セシルさんについていく形で辿り着いたのはこの街の中にある教会。立っている場所が俺の家と学校の丁度中間と言うこともありよく目の前を通るが用事もないし入った事はなかった
一緒に教会の中に入って案内されたのは少し広めの客間のような場所、セシルさんは椅子に俺を座らせると救急箱を片手に近くまでやってくる
「やっぱり、包帯に血が滲んでますね。もう少ししっかりと処置をしても?」
「う、うん……それは良いけど」
柔和な笑みを浮かべた彼女はさっきまで巻かれていた包帯を外すと改めて傷の消毒を始める。出来立ての傷を消毒しているということもありヒリヒリとした痛みが伝わってくるけれど、それよりも先に聞かなければならない事がある
「あの、セシルさん。改めて聞いてもいい?」
「えぇ、構いませんよ」
「……君は、一体何者なの?」
「私の正体くらい、あのいけ好かない留学生から聞いているのではないですか?」
「……いや、警戒しておけくらいしか言われてないけど」
俺がそう言うとセシルさんはこちらに呆れたような視線を向けてくる
「えっと……なに?」
「正直な事は美徳だと、改めて再認識しただけです……よし、これで傷は大丈夫でしょう」
「そっか、改めてありがとう」
「先ほども言いましたが、無辜の民を見捨てる訳にはいきませんから、私は私のやるべきことをやっているだけです」
そう言った彼女は立ち上がると、少し離れた所にあった椅子を近づけ、それに座る
「さて、それでは改めて自己紹介を。私の名前はセシル、聖堂教会所属の代行者見習いです」
「代行者……見習い?」
「えぇ、と言っても見習いと言う称号は形だけですが……っと、それは些細な事。藤丸くんの聞きたいことはこんな事ではないでしょう?」
「まぁ、色々気になるところはあるけど……確かに今はそうだね」
彼女の事とか、聖堂教会についてとか、結構気になる単語が出てきたわけだが今聞かなければならないのはそこじゃない、学校のみんながセシルさんの事を委員長だと誤認していたことや、さっきの小さい鬼に襲い掛かった彼女について
「セシルさん、改めて聞くけど……彼女に、俺たちの知っている委員長に何があったの」
「そうですね、その話をする前に一つ、藤丸くんは死徒と言う言葉に聞き覚えはありますか?」
「死徒って言葉ならオルガマリーさんから、それとこの街で起こってる惨殺事件も死徒の仕業だって事も聞いた」
「成る程、そこまで知っているならある程度の問題はなさそうですね……それでは改めてお話しましょう、彼女の身に何が起こったのか……最も、私の知っている範囲でですが」
そう言った彼女が差し出して来たのは一冊のファイル、俺はそれを受け取ると彼女は開こうとする俺に対して一言
「無残な現場なのでご注意ください」
そう伝えてくる、その言葉でどんなものがここに映っているのか薄々察しがついた俺は、一度深呼吸をしてからファイルを開いた
「────ッ!」
ファイリングされていたのは、これまでに起こったらしい事件の記録。警察が現場検証の際に撮ったと思われる写真もいくつか存在し、写真越しにも凄惨な状況が伝わって来た
「これって……」
「死徒の起こした事件の状況を記録した写真……そのコピーです」
「コピーって、こんなのどうやって」
「警察には少々伝手があるので、それを有効活用させて頂きました」
「な、成る程」
伝手と有効活用という言葉に若干引きつつ、ファイルの中身に目を通していくと記録的には大体2、3週間前に起こった事件に目が留まる。被害者の苗字は坂出、家族構成は夫婦に一人娘、間違いない……この事件の被害者は委員長とそのご両親だ
「あの、この事件って」
「えぇ、お察しの通りです。貴方たちの知っている彼女とその家族は死徒の被害に遭い両親は死亡……一人娘の彼女は血を吸われ、人ならざるモノへと変質してしまった」
「そんな……」
「そうなった以上、私たちに出来る事は彼女と、彼女の血を吸った死徒を殺すしかありません」
「殺すしかって……方法はないんですか? 人間じゃなくなった人を元に戻す、そんな方法が────」
「ありません」
俺の言葉をバッサリと切ったセシルさんは、先ほどとは違う冷たい眼で俺の事を射抜く
「私たちは、異端を祓う者ではありません、異端を排除する者。それが誰かにとって大切な存在であろうと……私たちに親しい人物であろうと、一度異端となってしまえば等しく排除の対象です」
「そんな……」
「それに、私たちの考えに関しては貴方の懇意にしているあの魔術師も同様でしょう。だからこそ、死徒の存在だけ教え貴方に関わらないよう命じた」
確かに、オルガマリーさんが言っていたのは今回の件には関わらないようにと言うこと。最初から彼女はこの事を知っていたのか、それとも死徒と言う存在の危険性を鑑みてそんなことを言ったのか、それは理解出来ない
「無情だと思われるかもしれませんがそれが貴方の身を落とした世界です、一度でも裏に触れ、足を浸した瞬間から……貴方の世界に存在するのは都合の良い現実ではなく残酷な真実のみ」
都合の良い現実ではなく、残酷な真実のみ……か
「確かに、そうかも知れない……けど、俺は探してみるよ、都合の良い真実、実現できないか」
「……そうですか、それなら精々死なないようにお気をつけて、彼女を庇うのでしたら私は容赦なく貴方を殺しますから」
「わかった、それじゃあ俺はこれで」
「えぇ、それでは」
その言葉を最後に、俺は一人教会を後にする。朝出た時とは違い登り切った陽の光に少し目を遮った後、スマホを取り出して時計を確認すると時刻は昼過ぎ……学校に行こうにも制服は汚れてるし血は滲んでるし、どうしようかと考えていると肩を軽く叩かれる
「やっほ、藤丸くん。凄い格好だな」
「……宮本さん?」
後ろにいたのはコンビニ袋片手に苦笑いを浮かべている宮本さん……そっか、この人大学生だからこの時間にここに居てもいいんだ
そんなことを考えていると宮本さんは俺の方を見てなんとも言えない表情を浮かべた後、教会の少し先を指さしてから俺に言葉をかけてきた
「俺の住んでるアパート……この近くだから少し寄ってく?」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
宮本さんの言葉に甘えて、彼の住んでいるらしいアパートまで向かっていると見えてきたのはそこそこの築年数が経ってそうなアパート。階段を登って二階の一番奥の部屋の前まで向かった宮本さんは鍵を差し込んで一度回してから、改めて扉を開けて中に入る
「結構、サッパリしてるんですね」
「……まぁ、週の何日かは狗道の家で小間使いだからな、それ以外も色々ある時が多すぎて寝る為だけに帰って来てる感強いし」
宮本さんはそう言いながら、机の上に重ねられていた本を一冊ずつ丁寧に本棚へと戻していく。結構な量もあるし案外読書好きだったりするのだろうか
「っと、そうだ藤丸くん。服も血で汚れてるだろうし服貸すから着替えてきちゃえば?」
「そうですね、そうします」
「洗面室は、そこの手前の扉ね」
そんな宮本さんの言葉を聞いて洗面室の扉を開くと、真っ先に目に入ったのは女性ものの下着
「…………」
一度目を擦ってから扉を閉めて、軽く呼吸を整えてからもう一度洗面室の扉を開けるが、そこには相も変わらず女性ものの下着が鎮座していた……正確には、少々雑に洗濯籠の中に放りこまれていた
「あ、あああああの、宮本さん? な、なんか女性の下着があるんです……けど?」
「えっ? マジで?」
「はい」
俺の言葉を聞いた彼は、2、3回瞬きをしてから軽く頭を押さえて洗面室までやってくると。洗濯籠の中身を纏めて洗濯機の中に放り……込もうとして一度停止し、色物と白物の分別を始めた
「ごめん藤丸くん、悪いんだけどトイレ使って着替えて貰える?」
「わ、わかりました」
そんなことがあったものの俺は宮本さんから借りた服に着替えてトイレから出ると、同じタイミングで宮本さんも洗面室から出てくる。なんか若干の気まずさを覚えながら部屋まで戻って二人で座り直すと、しばしの沈黙が間を流れた
「ご、ごめんな藤丸くん。配慮不足だった」
「い、いえ……と言うか宮本さんって女性だったんですか?」
「へっ? いや、普通に男だけど」
「それじゃあ、どうして女性ものの下着がここに?」
俺の質問に対して、宮本さんは少しだけ腕を組み考える様子を見せた後で、話を始める
「あの下着諸々は同居人のやつだよ」
「同居人?」
「あぁ、何なら本棚に入ってる本も殆ど同居人の私物」
「そうなんですか」
「そ、俺は帰らない時はとことん帰らないし、なんか知らん間に合鍵作って気が付けばって感じ」
それは、果たして大丈夫なやつなのだろうか
「……大丈夫なんですか、それ」
「問題なし、本人が普通に強い……と言うか単純な武力だと普通にバケモノだし」
ホントに、この人はどんな魑魅魍魎と一緒に生活をしているのだろう
「……それより、何があったのか聞かせて貰ってもいいか?」
謎の心配をしていると宮本さんは話の流れを変えるようにそう言って来た。あの制服の事とかいろいろ考えた後、俺は自分以外の考えも知りたかったので今日の朝から今に至るまでで何があったのかを彼に話し始める
少しの時間が経ち、俺が話を終えると黙って聞いてくれていた宮本さんはゆっくりと目を開いた
「……成る程な」
「はい……宮本さんも、委員長は助けられないと思いますか?」
「正直に言うと、そうだな……一度死徒化してしまうと人を助けるのは不可能だ。殺すしかない」
「……そう、ですか」
「あぁ……けれど、もし彼女がその力を制御する……あるいは死徒ならざるナニカに変性した場合は、その限りじゃない」
宮本さんの言った言葉に思わず目を見開くと、身体を動かして彼の前まで近づく
「そんなことがあるんですか!?」
「前者に関しては風の噂で聞いた程度で、後者に関してはほぼ博打……万が一にもそんなことが起こったのなら、それこそ奇跡以外の何物でもないな」
そう言った宮本さんだが、彼の言った言葉のお陰で少しではあるが希望が見えた気がする。そんな俺の様子を見ていた宮本さんは、改めてゆっくりと言葉を続ける
「藤丸くん、一つだけ言っておくが死徒────吸血鬼の本能を甘く見過ぎるなよ。アイツらの本質は人間とは別物だし、根幹には人間性なんてものは存在しない。純然たるバケモノだ」
「……それは、そうかもしれませんけど────ッ!?」
可能性があるなら、そう言葉を続けようとしたが目の前にいる宮本さんの眼を見て、思わず言葉を詰まらせてしまった。俺が見た彼の瞳は、暗く沈んでいて、普段では絶対に見せることのないドロドロとした感情が渦巻いていたから
彼の瞳を見て、若干の寒気を感じていた俺の様子に気付いたらしい宮本さんは、少しだけ笑みを浮かべると、言葉を紡ぐ
「一つ、俺の昔話でもしようか」
「昔話……ですか?」
「あぁ、俺がまだ中学生だった頃の話……ちょっとしたきっかけで海外に行く機会があったんだ」
「それって、狗道さんとかの関連ですか?」
「いや、完全に個人的な用事……それで、海外に行くまでは良かったんだけど、問題はここから……アッチに到着した日の夜、死徒関係の事件に巻き込まれてね。当時は今よりも自分の眼の事を理解してなかったし、技術もなかった。必死に死なないように戦って死徒は倒せたんだけど問題はここから」
そう言った宮本さんは来ていたTシャツを軽く捲って脇腹を俺に見せてくる
「────ッ!?」
彼が見せてきたのは抉られたように存在する大きな傷の痕
「死徒を倒した後、満身創痍の俺の前に一体のバケモノが現れた。赫い瞳と漆黒の髪の怪物、こっちは死にかけてるってのにアイツは遊び感覚で地面を抉る攻撃をガンガン仕掛けて来て……身体中の骨はヒビだらけで脇腹は抉られて、何で生きてるのか不思議な状態の俺が出来たのはあのバケモノの髪を一房落とすだけだった」
「……そんな怪物が、この世界に居るんですか?」
「あぁ、死にかけて朦朧としてる俺に対してアイツの言った事は今でも覚えてるよ」
────貴方の事、気に入ったわ。もっと強くなったらまた遊びましょう
もしも同じ立場だったら、自分は生還出来ただろうか。瀕死の状況でそんなことを言われたら目の前にいる彼のように居続けられただろうか
「藤丸くん。人ならざるバケモノは基本的にはこんなのばっかりだ。元が人だったとしても一度でも人の道を外れると、徐々に怪物の本能に心が塗り潰されて完全なバケモノになってしまうこともある。それを忘れないでくれ」
宮本さんから伝えられたその言葉は僅かに見えた希望よりもはるかに重く、暗いものだった
=簡易キャラ紹介=
・セシル
聖堂教会に所属している代行者”見習い”
街で起こっている死徒事件を解決するためにほぼ左遷同然の派遣をされた代行者見習い、実力はあるものの異端の排除ではなく無辜の民の助けることを優先している変わり者。
現在は死徒の被害に遭った後、人ならざるモノへと変わってしまった少女――坂出桐香を追っている
・坂出桐香-さかいで きりか-
藤丸立香のクラスメイトであると同時にクラス委員長をしていた少女
元々は何処にでもいる普通の少女だったが、街に侵入した死徒の被害に遭い両親は殺害され、自身は吸血鬼化して街のどこかに隠れていた
その後、小鬼と交戦していた立香の前に出現し小鬼を殺害、立香に気付かれた後は再び姿を消した
・赫い瞳の吸血鬼
中学時代の宮本紫紀が遭遇した、怪物
常軌を逸した力を持つ吸血鬼で満身創痍の紫紀を遊び感覚で強襲、遊び感覚で必死に動き続けた紫紀の脇腹を抉り、瀕死の重傷を負わせた