「起きてください! デルウハ先生!!」
「……あ?」
俺の名前を呼ぶ声。目を開けると知らん眼鏡をかけた女が立っていた。その背後にはガラス張りの壁面とビル群の先端が見え隠れしている。
……どこだここは? 明らかに俺が居た日本の雪山ではない。そこで探していた噂のシェルターでもないだろう。それにそもそも俺は山道で
「少々待っていてくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは。……寝違えたのですか?」
「いや……少し凝っただけだ」
しかし、手袋を外して首筋に触れてもある筈の傷は無い。治療されたという感触でもない。そんな出来事はそもそも無かったと考えるのが自然なほど。
あれが夢だとは思えんが……今目の前に広がる光景が現実だとも思えん。
「そうですか。意識ははっきりとしているようですね。ではもう一度、あらためて今の状況をお伝えします。私は七神リン、学園都市「キヴォトス」の連邦生徒会所属の幹部です」
──────────―
七神と名乗り、頭上に謎の輪を浮かせた女からある程度の説明を受けることは出来た。数千の学園の集合体であるキヴォトス。そこに俺は外部から、そして連邦生徒会長とやらの指名で呼ばれたということ。そして何故か先生と呼ばれていること。
正直、何もかも身に覚えが無さすぎる。前言撤回でここは地獄だと言われた方がまだ納得出来るぐらいの突拍子の無さだ。
が、頭は働くし足も動く。視覚から得られる情報は明瞭で肺を満たす空気は新鮮そのものだ。
そして何より──腹が減っている。ならばこの状況を生きるべきだろう。とにかくそう結論付けた。
チン、とエレベーターの到着を知らせる音がする。七神の後を付いていった先はこの建物のレセプションルームのようであり、何人かの人影が見えた。
「ちょっと待って! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んで来て! ……うん? 隣の大人の方は?」
「首席行政官。お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
「ああ……面倒な人たちに捕まってしまいましたね」
俺をそっちのけで七神に詰め寄る四人の女。それぞれが制服らしきものを着ているのを見る限り、全員が学生と見るべきだろう。
そしてそれぞれが、その姿にミスマッチな銃器を所持していた。なんでだよ。
「こんにちは、各学園からわざわざ──」
そこから四人と七神はごちゃごちゃと話していたが、この学園都市とやらで発生した問題の所在を問いに来たらしいというのは伺えた。戦車だのヘリだの物騒な話も聞こえたが。
──要約すると俺を指名したという、件の連邦生徒会長とやらが失踪した影響でここ、「キヴォトス」で様々な混乱が起こっているという話らしい。つーか聞いてる限りはこいつらのような銃器を携帯したガキ共が学園とやらでそれなりの権力を持ってるように聞こえるんだが。やっぱり地獄なんじゃねーか、ここ?
「──この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
そんなことを考えていると、急に話が飛んで来た。
「この方が?」
「……そうらしいな」
一番デカい上にとんでもない制服を着てるヤツに疑念の視線を向けられる。俺は曖昧に返すしかない。
その後の会話で俺の存在にはこいつらも疑問符を浮かべていた。「キヴォトスの外」という話が気になったが……これは後で良いだろう。
そして俺が何のために呼ばれたのか。具体的には「シャーレ」と呼ばれる超法規的な組織での活動を求められているとのことだ。というか、さっき数千の学園って言ってたよな? 仮にそんなとこで問題が頻発してる状況だとしたら、んなもん俺一人とガキ数人いた所で捌けるような気がしないんだが……。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……うん? ……」
件のシャーレの活動拠点に向かうという話になっているが、現在進行形でその拠点付近で問題が起こっているらしい。七神は電話相手からそれを告げられ、あからさまにキレていた。結果、この場に集まった面々を利用することに決めたらしい。
「キヴォトス正常化のために、暇を持て余した皆さん力が今、切実に必要です。行きましょう」
──────────―
向かった先は、ある意味見慣れた光景だった。爆破物により破壊された道、黒煙、銃声、硝煙の匂い。
どうやらコイツらが担いでる銃器はハッタリではなく、この有様がここの平常運転であるというのは事実らしい。見ろよ、ホローポイントくらって「痛い」で済ましてるぞコイツ。あまりの非常識ぶりに眩暈でもしそうなもんだが……これがここの平常であるというのであれば受け入れるのみだ。
「伏せてください、ユウカ。……今は先生を守るのが最優先です」
「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスの外から来た方ですから……」
「分かってるわ! 私達が戦っている間、先生は安全な場所に!」
俺が一番そうしたい。銃弾をくらってもあの程度で済むのがデフォルトなのであれば、俺なんてもんは紙耐久で基本駒にすらならない。この状況は俺だけが多大なリスクを背負っているだけだ。
ただ。
『先生、あの方々の戦術指揮をお願いします。貴方が本当にシャーレという組織の頭として相応しいのか……なぜ連邦生徒会長は貴方を指名したのか。それを見極めさせて貰います』
暫定雇い主の七神に仕事ぶりを見せろと言われている。従う必要があるのか、無いのか。ここまでで得た情報を元に俺は──従うことにした。
「いや、お前らには俺の指揮に従って貰う」
「……戦術指揮をされるんですか? まあ、先生ということなので、おかしくはないですけど……」
早瀬という生徒は先程の生徒と同じく、俺に容赦なく疑念をぶつけてくる。いや、早瀬だけではない。この場に居る四人全員が疑念を──ともすれば敵意とも捉えられるような感情を、俺に向けていた。
俺まだ何もしてねーよな? なんでこんな警戒されてんだ? 大人の男だからか?
「不満か?」
「……正直に言えば。いくら連邦生徒会長が指名したと言え、初対面で名前も知らない、得体の知れない大人の指揮を受けるのは──」
「俺はデルウハ、だ。そして得体が知れないかどうかは……これを見てから言え」
俺はそうして着用していた防寒具を脱ぎ捨てる。
「……軍服」
「ええっ!? この人、ゲヘナの関係者だったの!?」
「いえ、少なくとも私は把握していません。それに……UNA、ですか? 聞いた事の無い組織名です。恐らくキヴォトスの外の組織でしょう」
「そういう事だ。色々と常識は違うだろうが、俺は俺でこういうのには慣れている。──名前と、バックグラウンド。これで名前も知らない、得体の知れない大人じゃなくなったな?」
煮え切れない、納得のしきれないような表情をしつつも、早瀬は首を縦に振った。
「……分かりました。先生の指示に従います」
──────────―
戦術指揮とは言っても、俺に出来る事は少ない。そもそもこいつらは被弾が大したダメージにならん
短機関銃を持ちやたらと頑丈な早瀬を引き付け役として先頭へ、小銃を持ち閃光弾をやたらと所持していた守月をその後ろへ。ライフル持ちの羽川は当然最後衛。火宮は本来後方支援らしく本人の希望もあって俺の
敵集団と会敵後、即座に守月が閃光弾を投げその後に早瀬が詰め、守月と共に制圧。取り逃がしたヤツや単独で不規則な動きをしてるヤツは羽川に処理させる。これの繰り返しでいい。
「確かにいつもより戦いやすい……」
「現状、指揮に不満はありません」
「……連邦生徒会長が指名したというくらいなんだから、このくらいは当たり前か。その軍服もハッタリではなさそうですね」
口々に認めざるをえないというような態度取って来る三人。別にこの程度で褒められても俺も何も思わん。まあ、これだけの本体性能があれば戦い方に頓着が無くてもおかしくはない。ただ単純にガキだからというのもあるかもしれないが。
「さっさと終わらせるぞ。お前らもそれが望みなんだろう。こっちも、訳も分からんまま戦場に放り出されてんだ。……そうか、分かった」
七神から連絡が入った。この騒動の主犯とやらの情報だったが、丁度そいつは今、早瀬が示した方向に立っていた。
「あれが……!」
「フフ、連邦生徒会の子犬たちですか」
日本の伝統衣装を改造したような恰好に狐の仮面。いかにも悪役という出で立ちだが、主犯と言う割には遠目に見ても真面目に戦う気はないように見える。目の前の敵ではなく後方を何度も気にかけているのもそうだが、やる気が無い。
「アイツの相手は早瀬に任せる。それも適当な牽制で十分だ、仕留めようとしなくて良い。他は周辺の暴徒を優先しろ」
「捕縛を目的としないということですか?」
「多分トンズラするつもりだぞ。俺達の目的を踏まえた上で、そんなヤツをわざわざ相手する余裕はないし、七神の話を聞く限り追えば虎の尾を踏みかねん」
「あっ、本当に離脱しようとしてる──わっ!?」
前方の早瀬の報告通り、ヤツ──狐坂ワカモは目の前にあった遮蔽物を蹴り飛ばし、早瀬にぶつけ牽制しながら離脱しようとしていた。
「放っておけ。こっちは目的地を抑えるのが仕事だ。向こうから手を引くというのであれば好都合……なんだ?」
ふと、狐坂の足が止まる。何かを見つけたようにこちらに顔を向けて──いや、見ているのは
「あら、あららら……」
「対象、離脱ではなく立ち止まっています」
「ああ、しかもあれは──くっ!」
「え……痛っ!」
野郎、いきなり撃ってきやがった! 側に居た火宮を盾にしつつ、俺は腰の獲物──七神に用意させたナガンに酷似したリボルバーを引き抜き、発砲する。
「っ……まあ、これは」
反応を見る限り、狙い通りにヤツ自身ではなくヤツが持つライフルに命中したらしい。
流石にここからでは損傷具合は確認出来んが……どうあれ命中精度や取り回しに多少なりとも影響するだろう。
──本体に銃撃が無意味なら、そいつが持つ武器を狙う。見た所同じような武器を複数携行してる様子は無い。
「これはこれは、いけませんね……ここは素直に退くとしましょう」
どうやら今度こそ離脱するらしい。ライフルを肩に担ぎ、野生動物のような動きで狐坂はあっという間に姿をくらました。離脱する直前、口元だけが見えるように仮面を外し。
また、お逢いしましょう。そう口の動きだけで言い残して。
「ノータイムでいきなり俺を狙ったのといい、なんだってんだアイツ……」
「──ちょ、ちょっと先生!?」
「あ?」
狐坂は去ったとはいえまだ戦闘中だってのに、敵意を剥き出しに俺に詰め寄って来る早瀬。他の面々も俺を懐疑的な目で見てやがる。
一体なんだって……ああ、そうか。
「さっきのか?」
「そうですよ! 何をサラッと盾にしてるんですか!」
「俺にお前らみたいな耐久力は無いんだから仕方ないだろ……それに火宮は
「それはっ、そうですけど……そういうことではなく!」
「……構いません、早瀬さん。大したダメージではないですから」
「本人がこう言ってるんだ。それよりも、さっさと前に進むぞ。ヤツを撃退したからと言って気は抜くなよ」
火宮当人が話を終わらせたのもあってか、早瀬の噛み付きは鳴りを潜めた。だが全員の俺に対する目が……好感度が駄々下がりになっているのは確実だった。
構わん。どうせコイツらとはこの場限り、一時の関係だ。七神からの指示を完遂出来ればそれでいい。
──後に俺は、この時の態度を後悔することになる。俺が求める理想な生活……盤石な日常を実現する為のコミュニケーションの一手は、ここから始まっていたのだ。
──────────―
狐坂の撃退後、色々なことがあった。戦車の登場、目的地の奪還、謎の機械「シッテムの箱」、サンクトゥムタワー制御権……。
ともかく何も分からんまま俺が巻き込まれた自体は一応の解決を見せたらしい。七神は俺の働きを評価し、「シャーレ」の頭に据えると正式に決定した。
案内された部屋の中、書類を端にデスクに置かれたそれに俺は手を伸ばす。
『こんなもので良かったのですか? 時間をかければ他にも色々と用意出来ますが。……それにしても、正式な着任後にする初めて要求がこれとは』
塩辛いサラミと鼻を抜けていく小麦の匂い。どうやらメシの味は、どこも変わらないらしい。
これは俺と七神──いや、連邦生徒会とやらとの契約だ。
──────────―
なぜ俺は早瀬、守月、羽川、火宮の好感度に無頓着だったのか。それは初対面の時点でアイツらは軒並み敵意って言ってもいい程の懐疑を向けて来たからだ。
「シャーレ」は生徒と共に活動する組織。そしてここには数千の学園があるという。ならば、「シャーレ」が持つ権力と明らかにここでそれなりの力を持つ連邦生徒会の伝手を併せ、その学園とやらに働きかけ、俺へのマイナス感情を持たず、能力的に優れた生徒を選定し加入させればいい。
だから始めから好感度がマイナスになってる相手に、わざわざ媚びを売る露骨な真似はする必要は無いと、俺は早々にヤツらを選択肢から切り捨てた。
いや、怠ったのだ。
『シャーレに加入させる生徒の勧誘、ですか? ……申し訳ありませんが、その件に関して
一つ目の想定外は、大物感を出していた俺の暫定
『それを解決する為の「シャーレ」なのでしょうが、我々の積極的な介入はむしろまだ
二つ目の想定外は……先の俺の判断は誤りだったと、早々に突き付けられたこと。
「どうも、先生」
あからさまな警戒心と共にそいつは、早瀬ユウカは冷たさの張り付いた表情で俺の部室を訪れた。
「……どうやら、お食事中のようですね。また後程──」
「いいや、気にしなくて良い」
俺はシャーレ内に併設されていた店で片っ端から購入した食品の内の一つを食べきり、立ち上がって早瀬のもとへ歩み寄る。
──始め俺はここを
今俺が食べた食品はこの場所で安定的に生産され、安価で流通しているものの一つでしかないらしい。つまりこの世界で確かなポジションを保ち続ければ、最早飢えなどとは無縁なのだ。
天国と、そう形容することに何の躊躇いもないことを確信した。そして七神が示した流れに乗ったことが正解だったということも。
だから俺は──こうしてわざとらしいほどの謝意と媚びを込めた表情を張り付け、手を差し出す事が出来る。
「先日振りだな、
「……いきなり名前呼びですか? というか、私に謝られても困ります」
「そうだな。いずれ
「……」
「実利的にも、そしてこちらの誠意を示す為にも……ユウカとは今後仲良くしていきたいと思っている。
しばし俺を見つめ考え込んだ後、少々の警戒心と緩みを感じさせると共に、早瀬は差し出された手を恐る恐る握った。手袋をしているその手から温度が伝わることは無い。同時に、俺の手の熱も。
──泣き言は言えん。ここからだ。ここからが俺とお前達のコミュニケーション。
「改めて名乗ろう。俺はデルウハ。毎日パンとサラミが食える立場を守れるなら、銃弾が飛び交う戦場に向かわされようと、
銃器といいとんでもない力を持つヒロインといい「大人」と「子供」のテーマ性といい色々親和性があるなと思ってちょぼちょぼ書いたのが本作です。