頬杖をついて、俺はだらだらと話した。
「何があったか、という話はしない。気分が落ち込むから。俺の気分が落ち込むと大変だろ?」
「ああ、世界が滅ぶ」
スティーブンから正しい答えがやってきたので、俺は微笑みで返答した。
「ここまでの話をするのも大変だった。ハンバーガー食べてテンションを爆上げすることで、なんとか絶望しないまま話し終えたぜ。スティーブン、ン・ガナマナガル平均株価の推移は?」
「史上初の急上昇、からの急降下、その後すぐ平均値に戻った」
「よーしちょっと経済を混乱させただけで済んだぞ〜」
俺はゆるく拳を突き上げた。
オムニアの天秤の影響をその程度で押さえられたのなら上々だ。
俺はこの世界を崩壊させないためにやってきたが、俺のせいで崩壊させてしまう可能性も充分にあった。
ここを切り抜けたのなら、その可能性はグッと下がる。次の段階に進める。
「じゃあ順番にやること言ってくね。世界を救おう」
ライブラは皆、一様に頷いた。
「まずザップ、次の競艇には手を出すな」
「ああ、わかった」
「なんで番頭が答えルンスカ」
「お前が答えても、何の意味もないからだよ」
顔の氷を溶かしたが、まだ舌が凍えて若干活舌の怪しいザップである。
スティーブンの言うことはまったくもって正しい。
ザップがここではいと答えようが、信頼には値しない。
誰かがザップを見張り、ギャンブルに手を出さない事実を確定させなければならない。
次に、俺はレオを見た。
「レオ、ミシェーラに電話して」
「え、今っすか?」
「今」
俺がじっと見つめたので、レオは渋々スマホを取り出し、通話アプリを開いた。
レオが「いやあ、用という用はないけど、声が聞きたくなったというか……」ともにゃもにゃ会話を続けるのを聞く。
何を言えばいいのか、というレオからヘルプを求める目線が飛んでくるが、俺はそれを無視した。
「パトリックに連絡、地点HX79214にE-gisIIIの配備、えーと」
「それは僕が」
誰に任せてもいい内容だったので言いよどんだが、即座にツェッドが立候補してスマホを取り出した。
「スティーブン、連絡帳の上から三番目の女の人フッて」
「わかった」
「うわ……」
引いた声を出したのはチェインで、彼女はすぐにハッとして透明になった。
人からの指示によってノータイムで女をフる場面見たら、誰でも引いて当然だと思うよ。
ツェッドがスマホから耳を離し、通話内容を報告する。
「E-gisIIIに搭載するミサイルの種類について聞かれました」
「弾はなくていいよ」
撃たなくて問題ないし、むしろ撃たれると困る。
ここまで言って、俺は再びスティーブンに確認した。
「ン・ガナマナガル平均株価は?」
「最安値を更新したが、今は戻った」
ギリギリセーフだったようだ。
解決策を次々に言う過程で、それが出来なかった当時のことを思い出してしまった。
「さっきからン・ガナマナガル平均株価だけ割食ってません?」
「今そこに集中してるから……」
反射的に鼻を押さえたが、今度は鼻血を出さずに済んだようだ。
さっきのとはやり方が違う。これはそれほど無茶をやっていない。
ザップに恋するのが、石が流れて木の葉が沈む行為だとすれば、ン・ガナマナガル平均株価ひとつに天秤の影響を収めるのは、
大変だが、不可能というほどではない。
最終奥義に関しては、
HLなら、へそで茶もわかせる人間もそれなりにいるのだろう。
残念ながら、俺の腹にIHクッキングヒーターは内蔵されていない。
「株価が一番やりやすいんだよね。上がったり下がったりするのが気分と似てるし」
株価の変動でとんでもない損失を叩き出したものもいるかもしれないが、その逆も有り得るだろう。
幸運と絶望が同時にやってくるあたりも、やはり株価が調節しやすいのだ。
「成長すると、君には
「イエスとも言えるし、ノーとも言える」
オムニアの天秤が影響を与える先を、選べるのかどうか。
スティーブンの質問に、俺は言葉を濁した。
できるっちゃできるけど、できないっちゃできない。
それについて詳しく話すのは、せめてもう少し後だ。
「一つ言えるとしたら……こんなことはできない方が良い」
そんなことはないと返ってくるかと思えば、ザップを除いた全員が力強く頷いたので、むしろ俺がひるんだ。
彼らが手こずっていた案件を一撃で解決したので、もう少し喜ばれてもいいと思ったんだけどなァ……。
「私にできることはあるだろうか」
気合十分に、クラウスが俺へと尋ねた。
俺はにっこり笑って答える。
「なにもないよ」
「な……!」
そんなにショックを受けられると、罪悪感で気分が落ち込んでしまいそうだ。
だがすぐに忘れた。そうしなければいけないからだ。
やることをみんなに振っていったら、タスクの数が足りなかったのである。
つまりクラウスにはなにもできない。やることが
「世界は救われた」
俺が言い切ると、K・Kが頬に手を当てながらため息をついた。
彼女に回す分のタスクも足りなかったが、そのことで落ち込んでいるわけではないようである。
「大きいドゥちゃんのいたところは、随分些細なことで滅んだのね。もちろん、ここじゃいつだってそうなる寸前だけど」
「そうだね。大丈夫、もう俺のいたところみたいにはならない……」
もちろん、俺の世界がどうして滅び、この世界がどうして滅びを回避したのか、詳しいことは説明しない。
俺の気分がひどく落ち込むからだ。そうしたら世界は結局滅ぶ。
「俺が未来から来た代わりに、この時代の俺は消滅したって言ったら、どうする?」
場の空気が凍り付いた。もちろんスティーブンのせいではない。
「嘘だよ~ん」
「おい……」
俺に対してはいつも甘い顔を心掛けているスティーブンが、珍しく顔をひきつらせた。
いつかこうして気軽に彼とお話しできる日がやってくると良いが、この時代の俺だとスティーブンのこの顔を見たら怖すぎて漏らすかもしれない。
今の俺はちょっと精神的に無敵になっているから大丈夫なだけだ。
「消えるのは未来の俺の方だ」
だから俺はダイアンズダイナーにやってきたのだ。
最後の晩餐にもっともふさわしい食事は、世界が始まった日の食事と同じだ。