このマンションから出られない、その言葉を聞いて真っ白になった頭のまま俺はマンションの入口から外に出る……否、出た筈だったが、気が付けばマンションの中心まで戻されていた
「──えっ?」
「だから言ったでしょ、外に出られなくなってるって。マンションの中は外と完全に切り離されてる……だから外に出るのは無理よ」
「それって、このまま出られないって事ですか? 一生?」
「一生って訳じゃないわ、このマンションの中にある起点を壊せば切り離された空間は元に戻るわ」
「なら、その起点って言うのを探せばいいんですね」
俺がそう言うとオルガマリーさんは頷いた後、深崎の近くまで行くと何かを唱えると、それに反応するように深崎の周りを囲うように線を引いていく
「何してるんですか?」
「ちょっとした応急処置、怪我人を連れて起点探しをするわけにはいかないでしょ」
「それで、その……お絵描き? ですか」
「お絵描きじゃないわよ!」
書いてる途中だったオルガマリーさんはバッとこっちに顔を向けてくる、顔を少し赤くしたオルガマリーさんは、立ち上がりこっちに近づいてくると思い切り深崎の方を指さす
「いい! アレも立派な魔術なの! 私は私の目的さえ果たせればいいのにこんなことまでしてるんだから感謝してほしいのだけど!」
「……あ、ありがとうございます」
「……本当にわかってる?」
「えっと、正直あんまり……魔術とか言われてもピンときませんし」
正直にそう言うとずいっと顔を近づけていたオルガマリーさんは、少し離れてコホンと息を吐く
「まぁ、それもそうよね。藤丸はついさっき、偶然、偶々、奇跡的に、一度だけ、よくわからない魔術を使えただけだものね」
「オルガマリーさん、なんか拗ねてます?」
「全然そんなことないけど! それより……さっさと起点を探しに行くわよ」
「は、はい!」
一人ですたすたと歩いて行ってしまったオルガマリーさんを俺も追っていこうとしたところで、ふと足を止めて彼女に質問をする
「そう言えば、深崎の周りに書いてたやつってもう書き終わったんですか?」
「…………」
俺の質問を聞いた彼女は、足を止めて、こちらに顔を見せないように早歩きで深崎の元へ向かい、再び書き始めた
「もう少し、待ってなさい」
「……わかりました」
その言葉を聞いた俺も、その場に座り込んで少しの間だけ、身体に溜まった疲労を回復させるために目を閉じた
それから数十分後、よしという声が聞こえてきたから目を開けると腰に手を当てているオルガマリーさんの姿が映る
「終わったんですか?」
「えぇ、これでしばらくは襲われる事はない……と思うわ」
「大丈夫なんですよね?」
「私が大丈夫と言ってるんだから大丈夫よ、私を信じなさい」
「……わかりました」
「それよりも藤丸、少し上を調べに行くわよ」
「何かあったんですか?」
急にそんなことを言うからにはきっと何か理由がある筈と訊ねると、オルガマリーさんは上階を見ながら口を開く
「何処から入ったのか知らないけど、私たち以外に誰かいるわ」
「迷い込んだって事ですか?」
「わからないわ、だけどあの肉人形とは違う誰かって事には間違いない」
「それなら早く行きましょう!」
「そうね、場所は4階だから……藤丸、こっち来なさい」
「えっ?」
「いいから!」
「は、はい」
彼女の近くまで向かうと、両腕と両足に回路のような光を走らせると俺の事をひょいっと持ち上げた
「えっ!?」
「それじゃ、さっさと行くわよ」
「行くって、このままですか────」
言葉を続けるよりも先に、彼女は力強く地面を踏みしめて駆けだす。どれだけの時間がかかったのかわからないが普通に走ったのなら絶対に出せない速度でマンションを駆け上がり、気付けば4階まで辿り着いていた
「よし」
「よ、よしじゃないですよ……ビックリした」
「2回目なんだからいい加減慣れなさい、それよりも……」
担がれてた俺も辺りを見回すと周りの至る所で肉人形がバラバラになっていた
「ど、どういうことですかコレ」
「私にわかるわけないでしょ……それよりこれ、切られた後が嫌に綺麗ね……よほど切れ味が良い刃物を使ってもこんな事にはならない……」
「! そう言えばオルガマリーさん。この階に人がいるんじゃ」
「……今はこれについて考えてる暇はないか。探すわよ、藤丸」
「は、はい」
それから、俺とオルガマリーさんの二人は4階をくまなく探し回ったけれど、自分たち以外の生きた人間は発見できなかった。自分たち以外にいると思った人間は幽霊のようにその場から消え去っていた
「誰もいないわね」
「そうですね……一体どこに────って、あれ?」
何処に行ってしまったのか、そう言葉を続けようとした直後。俺はこのマンションの4階であった出来事を思い出す、一度オルガマリーさんとこの階層に来た時は途中で空間が歪むような感覚を受け、入口まで戻されていた筈……にも関わらず今回は何処を触ってもその感覚には陥らず見知らぬ誰かを探すことが出来た
「どうかしたの?」
「いや、少し前に来た時にあった、あのねじ曲がる感覚が無かったなって」
「そう言えば……藤丸、もう一度端まで行くわよ。何があるかわからないからいつでもさっきの魔術は使えるようにしときなさい、やり方は?」
「な、何となくですけど」
「よろしい、それじゃ行くわよ」
オルガマリーさんと一緒にこの階の端に移動しながら自分の中でさっきのように頭の中で射影機を思い浮かべておく。そうして頭の中にある射影機を消してしまわないように歩いていると自分の前を歩いていたオルガマリーさんが立ち止まる
「確か、前はここに触ったら戻されたのよね」
「そうだったと思います」
「なら、はい」
「……えっと、はい」
急にこちらに手を差し出して来たオルガマリーさん、合っているのかわからないが彼女の手を取ると彼女は再び壁に向き合い、手を当てた……しかしさっきのように空間が歪む感覚には陥ることはない
「さっきみたいになりませんね」
「そうね、わざわざ手を握っておく必要もなかったわ」
そう言ってささっと手を放した彼女は壁の色々な場所をペタペタと触り確認していく
「何してるの藤丸、アンタもやりなさい」
「あっ、はい」
言われたから俺も壁を触ってみるけど特に変わった所はない、いたって普通の壁のように見える。試しにノックして見たりもするがどこかが開くわけでも壊れる訳でもない
「特に何もありませんね」
「そうね、ここも外れ……おかしいわね、確かに工房はここにある筈なのに」
「予想が外れたんですか?」
「そんな訳ないでしょ、けど……おかしいわね」
「埋め立てられちゃったんですかね」
「そんなわけ────! あるかも知れないわ」
「ホントに言ってます?」
「貴方が言ったんでしょ、それより藤丸。試しにこの壁をパンチしてみなさい」
「わかりました」
傍から見ると急にトチ狂ったようにしか見えないんだけど、オルガマリーさんには今までずっと助けてもらっているからこんな事で力になるならやってみるのは全然いい。まぁ壁だし多少強めに殴っても大丈夫だろうと軽く力を入れて壁を殴るとバキャアって音と共に壁に穴が開く
「……嘘でしょ」
「ビンゴよ藤丸、よくやった!」
「なんか、釈然としな──って、オルガマリーさん、何を?」
「決まってるでしょ?」
壁に向けて指を向けると黒の弾丸を連射して壁に穴を開けていった、穴だらけになっていく壁はついに崩れ壁の先の景色が姿を見せる
「もう一部屋あったんだ……」
「あそこが工房で間違いないわ。行くわよ」
二人で壁の残骸の向こう側にあるもう一つの部屋の前まで向かい、ドアノブに手をかけ──開く
「うっ……」
「…………」
部屋の中から漂ってきた臭気が俺の鼻をつく。感じた事のない酷い匂いに吐きそうになったけど何とかそれを抑えて隣にいる彼女の方を見ると、その顔は変わることなく冷静だった。まるで今の状況に慣れきっているかのように部屋の中を進んでいく
彼女の後に続き俺も部屋の中に入る、漂ってくる匂いを少しでも防ぐために服の裾で鼻を隠しながらゴミ袋の散乱する廊下を進んでいると一歩前を歩いていたオルガマリーさんがリビングの扉を開く
「……あった」
「…………ッ!」
そこにあったのは腐った人の死体。身体の至る所に抉られたような跡があり直視するのも憚られるほどに醜い肉の塊。その肉塊に近づいたオルガマリーさんは近くにあったに円盤を手に取る
「藤丸、貴方は占星術って知ってる?」
「確か、星の位置とか並びを見てその日の運を占うんでしたっけ?」
「……まぁその程度の認識があればいいか。私の目的はコレよ。この魔術師が作った魔術礼装」
「魔術礼装?」
「詳しい話は後、目的の物は回収したし後は起点を破壊し────藤丸避けなさいッ!」
「えっ──ッ!?」
オルガマリーさんに言われた直後、背後から強烈な悪意を感じとっさにその場から離れた直後、巨大な腕が床を抉る。そこに居たのは今までの人形と殆ど同じだが今までの人形よりも肥大化し巨大になった腕を持つ存在
「こ、こいつは……」
「この結界の主みたいね……藤丸、やるわよ」
「は、はい──
スイッチを切り替える為にその言葉を発すると、自分の目の前に初めて使った時と同じように影が一体現れる。隣にいるオルガマリーさんに視線を送ると、彼女は軽く頷き黒の弾丸を目の前の人形へ向けて放つ。それに合わせるように俺も影に指示を出して人形へ向けて突っ込ませる
『──―ァ』
人形から漏れた僅かな声の後、腕が振るわれ黒の弾丸と影は吹き飛ばされる
「なんて馬鹿力……」
「もう一度──」
「待ちなさい」
もう一度影を召喚しようとしたところをオルガマリーさんは制止する
「ど、どうして止めるんですか?」
「闇雲に攻撃しても無駄だからよ、どこか弱点を見つけないと」
目の前の人形へ向けて先ほどと同じ黒の弾丸を何発か放つが巨腕を使い全部吹き飛ばす
「遠距離はダメか」
「……あの、アイツのどこが弱点か見つければいいんですよね?」
「そうだけど、藤丸、アンタまさか!?」
「あんまり自信ないんで……出来るだけ早くお願いします!」
「ちょっと!」
オルガマリーさんに後の事を任せて俺は人形に向けて真っ直ぐ突っ込んでいく。どこまで出来るかわからないけどあの巨腕は人形にとってもかなり重いはず。自分の眼前で振るわれる巨腕をギリギリの所で避ける
「あっぶな……けど、今のなら──ッ!」
今くらいなら何とかなりそうと思った矢先、地面に叩きつけられた腕をそのまま横にスイングしてこっちの身体を潰そうとしてくる、ギリギリ見えてたから何とかなったけど流石に死ぬかと思った……次はどうなるのかと考えていたところで、人形と巨腕の付け根──丁度肩関節の辺りに黒の弾丸が撃ち込まれると、人形から腕が切り離されぐしゃりと言う音と共に地面に落ちる
「まったく、危なかったしいことこの上ないわね」
こちらに近づいてきながらオルガマリーさんは人形に黒の弾丸を撃ち込み続けると、人形は穴だらけになり倒れた
「やったんですか?」
「おそらくね……それに、どうやらこの人形が起点だったみたいね」
倒れた人形の中心に埋まっている結晶に、オルガマリーさんは黒の弾丸を撃ち込み破壊する
「これで外に出られるはずよ……行きましょう」
「は、はい……けど、その人は」
「私の方で何とかして────」
「その必要はない」
「──だそうよ」
部屋の外に出ようとした俺とオルガマリーさんの前に現れたのは一人の男の人、その人は俺の前までやって来ると……深々と頭を下げた