途切れるはずの意識は、寧ろ覚醒していく。
(あれ……? なにか、おかしい……?)
ほんの数日前にも、死にかけたくらいだ。その感覚は鮮明に覚えている。
「さて……こいつどうしてやろうかしら?」
そしてその感覚が、幻聴でも幻覚でもないことがはっきりとした声を捉える。頭の中に響くとかではない。然とその声を聞いたのだ。
いつの間にか瞑っていた目をゆっくりと開く。
そして最初に目に入ったのは空ではなく――。
「わあっ!?」
「きゃあっ!?」
目に入ったそれを認識した瞬間、驚きのあまり絶叫していた。
そしてそれは、相手も同じだったらしい。そこには、背中に青い模様が入った美しいアゲハ蝶のような翼を持つ、青髪を携えた小さな少女がいたのだ。突然目があったことで飛び引いた様子が見れた。
「び、びっくりしたぁ……」
「それはこっちのセリフよ!」
空中で地団駄を踏みながら怒った様子を見せる少女。
「えっと、君は?」
手のひらサイズのそれは、見るものが見れば妖精であると認識するだろう。
しかし、彼女の答えは想像以上の存在だった。
「ミオ。精霊よ」
「精霊……?」
精霊というにはあまりにも小さすぎるのだ。
熾月のイメージでは、精霊は担う属性の特性を帯び、大きさも人間サイズである。
手のひらサイズの精霊なんて想像の埒外だったのだ。
「バカにしてる?」
「ああいや……想像と全然違ってたから。君の大きさだと、妖精みたいだし……」
「……あぁ。そういうこと。私は特別なのよ」
そう言いながら、鮮やかに舞って見せるミオという少女。
一体この自称精霊は何処から現れたというのか。記憶を辿ってみる。
「あれ、そういえば……」
だが、それ以上に重要なことを思い出し、自身の右肩を見る。そして恐る恐る触れてみる。
「治ってる……?」
抉れたような手応えだったというのに、今は綺麗サッパリ。止血を解いてみれば、そこには傷一つない肌が見えていた。服が血まみれな上、辛うじて袖が繋がってる程度に肩口がきれいになくなってることを除けば、負傷など嘘のようなレベルだ。
「治癒魔術を施したのよ。あなた、今にも死にそうだったからね」
熾月の疑問に気づいたのか、その答えを告げる。
「……それにしては、綺麗すぎやしないか? それに、あれだけ朦朧としてた意識もはっきりしてるし……体力だって……」
こういうのは普通、人間が持つ自己再生能力の促進による治癒が主だろう。ラノベ知識でしかないが、少なくとも熾月の認識では、そういう認識だ。
自己再生能力の促進を促す、つまり無理矢理にでも肉体を再生させるとも取れるため、普通なら大きく消耗するはずだ。
意識が朦朧としていたのも、血が足りないせいだ。意識がはっきりしている今は血が足りているということである。造血効果もあるのだろうか。それに、食いちぎられたことで肩口はその肉を大きく失っていたはず。人間の本来の治癒力ではここまでの回復力はないはずだ。
「それは私のほうが知りたいわね。あなた、本当に人間……?」
熾月の周囲を舐め回すように飛びながら観察する。
(何かデジャヴが……)
ふとつい数時間前に同じことを別のやつにされたなぁと苦笑しつつも、立ち上がる。
「少なくとも、人間以外だったことは一度もない。両親も人間だしな」
ミオの疑問に答えつつ、軽く体を動かして確認するも、違和感はない。全快、というほどではないようだが、普通に戦える程度には動ける。周囲も暗くなってきてることで遠くが見えなくなってきている以外はよく見える。ミオの姿をはっきりと認識できる程度にはまだ明るさがあるのは幸いか。遠くでは、門の側で焚かれてる篝火がはっきり見えるくらいだ。
「気になることは多いが……一旦戻るか」
周囲への警戒のため、ミオとは会話を交わすことなく真っ直ぐ街へ。
しばらく歩けば、薄っすらと篝火に照らされる門の本体が見えてくる。そこら辺までくればもう気を張り詰める必要はないだろう。最悪門番たちが助けてくれる。
「それで、君は何処から現れたんだ?」
道すがらミオに尋ねる。
記憶を辿ってみても出会った記憶はなく、近くに居たとも思えない。何処からともなく突然現れたとしか言えないのだ。ラノベでは精霊という存在は人間から隠れることもできる、或いは見えないという設定も珍しくはない。
「その前に、あなたの名前聞いてないわよ?」
「ああすまん…… 俺は十六夜熾月っていうんだ。熾月のほうが名前で、十六夜は家名だ」
言われて一方的に知っただけだったことを思い出し、謝罪する。
「で、何処からだったわね。うーん……正直私もわからないわ。起きたらあなたが倒れてたという状況だもの」
「起きたら……? 寝てたってことか」
「そうみたいね。寝る前は確か……誰かと別れた後だったかしら……」
どうやら、記憶が怪しくなるほどに長い時間眠っていたようだ。曖昧な答えに熾月は苦笑するしかない。
「俺の契約精霊ってわけでもないんだろう? そもそも俺、魔法使えないみたいだし」
これもラノベ展開にありがちな設定だろう。自分の中に眠っていた何かが急に起きた、そんな展開。
期待してはいないが、一応聞いてみながら、手のひらに意識を集中させてみる。ヒルデブラントのところで練習した記憶や、先程の魔力波を放ったような感覚は残っているので、それを成すこと自体は簡単だった。
だが、何かの力が集約してることは理解できても、イメージする炎を発現させることは出来なかった。
「そうね。あなたとの繋がりは感じないし。あら……この感覚、ちょっと懐かしいわね。でも、何だったかしら?」
ミオの反応に『やっぱりか』と落胆しつつも、彼女が見ている様子なのでそのまま行動を眺める。
手のひらに収束してる力を眺めるように、その周囲をぐるぐると回るミオ。
「魔力じゃない別の力?」
一方ミオは、それが魔力でないことを認識し、熾月に聞こえないほどの小声で呟いていた。
「まぁ、そうね。そのやり方なら、己の力を理解していないと、力は正しく振るわれないって言うし、その類じゃないかしら」
「ふむ……?」
手のひらに収束された何らかの力を霧散させつつ、ミオの言葉を吟味する。
言葉をそのまま解釈するなら、己の力を理解していないということになるのだが、そもそも力とはなんだろうか。
「力って、何だ……?」
「そんなこともわからないの? はぁ、まぁいいわ。説明してあげる。けど、落ち着いて話せる所が良いわね」
彼女の同意を得られたところで、ちょうど門にたどり着いた。
彼女の希望に沿うなら宿内がいいだろう。門番と少しやり取りをしてから、門を通過して宿に向かった。
◇ ◇ ◇
「それで、力って?」
衛兵やシーラに怪我のことを突っつかれたが、治癒魔術を使えると適当にごまかして部屋に戻った。
用意されていた夕飯をミオと分け合けて食べつつ聞く。そんなミオは、テーブルの上にちょこんと座って小さく切り分けられた肉や野菜を美味しそうに頬張っていた。
「そうねぇ……何処から説明するべきかしら。あなたはそもそも、魂について知ってる?」
「魂っていうと……人の意識とかそういうやつだよな?」
「あながち間違ってないけど、そうね……」
そう言って、彼女は続ける。
魂とはそもそも、生物が生物たり得る成り立ちそのものらしい。
いかなる生物であっても必ず魂は存在しており、魂という力を原動力に生命活動を行う。ミオの言う力とは、この原動力を指していて、人間の間で魔力と呼んでいる力もそのひとつなのだとか。
遥か大昔にはこの力は原動力以外にはなかったのだが、人類と称される知恵ある生物たちが進化の過程でさらなる力を求め続けた。その結果、原動力に変化が生じ、原動力自体が変じたのだ。その力の一つが魔力であり、他にも霊力や妖力など異なる系統があるらしい。
「もとを辿れば全て魂そのものだから、どの系統も使い方は似てるけど、それぞれ違う特性を持ってるから、正しく理解しないと力を振るえないってわけ。特にあなたの使い方はそういうものよ」
「つまり……逆に言うと俺の力は、魔力以外の何かの力になってる、ってことか……?」
「そうなるわね」
ミオの言葉に考え込む熾月。力はあっても振るえないのでは意味がない。
どうやら、熾月に冒険は荷が重すぎるらしい。しかし、含みのある言い方が気になった。
「ん? 俺の使い方……?」
「ええ。さっきも言いそびれたのだけれど、あなたのその使い方は体内の力を使うものよ。もちろんそういう使い方もあるのだけれど、魔術の基本は言霊。何処にでもいる精霊に対して語りかけて事象を起こしてもらうのが基本なの」
「え? ってことは本来魔法の行使に自身の魔力は関係ない……?」
「そうでもないわ。精霊自身でさえ、現象の行使には一定の魔力……というよりこの場合はより大元となる魔素かしらね。それを使うから。いわゆる対価、というやつね」
「なるほど……」
更に続く彼女の言葉。熾月の知る知識で解釈しつつ、彼女の話をまとめると、マナは精霊が生み出すものであるそうだ。つまり精霊がいればマナもあるし、その逆も然りということである。
仮に全く魔力を持たない人間であっても、精霊に好かれていれば魔術は使えるし、魔力を大量に保有している人間であっても、精霊に好かれていなければ魔術の行使は厳しい。
魔術というよりは精霊術に近い印象だが、魔素というエネルギーを使う点はどちらも変わらないのだという。
世界によっては厳格に精霊術と魔術で分けている場合もあるらしいが、ミオはその考え方はおすすめしないとも言っていた。
そして魔法についても指摘された。魔法とは技術が解明されていない奇跡の力を指し、継承される魔法は魔法とは言わないらしい。混同される場合も多いが、ミオは混同されることを好ましく思ってないようだ。
「魔力を大量に保有してるなら、人間だけで精霊の手助けなしに魔術を行使することも難しくない、ってわけか……」
「そういうこと。あなたの使い方はまさしくそれってわけ。そもそも魔術って厳格な想像力と演算力が必要だから、人間だけで行使できる魔術には精霊が行うものとは比較にもならないほどに限界があるわ」
「当たり前といえば当たり前か……」
熾月のつぶやきに頷くミオ。
「というか、ミオの説明の仕方だと異世界を知ってるみたいな言い方だけど……?」
「……あなたに呼び捨てにされるほど仲良くなったつもりはないのだけれど? まあいいわ。そうよ。いくつもの世界を渡ったことがあるし。世界って無限に存在するのよ? 星の数くらいにはね」
「そうなのか……」
どうやら、熾月が想像していた以上に世界というものは途方もないほどに広いらしい。
「はぁ、この分だと冒険は諦めたほうがいいのか……いやまてよ? ミオ、魔術は使えるんだよな?」
「……ついて行く義理もないわよ?」
「ぐ……ご尤も」
熾月の言葉を先読みしたのか、半目で告げられる。そう言われては熾月も引き下がらざるを得ない。だが、気になることもある。
「なら何で力に関して教えてくれたんだ? いやそもそも、助ける必要もなかったはず」
ついていく義理もないなら、そもそも治癒魔術を使ってくれる必要だってなかったはずだ。
「なんでかしらね……? 助けなきゃいけない気がしたからかしら。まぁそもそも、あなたから離れたいと思っても、離れられそうにないんだけどね」
ミオの言葉に再び疑問を抱く。
「離れられないってどういうことだ……?」
「さぁ、私にもさっぱり。記憶に霞が掛かってるみたいで、うまく思い出せないのよ」
「それってつまり記憶障害だろ……大丈夫なのか?」
彼女の言葉に困惑せざるを得ない。
どういうわけか熾月のそばを離れられない、魔術は使えるし説明もできるが記憶障害の謎の精霊。情報をまとめてもわけがわからなかった。
「大丈夫ではないでしょうけど……全部忘れてるってわけでもないし、時間が経てば思い出すかもだし。多分、こういうことは初めてじゃないから」
不思議と落ち着いている様子のミオに、熾月は苦笑する。本人が慌てている様子もないのに他人が慌てても致し方のないことだ。気にするだけ無駄とも言う。
「これからどうするつもりなんだ?」
「さぁ……まぁ、あなたとの関係は切れそうにないし眼の前で死なれるのも寝覚めが悪いから、手ほどきくらいはしてあげるわ。どうせ暇だし」
「それならいっそ魔術使ってサポートしてくれる方がありがたいんだが……」
「嫌よ面倒くさい。簡単に言うけど魔術って案外大変なのよ?」
「手ほどきのほうが大変だと思うんだが……」
「足手まといを気にしながら戦うよりよっぽどマシね」
「ぐっ……」
ド直球な言葉に落胆する。間違いない事実ではあるが、女の子に、それもこんな小さな子に言われると流石に来るものがあった。
「……んだが、お前俺のそばを離れらんないんだろう? 困ったことに、俺はこの世界に飛ばされて間もないこともあってほぼ文無しだ。この宿も、明日か明後日には使えなくなるし、食事だってままならなくなる。俺一人でも厳しいんだ。寝床はどこでもいいかもしれなくても、そこら辺は考えなきゃだろ?」
「あら、そうなの? てっきりそれなりに稼ぎもあるのかと思ってたわ」
腕をこまねいて思考するミオ。流石に食べるものもないのは困るのだろう。
「町の入口で死にかけてたのも、あなたが素人だからなのね。……もしかしたら、私の記憶にある世界とは違う? いやそもそもどのくらい寝てたかもわからないから、時代の流れとか……うーん。まぁいいわ、仕方ないから、路銀を稼ぐくらいの手伝いはしてあげるわ。私も食べられないのは困るしね」
「……すまん、助かる」
その後、翌日の予定を簡単に話し合う。
といっても、熾月は講習も受ける必要があるため、路銀稼ぎはまた夕方前からになるだろう。
また、ミオのことについては、ギルドには隠すことにした。精霊という存在がこの世界ではどういう扱いなのかがわからないというのが主な理由だが、ミオが希望したこともある。あまり人前に出るのは好きではないらしい。最も、ミオがその気にならないと他人に見えないらしいが。
ちなみに熾月は、熾月のそばからミオが離れられないことも絡んでいるのか、熾月の前から姿を消すことはできないみたいである。
その後は体力回復の意味も含め、さっさと寝るのだった。