Bloodborne:Brave of Braze   作:NEXT_0809

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「諸君の生まれを考えて(Considerate la vostra semenza:)みよ


獣の様になるべく生まれたの(fatti non foste a viver come bruti,)ではない

徳と智慧を求めるべく生を受け(ma per seguir virtute e canoscenza».)たのだ」

「神曲」地獄篇:第26歌−詩人の演説−
────ダンテ・アリギエーリ────



07.行方不明者

 

 

下街においての狩りは一旦の決着を迎えた。

しかし生まれた謎の数々は狩人らの思考を暗澹とさせる

切り口となり、これが果たして良い結果であったのかは

こうして堂内で休息を摂る面々にも、未だに予想付かず

 

ただ、この狩りが民衆らの前向きな姿勢に繋がったのは

確かであり、束の間とはいえどかつて狩人が英雄だった

時代を彷彿とさせる光も、同時に見せたのだった

 

そして─────ジョン、ダンテ。

彼らの第一の目的は果たされ、次に向かうべくは何処か

それを話し合うというのが、今からの経緯となる。

 

 

[ダンテ]

意識はどうだ

 

 

[ジョン]

あぁ────外にいた時よりは落ち着いた。

それより問題は……右腕がまともに動かん事だな

…これじゃあ、ライフルは使えん

 

[───]

結局あれは…なんだったんだ?

獣とも人とも似つかない…武器こそ持ってはいたが…

 

 

[ダンテ]

………

 

 

獣血の古狩人アイザック。グレッチェンも一戦交えた

とは言え、その詳しい素性を知るのはダンテ一人であり

後の世代の狩人は、今回が初めての邂逅となった

 

それ故仔細を覗きたがる者も幾人いるが、この晦冥性の

高さ、牢固に秘匿されるのは相応の理由があるもの

 

ダンテは背を向けて口を堅く噤み、

ここで辺りは沈黙が僅かに続いた

 

 

[ジョン]

…訳アリなのは分かった。

だがな…俺ァあんたの頼みでここまで来て

こうして、今は右腕がズタボロにまでなったんだぜ?

 

そう都合の悪い物だけ隠されてちゃあ、

今後この関係のままってのは難しいだろうよ

 

[ダンテ]

……あれは─────

 

[グレッチェン]

“アイザック“…と言ったな。間近でやり合った時に

分かったが、かなり古い時代の狩人だろうか。

 

老いない“獣憑き“の身体…それ以上にあの技巧、

獣肉断ちをああまで使い熟す者は見た事がない

あれは教会に縁がある、だろ?

 

 

食い気味に女狩人が言葉を綴る

 

強かなグレッチェンはとうに勘付いていた。

元より彼女は獣以外に多くの怪異を狩っていた事もある

 

彷徨う“ランタン女“狩り、古遺跡の探索。彼らの中では

特にヤーナムの闇に近付いており、また当然ながら

こうした経験故、“医療教会“を快くは思ってもいない

 

内情を知らぬジョンと言えど、グレッチェンが放つ

忌々しげに憚る気は彼の肌にもよく感じたのだった

 

 

[ダンテ]

…彼には私から話しておく。そこまで分かってるなら

グレッチェン、君も察せるだろうが……これは迂闊に

誰彼構わず語って良い情報では無いんだ

 

[デュラ]

そうだな…特に若い連中には知らせるべきで無い。

我が盟友達にも、アブラハムにも────

 

 

顔を合わせ互いに意思表示を交わした、

老いた狩人の二人だけは何かを知る。

 

そこに彼らの盟友や教え子は含まれなかった。

ならば新参のジョンが当然この事情というのを知る由も

ないのだが、後で話すという文言を信用するのなら

単なる信用性の問題ではないのだろうか

 

 

[ジョン]

…ま、後で聞けるならまだ良いが。

それでダンテ、次はどうする?

 

[ダンテ]

上街に向かう、その前にまた工房に寄るとしよう。

少し野暮用が出来た、弾薬の補充にも向かわなければな

 

ここで君達とはお別れになる。デュラ…後は頼んだぞ

 

 

[デュラ]

言うまでもないぞ、友よ。

君達が来てくれただけで、それだけで良かったのだ

 

これ以上に案ずる事はない─────

手を煩わせる必要もない。だから任せてくれ。

 

[ジョン]

そうと決まれば、行くか…

 

 

そうして深く頷いた杭打ちの古狩人達は

場を後にする二人を見送る為に、扉のすぐ外へ行く

 

開けた街路は相変わらず薄暗く、また獣血の匂いも

えづきそうになる程に漂うも、それすら慣れたものだ

 

そう、これは確かな勝利の証。

 

凱旋ゆくはこの路であり、

であれば歩む事を厭う必要は無し

 

 

[──]

────どうかお気を付けて

 

 

ふと勝利の立役者が背後を見ると、幾人かの見送りに

来た者達の中には、激励に奮い立った民衆も含まれた。

 

彼らの臆病さを掻き消す様に火を付けた

異邦人のジョンは多くの意味で爪痕を残したのだ

 

去ろうとする異邦人へ声をかけた一人の女は、

手に持っていた小瓶───軟膏を差し出している

 

 

[ジョン]

君か、ありがとう

 

 

[アブラハム]

…ジョン…その…色々…ごめん

 

 

そのまた隣からは、青年の狩人が。

目線を伏せ気味ではあるものの、負い目を感じたのか

狩りの前からは打って変わって態度を一変させる。

 

この様子を見て彼は、薄く笑みを浮かべ告げた

 

 

[ジョン]

────ハッ。貸しだ、生きて会う事があれば

その時は……酒の一つでも持ってこいよ

 

…じゃあな、坊主

 

 

背の輪郭も薄く消えゆく二人を見て、強かに奮った

あの名の知れぬ女は、存在感ありし火の如き“熱“を

手を当てた自らの胸奥に赤々と感じ取る────

 

これが“生きる意思“、ただの他人がそれを気付かせた。

 

蔓延る硝煙の匂いを感じる度に

彼の姿を、その意思を思い出すのだろうか

 

 

 

 

[デュラ]

────夢見るは一夜だ、悔いの無い様にな

 

 

 

 

 

※ ※

 

 

 

 

蓊鬱たる霧と煙の中、

獣の気配が消えた石畳の街路を二人は征く

 

疾い雲々に巻き込まれた月と湿気が天候の悪化を示す

 

やがては雨が降る予兆か、先の命運の凶兆か。

だが何れにしろ進まずに事は拓かず、彼らは教会から

「火薬庫」の工房への道を遡り続けた─────

 

 

ライフルを背に担ぎ、腕を擦って歩くジョンは出立前、

演説の際に最初に立った、名も知らぬ女性から貰った

掌に収まる小瓶…中身の軟膏をありったけ塗りたくって

ドロドロの右腕を労り、斜めやや先を歩くダンテへと、

それとなく声をかけた

 

 

[ジョン]

……野暮用ってのは?

 

[ダンテ]

…あの狼男。奴はいずれ必ず我々の行く手に現れる

 

 

彼の脳裏に思い起こされるは、獣人が姿を消す直前、

声大きくに嘲笑った文句のうちの一つである

 

“────直ぐにまた会えるとも“

 

低く唸る様な質を持った特徴的な声─────

それはまさしく獣…狼等を思い起こさせた

 

 

[ダンテ]

…だが、盟友達やアブラハム、

彼らを巻き込む事は出来ない。あれは負の遺産、

下手に関われば教会に消される事になるだろう

 

[ジョン]

その中に、俺は入ってないと

 

[ダンテ]

違う。“奴ら“の狙いは…

 

─────ジョン、君だ

 

 

 

ジョンに明かされた事実。異邦の男が退いた後に

獣人と交戦した撃鉄は、都合の良い間に乱入してきた

アイザックという名の古狩人が、さも義務的に襲い

掛かった理由…その後ろ盾が、何であったのかを説く

 

コツコツと石畳を歩く靴音が何時しか揃い、

この会話をメトロノームの様に拍節的に打つ

 

 

[ジョン]

あぁ…?何だってあんな化け物が俺を…?

 

[ダンテ]

正確には君…というよりは…

“夢の狩人“たる器を持つ者。アイザック。

奴は去り際、意味深な言葉を幾つか残した

 

 

“殺しはしない“、“私の仕事“…

そして、“すぐに会える“、と

 

少なくとも奴は主犯等ではなく、何らかの共謀者が

あの影には居着いている、これは確かだろう

 

…その性質、奴が何を望むかは私がよく知っているのだ

 

 

 

ジョンは、これまでのダンテとの交流により感じていた

ある種超然的な、“詩人“としての彼を見知っていたが、

ここで横目に表した表情は、またこれまでとは違った。

 

それは人間的、義理人情、はたまた特定の何かに対する

憎悪───復讐心。“らしい“負の感情を見せ、だが故に

人間として、異邦の男の信用を勝ち取ってみせ始める。

 

また、それからは確かな説得力をも感じさせた

 

 

[ジョン]

…しかし分からん。訳がさっぱりだ。“夢の狩人“とは?

奴がそれを求めている理由は?俺は何に狙われている?

 

[ダンテ]

………確実とは言えない。しかし検討はつく。

それは“メンシス学派“、かつての教会の一派、

隠し街ヤハグルを根城とする狂人共─────

 

何処かの時点で君の存在は奴らに勘付かれたのだ。

 

だが…さっきの戦闘が狼煙だったとしても

行動に移すにはやけに早すぎる……一体、何処で…?

 

 

 

 

 

 

 

※ ※

 

 

斯くて“火薬庫“の工房に辿り着いた彼らは、数時間ぶり

の要人との再開を果たす。この頃既に空は浅暗くも

明けに向かっており、ただ明瞭な陽だけは見えない。

 

───この場を借りて再び説明しておきたいのは

“獣狩りの夜“は一夜ならず一定の期間そのものを指す

ヤーナム特有の用語であって、その間には幾度陽が

上がるのも不思議ではないという。だがこの太陽は

やはり尋常の陽には見られない違和感を皆が覚える

 

曰く、それは陽というには大き過ぎ、常に夕焼けの様な

朱さを保ち、まるで“雲の手前“にある様に錯覚すると…

 

 

さておき、工房のバッシュによる報告があった。

 

 

 

 

[ジョン] [ダンテ]

────馭者が消えただと?

 

 

 

 

[バッシュ]

悪い…少し目を離した隙に、姿が見えなくなった

 

錠が開いてたのを見るに…多分ここにはもう居ない、

実際建物の中は探しては見たんだ。

 

 

[ジョン]

まあ別に連れじゃないしな。

勝手に出て行ったんだ、放っておけばいいさ

 

それよりバッシュ、新しい銃が欲しい。

片手で扱える大口径のモンが望ましいんだが

 

 

深刻そうな面立ちで語るバッシュとは裏腹に、一方で

ジョンはさして気に掛かる事もなく、応接間を抜け、

目ぼしい銃器が無いかと作業場を見て回りだした。

 

 

[バッシュ]

大口径となると難しい。狩人向けの物以外だと、なぁ

 

 

次第にバッシュもジョンの振る舞いを見て

消えた馭者への疑問を思考から取り払い、

普段の会計係らしい理知的な受け答えを始める

 

 

[ジョン]

何だよ、案外品揃え悪い───事は無いな。

この“ダブルバレ(連装銃)ル“幾らだ?

 

 

[バッシュ]

それはハッピーの私物だ、売り物じゃない

 

[──]

いいさ持っていけ、アイツには俺から言っておく。

だが、片手用が欲しいんじゃないのか?

 

 

 

不意に嗄れた声が聞こえた。

 

声の大元は作業場の二階から。手すりに軽く身を

乗り出し、パイプを吸う老人の姿が見えた

 

その風体には貫禄があり、恐らく歴の長い何らかの

プロフェッショナルの様な立ち位置。正体は次に発した

バッシュがこの老人に掛けた言葉で分かる

 

 

[バッシュ]

ドク────

 

[ドク]

よう、聞いたぜ。お前さんがジョン・スミスか

 

[ジョン]

…アンタが“ドク“か。工具借りるぞ

 

 

言うなりジョンは鉄鋸を左手に持ち、水平二連の銃身で

構成された狩猟銃を、満足に動かない右手で抑えつけて

ゴリゴリと二つの部品を切り落とし始めた

 

具体的に言えば落とされたのはこの黒いバレル、

そして安定を重視されていたクルミ材の茶ストック

 

人の私物を遠慮なしに切り刻む光景を見て、バッシュは

固唾を飲むものの制止には至らないまま、鉄粉と木屑は

小山の様に積もり、あれよあれよと事は進んでしまう。

 

そうこうして完成した代物はさっぱりと小柄になって

成る程、片手用と考えれば少々大きいものの、銃器の

扱いに長けていれば実用範囲の短銃へと生まれ変わった

 

俗に言う“ソーンオフ・ショットガン“*1

出来上がったそれに、男は満足げに表情を緩める

 

 

[ジョン]

如何せん狩猟銃ってのは官憲の目に付く。

最近じゃ密猟の取り締まりが厳重なのもあってな、

一々手続きが面倒なもんで、部品を切り落としてた

 

こうすれば隠すのも易い。銃身はやっぱり

見る奴によってはバラしても直ぐに察知される

 

さて…コイツの欠点はなんだと思う?

バッシュ君、当ててみたまえ。

 

[バッシュ]

それだけ銃身が短いと当然射程は落ちる。

銃床もそうだ、反動制御には慣れが要るだろう

 

[ジョン]

正解だ。物によってバラつきが酷かったり

屋内や閉所以外の戦闘だと少々難があるのさ

 

だが、ここヤーナムではその特徴も活かせる。

 

二人ならまず広い街路で戦う事はない、

裏路地を通りまるで無法者の様に振る舞う。

狩人の戦い方は、確かに理に適ってるだろう

 

 

得意げに話す異邦の男が言う通り。

何時からかヤーナムの“狩人“は闇に溶け込み、人目を

避ける様に、“獣“へ変貌した人の骸を築く影人となった

 

伴って住人からの視線は白く、また暗くもなる。

ただ或いはそれもまた狩人にとっては好都合だったかもしれない、元から獣は人より強大で羨望の眼差しを受け

真っ向から斬り込むよりも、きっと薄暗い路地で人目を

憚らず赤黒い臓物を散らす方がなお良い。

 

生きる為に手段を選ぶものは、

真っ先に死ぬのが当然の理だろうから

 

だからこの銃は獣を狩る者にとって都合が良かった

 

[ジョン]

さしずめコイツは“トム・スミス“のクラッカー。*2

パーティにはもってこいじゃないか、なあ?

 

[ドク]

良いねェ、随分と手慣れてるらしい。

見識の深い奴は好きだぜ、陸軍大尉?

 

[ジョン]

詮索しようって?それとも単なる褒め言葉か?

 

 

「両方さ」と言って、“火薬庫“の統括たる老人が

作業場脇の階段からゆっくりと降りてくる。

 

その姿を見て、ジョンが最初に抱いた印象は“力強さ“。

隻眼の老顔には深い皺こそ刻まれてはいるものの、

歩き方には確固たる気力を、にやりと笑う表情には

歳に不相応な生気の漲りを感じ取れる。

 

煤けたチェック柄の長い袖シャツは、職人としての勲章

として黒ずんだ汚れがこびりついており、撃鉄の古狩人

ダンテと似た…“狩人に近しい“気配を身に纏っていた

 

異邦の尉官にも分かる。この老人は確かに戦火へと

身を投じた兵士、戦士、“獣狩りの狩人“のそれだ。

 

その圧に圧されたとも、敬意を表するとも分からないが

眼前、歩幅一歩二歩の間近へ近付いた“ドク“とジョンは

互いに力強い握手を交わす─────

 

 

[ドク]

ふふん───良い眼だ。

バッシュから聞いたぜ、ダンテの相棒だってな……

 

其奴が狩りに相方を見出すのはごく珍しい。

余程お前さんが気に入ったか……“引き継ぎ“か?

 

異邦の男には理解の出来ない“引き継ぎ“という単語が

出るものの、ドクの言葉にダンテだけは深く頷き、

何処か彼ら二人は物悲しげな目線を浮かべた

 

[ドク]

………そうか……

 

…強者は、身内に死に目を見せんものか。

“それ“を見出したのなら、悔い無く全うしろよ

 

[ジョン]

……?

 

[ダンテ]

…気にするな。それより荷は大丈夫なのか?

馭者が金品を盗んでないとも限らんだろう

 

[ジョン]

おっとそれもそうだ、バッシュ?

 

 

[バッシュ]

……あぁ、鞄か。ちょっと待ってくれ

 

 

ジョンが言うなり、ややぎこちない返事を出し、

その動きで以て応接間に置かれてあったジョンの鞄…

アタッシェケースを手に持ってバッシュが戻ってきた

 

その一連の流れに少しばかり不信感を抱くジョンだが

鞄を受け取った後には、そうこの事には気を取られず

封していた留め具を一つ一つ解き、書類や紙幣硬貨が

しっかり残されてあるかを確認する─────

 

どれもこれも検品した限りでは漁られた痕跡も無し。

特に気がかりだった銃弾の個数にも異常は見られず…

 

さて最後に衣類に欠け物が無いか、

見てみようとした…その時である

 

 

[ジョン]

─────!?

 

 

畳まれてある厚く黒いコートの縁に紛れて、

いやに覚えのある“網張りの物体“が置かれていた

 

間違えよう筈もない。

 

今度こそ手にとってまじまじと見つめれば、

あの時と同じく吸い込まれる様な誘惑を得る。

青く淡く光る“あめんどう“の石────

 

ある筈がない、あるべきではない物がここにはある。

ジョンの額にべたりとした汗が滲む。言葉を発す事も

忘れ、ただ一点に瞳を向けて気の動転を隠す。

 

しかし背後で工房の職人らと言葉を交わしていた

古狩人ダンテは、しばらくしてこの異様さに気付いた

 

 

[ダンテ]

…ジョン…!?これを何処で手に入れた!?

 

[ジョン]

……馬鹿な…!俺はこれを持ってきた覚えは────

────いや待て…まさか…

 

鞄に入れたつもりは無い。まして触れた覚えも彼には

一度たりとも無い。けれどそれでも、ダンテが言った

“何処で勘付かれたか“…これがジョンを覚らせる火付け

となったのだ。時は僅か十数時間前に遡る─────

 

記憶のそう浅くない部分に、思い当たった節が上る。

“これ“を見たのは初めてでは無い…身近な既視感…

 

 

[ジョン]

─────あの村か…!?

 

 

“それ“なら繋がる。撃鉄の古狩人が説いた教会の一派。

ヤーナムを訪れて一日足らずの男を何処で察知したか

 

思えば先の狩りにて感じたあの重圧というのは、

ここにやって来るまでに通ったあの集落、あの教会の

中でも覚えがあった筈だ。無数の視線に覗かれる様な

薄気味の悪い、芯の底から冷え切る悪寒の既視感。

 

そしてこの不気味な“石“。確かに触れず、足早に場から

引き返したにも関わらず、今こうして自分の鞄の中に

さも当然と言わんばかりに潜んであった網張りの物体。

 

眼窩はげっそり窪み、青白い幽鬼の如く、

のっぺりとした様相を刻んであった馭者。

 

全て奇怪な夜が始まる前から“始まっていた“としたら?

興味の一片も湧かずにいたあの馭者が“鍵“だとしたら?

 

 

身の毛もよだつ“起こり“、喉を支えていた異物が

すとんと落ちたかの様な合点の行き様────

 

肝は縮こまり、毛穴という毛穴が塞がる。

これ程にも気色の悪い経験を彼は未だ味わった事がない

 

 

であればこの物体は意思表示とも取れるのか?

「何時でも見ている」「逃しはしない」という────

 

 

[ダンテ]

……決まった様だな。狙いは君…現に奴等は

地獄の底まで追ってくる勢いだと、先程も示した。

 

[ジョン]

こんなに気持ちが悪いのは初めてだ…

婦人をつけ狙う変態にだってこうまでは思うまい…

 

 

[バッシュ]

───どうするんだ?迎え撃つのか、逃げるのか

 

[ジョン]

今必要なのは情報…あの馭者のな。

だがダンテ、あんたはどう思う

 

 

[ダンテ]

大教会で言った通り上の市街へ向かう予定だ、

ここで出来る事はもう無い────

 

…と、いうのが…“狼男“の進行方向は上だった。

今回の夜で“始末“をつける気かまでは分からんが…

医療教会も、長期間狩りが続けば流石に消耗する

 

混乱に乗じて教会を叩けば、或いは陥落も無くはない

 

良いかジョン、現状の最終目的地は聖堂街────

そこへ辿り着くまでに馭者についての情報を収集しよう

 

 

[ジョン]

…そう言えば“狼男“との関係、まだ聞いてないな

夢の狩人とやらが何かも結局教えて貰ってないぞ

 

 

[ダンテ]

……

 

 

余程重たい事柄なのか堅く秘するその様は

教会の問答の時と同じで、古狩人はまた口を噤む。

 

かと言え、既に奇怪な事件が自身の事情に絡みつつ

あるのが分かっている異邦人が看過する筈もなく、

痺れを切らし強い語気を浴びせた

 

 

[ジョン]

何時までもだんまり決め込めば良い問題なのか?

適当にはぐらかせば忘れる程、俺ァ抜けてねぇ

 

[ドク]

“アイザック“────か。

触れてやるな、其奴の柔い部分だ

 

だが、夢の狩人が何かは俺が説明してやろう

 

それなりに長く夜を務めた狩人なら

知ってる奴もままいる話さ────

 

 

デュラに続いてまた訳知り顔の老いたドクに、

ジョンはこれまたしかめっ面で頭を抱え向き直った

 

珍妙な雰囲気に息を飲むバッシュも果たして

全く事情を知らぬ訳ではない風で、先ほどまで馭者が

寝かされていたソファにゆったりと腰をかけている

 

応接間に集った面々はそれぞれ僅かな緊張感を持って

年長の熟練工の話へと、臨む用意が整っていた。

 

 

 

[ドク]

“夢“とは────ここには無い何処かを指す…

 

[ジョン]

……もう勘弁してくれ、与太話を聞くつもりはないぞ

 

[ドク]

良いから訊け、薄々気付いちゃいるだろ

この街が普通じゃない事位な…

 

 

それは確かにドクの言う通りで、うんざりする程に

ヤーナムを理解しない異邦人自身、感じ取っていた。

 

だからジョンは尚の事拒絶反応を示すのだが、

老人は出鼻を挫かれた話を再び戻したのだった

 

 

────“夢“とは表面世界に存在し得ない一つの世界。

 

かつて古き者達が追い求めた“上位者“達の寝床、

尋常では辿り着く事さえ無い神秘の苗床、暗く深い淵

 

その一つであるのが“狩人の夢“、絶望的な百鬼夜行にて

尚強い意思を保つ者だけが“使者“に選ばれ、夜を務める

 

惰弱な気持ちの持ち主では資格に足らない。

まともなばかりの人間では、必ず精神に異常を来たす

 

幾度倒れても死は無為に還り、永劫に明けを求むが故に

 

それこそ内なる“獣性“に打ち勝つ理性、幾千の“遺志“

継ぐ器を持った“聖血“を宿す狩人が、あの大樹の麓に

ある“古工房“へと誘われるのだ────

 

 

 

[ドク]

“戦士の家“。選ばれた者は一夜限りの

“死なず“の戦いへ、身を投じる事となる。

 

夜が明けるまで、生きてるか死んでるかも

分からんままにな、獣を挽いて───怪奇を潰して……

 

そうして“元凶“を狩る、悪夢の狩人となるのさ。

 

 

[ジョン]

もっとマシなおとぎ話はねえのか

ガキの子守歌にしちゃ随分と暗いが

 

[ドク]

はは…言っておいてやるよ。俺も、ダンテも、そして

お前さんが大教会で会ったあのデュラだって“夢“を見た

 

お前さんが思うよりも、これは身近にある話だ。

 

一夜につき、選ばれるのは一人だけ

一度夢を見た者は二度と訪れる事はない…

 

そして今回は俺達が知る限りじゃあ、

未だ“夢の狩人“は現れていないらしいぜ?

 

 

[ジョン]

抽象的な説明に過ぎる───仮にそれが事実だとして、

今俺が“そうなってない“理由ってのはなんだ?

 

[ダンテ]

…抽象的に思うのも仕方ない話だ。

異邦人なら言葉のまま受け取るのが普通だからな

 

君が“夢の狩人“になっていないのは、聖血を…

いや、この街で輸血していないからに他ならない

 

必要な資格は“強い意思“、そして“血“だ。

君の場合はこのうち片方が欠けている事になる

 

つまり、要をすれば、私が今ここで君に輸血を行えば

条件は満たされる事になる訳だが────そうしない

理由は単純に、輸血自体にリスクがあるという事だ

 

 

[ジョン]

リスク…馭者にやったアレとは違うのか?

 

[ダンテ]

馭者と君では前提条件が違う────

まず馭者はヤーナムの血を、既に宿していた筈だ。

異なるのは体内に“受容体“が備わっているか…

 

問うまでも無いと思うが、君はこの街に来た事も、

ましてこの地の輸血を体験した事はなかろう?

 

街の住民は世代によって出生時から

血を受けている場合もある、しかし異邦人は別だ。

 

通常とは異なるヤーナムの血液はまさしく“劇毒“

 

大抵は皆、“長期の昏睡状態“まで陥り、

最悪“そのまま死亡(GAME OVER)する“可能性さえあり得る。

 

 

 

[ジョン]

……合点がいったというか。つまり俺へ輸血を施せば

否が応でも“夢の狩人“になると。それでもって───

人手が足りない現状で昏睡状態になられても面倒なだけ

 

だから良い様に俺を使いたいあんたは輸血をせずに、

逆に“夢の狩人“を欲している“アイザック“とやらは

俺に血をぶち込みたくて付け狙ってるって事だな?

 

[ダンテ]

人聞きが悪いが…まぁ間違ってはいない。

 

或いは誘拐でもする気か、輸血を行わざるを得ない

状況まで私達を追い込むつもりか…それは分からんが

 

 

 

 

[ジョン]

はぁ────……

 

 

不可解な出来事の連続によって頭痛に苛まれる

 

そもそも睡眠不足なのもあったろうが、それでも余りの

情報量の多さ、迷信がそのまま視界に飛び入って来たか

の様な信じ難い事が続けば皆がこうなるだろう。

 

 

[ジョン]

少し…2時間程寝る、出発時になったら起こしてくれ。

 

 

少なくとも彼は、常人と比べれば

この現実に対してよく耐えたものだった。

 

だから重責が、彼を深い“夢“に誘うのだ

 

 

 

※ ※

 

 

 

【ヤーナム市街水路にて】

 

 

上街の中心に近い、ここ地下水路は、

地上と直に繋がる故死体の投棄が非常に多かった

 

人を辞め、終に獣に至る事も出来ず、

蜂起の最中…半ばに果てた者の死屍累々

 

そんな“汚物“が水を吸い、ぶくぶくと膨れ上がり

やがて毛むくじゃらの水死体の姿を取って“蘇る“

 

当然彼らに既に意思は無く───内に潜む、

潜んでいた“獣“が突き動かしているに過ぎない。

 

だからヤーナムでは、病に果てた者を封する時は

厚く堅牢に作られた棺へ閉じ込め、鎖でなお強固に

外から何重にも縛り付けるのだ。

 

また…或いは、そう出来なかった者らが、

こうして暗闇に捨てられるのだろうか─────

 

 

 

[───]

はぁ…っ…はぁ…っ…!

 

 

水死体を狩る者がここに二人。

一方は、狩人にしては古い装い────

 

茶色で所々が褪せた、革を基調とする装束

 

“ヤーナムの狩装束“。古い時代のそれであるが、

纏う者は似つかわない、ごく若い象牙の髪の女人。

 

彼女は背を曲げ、白い息を上げる。

手に携えた木の弓と矢。これもまた獣狩りには

不釣り合いな武装に過ぎない、“この街の獣狩り“では。

 

 

ぽつりぽつりと落ち始めた雨粒や、膝近くに上がる

冷たい水に体温を奪われ、脚を取られ、苦戦は必至

 

だがもう一方の人物は酷にも、厳格に叱りつける

 

 

[────]

手を止めるんじゃない。

相手は待ってちゃくれないよ

 

ほら────そこっ!

 

 

陰に向かって短刀を投擲した一方は

正しく手練れの古狩人である。

 

暗い紫紺のコートを纏い、全体を見ても

特徴的なシルエットの原因となっている仮面は

鴉の様な嘴の───所謂ペストマスクに似た。

 

一目見るだけでは性別こそ分かりはしないが

この古狩人も、教え子と同じく女性…

 

声を聞けば、多少老いた者なのも悟れよう

 

 

[────]

なんだ…鼠かい

 

[───]

おばさん…雨が…降ってきた…よ

少し休もうよ…

 

 

たどたどしく話す学び子。言葉を詰まらせる様に

話す姿は素知らぬ者が聞けば首を傾げるが、

両者はその様な間柄では無い。

 

長く付き添った証明である。裏付ける様に、

若い狩人もまた優れた才能と技量を持っていた

 

終に息絶えた屍の山がそれを示す

 

 

 

[────]

全く、ガスコインのとこにいると

随分と呆けてしまうらしい。

 

それとも違うのかい?────ハンナ?

 

 

 

仮初めの朝がやって来る。

曇り空、白い雨の訪れ。

 

“夜“は今や半ばに入りつつあり、

谷底の煙と炎が薄く消えゆく────

 

“撃鉄“が起きた時、次に辿るのはこの汚濁な流水

その行く先には何が待ち受けるというのか

 

“沈黙“は、未だ語らない。

 

 

 

 

*1
ソードオフ・ショットガン。ショットガンの銃身と銃床を切り詰めた物。イギリス英語圏ではソーンオフと呼ばれる。

*2
トーマス・スミス。イギリス、ビクトリア朝時代の菓子職人。パーティクラッカーを最初に作った事で知られる。1869年没。




《 クラッカー 》
後の「撃鉄」ジョンが改造した連装銃
基となった銃よりも扱い辛さが増している

水銀弾を使用可能だが、反動は大きく
短かく切り詰められた銃身は癖が強い

しかし獣の臓物は容易に溢させる筈だ
余さないのであれば、宴会のよい品となろう
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