ヒルデブラントの講習のあと、まっすぐ依頼受付のカウンターに来た熾月。
「お疲れ様です。講習はどうでしたか?」
「かなりためになりました。早速ですが依頼を受けたいのですけど……」
「気が早いですね。大丈夫ですか?」
カウンターにいたシーラに声をかけ、そう告げると少し心配そうな表情をしながら聞き返してくる。
「ヒルデブラントさんには良い素質だと言われまして。経験を積む意味でも少しはできることはやろうかなと」
「なるほど、あの人が……」
驚いた様子のシーラ。
ヒルデブラントは冒険者の間でもかなり厳しい教官で知られている。現役のBランク冒険者で、街の周辺だけでなく時には遠征依頼でもかなり活躍しているのだ。
「ヒルデブラントさんのお墨付きなら、大丈夫でしょう。熾月さんでも出来そうなのだと……」
そう言いながら手元の羊皮紙の束を確認するシーラ。
冒険者自身が選べるように受付横にも大型の掲示板あり、そこに多数の依頼が掲載されているが、あまり利用している人はいない。ここがギルドではなく宿だからと言うのもあるだろうが、それ以上に受付嬢達が斡旋してくれるからだろう。
しばらくして、丁度いいものを見つけたのか、目に止まった依頼書を提示する。
「これならできるんじゃないかなと思います。簡単な薬草採取ですよ」
手渡された依頼書に目を落とす。
記載内容は治癒効果のある《イアル草》と呼ばれる薬草の採取だった。必要数は10束。報酬は30銅貨にプラスしてイアル草の売買価格のようだ。イアル草の価格自体は品質や時価にもよるが、大体1束2銅貨。全体として50銅貨が平均となる。
宿は安価なところの素泊まりが最低でも20銅貨程度で、食費も考えるとかなり厳しいと言える。その依頼だけを毎日繰り返してようやく日暮らしがなんとかできる程度だろう。
「これって必要数以上持ってきた場合、複数回達成扱いになったりとかしますか?」
今後のことも考え、念の為聞いておく。
「イアル草の採取は定期的に出てますけど、依頼を受領してくれる方は意外と多いので……買い取りはいくらでもさせて頂きますが、達成報酬は完了時の1回のみですね」
今のところ需要と供給のバランスは取れているらしく、依頼自体がそこまで頻繁に出されるものではないらしい。そもそもこの街は駆け出しからベテランまで多くの冒険者が滞在する街だ。低いランクの依頼もある程度は需要があるのだろう。
「そうですか……わかりました」
「そう落胆しないでください。他にも依頼はありますし、熾月さんはまだこの街に来て日が浅いんですから」
励まされてしまったので、取り繕った笑みを作って見せた。
なぜ依頼の報酬を気にしているかと言うと、昨日聞いたゲイルの言葉だ。
今熾月がいる冒険者宿は平均的な宿で、駆け出し冒険者には背伸びしてようやく届くレベルらしい。同じところに寝泊まりを考えるなら、この依頼達成報酬では厳しいものがある。素泊まりだけで有り金全部叩くハメになるだろう。
かといって安価な宿に行きたいかと言われると考えものだ。基本的に清潔な暮らしをしていた日本男児には、どう考えても汚そうな安宿には泊まりたくはないのである。
野宿するにも、寝袋などの必要必需品を買い揃える必要もあるだろうし、このままでは非常にまずいと言える。
「ひとまずこの依頼を受けます。明日以降も頑張るつもりなので、出来たら俺に向いてそうな冒険者向けの依頼をいくつか斡旋しておいてくれると助かります」
「わかりました。無理はなさらないでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
お礼を告げると、採取対象となるその場を後にする。
その背には採取したものを入れるための小さめの袋を背負い、腰には剣を下げている。これらは講習を受けた際に貰い受けたものだ。異世界人にはお金もないため、講習者となる人には初回のみ配布しているのだとか。熾月も例に漏れず、これに肖ったおかげで最低限の活動はできるようになったというわけだ。手入れや修理用の資材は流石に渡されなかったが、なにもないよりはマシだろう。
ついでに、スマホの時計も時刻合わせを済ませている。太陽の動きと時間の流れ、感覚などから比較してもおおよそ24時間で時間が流れてるのは間違いなさそうだからだ。バッテリー問題はあるが、残り数%のバッテリーでも時計の役割くらいは果たしてくれるだろう。
情報集めの際にギルド周辺はある程度探索してたおかけで道に迷うこともない。まっすぐギルドの最寄りにある町の外への門に向かう。
「き、君、今から外に行くのかい……?」
通り抜けようとすると、門番に驚いた表情で止められた。
時刻は17時前。普通の冒険者なら逆に拠点に戻っている途中な時間帯。夜は周りが見えなくなることもあり危険な時間だ。門番に止められるのも無理はない。まして、熾月はこの世界に来たばかりの異世界人なのだ。
「大丈夫です、少し出るだけですから」
町の外はしばらく見通しのいい原っぱが続いていて、目的の薬草もその場所にある。さほど街から離れずとも採取できるので、危険が迫れば逃げる余裕もあるだろうという考えだ。
「そ、そうかい……? 何があっても自己責任だよ?」
「承知してます。忠告ありがとうございます」
お礼を言って再び歩き出す。
その後、数十分ほど歩いて目的の薬草がありそうな場所が見えてきた。そこまで来ると木々が目立ち始めるが、見通しは悪くない。
「さーて何処かな?」
いろいろな植物が茂る原っぱを眺め、目的の薬草を探す。草花は似たような見た目のものが多いが、その点は講習でしっかり確認したので問題ない。特徴や似た品種の植物など現物を見ているのだ。
「お、これかな?」
イアル草はある程度群生して生えるため、群生地を見つけてしまえば集めるのは難しくはない。ただ、取り尽くしには注意が必要だ。同じ場所で再採取できるよう、ある程度は残しておくのが冒険者間のルールである。
「んー……」
一束まとめて引っこ抜き、葉の触り心地や表裏の見た目、形などをしばらく眺め、間違いないか確かめる。
「うん、これだな」
間違いないことを確認し、その周囲にある草も引っこ抜く。群生地をちょっと歩いただけであっという間に5束ほど作れてしまった。
「駆け出しらしいお使いクエスト、って感じだな」
低い難易度に苦笑しつつ、次の群生地を探そうと立ち上がり――。
「っ……!」
――ガサッという物音。森のある方向の茂みからだ。とっさに警戒する。
アニメや漫画のように、即座に剣を抜刀できるほど技量はないが、警戒しながらゆっくりと抜く余裕はあった。
(お約束だな……!)
ありがちな展開に内心突っ込みつつ、音のした茂みをじっと睨みつける。茂みの奥に何かがいる。それは誰の目にも明らかだった。
揺れる茂みは少しずつ移動する。
(わざわざ襲われるのを待つ必要は……ないっ!)
意を決して先制攻撃のために剣を構え、駆け出す。
同時に、何かが茂みの中から飛び出した。
「っ!」
出てきたのは、想像以上のデカさのイタチに似た生物だった。
(ビッグウィーゼルか……!)
それが何なのかを認識する。そのデカさは1メートルに満たない程度。だがその獰猛さは他の肉食生物にも引けを取らないほどで、害獣とまで言われている魔獣だ。
当然だが、認識できたからと言って即座に対応を変えられるわけがない。熾月は素人そのものなのだ。勢いそのままに、剣を振り抜く。しかし、その切っ先は――。
(外したっ……!)
――虚しく空を切る。ヒルデブラントにならった剣筋は出せた自信がある。しかし、攻撃対象が見えてもいない内に当たりをつけて先制攻撃したのが不味かった。
熾月が習ったのは基礎中の基礎。剣の持ち方、構え方、振るい方、体捌きなど、本当に基本の基本だ。練習時間も短かったため、基礎ができたうえで応用も必要となる実践には力量が足りなさすぎた。つまり、焦りが出た結果、望む結果は得られなかったということだ。
「くっ……!」
着地と同時に体を捻り、地面を滑りながら勢いを殺しつつ、方向転換を試みる。
だが、相手のほうが一歩早い。すでに方向転換を終えて襲いかかる準備を終えた《ビッグウィーゼル》の姿が目に入る。
(間に合わな……!)
とっさの判断で体を逸らすが、間に合わずその肩を食いちぎられる。
「ぐあっ……!」
襲ってくる痛みに耐えきれず、体勢を整えようとする間もなくそのままうつ伏せに倒れ込む。
「くそっ!」
だが、意思までは挫かれない。無防備すぎる体勢を立て直すためなんとか転がり、仰向けになるが、すでに視界には襲いかかってくる最中のビッグウィーゼル。
――その光景は、ひどく遅く感じられた。
(ここまでか……?)
――無慈悲に襲いかかる無力感。
(ここで死ぬのか……?)
――不意にくる恐怖。
(こんなところで……?)
――同時に思い出す、あの女の嘲るような笑み。
(死んで……)
――そして湧き上がる、ドス黒い感情。
「死んでたまるかぁああああああああああ!」
――それは無意識に放った、怒りの言葉。そして同時に放たれる、全身から迸る波動。
それにより、もう眼前まで迫っていたビッグウィーゼルが吹き飛ばされた。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながらゆっくりと立ち上がる。飛ばされたビッグウィーゼルを視界に捉えたままだ。
「今のは……死んでる?」
捉えたままのビッグウィーゼルは、横たえて動かなくなっていた。極度の集中状態が途切れたのか、周りの状況が見えてくる。
「なん、だ……これ……」
そして、惨状を見て立ち尽くた。
どうやら、先程の波動のようなもので、ビッグウィーゼルどころか、近くにあった木々や草花を薙ぎ倒したらしい。しかも、どうやら周辺に潜んでいた別のビッグウィーゼルも巻き込んだようだ。眼の前に倒れてるのとは別の個体がいくつか散見していた。
「俺が、やったのか……?」
視線を落とし、両手を見つめて回想する。左手は食いちぎられた肩を抑えていたために、血まみれだ。
だが、その感覚は確かにあった。全身から魔力を放った、そんな感覚だった。
「ただ、魔力を放っただけで……?」
もう一度周囲の惨状を見る。仮に自身の周辺に木々が密集していたなら、熾月を中心に半径約10メートル四方に薙ぎ倒された草木が見られただろう。
「っ……! 血を流しすぎか……」
不意に走る痛みに再び右肩を抑えるが、意識が朦朧とし始めている。
袖を食いちぎり、口と左手を使って簡単に止血した。
「流石、に、ここで、倒れる、わけには……」
ここに来るまでに数十分。捜索や採取でかなりの時間を使っていて、日もだいぶ落ちている。まだ明るさはあるが、もう間もなくあたりは闇に包まれるだろう。
そうなれば、冒険者などの救出も期待できない。そう何度も奇跡が起きるはずもないのだ。
わかってるからこそ、途切れそうな意識を必死に保った。フラフラとした足取りで、来た道をゆっくりと戻る。
「くっ……はぁ、はぁ……」
足元がおぼつかないためか、そのままうつ伏せに倒れ込む。
諦めずに立ち上がろうとするが、腕にも力が入らず立ち上がることは愚か体を起こすこともままならない。
なんとか寝返りを打って仰向けになるのが精一杯だった。
「ここまでなのか……」
ポツリと呟きつつ、左腕を額に乗せる。
(短い人生だったな……終わってみると、あっけない……起きたらまた知らない部屋だった、みたいなのも、流石にねーだろうし)
死に間際だというのに冷静に思考できてることに内心驚きつつ、振り返る。
僅かな期間で何度も生死を彷徨う羽目になり、笑わずにはいられなかった。
――そうして、薄れゆく意識。
「――々……みれば……死に……いるん……はぁ――」
(なんか、聞こえる……?)
途切れそうな意識の中で、聞こえた声。
そして同時に感じる、全身を包みこまれるような温かさ。
(ついに幻聴まで聞こえるようになったか……)
そんなことを考えながら、息絶えるのであろう残り僅かな時間を静かに待つのだった。