机の上にある資料を一冊とり、パラパラとめくりながら狗道さんはゆっくりと話を始める
「オルガマリーさん、貴方は聖杯戦争をご存じですか?」
「……えぇ、極東の地──日本で行われていた大規模な魔術儀式。万能の願望器を巡る戦い……よね」
「その通りです、ですがその儀式は五度目の開催を最後に、行われなくなった。ここまでは?」
「当然知ってる……お父様も、一度は参加しようか悩んでいた儀式だもの。興味がないわけない」
聖杯戦争と言う名前の儀式について、二人は話をしているが何が何の事なのか全然わからない。ふと宮本さんの方に視線を向けるが彼は彼で自分は干渉しないと言った態度を貫いていたし……ここは俺も黙って話を聞こう
「けれど、聖杯戦争とこの土地に何の関係があるの? まさかここがその儀式の開催地だった……って訳じゃないでしょ?」
「……そのまさかですよ」
「え?」
「正確には聖杯戦争、ではなく件の儀式を模した偽物ですけどね」
何も言わないオルガマリーさんを真っすぐ見据えたまま狗道さんは話を続けた
「万能の願望器を巡る戦い、それを模した魔術儀式は失敗に終わりました」
「……失敗?」
「えぇ、儀式に対する認識が甘かったのでしょう。願いを叶える願望器はおろか、儀式に必要なものを揃えることが出来ず……残ったのは儀式を構築する際に犠牲になった人々の怨念と、手を加えた結果歪んだ土地だけ」
「怨念と、歪んだ土地……それが触媒の変質に関係してるのね?」
「えぇ、犠牲になった人の怨念は土地に染み付き、歪んだ土地がそれを増大させている。それが今の谷咫の現状です」
自分の今住んでる土地について、訳の分からない情報を聞かされて少しこんがらがってるけれど、俺の横に居るオルガマリーさんはそんなことないらしく険しい表情で顎に手を当てていた
「とりあえずこの土地については理解出来たけど、貴方達は何もしなかったの?」
「……何もしなかった、と言う訳ではありません。最初は怨念を浄化し、歪んだ土地を正しい形に戻す為に色々と手を尽くしたようです……けど、効果はなかったみたいです」
「効果がなかったって、そんなに難しいことだったの?」
「理不尽に殺された人の恨みはそれほどに強力だったということです。結果として儀式に関わった人物は全員死に、私の家が押し付けられる形でこの土地の管理者になりました」
「……成る程、じゃあ触媒の変質もその怨念と歪んだ土地が原因ってこと?」
「その通りです、本来であればあのような事態が起こる事はない筈なのですが……今回は人形を使ったこと、そして完成されたものを不完全な状態で再現したのが仇になりましたね。空の器に生き返りたいと願う魂が反応し、結果としてあのバケモノが生まれた」
こんな事態はホントに稀なんですけどね、と言って笑う狗道さんの事を見てオルガマリーさんはこめかみに手を当てて目を閉じる
「それで、今回みたいな事は頻繁に起きるのかしら」
「それはありません、今回の一件は行われた儀式とこの土地の性質が悪い意味で噛み合った結果ですから」
「……それならいいわ」
そう言ったオルガマリーさんは張っていたであろう肩の力を抜いて、すっかり冷めた紅茶に口をつけてから、ふと狗道さんに向けて声をかけた
「そう言えば、押し付けられる形で管理することになったって言ってたけど。それなら前の管理者は何処にいったのよ」
「あぁ、元の管理者なら死にました」
あっさりと、何事もないような風で狗道さんはそう言葉を発した
「儀式を主導していたのは前の管理者でしたから、よっぽど恨まれてたんでしょうね。半狂乱で管理を押し付けてから海外に高飛びをしようとして……そのままポックリと」
「そんなことが……」
「当時の当主も驚いたそうですよ、程々の付き合いだった筈の顧客が急に土地を買ってくれ、金ならいくらでも払うと飛び込んできたらしいですから。まぁこっちには損が無かったんで適正金額に上乗せしてこの土地を買って管理しているというわけです……バカですよねぇ、土地を手放した所で個人に染み付いた恨みは消えないのに」
少し顔を伏せていたからどんな感情でそう発したのかわからないが、狗道さんの一言を聞いた瞬間、背筋に何か寒いものが走ったような気がした、そんなとき今まで一言も口を開いてなかった宮本さんが俺の方に視線を向けて、言葉をかけてくる
「そう言えば、狗道は藤丸くんに会いたいからわざわざアニムスフィアさんに頼んで連れてきて貰ったんじゃないのか?」
「あぁ、そう言えばそうでしたね」
すっかり頭から抜けていたらしい狗道さんはポンと手を叩き、隣に座っていたオルガマリーさんもまた、そう言えばと言った表情を浮かべている。かくいう俺も会いたいからと言って呼ばれたこと自体はオルガマリーさんから聞いてたのにすっかり忘れてた
「それで、本当に藤丸くんに会いたいから呼んだだけなのか?」
「そうですね……一つは先ほどお話したマンションでの一件とこの土地に関することの説明。そっちはもう終わりましたから、もう一つの方も片付けちゃいましょうか。藤丸さん」
「は、はい」
唐突に名前を呼ばれて思わず背筋を正してしまったが、狗道さんの方はそんな俺の事をお構いなしに話を続ける
「突然で申し訳ないのですが、貴方の魔術を見せてもらう事は可能ですか?」
「えっ? はい、出来ますけど……」
「それなら、お願いします」
別に断る理由もなかったので魔術回路を起動させて、練習通りに魔術を発動させるために脳内で構築していく。線を伝うように流れる電気を射影機に流し、パチリと自分の中にあるスイッチが入る
「
映すのはマンションの一件で脳裏に焼き付いている人形。射影機のフィルムを回し始めた数秒後、俺の隣に影のような人形が出現する
「……成る程」
「藤丸、あんた前より使うスピード早くなってない?」
「え? そうですかね?」
そんな話をしている真向いで、狗道さんは隣に立っている影を見た後、宮本さんの方に視線を向ける。その視線を受けた宮本さんは軽く頷いてから目を閉じ、開く
「「えっ────」」
目を開けた宮本さんの瞳は先ほどの黒とは違い、澄んだ青に変わっていた。慣れているのか気付いていないのか知らないが宮本さんは人形をまじまじと見た後、軽く息を吐いて目を閉じた
「どうでした?」
「……見えなかったな」
「そうですか、ならひとまずは安心でいいですね」
「あの、何が安心なんですか?」
何やら二人の間で完結しそうな雰囲気だったので割り込む形になってしまったが疑問を投げかけると、狗道さんは柔らかい笑みを浮かべてこちらに声をかけてくる
「貴方の魔術によって作り出される、その人型が安全かどうかを確認していたんです」
「安全か、どうか?」
「はい、先ほども言った通りこの土地は歪んでいますから、貴方のその人型がマンション事件の触媒のように変質しないかを確かめさせて頂きました」
「あぁ、成る程……」
とは言ったもののあんまり実感はない。変にふわふわした感覚を持っていると隣に座っていたオルガマリーさんは腕を組みながら狗道さんに視線を向ける
「それで、どうだったの?」
「今の所は問題なさそうですね、これから魔術の腕が上がったらどうかわかりませんが、今は変質する心配はないかと」
「そう……それよりも、さっきの彼の目はなに?」
「宮本くんの目のことですか?」
「えぇ、差し支えなければ教えて欲しいんだけど」
オルガマリーさんがそう言うと、狗道さんは後ろに立っていた宮本さんに視線を向ける
「まぁ、言ったところで不都合になることもないからな。伝えても問題ない」
「だそうです」
「そう、それなら改めて聞くけど……貴方のその目は、一体何?」
「彼の目は、直死の魔眼と呼ばれているものです」
「直死の魔眼、ですって!?」
「直死の魔眼?」
オルガマリーさんはやけに驚いてるけど、裏の世界って言うのを知ったばかり故あんまり凄いのかどうかわからない。でも魔眼っていうのはカッコいい気がする
「直死の魔眼は、見るだけで生物を殺すことの出来る魔眼よ」
「……正確には少し違う」
「そうなの?」
「あぁ、少なくとも俺の目は見るだけで生物は殺せない。死と言う概念を視覚情報で捉えているだけだ」
「概念を視覚情報で……」
「この眼がなんなのか、教えてくれた人曰く死を線で認識しているらしい。俺の眼は対象が生物だけなのだが……まぁそこは認識次第でどうとでもなる」
「……案外融通の利く眼なのね」
「使い続けると脳に負担がかかるから長時間の使用はしたくないがな」
なんか想像以上に専門的な話すぎて付いていけないけど、魔眼云々に関してはそう言うもので受け入れるのが一番いいのかも知れない。と、そんなことを考えているとパンと手を叩く音が聞こえてくる
「専門的なお話はここまでにして、ここからは親交を深めるためにティータイムにしませんか?」
「……そうね」
「そうだな、藤丸くんも付いてこれてないみたいだし」
専門的な話を切り上げた宮本さんがこっちにそんな言葉をかけてきた、有り難いけど少々申し訳ない気持ちもあるから頭だけ下げて感謝の気持ちを示してから、オルガマリーさんに宮本さん、狗道さん達とのお茶を飲んでから帰宅した。わかる事よりもわからないことの方が多い一日だったけど、それよりも俺は、本当に普段過ごしている日常とは別の世界に関わったんだと思える一日だった
=簡易キャラ紹介=
・藤丸六華
藤丸立香の一つ年下の妹。谷咫にある女子高に通っている一般的な女子高生で、現在は女子高に通っているが選んだ理由は何となく、中学の時は気安い性格からかなりモテた。容姿はFate/Grand Orderの女主人公
・藤丸綾華
藤丸立香及び藤丸六華の母親。元はバリバリのキャリアウーマンだったが結婚後は専業主婦をしている。髪色は妹の六華と同じオレンジがかった赤で髪型はルーズサイドテール
・藤丸立晃
藤丸立香及び藤丸六華の父親。大学の頃から執筆活動をしており、この世界においてはそこそこの知名度を誇る作家、現在はスランプ中でアイデアがひらめくとよく部屋に籠る。髪色は兄の立香と同じ黒でかなりのく癖毛