翌朝、いつもより早く目を覚ます。時刻は早朝の四時、朝日が少しずつ昇り始めた頃、カーテンの隙間からうっすらと入る陽の光を浴びながら身体を起こして近くに置いてあったスマホに目を向ける
「……四時、か」
リビングに行くには少しだけ時間が早い、ベッドに寝転がったままの手に持ったスマホのロックを解いてニュースアプリを起動する
「事件は……また起きてるよな」
ニュースアプリの見出しに表示されていたのは谷咫市で新たな変死体が発見されたというもの、今回発見された死体は先日発見されたものとは異なり何日も前に殺されたが、ミイラになって見つかったという
ここで見つかった死体と言うのはオルガマリーさんの言っていた死徒が何日も前に殺した人物なのだろう
「何日も前の出来事なら、今日は被害者は出てないのか?」
今日は襲っていないのかと考えた……が、変死体発見のニュースのすぐ下にそれはあった。谷咫市内の一軒家で惨殺死体が発見されたという記事、内容を読んでみると谷咫市内に住む家族が惨殺死体で発見されたというもの、事件現場には争った痕跡があり壁には動物の爪痕のようなものが残されていたという
「惨殺……いままでのと少しだけ違う?」
今まではバレないように行動していたのに急に派手な行動をするようになったのか、どうしても気になった俺は事件が起こった住所を調べてからその場所を見に行くためにスマホと家の鍵だけ持ってリビングへ降りる
階段を降りる音が聞こえたのか朝食を作っていた母さんがリビングから顔を出す
「立香、早いわね」
「あぁ、うん。なんか早く目が覚めちゃって……少し散歩行ってくる」
「今日も学校なんだから、さっさと帰って来なさいよ」
「うん、行ってきます」
母さんの言葉を聞いた俺は靴を履いてから外に出て、事件現場を見に歩き始める。早朝の少しだけ肌寒い空気を身体に感じながらスマホを確認し、事件現場までも経路を見ながら歩き続ける
自宅から事件現場までは徒歩でニ十分前後、まばらに人の通る住宅街を歩いていると、目的地が見えてきた。立ち入り禁止のテープが張られた一軒家では現在進行形で警察官が出入りをして調査を進めている
「……嫌な感じだ」
少し離れた場所から、事件現場を見ていると風に乗って嫌な感じが身体を這いまわる。マンションの時に感じた未知のモノに対する嫌悪、心の奥底に存在する理解出来ないモノに対する拒絶
自分からやってきたにも関わらず、あの場所を見ているだけで足が竦む。その感覚はマンションの時よりも強く、気が付けば足を一歩引いていた
「……帰ろう」
六華からの頼みと自分と似た境遇の人物がいるある種の安心感、それが自分をこの場所へと赴かせたのだろうが改めて実感する。今回の事件に関わるべきではない、今回の事件は……ただの人間には手に余るものだ
そう考えて踵を返して家に戻ろうとした瞬間、住宅街の端、路地の裏でこちらを見つめる影が見えた。僅かに見えただけだったが、見つめていた影が来ていた服は、俺たちが通っている学校の制服と同じだった。好奇心、もしかしたらと言う考えが頭を過り、気が付けば俺はその影を追っていた
入り組んだ路地を進み、この先を行ったであろう影を追っていく。太陽に照らされる世界を避けるように、道を進むたびに世界が影に覆われていく。そうやって道を進んでいるが……途中で足を止める
「────ッ!?」
目の前に存在するモノ、地面から何かが湧き出るように存在する靄、そこから溢れ出るように出てきたのは紫色の皮膚を持つ小さな鬼、一体から始まり二体、三体と現れ……六体目が出てきた所で靄は消滅する
現れた六体の小鬼は赤く輝く瞳をぎょろりとこちらに向けると、地面を蹴り俺へ向けて飛び掛かってくる。咄嗟に回避行動をとったが故になんとか小鬼を避ける事は出来たが、目の前のバケモノたちは俺を獲物だと定めたらしく、涎を垂らしながらこちらの様子を伺っている
「
日常を過ごしていたはずなのに、気付けば間近に迫っている死を前に、気付けば口は────身体は動いていた。回路を起動し、思考し、この場における最善を模索する
──ここから逃げる?
『駄目だ、逃げたらこいつらが野放しになる』
──それなら戦う?
『今の俺が戦っても、数の暴力で圧殺される』
──それなら、どうする?
「決まってる……無謀を通して、無茶をする!」
ここで逃げれば俺は生き残れる、けれど、ここで逃げたら目の前のバケモノが野放しになる。いずれ宮本さんや宇津見さんが退治してくれるかもしれないがそれじゃあ遅い、俺が教えて、こいつらが退治されるまでに必ず犠牲は出る。なら、ここで無茶をしてでも、一匹でも多く、目の前の奴を葬る
動きを止め、余計な事を考えず……己の持つ力を総動員して魔術回路を動かす。そんな俺を格好の獲物だと思ったらしい小鬼たちはニタニタと嫌な笑みを浮かべ、こちらに襲い掛かる準備をしている
「…………」
目の前の小鬼を葬る為に俺が出来る事は少ない、この前のように影人形を作り出したところで相手の方が小回りが利く、目の前の小鬼を模倣した影を作りだしたところで五体も作り出したらこっちがガス欠をする
だから、俺が取るのは形を真似るのではなく、技を真似る。マンションでオルガマリーさんが見せたガンドと言う魔術、俺にはあの魔術は使えないがその技を真似するくらいの発想は出来る、彼女のようにての形を作り……眼前で構え
「──ここだッ!」
俺へ向けて飛び掛かって来た小鬼に向けて影での弾を五発、ある程度近づいてから撃ったにも関わらず五発の中で当たったのは二発だけ直撃した小鬼は身体から血液をまき散らし地面に落下する、残りの三匹は弾を器用に避けて地面に張り付くとするすると地面に着地した
「残り、三匹」
すかさず影の弾丸を放つが、さっきの一撃を受けて警戒していたらしい小鬼は壁や地面を器用に使って弾丸を避けながらこちらに向かってくる。目の前に迫る爪を必死に避けながら弾丸を撃つ
だけど相手はバケモノでこっちは人間……それもつい最近までこういう世界には縁遠かった一般人、魔術を使い続け、相手の攻撃を受けないように避けるだけでもバカみたいに体力を消費する
「──ッ!?」
瞬間、脚に激痛が走り、身体が地面に叩きつけられる。痛む身体を何とか動かして何が起こったのかを確認すると、太ももに出来た切り傷からは血が流れ、僅かに血だまりを作っていた
「ッッッ!!」
太ももが切られたこと、それを認識した瞬間、身体中を激痛が襲う。唇を噛んでなんとか叫けばないよう耐えたがそれでも痛いのに変わりない、脳が警鐘を鳴らし、本能が逃げろと告げてくる
そんな俺を嘲笑うように、醜悪な笑みを浮かべた小鬼たちがジリジリとこちらに近づいてくる。痛みで麻痺しかけた思考の中、先ほどと同じように腕を構えてにじり寄ってくる小鬼に向けて影の弾丸を放つ……が、狙いが定まらず敵に当たらない
「……くそっ」
駄目だ、身体にも力が入らなくなってきた。正直、意識を保つので精一杯だ……心の中を諦めが支配する。そして、こちらに詰め寄って来た小鬼が俺に向けて爪を振り下ろそうとした瞬間────小鬼の上半身がはじけ飛んだ
「えっ……」
周囲にまき散らされた血液の一部で俺が濡れながらも、ガタガタの身体を何とか動かして上半身を起こすと……小鬼たちの向こうに、ソレは居た。右腕を血に濡らし、殺した小鬼の上半身を咥えた女、俺と同じ学校の制服を着ているが額から二本の角を生やした、人型のナニカ
『…………』
目の前の存在は、咥えていた小鬼の肉を食いちぎると咀嚼し、飲み込むと、獣のように体勢を低くした。自分よりも強者が出てきたことを本能で理解した小鬼は俺に目もくれず一歩後ずさると、逃げ出そうとする
『…………ッ』
小鬼が一斉に動き出した瞬間、目の前のカノジョは地面を蹴り、逃げようとした小鬼の頭を掴んでそのまま千切り取る。ゴリゴリと嫌な音が聞こえた後、頭を失った小鬼の身体はそのままドサリと地面に倒れる
その様子を見たカノジョは手に持っていた頭を握りつぶすとその残骸を放り捨てた後、ゾンビのような足取りで俺の方へと近寄ってくる。影だった場所から陽の当たる場所へ、そうして見えたカノジョの顔は……俺にとって酷く見慣れたものだった
「──委員長?」
「……ッ!」
パキリと何かが割れ、頭の中にあった違和感が消滅する。昨日学校でみんなから委員長と呼ばれていた存在は今まで存在せず、彼女が出現する何日か前から委員長は学校を休んでいたこと、それを思い出す……が、今はそんな事どうだっていい。俺の言葉を聞いた彼女は驚いたように目を見開いた後、一歩後ずさり影の中へと戻っていく
「待って、委員長……君は一体────」
「……ごめん、なさい」
彼女は近くに転がっていた小鬼の残骸を拾い上げると、その言葉を最後にその場から立ち去った
一人残された俺は現状を飲み込めず、呆然としているとしていると誰かの足音が俺の方へ近づいてくる。音のする方へ眼を向けると立っていたのは先ほどまで見ていた制服を着た、彼女とは別の女性
「あら、今回も逃がしてしまいましたか……相変わらず逃げ足の速いこと」
片手に持った赤い柄の剣? のようなものを弄っていた少女はこちらに視線を向けると、一瞬キョトンとした表情を見せた後軽やかな足取りでこちらに近づいてくる
「おや。おはようございます、いい天気ですね」
「……俺はそうは思えないけど」
「まぁ、それはそうでしょうね。災難でしたね、藤丸くん」
この異常な状況で、何事もないように世間話をしている女──昨日、俺が違和感を覚えた委員長を名乗る誰かに対し、警戒心を露わにしていると軽く息を吐いてから改めて声をかけてくる
「……流石にここまで警戒されちゃうと悲しくなりますね」
「昨日、委員長を名乗ってた見ず知らず誰かを信用するのは無理だよ」
俺の言葉を聞き、目の前の女性はだろうなと言った表情を浮かべ、俺の方へと更に近づいてくる
「ひとまず応急処置をしますから、それと携帯を貸してください」
「応急処置はありがたいけど……携帯はなんで?」
「貴方のご家族に連絡するんですよまぁ事情は適当に誤魔化しますけど」
「……それくらい、自分でやるよ」
電話越しとは言え、信用ならない人物と家族を話させる訳にはいかない。ポケットから携帯を取り出して母さんの番号で通話ボタンを押す。電話をかけてから数コール後にブツリと音がして向こうから母さんの声が聞こえてくる
『立香! アンタどこで何してんの!?』
「ごめん、ちょっと貧血で休んでた」
『貧血って……アンタ大丈夫なの?』
「うん、今はだいぶ良くなった」
『それで、学校は?』
「とりあえず行けそうだったら午後から行こうと思ってる」
『そう……全く、全然帰ってこないから事故にでもあったのかと思ってたけど、無事で良かったわ。早く帰って来なさいよ』
「わかった、それじゃあ」
そう言って通話を終えると、応急処置をしてくれていた彼女がジッとこちらを見ていた
「何?」
「……いえ、別に。それよりも応急処置、終わりましたよ」
そう言われて傷を負った足を見ると、出血は止まり傷には包帯が巻かれていた
「ありがとう」
「お気になさらず、無辜の民を見捨てる訳にはいきませんから」
「それでも、治療してもらったから、ありがとう……えっと……」
「セシルです」
「改めて、ありがとう、セシルさん」
手当をしてもらった事に関して、改めて感謝をすると彼女は少しだけ何とも言えない表情を浮かべた後、ゆっくりと立ち上がった
「いつまでもここに居るわけにはいきませんので、場所を移しましょう。詳しい話はそこで」
「わかった、よいしょ……っとと……」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、一人で歩けるから」
「わかりました、それでは行きましょう、はぐれないでくださいね」
セシルさんからそう言われた俺は、先を歩く彼女を追って歩き始めた