ミオのおかげか受けていた依頼は日がだいぶ傾き始めるくらいには終わらせることが出来た。時間にして16時くらいだ。
残りの完全な日没までの僅かな時間でミオから魔術のレクチャーを受けることにする。
「それじゃあまずは周囲のマナを感知するところからかしらね」
レクチャーは街の入口からそれなりに離れた位置で受けていた。街に戻るには十数分の距離だ。
「って言ってもなぁ……」
漠然とマナと言われても、やはりわかるものではない。そもそもそんなものがなかった世界に暮らしていたのだ。
「少なくとも体内の力を認識は出来ているんだから、その応用でしかないわよ。外側に向ける感じでやってみて」
「んー……」
言われた通り、体内に巡る感覚を思い出しながら、意識して体外に対して集中してみる。視界を閉ざし、匂いや周辺の音すらもシャットアウト。己の周囲にあると信じて深く集中していく。
しかし、数分そうしていたが、熾月に感じられる感覚はなにもない。集中を切り、ミオに視線を向けてそう呟く。
「ダメだな。何も」
「じゃあ私のマナ操作を感じてみて」
熾月の様子に今日何度目かもわからない呆れの様相を示しながら、その手をさっと動かす。
手のひらの上に作られた、熾月から見れば小さな水玉。数秒ほど維持した後、霧散させる。それを何度か繰り返した。
「ふむ」
言われるままにその意識を集中する。今度は視界は維持し、他のすべてをシャットアウト。そして最後に、目も閉じて視覚も遮断する。すると、一瞬だが、何かの動きを感じた。
「これ……か?」
気になった今の一瞬に、更に全力の集中。ミオが生成しているということすらも忘れ、ただそれだけを認識しようと意識する。
なんとなくだが、収束したり霧散したりを繰り返してるように感じる。ミオが《領域探知(エリアサーチ)》とやらを使った際の現象に似ているが、ミオの気配でないことは確かだ。
おぼろ気なその何かに、更に意識を集中させる。熾月の中で、段々とその何かがはっきりしてくる。
「そう、そのまま、視野を広げて」
熾月の変化に気づき、形成する水玉のサイズを小さく、そして早くしていく。それを数十回繰り返した後、全く形成しなくなった。
熾月もその僅かな変化にゆっくり順応していく。徐々に希薄になっていく何かは、次第に周辺に溶け込む用に感じられた。溶け込んでいるが、そこに確かにある、そう思える。
やがて、ミオが全く何もしなくなっても、熾月はそこに何かあることをおぼろげながら知覚していた。
「わかるかしら? 今あなたが感じてるそれが、マナよ」
「これが……」
相変わらず目は瞑ったままだ。感覚では霧散していると思われたその極薄の気配。深く集中しなければ感知すら難しい、目に見えないそれら。長くゲーマーをやっていたことで、深く集中すること自体は難しくないが、そんな状態でもすぐに感知するのは難しいと感じた。
「……《領域探知(エリアサーチ)》」
「あ、バカ、それは……!」
何となく出来る気がして、熾月は無意識に右手を正面に出しながら呟く。
熾月の思わぬ行動に驚くミオ。しかし、熾月がそれに構う様子はない。ミオは致し方ないので呆れつつそのまま見守った。
熾月が呟いたその瞬間、感知していたマナに変化が起きる。何者でもなかった周囲の気配に、とたんに己自身の気配が広がった気がしたのだ。
この時熾月がイメージしたのは、視覚のみの広域拡張。普段見えている世界を、俯瞰するイメージだ。そしてその範囲を可能な限り広げる。
(これが……ミオが使ってた魔術か)
熾月の視界には、ミオの姿が確かにあった。それどころか、周囲にあるあらゆる物質が情報として拾えたのだ。本当に俯瞰して世界を見ている、そんな感じだ。遠くなれば見えづらくなる、つまり遠近感があるのも本来の視界から得られる情報そのままである。もちろん、障害物があればその後側は見えない。ただし、見たいところに意識を集中させればそこに視点を移動できるので、実質死角はない。距離は数キロといったところか。
「……驚いた。ある程度はもう使いこなしてるのね。私の知ってる《領域探知(エリアサーチ)》とは毛色が異なるみたいだけど」
熾月が放つ気配を敏感に感じ取り、呟く。
ミオが想像していたのは、突然得られる大量の情報を処理しきれず悶絶する熾月の姿だったのだが、その様子はない。
《領域探知(エリアサーチ)》とはそもそも、魔素による高度な探知魔術だ。魔素が与えてくるあらゆる情報を瞬時に処理して取捨選択しなければ、慣れない人間はその情報量に脳が焼き切れる。周囲に存在するあらゆるものをあらゆる感覚で感知するのだ、処理しきれなくなって当然だろう。
だが熾月がそうならなかったのは、最初から得ようとする情報を視覚に限った為だ。もともと人間は視覚から得る情報の処理能力に長けた生物だ。熾月自身の探知魔術に対するイメージが彼自身を救ったとも言える。
「すげぇ……こんなところまで見れるのか!」
目を瞑ったままはしゃぐ熾月。傍から見ればおかしな人そのものだが、熾月が今見ているのは側に生えている木の虚の中。そこに潜む小さな虫を見てはしゃいでいるのだ。
無意識なのか、見たい方向に自然と体が向いてしまっているのは問題だが、それだけ見れているのなら基本は使いこなしていると言えるだろう。
上級者ともなると向いてる方向が変わったりすることはなくなるのは当然だが、気配すら感じさせずに探知することも可能になる。最も、ミオほどのレベルになれば相当な熟練者でない限りは気配を隠し切るのは不可能だが。
(でも、多分これ、私のやり方の模倣と工夫……もしそうなら、私の魔術を感知したってことになるけど……)
ミオの魔術師としての技量は世界最高峰と言ってもいい。そんな彼女が魔術を探知されたとなれば、彼の感知力は人間の枠組みを逸脱している。ミオは精霊、つまりマナそのものと言ってもいい存在だからだ。
(まぁ、この短時間で感知まで漕ぎ着けてるわけだし、回復力もそうか……)
熾月の異常な側面を受け入れつつも、内心どこか呆れながら納得する。どのみち今後も長い付き合いになる可能性が高い。そうなれば、自ずと彼の正体もわかるだろうと、長い目で見ることにした。
「……で、あなた、何を見てるの?」
「え、木の中に隠れてる虫……?」
ミオの問いかけに目を瞑ったまま首を傾げる。その様子はシュールだが、ミオ自身は見られている感覚を覚えた。熾月が立っている場所とは異なる方向からだ。
「なるほど……最初から取得する情報を限定したのね。でもこの気配、マナとも違う気がするんだけど……それに何処かで……」
熾月がやってのけたその方法を解釈したミオは納得するが、同時に普段自身が感じているものとの微妙な差異を感じていた。
「まぁいいわ、そろそろ戻ってきなさい。《領域探知(エリアサーチ)》は便利だけど、今のあなたが使うには時間がかかりすぎてるから。まずは感知を慣らすわよ」
「了解」
ミオの言葉に頷くと、ミオが感じていた見られる感覚やマナの気配が消える。同時に、熾月が目を開けた。
「おお、少し違和感が……」
「ふふ、そりゃそうよ。それにも慣れなきゃね」
熾月の様子にくすりと笑って頷く。
その後、熾月は魔術を使うことを禁じられた。突然別のことをされても困るからだ。その状態で行ったのは、マナ感知能力の向上、つまり集中しなくても感知できるようにすること。
先程行った訓練を繰り返すという単純な訓練でその日は終わるのだった。