マンションの事件以降、転校してきたオルガマリーさんもすっかり学校に慣れ、俺もあの場所で使えるようになった魔術に慣れるための訓練をしている以外はこれと言って代わり映えのない日常を送っていた
今日も特に事件が起こると言ったこともなく放課後を迎え、帰り支度をしていると机の上に影がかかる。不思議に思いそちらを見るとオルガマリーさんが腕を組んで前に立っている
「オルガマリーさん?」
「藤丸、今から少し付き合いなさい」
「今からですか?」
「えぇ、詳しいことは歩きながら話すから。黙って付き合いなさい」
「わ、わかりました」
声をかけられた以上、あまり待たせるのもどうかと思い、さっさと帰り支度を済ませてからオルガマリーさんの元に向かう
「お待たせしました」
「別に待ってないわ、それじゃあ行くわよ」
先に歩き始めた彼女の後をついていく形で学校を出て、通学路を歩き始める
「あの、オルガマリーさん。もしかして何かあったんですか? 急に付き合えなんて」
「特に何かあったわけじゃないわ。知り合いがアンタに会わせろってうるさいから連れて行くだけよ」
「知り合い……ですか」
オルガマリーさんの知り合いと言う事は魔術とかそっち関連の人になるんだろうけど、どんな人と会うことになるのか想像もつかない
「一応言っておくけど、今日会うのは私個人の知り合いだから、そんなにビクビクしなくていいわ」
「……顔に出てました?」
「全身から怖がってますって雰囲気がにじみ出てるわ」
まさかそんなに怖がっている雰囲気が漏れてしまっているとは思わなかった。けれどオルガマリーさん個人の知り合いと言う事は魔術協会って言うのとかそっち関係でないことがわかり、ひとまず安心……して、いいのだろうか
個人の知り合いと言ってもオルガマリーさんの知り合いと言う事は魔術師の可能性が高いし、魔術師なら魔術協会に所属しててもおかしくないのでは
「あの、個人の知り合いって言ってましたけど、その人も魔術師なんですか?」
「いいえ、今日会うのは魔術師じゃないわ。まぁそっち方面の関係者って事には違いないけどね……ついたわ」
そんな話をしながら二人で歩いていると前を歩いていたオルガマリーさんは歩みを止めると、目の前で圧倒的な存在感を放つ豪邸を指さした
「ここって……確か
狗道家──俺たちの住んでいる
「さっさと入るわよ」
「えっ、ちょっと待ってください」
オルガマリーさんは慣れた様子で門に近づくと、大きな門の横にあった小さい扉を開いて中に入り、屋敷に繋がる道を真っすぐ進んでいく
「あの、本当に大丈夫なんですよね? 不法侵入とかになるんじゃ」
「問題ないわ、私が来ることは事前に伝えてるし、勝手に入って構わないとも言われてる」
そう言うとオルガマリーさんは正面にある扉を押して屋敷の中に入り、慣れた様子で屋敷の中を進んでいく。俺も本来なら自分には全く縁のない場所に入るということもあり少し怖かったが取り残されないように彼女の後を付いていくと、ずらっと並ぶ扉の中でも一際豪華な装飾のされた部屋の前で、オルガマリーさんは足を止めて扉をノックする
『どうぞ』
扉の向こうから聞こえてきたのは俺と同じか少し上っぽい女性の声、扉を開けて中に入ったオルガマリーさんに続き俺も部屋に入ると広がっていたのはいかにも執務室と言った光景。普段なら見ることのない光景に少し周囲を見回していると隣に居たオルガマリーさんに脇腹を小突かれた
「…………」
「す、すみません」
「ふふっ、お気になさらず」
執務机で作業をしていたらしい女性はいつの間にか顔を上げてこちらに笑みを向けていた
「ここまで歩いてお疲れでしょう、お茶を入れますから座って待っていてください」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
「あ、ありがとうございます」
来客用と思わしきソファに座って一息ついていると、女性は慣れた手つきで人数分の紅茶をいれると、俺たちの前に置くと、対面のソファに腰を掛けた
「改めまして、今日はわざわざ足を運んでいただいてありがとうございます。オルガマリーさん」
「気にしなくていいわ、藤丸にはいずれ挨拶に来させるつもりだったし」
「えっ? そうだったんですか!?」
いずれ来させるつもりだったというのは初めて知ったのだが、オルガマリーさんは俺の方を見て少し呆れたように視線を向けてくる
「当たり前でしょ、藤丸はもう裏の世界を知っちゃってる訳だし、偶然とは言え魔術だって使えるようになった。だから万が一の事を考えて土地の管理者に挨拶くらいはしといた方がいいわよ」
「そう言うものなんですか?」
そう疑問を投げかけると、目の前の女性は少し考えこんだ後にゆっくりと口を開く
「そうですね……他の地では基本的に入ってきた魔術師などには基本的には干渉しないと思います。ですがこの谷咫は少し特異な場所ですから」
「特異な場所?」
「えぇ、この谷咫は他の土地に比べて良くないモノが集まりやすいんです──っと、そう言えば自己紹介がまだでしたね」
目の前の女性はハッとした様子で手を叩くと、ソファから立ち上がって優雅に頭を下げる
「改めまして、藤丸さん。私は
「えっと、藤丸立香です。よろしくお願いします」
「さてと、それではお話を続けましょう。藤丸さんは、貴方とあなたのご友人が巻き込まれたマンションの一件を覚えていますか?」
「は、はい。覚えてるっていうか、忘れられないというか……」
良くも悪くも魔術とか、本来知らないまま終わる筈だった世界を知ることが出来たのはいいと思う。けれど本来自分の知らなかった世界を知ってしまった恐怖もあるが故にそう簡単に忘れる事は出来ない
「ふふっ、そうですよね」
「でも、あの事件って確か魔術師がやったことでその、良くないモノとかは関係ないんですよね?」
「……そうですね、概ねその認識で合っているとも言えるし、間違っているとも言えます」
「合ってるし、間違ってる?」
「えぇ、確かにあの事件のきっかけになったのは魔術師に違いありません。ですが魔術師が触媒として使っていた人形をあなた達の見た醜いナニカに変質させたのは……そこに宿っていた負の感情です」
そこまで話をした瞬間、隣に座っていたオルガマリーさんは目を見開いた
「ちょ、ちょっと待って。触媒が変質したって……それは事実なの?」
「えぇ、触媒として使った人形にその地に留まっていた人の思念が入り込み、術式そのものを変質させた」
「そんなこと……どうして今まで教えてくれなかったのよ!?」
「伝える必要が無かったからです」
「必要が……なかった?」
色々な感情がぎちゃぐちゃになっているオルガマリーさんの事を真っすぐ見据えたまま、狗道さんは言葉を続けた
「貴方もわかっていると思いますが、私にとって貴方は部外者であり、先ほど伝えたのは私たち側の事情……名家の出身とは言え、たかが魔術師に伝えたところで意味はありませんから」
「そんな言い方────」
あまりにも冷たい言い方をする狗道さんに対して苦言を言おうとした瞬間、横から伸びてきた腕が俺の視界を遮る
「いいの、彼女の言ってる事は間違ってないから」
「けど……」
「……私は、あくまでもあの魔術師の使っていた触媒を回収しに来ただけの魔術師でしかない。回収をしたらすぐに帰国するはずだった魔術師……むしろ、こうしてこの場所に残ってる方がイレギュラーって言えるから」
仕方がないと、少しだけ哀しそうな表情で笑うオルガマリーを見て、心の奥が締め付けられる。だけど、今の俺じゃあ何て言えばいいのかわからない。そんな風に思っていると、目の前の彼女は少し冷めた紅茶を一口飲み、今度は柔らかい表情を浮かべた
「そうですね。けれど私は好ましいと思っていますよ、貴方の判断を」
「え?」
「先ほどの発言は、あくまでも貴方が外部からやってきた魔術師だった時のもの。ですがこの土地に留まり、弟子を取るのであれば話は別」
「別に藤丸は弟子なんかじゃ……」
「一度魔術を、貴方達が使う道具の動かし方を教え、今もそれを続けているのであれば、オルガマリーさんと藤丸さんは、もう立派な師弟です……だからこそ、私は貴方達にこの地の事を教えたのです。それに、出会って僅かな時間ではありますけど私はオルガマリーさんの事を気に入っていますから」
狗道さんがそう言ったタイミングで、部屋の扉が開かれ、両手で資料の山を持った一人の男性が入って来る
「ノック無しで失礼するが、生憎と今はお前に頼まれた持ってきた資料で両手が塞がっててな、そこは大目に見て欲しい……って、オルガマリーさんに藤丸くん?」
「お二人は私の客人ですから貴方はお気になさらず、それより持ってきた資料は机にお願いします」
「了解、相変わらず人使いが荒いな」
そんなことを言いながら持ってきた資料を執務机に置き始めた宮本さんを見た後、オルガマリーさんが質問を投げる
「あの資料は?」
「この土地に関する事柄を集めた資料です。家の書庫に保管してあったのを宮本くんに頼んで持ってきてもらいました」
「急に持ってきてくれと言ったから何事かと思ったが……二人がこの場に居るのを見て納得したよ」
「言葉で説明するよりも実際の資料を見て貰った方が早いことも多いですからね。そこの資料はお二人にお貸しするので自由に持って行っていただいて構いません」
「いいの? 書庫に貯蔵してたって事は重要な資料なんじゃ……」
「ご心配なさらず、あくまでも図書館に置いてあるものより少し詳しく書いてある程度の歴史書ですから。それに、一般の方が呼んだところで眉唾の都市伝説まとめ程度にしか思いませんよ」
先程から変わらず柔らかい笑みを浮かべたまま紅茶に口をつける狗道さんを見ていると、資料の整理を終えたであろう宮本さんがこっちに近づいてきた
「久しぶりだな」
「そうね……と言うか、結局あなたなんなの? 秘書?」
「大学の友人で、秘書と言うよりも小間使いだな」
「小間使いだなんて、私は宮本くんを大切な友人だと思ってますよ」
「……その割にはあれやこれやと仕事を押し付け過ぎじゃないか?」
「仕方ないでしょう、他に依頼するよりも君に頼む方が信頼性高いんですから」
「よく言う……それより藤丸くんがここに居るって事はやはり?」
「えぇ、一応オルガマリーさんが師事しているようですし、こちらに深く関わるにせよ関わらないにせよ、説明しておいて損はないでしょう」
その言葉を聞いた宮本さんは、納得した様子を見せ軽く頷いた
「さてと、資料も持ってきて貰った事ですし……本格的にお話しましょう。この土地についてを」
そう言うと狗道さんはお皿の上にティーカップを置いて立ち上がると、机の方へ向けて歩いて行った
=簡易キャラ紹介=
・狗道弓束
谷咫と言う土地の管理者をしている、狗道家の次期当主。両親は既に他界しており、前当主であった祖父が病床に伏し、入院してからは祖父に代わり当主としての仕事と、大学生活を両立しながら生活している
・宮本紫紀
狗道弓束の高校時代の友人。実家は高名な陰陽師の家系らしいが彼にはそっち方面の才が無かったため、父方の実家である宮本家に引き取られ、今に至るまでそっちで生活をしている。しかし両親や妹との仲は悪いわけではなく月に一、二度は連絡を取るようにしている。