宮本さんと話をした日の夜。借りた服を着て片手にはボロボロの制服が入った袋を持って帰ったから家族には何があったのかを凄い心配されたけど事が事だけに詳しく話すわけにはいかず、ちょっと足滑らせたとか適当に伝えた後で夕食やら風呂やらを済ませて自分の部屋に戻る
「…………一体、どうすれば」
セシルさんから聞いたこと、宮本さんから聞いた事、オルガマリーさんがこの事件に関わるなと言った理由、色々なことが頭を過っては消えていく。鬱々とした気持ちのままでいるとドンドンと言う足音が聞こえてくると、雑に部屋の扉が開けられた
「お兄ちゃん!」
「……六華、何かあった?」
「何かあったじゃないよ! すっごい美人さんがお兄ちゃんを訪ねてきたの! とにかく一緒に来て!」
「え、ちょ、ちょっ────」
興奮気味……と言うよりもちょっと慌てた感じの妹に手を引っ張られてリビングまで向かう……引っ張られながら六華の言ったすっごい美人さんと言う言葉を聞いてまさかと思いながら扉が開け放たれるとそこに居たのは──
「今日は学校に来ていないみたいだから心配していたのですが、元気そうでよかった」
──案の定オルガマリーさんだった
学校に来ていないという彼女の言葉を聞き、両親からの視線が若干痛かったがとりあえずそれは横に置いておく
「えっと、こんな夜分遅くにどうしたんですか? オルガマリーさん」
「あら、クラスメイトが心配でお見舞いと今日学校で配布されたプリントを届けに来たんですよ。私も”色々”忙しかったので来るのがこんな時間になってしまったのはごめんなさい」
色々の部分に若干の圧を感じる……それに色々忙しかったとはつまりそう言う事なのだろう。彼女からプリントを受け取った。目的のものを渡したらしい彼女は両親の方に頭を下げる
「渡さないといけないものもしっかりと渡せましたから、私はこれで」
「あら、お茶でも飲んでいけばいいのに」
「時間が時間なので、それじゃあ私はこれで」
そう言ったオルガマリーさんはリビングを出て玄関まで歩いていく。何をするでもなくそれを見送ると、扉を開けた彼女はこちらへ向けて軽く頭を下げてから玄関を閉めた。見送ったあとで俺も部屋に戻ろうとしたのだが……母さんに襟を掴まれる
「な、なに?」
「立香、あなたか弱い女の子を一人で帰らせるの?」
「……いや、オルガマリーさんは別にか弱くは────」
「帰・ら・せ・る・の? 」
「……送りに行ってきます」
途中まででいいから送りに行けと言う圧を母から感じ、靴を履いて玄関から外に出て家の左右を見回すと、壁に背中を預けているオルガマリーさんの姿が目に入った
「何してるんですか?」
「何って、アンタを待ってたに決まってるでしょ」
「待ってたって、俺が出てくるとも限らないですよね?」
「…………まぁいいわ、折角出てきたんだし。少し付き合いなさい」
僅かな沈黙があったあたり、出てこなかったらどうするかのプランを考えてなかったなこの人……まぁそれはいいか
「別に良いですけど、付き合うってどこに……」
「具体的に何処って訳じゃないわ、ただの散歩」
そう言って前をすたすたと歩いていく彼女から、一歩遅れて俺もその後を付いていく
歩き始めてすぐは無言の時間が流れていたが、少しするとオルガマリーさんが話を始めた
「藤丸、今日アンタに何が起こったのかは一通り、あの女から聞いたわ」
「……あの女?」
「教会の代行者よ、放課後呼び出されたから何かと思って警戒して見れば、わざわざ説明に来てくれたわ」
教会の代行者と言うと、セシルさんの事だろう。俺と別れた後に普通に学校に行ってわざわざオルガマリーさんに説明をしたって考えると結構親切な人だな
「アンタ、あの女の事親切とか思ったでしょ?」
「……なんでわかるんですか」
「顔に出過ぎよ……それと、あの女は全然親切なんかじゃないわ。説明ついでにチクチク嫌味を言ってくるし────っと、話が逸れたわ」
本題それじゃなかったんだという言葉を飲み込んで次の言葉を待っていると、真剣な顔でオルガマリーさんは話を始めた
「まずは、貴方が生きていてくれて良かった……それだけは伝えておくわ」
「えっ?」
「もしかして私が貴方に文句を言う為にわざわざ足を運んだと思ったの? だとしたら心外ね、私だって知り合いの無事を喜ぶくらいする。今回に関しては死徒と遭遇したらしいからなおさらね」
そう言ったオルガマリーさんの表情は穏やかなものだったが、それを見た俺の気分は若干重くなる。確かに俺は無事だった、けれど知り合いの巻き込まれた惨事を、そしてその成れの果てを知ってしまったことがずっしりと心にのしかかっていた。そんな俺の様子がよっぽどわかりやすかったのかオルガマリーさんは足を止めて俺の前までやってくるとグイっと俺の顔を掴む
「貴方の遭遇した死徒────坂出桐香の事はあの女から聞いた、そして聞いた上で言うわ。彼女の事件は貴方が気に病む必要なんてない」
「けど……」
「もしも、知っていたら助けられたかも……なんて考えてるだけ無駄よ。相手は死徒、貴方が居たところで犠牲者が3人から4人になっただけ」
「そうかも知れないです……けど、もしかしたら委員長は助けられたかも────」
──パシン
乾いた音が夜の住宅街に鳴り響く、何が起こったのか、何をされたのかはヒリヒリと痛む自分の頬がすぐに教えてくれた
「あまり舐めた事を言わないで、貴方は超人でも正義の味方でもない……普通の人間、わかってるの?」
「わかってます……わかってます、けど……」
頭に上っていた血が少しずつ引き少しずつ冷静になっていく、けれど、それでも自分の中に残り続けるのは行き場のなくなった感情と、これからどうすればいいのかと言う疑問
「俺は……どうすればよかったんでしょう」
「さぁ、そんなの自分で考えなさい」
「冷たいですね」
「何を言ったところで納得のいく答えを出せるのは貴方だけなんだから、自分で考える以外ないでしょ」
「……それも、そうですね」
相変わらず厳しい物言いに聞こえるけれど、それがこの人なりの優しさであることは知っている
「よし。とりあえず俺、委員長を探してみます」
「……貴方、私の話を聞いてなかったの?」
「聞いてたし、今の委員長に近寄るのは危険って言うのも……わかってます……けど、後一度だけ、話をしてみたいんです」
「……それで、貴方が死ぬかも知れないのに?」
「はい」
「貴方が死んだら貴方の家族が悲しむとわかっていても?」
「……はい」
俺がそう言うとオルガマリーさんは深いため息を吐くと、呆れたような視線をこちらに向けてくる
「呆れた……なら、もう好きにしなさい。もう私からは何も言わないわ」
「オルガマリーさん────」
俺はその言葉を聞き、彼女に向かって頭を下げようとするが他でもない彼女にそれを止められる
「勘違いしないで、私はただアンタを見限っただけ。感謝される謂れはないわ……それじゃあね」
それだけ言うと、彼女はこちらにひらひらと手を振りながら一人で去って行った。俺はそれを見送った後、一度家に帰り夕食など諸々を済ませ……家族が寝静まるのを待つ
そうして刻々と時間が過ぎていくのを自分の部屋で感じながら、目の前に置いたロープを触り魔術回路を起動する
「
この前の小鬼との戦闘で、改めて自分が半人前未満であることは実感し、同時に魔術の鍛錬がかなり重要なものであることも再認識した……委員長と話をするなら尚更だ。だからこうして行動を起こす前に自分で試せる事は試しておきたい
目の前にあるロープを映写しているのもその一環だ、ただいつもと違うのはいつもより丁寧に、一つ一つの工程をゆっくりと行っている事。出来る限り粗のでないよう、精巧に、慎重に────
「……出来た」
どれだけの時間が経ったのだろうと時計に目を向けると、始めた時間から既に一時間が過ぎ、現在の時刻は午前1時。時間的にもこのくらいなら家族全員寝ている時間だ
「よし」
事前に持ち込んでおいた靴を履いて窓を開けた俺は映写で作ったロープを括りそれを伝って地面へ降りる。しっかりと降りれたことを確認してからロープを消した後、改めて映写をしてロープを呼び出す
「……ちゃんと呼びだせた」
これが出来るなら、問題ない
「それじゃあ、まず向かうのは……教会だな」
オルガマリーさんに見限られた以上、俺に出来るのは力を借りられそうな人に接触する……俺の目的は委員長を探して話をすることだから異端を排除しようとする人物────セシルさんと接触するのが一番手っ取り早い。そう思って彼女の住み家である教会まで向かい、扉を叩いた
「……藤丸さん? こんな夜分に……いえ、ここで話すのもアレですね。奥へ」
そう言った彼女の後をついて奥の部屋まで向かい、改めて眼前で椅子に座る彼女と対峙する
「それで、わざわざこんな時間に訪ねてきたという事は……何か用事があるんですよね」
「……委員長──坂出さんの事で、お願いがあります」
「……お願い?」
「彼女の捜索、俺にも協力させてください」
その言葉を発すると同時に、柔らかかった彼女の眼がすっと細められる
「それがどういう意味か、わかっているのですか?」
「……はい」
「貴方の師匠から、今回の件に関わるのは禁じられていたでしょう」
「オルガマリーさんには……見限られちゃいました」
「見限られた?」
「はい、言いつけを破って、その上で彼女と話をしたいと言ったら……」
「成る程……それについては愚かと言う以外ありませんね」
「……やっぱり、そうですか」
「えぇ、貴方の選択は愚か以外の何物でもない……命をドブに捨てる選択です」
そう言って彼女が椅子から立ち上がった瞬間、俺のすぐ真横を何かが通り過ぎる。何が通り過ぎたのか、それを確認するために後ろを振り向くと壁に突き刺さっている赤い柄の剣が目に入る
「藤丸さん、私の投げた黒鍵にあなたは反応出来ましたか?」
「……いえ」
「つまり、先ほどの一撃が貴方の心臓を狙ったものであった場合、確実に命を落としていたということです……彼女の、鬼の捜索に協力するという事は先ほどのような攻撃を受ける可能性もある、先ほど以上に素早く、受ければ命を落とすような攻撃を……それでも貴方は協力させてくれと、そうおっしゃるんですか?」
セシルさんの言っている事は、俺が関われば確実に命を落とすって意味なのだろう。けれど、それでも俺の決意は変わらない
「はい、俺はもう一度だけ、委員長と話がしたい……いえ、助けてもらったお礼が言いたいんです。だから、俺に協力させてください。お願いします」
そう言って頭を下げると、しばしの沈黙の後ではぁとため息が聞こえてくる
「愚か者は死ななければ直らない……確かこの国の言葉でしたね、私は藤丸さんがもう少し賢いと思っていたのですが。思い違っていたようです」
「セシルさん……」
「わざわざこちらに協力はする必要ありません、貴方は一人で探して、一人で死んでください」
「……ありがとうございます」
「感謝をされる謂れはありませんよ、貴方の師匠と同じ……貴方は救えないと思ったので、勝手に見限っただけです。それでは」
それだけ言い残すと、彼女は部屋から出て行ってしまった。とりあえずここでやるべきことも終わったと感じた俺も椅子から立ち上がり、帰ろうとしたところでセシルさんの居たところの近くに地図が置いてある事に気付いた
「これって……」
いくつかの場所に赤いペンでバツ印の書かれた地図……流石に持っていくのはどうかと思ったのでその地図の写真だけ撮り、俺も教会の部屋を後にした