリスクがあるという事だ
リスク…馭者にやったアレとは違うのか?
馭者と君では前提条件が違う────
まず馭者はヤーナムの血を、既に宿していた筈だ。
異なるのは体内に“受容体“が備わっているか…
問うまでも無いと思うが、君はこの街に来た事も、
ましてこの地の輸血を体験した事はなかろう?
街の住民は世代によって出生時から
血を受けている場合もある、しかし異邦人は別だ。
通常とは異なるヤーナムの血液はまさしく
“劇毒“…
大抵は皆、“長期の昏睡状態“まで陥り、
最悪“その
……合点がいったというか。つまり俺へ輸血を施せば
否が応でも“夢の狩人“になると。それでもって───
人手が足りない現状で昏睡状態になられても面倒なだけ
だから良い様に俺を使いたいあんたは輸血をせずに、
逆に“夢の狩人“を欲している“アイザック“とやらは
俺に血をぶち込みたくて付け狙ってるって事だな?
人聞きが悪いが…まぁ間違ってはいない。
或いは誘拐でもする気か、輸血を行わざるを得ない
状況まで私達を追い込むつもりか…それは分からんが
はぁ────……
不可解な出来事の連続によって頭痛に苛まれる
そもそも睡眠不足なのもあったろうが、それでも余りの
情報量の多さ、迷信がそのまま視界に飛び入って来たか
の様な信じ難い事が続けば皆がこうなるだろう。
少し…2時間程寝る、出発時になったら起こしてくれ。
少なくとも彼は、常人と比べれば
この現実に対してよく耐えたものだった。
だから重責が、彼を深い“夢“に誘うのだ
※ ※
【ヤーナム市街水路にて】
上街の中心に近い、ここ地下水路は、
地上と直に繋がる故死体の投棄が非常に多かった
人を辞め、終に獣に至る事も出来ず、
蜂起の最中…半ばに果てた者の死屍累々
そんな“汚物“が水を吸い、ぶくぶくと膨れ上がり
やがて毛むくじゃらの水死体の姿を取って“蘇る“
当然彼らに既に意思は無く───内に潜む、
潜んでいた“獣“が突き動かしているに過ぎない。
だからヤーナムでは、病に果てた者を封する時は
厚く堅牢に作られた棺へ閉じ込め、鎖でなお強固に
外から何重にも縛り付けるのだ。
また…或いは、そう出来なかった者らが、
こうして暗闇に捨てられるのだろうか─────
はぁ…っ…はぁ…っ…!
水死体を狩る者がここに二人。
一方は、狩人にしては古い装い────
茶色で所々が褪せた、革を基調とする装束
“ヤーナムの狩装束“。古い時代のそれであるが、
纏う者は似つかわない、ごく若い象牙の髪の女人。
彼女は背を曲げ、白い息を上げる。
手に携えた木の弓と矢。これもまた獣狩りには
不釣り合いな武装に過ぎない、“この街の獣狩り“では。
ぽつりぽつりと落ち始めた雨粒や、膝近くに上がる
冷たい水に体温を奪われ、脚を取られ、苦戦は必至
だがもう一方の人物は酷にも、厳格に叱りつける
手を止めるんじゃない。
相手は待ってちゃくれないよ
ほら────そこっ!
陰に向かって短刀を投擲した一方は
正しく手練れの古狩人である。
暗い紫紺のコートを纏い、全体を見ても
特徴的なシルエットの原因となっている仮面は
鴉の様な嘴の───所謂ペストマスクに似た。
一目見るだけでは性別こそ分かりはしないが
この古狩人も、教え子と同じく女性…
声を聞けば、多少老いた者なのも悟れよう
なんだ…鼠かい
おばさん…雨が…降ってきた…よ
少し休もうよ…
たどたどしく話す学び子。言葉を詰まらせる様に
話す姿は素知らぬ者が聞けば首を傾げるが、
両者はその様な間柄では無い。
長く付き添った証明である。裏付ける様に、
若い狩人もまた優れた才能と技量を持っていた
終に息絶えた屍の山がそれを示す
全く、ガスコインのとこにいると
随分と呆けてしまうらしい。
それとも違うのかい?────
ハンナ?
仮初めの朝がやって来る。
曇り空、白い雨の訪れ。
“夜“は今や半ばに入りつつあり、
谷底の煙と炎が薄く消えゆく────
“撃鉄“が起きた時、次に辿るのはこの汚濁な流水
その行く先には何が待ち受けるというのか
“沈黙“は、未だ語らない。
《 クラッカー 》
後の「撃鉄」ジョンが改造した連装銃
基となった銃よりも扱い辛さが増している
水銀弾を使用可能だが、反動は大きく
短かく切り詰められた銃身は癖が強い
しかし獣の臓物は容易に溢させる筈だ
余さないのであれば、宴会のよい品となろう