時間にして数時間。エントランスで色んな人の意見を聞いて回った。
話は本当に通ってるようで、皆歓迎の意志を示してくれ、快く質問にも答えてくれた為、聞き込みはスムーズだった。
聞いた話で色々興味が湧いてきた熾月は、更に外へ向かおうとするが――。
「――し、熾月さん、ちょっと待ってください!」
外へ出る扉の取手に手をかけたところで手を掴まれて振り返る。慌てた様子のシーラが居た。
「あなた、その格好で歩き回るつもりですか?」
言われて見下ろし、思い出す。そういえば、熊みたいな獣に襲われて着ているものが悲惨な状態になっていたのだ。
「あー……言いたいことはわかります。けど俺、これしか着るものないですし」
「大丈夫です、そうした人向けの変えの服もありますから」
シーラに手を掴まれたまま、熾月が通った道を戻る。行き先は熾月が寝ていた客室だろう。
扉の入口でようやく手を離してくれた。一方彼女は、そのまま部屋の中へ。彼女の目的はベッド脇の棚のようだ。
中には少々小綺麗な服が入っており、シーラはそれを取り出して手渡してきた。
「ひとまずこちらを着てください。あまりいいものではありませんが、今の姿よりはマシになりますよ」
「ありがとうございます」
手渡された服の感触は、お世辞にも良いとは言えなかったが、確かにボロボロの服よりはマシだ。
お礼をいうと彼女は満足したのか、一言添えてから部屋をあとにした。
それを見送ると、熾月はさっと着替えを済ます。
「うっわ……すごく着心地悪いなこれ」
見た目は外を闊歩してる人たちのそれとそんなに変わりないが、精度が悪いのだろう。肌触りに違和感しかなかった。
致し方なく、熾月は着たそれを一旦脱ぐと、元着ていた服の上から渡された服を着る。
「うん、これでいいか」
スマホのカメラモードで自身の姿を確認し、違和感ないことを確認する。
もともと着ていたワイシャツの襟は織り込んで服の中に隠し、うまいことこの世界の服装の見た目に影響ないようにできた。
多少動きづらさはあるがそこは仕方がない。
「よし、行くか」
気を改め、熾月は部屋をあとにする。そしてそのまま迷いなく外へ向かった。
◇ ◇ ◇
「やっぱり多いのは、冒険者、か」
時間を気にしつつある程度街を奔走し、得られた答えを呟く。
話を聞いて回ったが、街の規模はどうやら人口1万人程度の小都市規模の街のようだ。街の中心に生産などの仕事に従事する人が多いが、その多くは元は冒険者だったとか。
人口密度の推移も街全体で平均的で、そのほとんどが元冒険者もしくは現役冒険者であり、比率は現役冒険者のほうが高い。
その理由は、冒険者がいわゆる雑用などの仕事も請け負う何でも屋に近い故だ。
簡単なものだと、街中の清掃やペット探しといった誰でもできるようなことから、街の外での採取や狩り等といった難しめなことまである。
冒険者といえばやはり冒険が主な仕事だろうに、雑用などもあるのはギルドがどんな依頼も受け付けてくれるためだ。ギルドは冒険者への仕事の斡旋も仕事になっているので、ある意味当然とも言える。
新人冒険者に狩りは負担すぎるからだ。命を落とす危険性も考えれば、危険生物も存在する街の外にはなかなか向かわせられないだろう。だからこそ、安全な街中にも仕事を用意することで成り立たせているわけだ。
「何事も経験、だよな」
一角熊の一件で慎重になっていたが、それももう終わりだ。元々異世界への興味はあり、そしてそれでやりたいことといえばやはり冒険だったのだから。
覚悟を改めると、熾月はその足をギルドへと向ける。その位置は、熾月がいた宿の隣だ。その宿はというと、ギルドが所有する宿らしい。本来は高ランクの冒険者向けに提供されているのだとか。
宿でなくギルドなのは、宿にいるギルド員から斡旋される主な仕事が冒険者向きの仕事ではないと聞いたからだ。また、新規登録もギルドでしか行っていないという。
ギルドの建物につくと、熾月は意を決して扉を開く。
中は非常に賑わっており、冒険者たちが談笑を楽しんでいた。時間的には夕刻を過ぎた頃合いで、冒険者たちが戻ってくるくらいの時間なので当然とも言える。
ラノベではありがちな扉を開けたら注目されるということもなく、少しホッとした熾月はそのまま受付へと足を運ぶ。
「こんばんは。ようこそ、冒険者ギルドブレファーゼスト支部へ。熾月さんでしたね。こちらへいらっしゃったということは、冒険者に?」
受付の前に立つと、真面目そうなシーラとは打って変わって明るく無邪気そうな女性が熾月の応対をしてくれた。
「はい。お願いします」
まさか顔と名前を知られてるとは思っても見なかったが、思い返してみればこの冒険者ギルドに助けられているのだ。知られていてもおかしくはないだろう。
「はーい、それじゃお待ち下さいね」
にこやかにそう言って彼女は、後ろを向いて戸棚を漁る。
「よいっしょっと」
そして取り出されたのは、大きくて重そうな石板のようなものだった。
その石版の下部には、カード状の板が置かれている。上部はまっさらな部分があり、カードとまっさらな部分を幾何学模様で覆っていた。見方によっては、幾何学模様がまっさらな部分とカードを結びつけてるようにも見える。
「こちらに手を当ててください」
「あの、これは?」
形状を端的に考えれば、カードに情報を登録するための魔道具の類なのだろう。だが、現実にそんなものを見たことがない熾月は思わず警戒してしまう。
「冒険者登録する為の魔道具のですよ。難しく考えず、ここに手を置くだけで大丈夫です。魔力を介してあなたの情報を読み取って、そこのカードに記録するだけですので」
受付嬢はまっさらな部分に指を指しながら説明してくれた。安心して熾月はまっさらな場所へ右手を置く。
「っ……!?」
少し待つと、手を介してなんだかむず痒い感覚が全身を駆けた。慣れない感覚に思わず手を引っ込めたのは言うまでもない。
「ふふ、そんな反応される方は久々に見ました!」
そんな行動を見てか彼女はクスリと笑うが、熾月からしてみればただ恥ずかしいだ。
だが、そんな一瞬でも良かったのか、視界に入ったカードにはしっかりと情報が刻まれていた。
「こ、これだけですか?」
「はい、登録完了です!」
あまりのあっけなさに拍子抜けする熾月。取り出されたカードを手渡され、それをまじまじと見つめる。
見慣れない字で、名前と出身地、そしてランクの3つが刻まれている。
「あれ、出身地がブレファーゼストになってる……?」
「ああ、それはですね」
冒険者カード。それは冒険者であることを示すと同時に、その身分を保証するものである。
表面には名前、出身地、ランクが、裏面にはギルド側が必要とする情報が記載される。そして異世界人は、最初に登録した街が出身地として記録される。
というのも、ディスジアと呼ばれるこの世界には名のない地がなく、全て神の名のもとに明確な地名を定められているためだ。登録の仕組み上出身地の偽装はできないが、そもそも出身地が異世界となる異世界人は強制的にそのような登録がなされる仕組みになっている。
「何故そんなことを……?」
「この世界に存在しない地名で登録されていても、私たちはそれが何処なのかわからないからですよ。異世界人ということが知れても、それは身元の証明にはなりませんからね」
その説明に、熾月は合点がいった。冒険者カードが身分証もかねているのはラノベも同じだったなと思いつつ、カードの裏面に目をやる。説明にあった通りな為か、まっさらな状態だった。今は記載すべき情報がないということなのだろう。
「記載事項は大体の場合は功績ですが、ギルドで問題を起こしていたりするとそれも記載されたりします。お気をつけて」
「なるほど……了解しました」
熾月の行動を見て質問を先読みした係の人が答えてくれる。ようは経歴書も兼ねているのかと思った。
「ランクの説明をしますね」
そう言って彼女は、一枚の木板を取り出した。
「ランクは下から順にG、F、Eと始まり、Aの上にSがあります。特別な功績を上げた人に限っては、更に上のUランクもあるのですが、そこに至る人はごく稀です」
木板に記載されるランクをそれぞれ指差しながら説明してくれた。
一番下のGランクはUランクと同様特別なランクで、登録したての冒険者用。いわゆる見習い用のランクとなっている。
依頼の受注は同ランクの一つ上のランクまでなら自由で、ランクの横に記載される数値は昇格に必要な達成回数だ。
昇格条件となる達成回数は一つ上のランクなら同ランクの5倍換算で、下のランクはカウントしないものとされている。
また、初期ランクは別途用意されている試験をクリアできれば最初からFランクとなる。ただし、異世界人や試験を達成出来ない人は強制的にGランクとなっていた。
「異世界から来た方はこの世界のルール等もわからないでしょうし、試験をクリア出来ない方など、そうした方用に用意された講習があります。研修生みたいなランクだと思って頂けるとわかりやすいかと」
「講習までしてくれるんですね……ちなみに内容はどんなものが?」
ギルド側には得られるものはないだろうに、親切なことだと思いつつ、その内容を伺う。
「色々ありますよ。異世界人である熾月さんには、まずはここディスジアにおける独自のルール講習がありますね。それ以外だと冒険したい人向けの講習や街中で仕事をしたい人向けの講習などでしょうか。ただ、あくまでも簡易的なものなので、講習後はご自身で学んで頂く必要があります」
彼女の言葉で、そう言えば『お前が信じるものが答え』みたいな事を言っていたなというゲイルの言葉を思い出す。
独自のルールというのはそういうのも含まれるのだろうか。結局、どういう意味なのか未だにわかっていないが、おそらくそういうルールも教えてくれるのだろう。
そして熾月のランクとなるGランクの昇格方法は2つ。Fランクの依頼を5つ達成するか、先ほど説明のあった試験をクリアすることで昇格可能となる。ちなみにGランクの依頼はそもそもないそうだ。
「ランクの説明は以上ですが、なにか質問はありますか?」
彼女の説明をざっくり思い返し、特になさそうだと判断。唯一わかってないことを聞くことにする。
「質問、というほどのものでもないのですが……俺、貴方のお名前伺いましたっけ?」
そう、ここまでずっと説明を受けていながら、彼女の名前を知らないのだ。
「あっ……! すいません、一方的に知っていたものなので名乗るのを忘れてました。私はアイラと申します! 熾月さんの担当はシーラさんになってるので、私とは殆どお話する機会はないと思いますが、その際はよろしくお願いしますね!」
無邪気に笑ってそう告げるアイラ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「あとは大丈夫そうですか?」
「はい、ありがとうございます」
「はーい、それじゃあ、まずは講習……と言っても、この時間ですし、明日の朝からにしましょうか。シーラさんには私から伝えておくので、明日、シーラさんにお声掛けくださいね」
「わかりました」
彼女の口ぶりからこんな時間まで講習受け付けてるのかなんて思いつつも、素直に従うことにした。
賑わっていたギルドも徐々に人が引いていて静かになりつつある。皆明日に備えて宿やそれぞれの家に帰ったり、或いは成果を喜んで何処かで飲んだりしているのだろう。
熾月も再度アイラにお礼を告げてその場を後にし、隣の宿の割り当てられた部屋へと戻るのだった。